⑩もう一人の自分
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愛と希が出会ったのはおよそ一年前――。
当時、高校一年生になったばかりの愛は偶然、『世界の境界面』を観測したことにより裏世界を知覚した。
そんな中で愛と希は出会い、紆余曲折を経て、友人になったとか。
二人が二人、強力な異能を所持していたようで裏世界内でも噂になっていろんな組織に勧誘されたらしい。
数多の戦を経て、今に至る――。
「――説明が雑!」
「いろんなことがあったんだよ。話すと長くなるから省略してやったんだ、感謝しろ」
俺の渾身の突っ込みを軽く流して彼女は続けた。
「とにかく、そういう事情で知り合った。謂わば戦友だな。だが私が言いたかったことはそうじゃねえ」
「というと?」
「その返しムカつくから止めろ。私達は様々な超能力者、魔法使いと戦ってきた。そしてあらん限りを込めて蹂躙してきた」
「は、はあ……」
「破壊した。滅ぼした。駆逐した。比喩でもなんでもなく言葉通りの人殺行為をしてきた――紛れもない愛がな」
「…………愛、が…………」
正当防衛だ、よな?
「どうやらお前の知ってる愛は聖人みたいなやつらしいが、私の知ってる愛は苛烈と熾烈をない交ぜにしたようなやつだぜ。災厄そのものって感じだったな」
――気にくわないもの全てを、殺して殺して殺して、殺し尽くしたよ――
苛烈と熾烈――。
そして災厄。
燃え上がる炎の如く容赦のない鉄槌。立ち塞がる敵を一切合切蹂躙して、駆逐する。
その姿はまさに『八番目の大罪』に相応しい。
神をも敵に回す所業なら『八帝魔神』そのものだ。
「……あっ」
鎖が鳴る音にハッとした。
現実は甘くない――そんな当たり前だと思っていたけど、それは裏世界でも同じ。
ことごとく期待を裏切ってくれる。
だから嫌なんだ。
胸の奥底から煮えたぎるような感情の波が体を蝕んでいく感覚。その度に鎖が揺れる音が聞こえてきた。
ない交ぜの感情を抱いて呻く。
「わ、かってるっ……」
「何がだ?」
「何もかもわかっていたはずなのにな……」
「…………」
胸が痛い、心臓が捻切られるように痛い――痛いけど、耐える。
受け止めなければならない。
信じたくない事実でも、目を逸らしていたら意味はない。
「――精神論は終わりだ。希と愛との関係はわかった、そこらの事情も十分承知した。"殺されるに足る理由がある"ことは理解したよ」
「そういうことだな。私もこんなんだが、愛ほどじゃない。わざわざ自ら敵を作ろうとは思わないぜ」
「自覚はあるんだな」
「そういう訳でよ、こう言っちゃ何だが裏世界では愛が死んで喜んでるやつの方が多い」
「希は?」
「死人を差別しても意味はねぇよ」
そこら辺はあっさりしていた。こんな世界にいたら感情が薄まっても仕方ないか。
なら、俺はこんな世界にいたいとは思わないし、思えない。
愛には裏世界にいた『理由』があったはずだ。
全ての事象に理由がある、なんてことは言わない、言わないけど、そうあって欲しい。
理由なき人殺行為なんて人間のやることではない――。
「ヤバい思考してんな……」
「ここではそれが日常なんだよ。そう思うならとっとと足洗えよ」
「そうはいかないんだよ。それに手を染めたのは自らの意思だから……」
「何上手いこと言おうとしてるんだよ」
手を染めるのに、足を洗う。腹が黒いことは忘れがち。
別にこれくらいで怒号をぶつけなくていいだろ。可愛い顔が台無しだ。
「明日にはまた別の関係者にも会いに行くんだ」
「何?」途端、希の声色が変わった。「さっきも言っただろ。愛に敵対してるやつは多いってよ」
「危険は承知です。どんなやつでも、俺はただの幼馴染ですから」
「完全に嘗めてるな。行き場のない復讐心ってのは意外なところに向くんだぜ。裏世界では既に愛が死んだことは広まってるからな」
とばっちりだが、世の中そんなものだ。
棚から牡丹餅も、油断大敵も、理不尽も平等に訪れる。
「でも……俺は真実を知りたいんだ」
どんな答えが待っているか、怖いけれど逃げることは許さない。幼馴染だからとかじゃなくて、俺の尊厳において。
どんなことがあったとしても愛を好きだったことは変わらないはずだから。
希は見透かしたように見つめてきた。
「はあん。そういうことか……愛がお前を評価していた理由がわかったよ」
「俺の話なんてしたんですか?」
「少しだけな……ふん、しゃあねえ、愛に免じて力を貸してやるよ」
「え?」
華麗に手をかざすとテーブルの真ん中に光が浮かび上がった。黄色に輝き、十字架を形成した。
掌サイズの十字架のアクセサリー。やたら金色に光るのがデザインと妙にマッチしている。
「これ、やるよ」
希の手を払うようなアクションに呼応して十字架が飛んできた。反応に遅れて体で受け止め、跳ね返ったものを両手で挟んだ。
俺は宗教には造詣がないのだが。
「……発信器が付いてるとか?」
「そんなチャチなもんじゃねぇよ。それは……まあ、ピンチの時使えば大抵のとこは切り抜けられるんじゃね」
「何故に抽象的に言う……それに台詞の言い回しがちょっと」
