⑬護衛 藤堂栞
◎
裏世界、場所は某カフェテリアの奥の部屋――。
今日、愛の関係者に会うための護衛を紹介してくれるとかでそこで集合することになっている。
表から入り、マスターに軽く会釈して例の部屋に入ってみるが誰もいない。けれど不自然に椅子がテーブルから引かれている。
四人掛けのテーブルの三つが使われていると考えるなら、もう一つの引かれてない椅子が俺のいるべき裏の座標。
「よし行くか…………って、掛け声とか欲しいよな」
心の中で行こう、と思うのもなんかしっくり来ないので分かりやすくしたい。
ゲートオープン、と叫びながら――。
額に人差し指と中指を当てて瞬間移動風に――。
いや、見られてダメージを受けるような痛いやつは避けておこう。
「超変身とか……?」
別に変身してる訳じゃないしな。
というか、時間がないない言ってる癖に下らないことに時間を使ってしまった。
流石人間だ。無駄なことも必要経費ってな。
「じゃあ、普通に――!」
右足を軽く上げて地面を踏み鳴らす。
タイミングを寸分狂わせることなく世界が反転し、青色の世界に移り変わる。
相変わらずメカニズムはわからない。
「さてと……」
隣の席には真倉さんがいるが、前と斜め前には知らない人が座っている。
俺の正面に座っているのは年も変わらないくらいの女の子で、斜め前には不躾に俺のことを見てくるイケてる青年。こちらは真倉さんと同じくらいの年だと思う。
俺は、席に座ったところで隣に「説明してください」と言った。
「彼が説明していた人だ」
真倉さんは俺が来る前にあちら側に説明を終えていたようで俺には説明なしであちらに声をかけた。
「依頼は護衛ってことになってるが、道案内も追加で頼む」
「はい」と頷く女の子。今の俺と同じように学校に通ってなさそうな私服である。あまり掘り下げない方がいいな。
「じゃあ、そういうことだから」
「どういうことですか?」
「詳しくは彼女から訊いてくれ。君相手だと色々説明しなきゃだから面倒なんだよ」
「いやいや、それは説明してくださいよ。それに……」
初対面の人に話しかけるって意外とハードル高い。それにさっきからその彼女の隣にいる人が睨んできている。
裏世界で人間関係上手くやるのは表より格段に難しそうだ。
というかこの女の子が護衛なのな。
「じゃあ、宜しく……?」
「は、はい、宜しくお願いします」
礼儀正しい。
それだけで ちょっと感動 裏世界。世知辛い世の中だ。
これは未来が明るい。きっと次で解決するな、うん。
「早速行っちゃっていいですかね?」
「ああ、いいよ」
いつかに失われた前向きな想いが復活してしまった。テンションがおかしい。
ウキウキと彼女に名前でも聞こうとした時に例の男が俺に話しかけてきた。
「おい、待てよ」
「え、はい……」
何故喧嘩腰、普通に怖い。希の不良感じゃなく悪魔的の威圧。
「お前……」
「何でしょうか」
「栞に手出したら只じゃおかないぞ」
俺の下へやってきて放たれたのは、なんというか、あまりにも場違いな台詞。
ともかく、この女の子は栞というらしい。
「馬鹿なことは考えるなよ。わかったか?」
「わかりました……」
何者だよ、これだけはすごく訊きたい。だが、ここで逆らうのは凶。
彼は彼女、つまりは栞の方へ向かうと「こいつが何かしてきたら連絡しろよ。すぐに駆けつけて消し炭も残さずぶちのめしてやる」と言った。
「はい、わかりました師匠!」
「…………」
そんな大きな声で殺伐としたことを言わないで欲しいな、本人の前で。
まぁ、この娘は良い娘ではあるけどね。
そして、彼は師匠らしい。
どんな関係なんだよ。
「大丈夫なんだろうな?」続いて師匠とやらは真倉さんに訊いた。
「どんだけ警戒してのさ……見た感じチキンそうだから大丈夫だろ」
「ふん、どうだか」
大概失礼だし、鼻で飛ばされたし。さっきまでのテンションが駄々下がりだ。
師匠と栞とやらの二人は付き合いが長そうに見えた。
肩を竦める俺、首を回す真倉さん。
「じゃあ、健闘を祈る」
「……ええ」
「そんな顔するなよ。こちらにも事情があるから話せないが」
「俺だけが圧倒的顰蹙を買うという事情ですね、はい。嫌われるようなことはしてないはずなのに」
「裏世界では自分の責任を他人に押し付けるのが習わしなんた。覚えておくといい」
「そんな最悪な習わしが。それなら今までの惨劇にも納得がいくようないかないような……じゃあ、行ってきます。えっと、目的地とかも彼女に訊けばいいんですよね?」
「ああ、彼女は俺の三倍優秀だからね」
偉そうにする真倉さんだった。
