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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
一章 裏と表のプロローグ
12/89

⑫裏世界のルール

 

 ◎


「――って、寝てたのか俺は……」


 死んだかと思ったら生きていた。

 頭を触ったり、叩いたりしてみても痛みも異常もない。血も出てなければ脳漿もない。


 ただ殴打されて気絶したらしい。その割にはものすごい音がしたと思ったが気のせいだったようだ。


 状態を起こして辺りを見回す。あのまま廃工場で土まみれになって放置されていたようだ。

 極悪編隊の異能使いの彼女は既にいなかった。


「…………」


 左の膝を立てて、腕を重ねて乗せて、片足体育座りのようにして、少し前に起きたことに思いを馳せる。

 もう少しで真実に辿り着くことができるかもしれない。

 その日にあった出来事を整理することができたら、自ずと動機も見えてくるだろうし。

 だが――。


「危険どころじゃないよな……」


 今回は手心を加えられたということなんだろうが、本当に死んでもおかしくなかった。

 早々の退場を望まれている。そう考えたら彼女は意外に悪くない人かもしれない。

 忠告してくれるんだから。

 善人ではないだろうけど。


「さてと、帰りますか」


 戻ると言っても例の喫茶店である。

 マスターに「奥の部屋お願いします」と言うと軽く頷いてくれた。俺も常連面してみた。

 奥の部屋で真倉さんは優雅にアイスコーヒーを喉に通している。

 正面の椅子に座ると、声をかけられた。


「首尾の方はどうだい?」

「お先真っ暗です」

「はっはっはっ、それは残念だね」


 残念なことに笑い事ではない。


「なんというか命がいくつあっても足りないと言いますか」

「ん? 攻撃されたのかい?」

「ええ、頭をガツンと」

「御愁傷様で」


 マジで驚いているというか、引いてる顔だった。

 不審に思ったので「どうかしましたか」と問う。


「極悪編隊っていうのは君が思ってるよりも過激なんだよ。実力は名前落ちしてるが、結果だけは名前通り極悪。攻撃するなら容赦はないっていうやつらだ……運が良かったのかねえ」

