⑪極悪編隊と残酷な世界
◎
昨日に続き、八神愛の関係者と会うことになっている。
どうやらこっからは仕事人相手のようだ。
裏世界の誕生は未だにわかっていないことがある。
しかし、世界があったなら社会が築かれるのは当然の帰結。
事実、超能力、魔法のコミュニティが形成されている。その中に必殺仕事人のような闇の世界の職業も存在もある。
法律がない分、そこらは多種多様らしい。
「さてと、ここが縄張りってやつか……」
異能集団――通称、極悪編隊。南木市を自らの縄張りとせんと暗躍していた組織。それも南木市が崩壊前の話。
真倉さんは言い過ぎな名前だとぼやいていたがそれは知っているからだ。素人の俺としては集団に囲まれて殴られるとか想像してしまって身震いするやつ。
瓦礫の中を進んでいくと荒廃した工場が見えてくる。そこが極悪編隊の根城。真倉さんがアポを取ってくれたので、隠れながら行く必要もないのだが雰囲気がね、ステルスしたくなる。
前回の氷結城程ではないが、デカイ横扉の前で立ち止まる。
「ご、ごめんくださいませ」
反響し、立体的な音声になって帰ってきた。
人はいなさそうだ。
内部に入ってしばらく辺りを見回していると――ふと、背後に視線を感じた。
振り返ろうとした瞬間には既に足蹴りをされ背後に倒れかけていた。
視界の端に黒髪の長い女の人が見えたのもほんの一瞬で、顔面を掴まれて地面に後頭部叩き付けられた。
頭の骨にヒビが入るような音が内側から届いてくる。
前回のこともあって、咄嗟な痛みの覚悟はできていたから動揺はしてないが、この先の展開に思いを馳せることとなる洗礼の攻撃。
そのまま手のひらで目元を隠される。
おそらくこの人物が会う予定だったやつだろう。
一度深呼吸をして、目の前にいるであろう人物に言う。
「俺は、真倉さんの知り合いです」
「……それはわかってる」そう答える女の人。「唐突にどれほどのものか試したくなっただけだから気にしないで」
「…………」
いや気にするだろ。
というか何なんだそれは。変人どころじゃない特殊性癖だ。
それに声が若い。俺とそんなに変わってない年ように聞こえる。
抵抗は無駄だと思い力を抜いた。だからってあちらは拘束する力は弱めてくれることはないけど。
この世界の女子は全体的に好戦的で排他的で野蛮なのか。それに敵愾心を満々に滾らせている。
「離してください」
「そのまま話せばいいでしょ」
「……いや、お腹の上に乗られてると喋りにくいんですよ」
絶妙に痛いところを的確に椅子にして俺の動きを封じている。息もいつもの三分の一くらいしか吸えてない。
「我慢しなさい。こっちだって顔を見られるという危険を冒しているんだから」
「仮面は付けてないんですね……まあ、見にくそうではありますが」
「確かにあんな姿は醜い」
「洒落はわざとなのか?」と言いたいけどこの状況で言うことではないので思い心の奥にしまっておく。
さらに懇願を続けるが頑なに離そうとしないで諦めてこのまま交渉することにした。
「俺は一身上の都合で魔神とやらについて調べています。良ければあなた達の知っていることを教えてください」
「……私がそれに答えるメリットは?」
そりゃ、ないだろ。
真倉さんのアポって時間だけなの? そこから先の交渉は俺の担当ですか?
だとしたら、無償の行為、ボランティア活動、完全なる慈善でしょうね、あなたは。
彼女が俺に教えてくれる道理は皆無。
「――では、逆に何をしたら話してくれますか?」
押してダメなら引いてみろ応用編!