相も変わらない師匠の睨みに肩身を狭くしながらも俺達はカフェテリアから出ていった。
瓦礫広がる南木市を見渡す護衛。そういえば喫茶店は壊されなかったんだよな。異能を使って誰かが守ったのだろう。
「ええと……」まず何から訊けばいいのか迷う。まずは「名前教えて欲しいな」と当たり障りなく行く。
「ちなみに俺は――八神勇気だ」
真倉さんのアドバイスを基に偽名を考えた結果がこれだ。苗字を幼馴染と同じにしていると未練たらたらっぽいが自分への戒めとして刻んだ。
これから裏世界ではこう名乗ることにした。
「では八神さんとお呼びすればいいでしょうか?」
小首を傾げながら訊いてくる姿は可憐としか表現することができない。
性格良くて可愛い娘なんて最高じゃないか。まあ、愛もそうだったけどねー。
「そうだな、勇気にしといてくれ」
「勇気君ですか……?」
「そう、勇気君」
八神さんと呼ばれても辺りを探してしまいそうだから。勇気なら俺の本当の苗字である『結城』と被ってるから自分のことだとわかる。
発音が若干違うのは気になるが問題ないだろう。
「改めて宜しくお願いします、勇気君」
「君の名前は?」
「私は藤堂栞といいます」
「藤堂さんね」
「わ、私のことも栞と呼んでいいですよっ」
形容し難い気分になった。
そんな顔を赤くして言われたらドキッとしてしまうじゃないか。
けれど、実は俺は女の子を下の名前を呼び捨てで呼ぶのはあまり好きじゃない。
「――栞ちゃんとしておこうかな」
「は、はい」
愛も水瀬希もなんか機嫌が悪くなるから仕方なく呼び捨てにしてた。大変不本意にな。
「何にも聞いてないから説明してくれないか? これから会う人物とか、場所とか」
「わかりました。私が言える範囲のことは全て教えます」
「歩きながら話そう」
数週間前に愛によって破壊された南木市。裏世界のここらに住んでいた人の多くは亡くなったらしい。著しく人口を減らした訳だが、早めに道は作られていた。と言っても、瓦礫を端に退けただけの即席ではあるがれっきとした動線。
それでも、ざっくばらんなコンクリート片を運ぶのはかなり重労働だろう。
「超能力、魔法……」
そんなのがあればそんな労力なぞ一瞬で空の彼方まで飛んでいくだろうけど。
冗談じゃない。
冗談で済まない世界だ。
景色を十分目に焼き付けた頃合い、栞ちゃんは説明を始めた。
「目的地は南木市の隣、荒山市です。そこのショッピングセンターの屋上の駐車場に待ち合わせになってるらしいです」
「そこなら昔行ったな……」
おもちゃ屋があるから子供の頃、足しげく通ったものだ。もう潰れていると思ったけれど残ってたらしい。
「その人は『透明』と呼ばれています。文字通り透明になる異能を持っています。その能力を使って情報や物を盗んでいるんです」
「おもいっきり犯罪じゃん……」
「残念ながらここには法律はありません。ルールはありますが、あれもないようなものですし」
「暗黙の了解ってやつか……暗黙だけに不透明。ルールブックはほぼ無いも同然か」
どうやらこれから会うやつは透明化しても変態的なことをするっていうのはないらしい。もっと野蛮で、私欲的なことに利用しているそうだ。
「そういう能力なので真倉さんと同じように情報屋をしています。また請負人でもあります」
「そこら辺上手くやってんだな、ここの人も」
「流通しているのは同じ貨幣ですから。ここで稼いで、元の世界で使えます。なので職業のある人は多いですよ」
「…………」
裏世界にもバイトとか会社があるのかもしれないな。絶対働きたくないけど。
確実に割に合わない。
けれど、実際、現実世界と裏世界を行き来している人はいるということ。どちらも両立することは難しいのに。
「社会の多様性ってやつか……」
悪いことばかりではなく、上手く使えば生活を豊かにすることはできる。
誰かのために何かできるならそれは素晴らしいことなのだろう。
よく聞く台詞ではあるが、悪いのは社会ではなく、人間ということか。
「ところで、関係ない話、訊きたいことがあるんだけどいいかな?」
「はい」
「喫茶店にいた時からずっと気になってたんだけどさ……君が師匠と呼ぶ彼は何者なんだろうって」
ガンつけてきたり睨まれたりと散々だった。何故そんなにも俺のことを嫌ってたのか。
栞ちゃんは答えた。
「名前は赤岩恭一、私の通っていたピアノ教室の先生でした」
「ピアノ?」
「小学生の頃の習い事の先生です。しばらく会ってませんでしたが裏世界で路頭に迷っていた私を助けてくれた恩人です」