「そんな悪い人には見えなかったですけど」

「もしかしてそんな態度で臨んだのか? それなら殴られても仕方ないな。でも、それならマジで運が良かったとしか言えないな……」


 不幸中の幸い。生き残れることが幸いな世界なんて俺には辛過ぎる。

 でも、すぐ隣に悲劇の世界があった――今までは、奇跡的バランスにより生かされていたのだろう。


 これからあと二人の関係者に会えることになっているがとてもじゃないがまとも対応できる気がしない。

 しかし、折角真倉さんが準備してくれたのに行かないというのは流石に申し訳ない。早退することはできない。


「……護衛とかないですかね?」

「なんというか……チキンだな君」

「本当にあった怖い話ですから」

「それはいいよ。人材派遣もやってるから。極悪編隊にも派遣するっていう約束で君との対談を実現させた訳だし」

「……帰らぬ人になった可能性もあったんですけどね」

「その場合は土に還ることができたと思えばいいさ」

「無理矢理ポジティブ過ぎませんかね……」

「とにかく了解した。護衛、警戒度Aのを貸しだそう」

「それ、俺は護衛の方も警戒しないといけないパターンか?」


 それだったら意味ねえよ。労力が二倍になるだけだ。

 そんな俺の顔を見た真倉さんは意味深な笑みを浮かべた。


「心配する必要はない。というか、君には無理だろうから」

「何ですかその挑発的態度。挑発するのを生き甲斐にしているんですか?」

「よくわかったね。人を見る目があるんじゃないのか」


 顔を見るなり意味深なら台詞も意味深だ。話半分に聞いておくことにする。

 量産型の黒服とか現れわれても居心地悪そうだが。


「極悪編隊の人と話したんですが、ここの世界観がいまいちわからないんですよ」

「というと?」

「集団を作っているというのは分かるんですが何故争いやいさかいが起こるのかパッとしないんですよ」

「そういうことか……まあ、簡単なことさ」


 やれやれといった風に首を振る相変わらず真っ暗ファッションの真倉さん。


「それは影響率に関連しているんだ。理由は定かではないけど突然自然に影響率が上がる場所が現れる。そこの占有が主だね」

「つまり――現実でも異能を使おうってことですか?」

「そういうこと。それに実際、過去には一時的に使用することができた例もある。勿論、簡単なことじゃないが」

「なるほど……」


 ステージは天空遊園で極悪編隊と愛がそこを巡って争ったという構図が見えてくる――。

 その余波で公園は跡形もなくなったのだろう。

 その前に誰かと争った形跡があるようだが生き残ってるなら考慮する必要はないか。


「現実で異能が使えて何になるって話ですけどね」

「大したことない異能者なら」

「…………」


 炎を吐くとかならいざ知らず、全部の魔法を使えるなんて異能だったらさもありなん、ということか。


「ま、俺はどちらでもいいけど」


 言い放ったところで思い出す。


「ちなみに……真倉さんの異能って?」

「へえ、聞きたい?」

「は、はい」

「どうしようか」

「……逆に、何をしてくれたら教えてくれますか?」

「そう来たか。そうだな……金かな」

「やっぱり……」


 全然言う気がなさそうだ。喩え金額を提示しても法外な金銭を要求するのだろう。

 情報屋とか人材派遣をやってるならある程度の自衛ができる異能だとは思うが。

 まあ、極悪編隊とのあの約束なんてないようなものだ。


「――俺の能力に関しては君の異能の正体がわかってからだ」

「はあ…………って、俺ですかー!?」


 俺、異能使いだったんですか!

 自分で知らないんだが?

 まさかの超能力者デビュー、又は、魔法使い始めましたパターン! 来てます来てます!


「まあ、気づいてないならいいか」

「いやいや、教えてくださいよ!」


 その後も粘ったけれど教えてくれなかった。実にあっさりしているからもしかしたら微妙な能力なのかもしれない。

 さっきあんなこともあったし期待しないでおこう。


 改めて裏世界のレクチャーを受ける。


「超能力と魔法の分類方法は――超能力の場合は自分の体力が使われて、魔法の場合は空間にある気が使われる、と……」

「大まかな基準はそういうことになってる。それに何にだって例外はある」

「例外ですか……」

「超能力と魔法の基準が混ざったタイプ。つまり異能を使っても疲れにくく、空間の気もあまり使わないハイブリッドも存在する」

「へー……あんまりよくわかりませんが」

「超能力が短期間、混在は中期間、魔法は長期間。その点から言えば八神愛の『魔界デスパレード』の戦力は限りなく最強だった」


 限りなく最強――なのに殺されてしまった。噂通りなら不意打ちでしか倒すことはできないだろう。

 それなら極悪編隊との戦闘後を狙ったと考えられる。それから古家セントラルタワーまで――?


「まともにやって勝てるのは裏世界にも数人さ」

「アニメとかではそういうの最強(笑)って感じですけどね……」

「君がそう思いたいならいいんじゃないか」

「マジなパターン……」


 超能力と魔法。または混合型。

 何の原理か分かっていないが異能が存在し、同じくわかっていないことで才能の有無がある。


 才能ある人は突然裏世界の存在に気づくが、わからない人は一生わからないらしい。だが、裏世界に入れる者に連なって入ると次からは自由に行き来できるようになる。但し、能力は目覚めない。


 俺は後者のタイプかと思っていたが、どうやらそれはまだ分からない。

 彼が言うには俺も能力があるらしい。


「――今説明したことはこのマニュアルに書いてある」


 真倉さんは懐から一冊のメモ帳サイズの本を取り出した。表紙には『裏世界初心者マニュアル』と書いてある。

 いかにもゲームっぽい。


「これ――」

「くれるんですね」

「――一万円で売ろうか?」

「……がめつい」

「失礼だな。れっきとした商売だよ」


 生徒手帳レベルのものが一万円とかどうかしている。活版印刷技術がない世界なのか?


「一万円ですね……」


 二回目だ。

 財布がすっからかんになってしまった。


「はい、どうぞ」

「これで大したものじゃなかったらなかなか怒れてきますね……」

「それは大丈夫、保証しよう。黄金の言葉で保証しよう」


 じゃあ俺は青か? じゃなくて!