実際やって欲しいことはなくとも、こんなことを言われたらこね繰り回してでっち上げるはずだ。
大抵できそうにないことだが、できてしまったら相手は下手に断ることもできなくなる。最高だね。
思った通り彼女は唸り声を上げた。
「……そうね。あなたの個人情報と、真倉黒人の能力の正体」
「…………」
代償が重いいんですが。前半。
裏世界人は全体的に気合い入ってんな。
これは、条件としてはかなり危うい。後者はともかく個人情報ってのは家族にも迷惑をかけてしまう。あちらも南木市に住んでいるであろうからでたらめは通用しないだろう。
けれど必要なのは信用ってやつか――。
「わかった情報を開示しましょう。現在公開可能な情報ってやつだ。真倉さんの能力のことは知りません、それとなく確認しときます」
「いいでしょう」ということで交渉は成立した。依然として目元を隠されて腹に乗られている状況ではあるが、話は進展した。
あれやこれや。
あらいざらい個人情報は話したところでようやく本題、八神愛について聞けることになった。
「あの魔女について聞きたいんだってね。理由は?」
「それは、また、一身上の都合ですよ。言わないとダメですか?」
「どうでもいいけど。で、何が聞きたいの?」
水瀬希から引き出した情報によると愛は天空遊園に行くと言っていたらしい。その前後の様子を探れればいい。
「彼女が死んだことは知ってますよね。訊きたいのはその前に何をしていたか、ってことで――」
瞬間、ビキッ、と。
「――すっ、痛い痛い痛い痛い痛い!!!」
こめかみが破滅的握力により潰れそうになる。両腕は膝で固定されているので頭を振ることしかできない。当然、それだけでほどける訳はなく。
「痛い! 聞け! おい!」
「――おっと、手が滑った」
あたかも何事もなかったかのような態度。滑ってたら痛くなかったわ。流石の俺でも怒れてくる。
「悪いじゃねぇ! それで済むか! マジで死ぬかと思ったわ!」
「……ああ」いかにも俺が非常識と言いたげである。「……君の口の悪さと比べたら大したことはないと思うけど」
「上手いこと言おうとしてんじゃねぇよ! こんなことされたら誰でもこうなるわ!」
「……本当に口が悪い。猫被ってたんだ」
至極真っ当な意見だけどもこうさせた張本人に言われるのは納得できない。
「……いやいや、拘束してくれなかったらここまでのイライラゲージは貯まりませんでしたよ?」
「つい力んでしまって……」
表情は見えないけれど声色は一段階下がった。
「……私達極悪編隊は魔女が死んだと言われる前に交戦した。とても好戦と言えるようなもんじゃなかったけれど……」
再び、無意識だろうか、頭を押さえ付ける力が強まってきた。
「それはつまり?」
「私達の縄張りに突然現れて奇襲を仕掛けてきた。勿論応戦した。けど、魔神の使うの魔法に勝つことはできない。だから殺された……私は生き残るのがやっとだった」
「殺されたか――」
殺されたということは、殺した側が愛なんだよな。
本当に何をやっているんだよ。
あの放課後、あんな沈んでいたのは何でだ。こんなことをするとわかっていたからか?
日記でも読んだ、そして許して欲しいと書いてあった。
俺が人殺しを容認できると本気で思っていたのか? だとしたら――。
「おかげで極悪編隊は壊滅の危機ってこと。メンバーの半分を持っていかれちゃ、お手上げ。だからこそこの依頼を受けた訳だけど」
「はい? 何の話ですか?」
「――それはいいでしょ。で、訊きたいことは?」
「じゃあ……その交戦があった場所は?」
「南木市の外れ。あそこまでは破壊されなかったから」
「……では、というかこれを一番最初に訊くべきでしたね――魔神の異能は何ですか?」
複数人を相手取ったとしても墓場に送ることのできる異能、先程は魔法と言っていたから魔法なんだろうが。
ではどんな魔法なのか。
「一言で言えば反則級の強さ。広域殲滅性能なら超能力よりも魔法の方が強いのは当たり前だけど、それにしても度が過ぎる強さ。創造と双肩を為すなんて言われてたけど私は魔神の方が絶対的に強いと思う」