「だから師匠か。良い人そうだけど、何で俺に怒ってたんだろう……」
手出したらぶん殴るみたいなこと言ってたし、もしかした栞ちゃんのこと好き的な? 一七歳と二〇歳前半ならありだと思うけど。
俺の勝手な予想を他所に話を続ける栞ちゃん。
「……師匠はなんというか女の人が好きなんですよ。フェミニストと言えばいいんですかね?」
「女好きか」
だから俺に当たってきたのか。そういえば真倉さんにも喧嘩腰だったし。
さっきの尊敬を返して欲しい。この分だとピアノの先生だったのも女の子と出会うためと思ってしまう。
「特に若い女の子が……」
「大丈夫なの栞ちゃんは? 普通に心配になるけど」
「大丈夫です。嫌なことはしてきません、邪魔と思うくらい構ってくるだけです」
「流石フェミニストって……結局邪魔者なんだ」
だが、ギャルゲー的には男は愚かであるべきとも言うから一概に否定することもできない。
「でも本当に頼りになるんですよ。誰にもできないことができちゃってカッコいいです」
「確かにただ者ではなそうだったけどね」
彼の赤岩恭一のキャラクターは掴めた。女好きで、やる時はやるっていうなかなか主人公的な性格。
これだけ聞いたら栞ちゃんは随分と心酔する理由もわからなくもない。
「それで師匠か……その師匠の能力ってなんだろう」
「訊きたいですか?」
「……いや、止めとこう」
俺はこの件が終わったら裏世界から手を引くつもりだ。巻き込まれないためにも必要ない情報を取り入れるのは避けるべきだ。
「赤岩さんの能力のことはいいけど、君の能力のことは一応知っときたいんだけど」
「そうですよね、護衛ですもんね」
忘れてたと言わんばかりだった。ちょっと抜けてる天然系女の子だ。
大丈夫かな? 集合場所間違えたり、集合時間間違えたりしない?
「私の異能……超能力と魔法一応両方使えます」
「両方とかありなの?」
「二つ使えるのは珍しいですね。超能力二種類、魔法二種類というパターンもあるらしいです」
「混合型とは違うの?」
「はい、違います。まったく別物の異能を持っているようなものですから混合とは分類できません。それはあくまでも能力の発動の代償の分類ですから」
「わかりやすい……!」
これはまさしく真倉さんの三倍だ。説明も三倍なら性格も三倍。
三倍最高。赤い彗星最高。
「私の使える超能力は『共感〈恋心〉』です」
「恋心……?」
「なんというか……自分で言うのは恥ずかしいですけど」
「うん」
「……共感した相手を恋に落とす制御不能な異能です」
「…………」
形容し難い気分になった。
恋に落とすってな。なるほど、赤岩さんが俺にやたら栞ちゃんと関わるなと言ったのはこういうことなのか。
それに制御不能――赤岩さんの警告はまさに正鵠を射ていた訳か。共感したら俺は彼女を襲ってしまうかもしれない、と。
「共感っていう定義が難しいな。それって不意に息が合っただけで恋に落ちるってことでしょ……」
本人からしたらだいぶ迷惑な話だ。
否、迷惑な異能だ。
「少し大変ではありますね。女の子にも適用されますから」
「女の子にも……だとっ!?」
「でも普通に会話する分にも何の弊害もありませんから。距離の問題ですよ」
「距離か――」
真に仲良くなれる人がいないというはいざという時、辛いものだ。
実感してわかる。
あれからずっと『愛は死んだ』と考えながら生きている。そう言い聞かせないと不意に探してしまう。
栞ちゃんにとってのそれは――。
「――栞ちゃんの好きな人に好かれる分ならいい能力かもね」
「好きな人ですか……」
首を傾げてる。可愛い顔しちゃって。
可愛いっていうキーワードでも思い出しちゃうじゃないか。
「いつかそういう人と出会えたらいいね」
「は、はい」
俺はどうだろう。もう出会ったかなやっぱり。そして――。
不思議と先程までの灰色模様とは打って変わって清々しい気分だった。
よくわからないけど引っ掛かっていた支えが取れたような気がする。足取りが軽い。
しばらく駄弁っていたから距離感覚を忘れていた。目前に崩壊したショッピングセンターが見える。
「ここまで余波が来てたか。ちょっと壊れてるけど建物の骨格は残っている……」
「階段も続いてそうですね」
四階建ての屋上。
だが一階一階の高さが結構あるので意外にキツい。それでも水瀬希の氷結城よりはだいぶマシだが。
「そういえば魔法について訊いてなかった。護衛なんだから戦闘向きなんだよね?」
「はい、魔法『重装結――!!!」
「な!!!」
ゴゴッ、ゴゴゴゴゴッ――!!! と。
突然、上階から爆音が響いてきた。