「見ての通り初心者マニュアルだから。これが使われるようになってから新参者の生存率が三パーセントも上昇した実績がある」

「……思ったよりもたくさんルールがあるんですね。これを全部守るって結構大変ですよ」

「――平和的に裏世界で生きていくのなら、ね」

「…………」


 頭は真っ白。

 顔面蒼白。

 鼻白む。

 ここに留まるなんて考えたくないはずなのに――嫌だ。

 道化染みた笑いを上げる真倉さん。


「意地の悪い言い方をしてしまったかな。だが、遅かれ早かれ考える時がくるんだから同じだよ」

「ですね……」


 遅かれ早かれ、なら早い方がいいのかもしれない。思わず本を読む手が止まってしまった。

 早急に訊かなければならないことがある。


「次に会う人の情報とか教えてくれませんか? いきなり拘束なんてしてくる人とか、そういう情報です」

「それは契約外だな。名前も異能も教えることはできない。勿論、プライベートも。あくまでも場所を提供するだけさ」

「そうですか」

「だがアドバイスくらいはしようか」


 裏世界攻略アドバイスby情報屋。


「裏世界の異能は超能力、魔法、混合という風分けられる。性質についてはさっき説明したけど、所謂『範囲』というのはどれもそんなに変わらないんだ」

「範囲――というと射程距離みたいなもんですか?」

「射程も距離も同じ意味だけど……そうだ。その範囲は概ね視界内ということになる。目視可能な範囲が異能発動範囲ということだ」

「それは理解できますよ。至って単純です」

「ああ、視界外になるような行動を取れば時間は稼げる。運が良ければ逃げ切ることもできるかもしれない」


 そんなのは意識しなくともしそうではあるけど、心構えがあるとないとじゃ、雲泥の差か。

 真倉さんはその後「護衛がいればそんな心配はないだろうけど」と付け加えた。

 そこまで言うほどの護衛なのか。ますます心配になってくる。


「まずは隠れればいいんですね」

「絶対じゃないからそこは臨機応変に」

「だからその臨機応変が一番難しいんですよ……」


 それができたら立派な社会人。


「じゃあ、麻酔銃でも使うかい?」


 にやつきながら、物騒なものをポケットから取り出した。歯医者で見るドリルような細いフォルムをした銀メッキの銃。


「どこぞの名探偵ではないので使いませんよ……」

「そうか、一〇万だけどさ」

「高い!」

「そりゃ、銃だから」

「でもそれにしては安いかも」


 武器――触れたくも使いたくもないが必要になる時が来るかもしれない。

 その中で俺が使えそうなものとなるとかなり限られてくる。

 いや、ないな。俺が使えるような浅い武器は存在しない。



 その後数日の計画と学校への対応を考えてから、解散した。真倉さんは俺と会う時は常に裏世界経由で帰るので、今日もそうだった。


「――では、さようなら」

「君はちゃんと挨拶するんだな」

「普通じゃないですか?」

「当たり前が一番難しいんだよ、特に俺達にとっては」

「…………」


 考えさせられるような台詞を言い残して現実世界からいなくなった。

 彼が俺に協力してくれる理由は――お金は払ったけど――まだ分からない。

 いつかに『目的を達成することができる』なんてことを自信満々に口走っていた。それが鍵になりそうだ。


 八神家――。

 八神愛及び、その親族、母と父が暮らす住宅街僻地の一軒家。同時に俺こと結城海斗の住居、結城家の隣でもある。

 喫茶店から家に帰るとうちの母と、愛の母が何やら話していた。

 割り込むのも憚られたのでできるだけ近くまで寄って聞き耳を立てる。

 うん、聞こえない。


「裏世界を経由して庭に行けばいいか」


 数日の内に天地逆転には慣れたもので足元おぼつかせることなく歩いていけた。偶然か、ここらの地域は破壊されていない。

 外壁の内側に身を隠して現実世界に戻る。


 〈現実世界に戻りますか?〔安全〕〉


「はい、ログアウト」


 青色から虹色へ。

 ここまで近づけば話は聞こえてきた。

 しばらく病院に通っていたことについて話すのか。まぁ、立ち直って何よりだ。俺の方はまだ終わりそうにないけど。


「――します」


「そうですか……」と声を低めて返す我が母親。「場所はどうするんですか?」


「夫の実家の田舎です」

「……二週間後ですよね」

「はい。できるだけ早く、遠い場所に行きたいからっ」


 悲愴な――今にも泣きそうな声色の愛の母君。


「わかりました。私にできることがあれば構わず声をかけてください」

「はい、ありがとうございます……」


 玄関口から離れる靴音が一つ。やがて玄関へ向かう方にも靴音一つ。

 どちらも家に入ったところで表に出る。

 あの会話の断片からある程度は推測することができた。何のことはない引っ越し。傷心移住といったところ。

 八神家は南木市を離れる――。


「…………………………」


 時間がなくなってきている。

 学校の出席日数とかでなく、愛の件の風化――。

 人間の記憶は結構宛にならないものだから。学校のクラスメイトも一ヶ月もすれば綺麗さっぱりだ。

 取り急ぎマニュアルを読む。手順をショートカットするには理解が必要だ。


 円滑な会話するにも裏世界の常識は知っておかなければならない。



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