水瀬希の異能『創造』――付け入る隙のないスキルのように見えた。任意の場所に任意のタイミングで物体を生成することのできる力に対抗策なんてあるとは思えない。
けれど、それより強いなんて言われたら最強とか無敵としか言えなくなる。
「じゃあ、その能力の正体は……」
「『魔界』――裏世界における魔法の全てを使用することのできる異能。それが魔神と呼ばれる所以、できないことなんかない吹っ飛んだ能力」
魔法を全て使うことができる。
裏世界歴が浅い俺にはいまいち理解できないものの、なんとなくすごいことだけはわかる。
専門とかじゃなく、万能。
極端にできる訳じゃなく、全てにおいて究極。
長所もないけど短所もない。
だからこそ負ける要因はなく、踏破する力のみがある。
「裏世界に存在する魔法の中で最強。これ以上先は存在しないハイエンド」
そんな力を持って――極悪編隊と戦って、蹴散らしたのか。
最強ならば負けないはず。
ツーっと頬に冷や汗が流れた。
「それなら――」
「ええ、それなら、誰に殺されたんだろうね」
俺の言おうとした台詞を先んじた彼女。その後に続く言葉は俺の考えたことではなかった。
「匹敵する超能力者がいない訳でもないからあり得ないとは言い切れない」
「なんかスゴいインフレって感じですね」
「裏世界での上位一パーセントの話だから参考にはならない。そういうのは真倉黒人に依頼して調べてもらった方が早いと思う」
「有名人なんですね真倉さん……」
「仕事に関しては信用はあるから。でも敵に回した場合は散々なことになるから疫病神とか呼ばれてる」
「確かにそんな感じがしますね……」
何を考えているかわからないというのはある。もしかしたら裏切りの画策をしているのか、と一旦疑ったら払拭するのが大変そうなタイプだ。
結局、最初俺に声をかけてきた理由はわからないままだしな。
「ぼったくられても知らないから」
「そうなんですか? 三万円くらいでいいって言ってくれましたけど……相場はもっと安いんですかね」
「その値段なら迷う必要ないでしょ……まぁ、捨て石程度の期待だけど」
「高校生の財布事情嘗めないでください」
バイト禁止の学校なのである。そうでなくとも働こうとは思わない。
お金はあって困らないけど、特段欲しいとは思えないからだ。
物欲がない、と愛に言われたこともあった。
「で、質問は終わり?」
「……そんなに嫌ですか?」
「言ったでしょう。報酬があるとはいえ、今の南木市内は危険なのです」
真倉さんの提案に乗ること自体に報酬がある――ということなんたろうけど。壊滅危機の極悪編隊の支援をするといったところか。
「じゃあ、何で魔神は突然現れて戦闘したんでしょうね」
「……それはこちらが知りたい」
「ですよね。その戦闘前にどこにいたのかとかわかりますか?」
「予測できないからこそ奇襲されてしまった。だが、どうやらその前にも戦闘があったみたいだけど……」
極悪編隊よりも前に何者かと戦った――連戦かよ、喧嘩じゃないんだから。
「何故わかるんですか?」
「服が軽く破けてたりしてたからそうだと思ったんだけど根拠はない」
つまり整理すると。
俺と下校。
裏世界、水瀬希と会った。
服が軽く破けるようなことが起きる。
公園に行く。
極悪編隊と戦闘する。
その後何かが起きる。
古家セントラルセンターで死亡。
半ばのイベントは多少前後する可能性もあるが、大体の流れは合っているはずだ。
だが、理由の部分がまだほとんどわかっていない。
「スケジュールは埋まった感じだな」
残った関係者二人の話から理由を推測することができれば犯人を特定できるかもしれない。
彼女はまだ何かを隠しているように見える――目隠ししているから見えはしないけど。これ以上は暖簾に腕押しだろう。
では、趣向を変えて。
「これは関係ないことですけど、あなたは人を殺すことについてどう思ってますか?」
少なくとも日記では後悔していると記していた愛。
理由なき殺人なんてあるのか。
世の中無駄なことはない――ならは、その行為にどんな意味が生じている。
「その質問に答える意味はあるの?」
「ある。アイツと……同性の意見を聞きたいんです」
どんなことを思って誰かの息の根を止めているのか。
やがて彼女は答えた。
「別にどうも思ってない」
「…………」
想定しうる一番最低な答えだった。
同時に、想定しうる一番あり得そうな答えでもある。
喜んだり、悲しんだりする次元では――世界ではないということなのだろう。
「でも」と彼女は続けて「最初は……抵抗はあった。いつの間にかブレーキはぶっ壊れたけどさ」
「壊れた……か」
この世界で生きる者は皆壊れているのかもしれない。生き残るために壊す必要がある。どうしようもないことなのだろう。
俺の弾劾は的外れということか。
「――この南木市、一週間と少し前くらい前に一掃されたんだよ」
「一掃?」
「魔神がこれをやった。理由はわからないけどここを破壊して平らに均した。巻き込まれたのはどれくらいだと思う?」
「…………」
「裏世界には異能を持っていない人も少なくない数いる。そんな人がいったい何人死んだんだろうね。あなたから見たら変わらないかもしれないけど、そこまで頭のネジが飛んでないという自負はある」
今は瓦礫と化している裏南木市にも表世界と同じ家があったり、人が住んでいた。
究極の魔法使いは何故こんなことをした。。
天空院海――。
町を破壊する意図。ここまでしなければならない理由。
「……理解できねぇよ」
「こればかりは当事者にならない限りわからない。それに納得できるかは保証できないし」
「ですね……」
「歴が浅い内に出ていった方がいいよ。君みたいな半端者が生き残れるような世界じゃない」
「半端者ですか、辛辣ですね」
「じゃあ、甘いってことで。その甘さはここでは致命的になる……どうやら人殺しを認めることができてないようで」
「そんなの認められる訳ないでしょう」
「ならとっとと現実世界に帰れ」
ああ――そうしたい。
「私達はもう現実で生きられないからここにいる。ここにいるから、そうするしかない。魔神だってそうだろね、あんな人格破綻者が社会に受け入れられる訳がない」
「そう、かもな……」
「ここ裏世界は正真正銘地獄だよ。人間の屑が集まって、人外になる終着点」
終着点。
人間を諦めた者の末路。
「殺されたくなければ早々の退場を勧めるよ」
「忠告ありがとう。遠くない内にそうするつもりだよ」
「そう。その割に危機感というものがないように思えるけど。このまま話せって言ったのはこちらだけど、実際このままの態勢で話始めるやつなんていないでしょ、普通は」
「どう見てもどうしようもない状況じゃないですか」
「何故そうもあっさり受け入れられるかってこと。まったく抵抗して来ないどころか、リラックスしてるじゃない」
いや、そんなことはないはずだけど。腹に乗っかられるのって意外とキツイ。抵抗する気も失せる。
「自分が異常なの気づいた方がいい」
「そんなマジな心配しないでください……」
「そして――」そう言い放った瞬間、青い光が目を射してくる。突然の明暗反転により視界を著しく失う。
腹部にのし掛かっていた重みもなくなった。
俺を挟んで仁王立ちをしている女。その手には細めの鉄パイプが握られていた。
視界に捉えた時には既に振り上げられていて、理解が追いつく頃には振り下ろされている。
「――私はあなた以上に異常だから」
人を人とも見てないような眼光に釘打ちされて動けない俺の頭部に容赦なく叩き込まれる。
目は瞑らなかった。瞑るという思考すらない。
三白眼の瞳の奥に見える彼女の闇は、俺を魅了するほどの純潔だった。
額に迫る鉄塊。人間から出るような音じゃない何かが自分から聞こえてきた。
「――愛……」
甘く見ていたんだろう。なんだかんだ楽観視していた。
このままなんとかなってしまうのだろうと。
裏世界――彼女が言った通り生き残れなかった。
警戒心がなさ過ぎた。人を信用し過ぎた。疑うことをしなかった。楽しようとした。
だから、全て俺のせいだ。
徹頭徹尾全責任は俺のもの。
俺にはこの先の物語を閲覧する資格がないらしい。誰か、俺の代わりにその先に行ってくれることを望む。
「後は……頼みました――」
それだけが、俺の最後の願いだ。
絶命――。