もしかしたら良い人なのかもしれないけど、ところどころ滲み出る野蛮な感じが気になる。
しかし、真倉さんの時もそうだったが話してみないとわからないこともある。
「ありがとな」
「べ、別にお前に礼を言われるためにやったんじゃねぇから、気にすんな」
「いや、言わせてもらうよ。裏世界では愛の性格は違ったようだけど、君みたいな人を友人にしたんだから幸せだったと思うよ」
「なっ、何恥ずかしいこと言ってやがんだ! 刹那的に滅ぼすぞ!?」
少し顔を赤くしている希だった。ツンデレか。
黄金の十字架。
奇跡を起こす力がありそうだ。前途多難なこの先に酷いことがないように祈ろうか。
「後、アリバイ調査だ。刑事ドラマみたいでドキドキする……あなた、六月一六日に八神愛さんと会いましたか?」
「会ったな」
「会ったんですか!? 何か言ってましたか!?」
「いや――特段変わったことはなかったと思うが。強いて言うなら……あれだな、あれ」
「あれ?」
「ちょっくら公園行ってくる、とか言ってたわ」
裏世界の愛ってそんな言葉遣いだったんですか……かなりショック。
それはともかくとして公園って、天空遊園のことだよな。真倉さんとすれ違ったことからも何らかの関係があるとは思っていたが、ここまで直接的とは思わなかった。
公園には行ったという事実――。
そして、遊具が粉砕していた。超能力でもない限りあんな惨状にはならない。
「超能力とかって現実世界でも使えるんですか?」
「使えない」
じゃあどうやって壊れたんだよ、と思うよりも早く、希は「但し――」と続ける。
「――裏世界と現実世界との影響率が高い場合のみ、反映されることがある」
知らない言葉が出てきたものの、要は現実も超能力の影響を受けるようだ。なら公園の遊具の破壊は何らかの異能使いがやったとも考えられる。
裏世界で破壊したのが、現実世界に影響したのだろう――。
「影響率……何がなんだかわからないな」
「そこらはまだ解明されてないから私もあんまり説明はできないぜ」
「概要だけでも」
すると彼女は異常に長い金色の髪を揺らしながら、首を傾げては唸る。そして「難しいんだよ」とかぶつぶつ呟いた。
「要は裏世界には現実世界に影響され易い場所が自然発生する。裏世界で建物を破壊してもいつの間にか現実世界と同じ状態に戻ったりな。そういうところは現実に揃えるような一定の恒常性が働いている訳だ」
「はあ」
「だが、その逆の場所もある。裏世界での破壊が現実世界に反映される場合だ。ある一点の座標で過剰な強さの異能を使ったりすると起こる。影響率が高い、ってな」
針は現実にも裏にも揺れるということか。で、どちらにも傾かないのが普通の状態と。
影響率は波みたいに変動するようだ。
このようにして水瀬希の調査は終了した。
流石探偵といったところか、一万円以上の働きはしてくれている。
想定よりも長居してしまったのでそろそろ帰ろうと、椅子から立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ帰りますんでさようなら」
「おい、待てよッ」
「は、はい……」
何故怒っている。そんな言い方しなくても止まりますよ?
ガンを飛ばしながら希は言う。
「全ての片が付いたらもう一度ここに来い」
「何で」
「いいから来い! わかったな!」
「わかりました!」
これをツンデレというのはツンデレに悪いというくらい厳つかった。
友人、水瀬希。
黄金の美女、一筋縄ではいかない人物である。
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「――へぇ、創造――クリエーションが素直に話すとは……もしかしたら君は大物なのかもしれないな」
「素直では断じてありませんでしたよ。それに二回ほど殺されかけました」
水瀬希、通称『創造』の根城である浮遊氷結城から出た後に、例の喫茶店で真倉さんと落ち合った。
事後報告と、事前報告のためだ。
「八神愛ほどじゃなくとも好戦的ではあるから生き残れただけでも重畳だと思うよ」
「まあ、そうですね……」
真倉さんはあっけらかんに言うが、一回ダンベルで頭を殴られて運が良かった、というのは随分と随分な話だ。
だが、目ぼしい情報を入手することができた。だからあまり気にしてない、と言ったら嘘になるけど。
とりあえず一安心はしていた。
「で、首尾はどんな感じだい?」
「まだ足りないですね。裏世界での愛の人格は大体理解しましたが、事件のことは全然ですからね」
「オーケー。関係者は三人残ってる。また会うってことでいいかな?」
「はい……」
先程、水瀬希にこれでもかというくらい真倉黒也には気をつけろ、と連呼されたことを思い出す。愛に恨みを持つ人物からの報復以上に危ないとか。
ふむ、そんな風には見えないけど。
怪しい笑みではあるが、世界に一人くらいはそういう顔の人がいても良いはずだ。
「あの、裏世界って偽名とか使われるんですかね?」
「当然さ。裏世界では個人情報の重みが違う、だから仮面被ってるやつもいる」
「……俺もそういうあった方がいいですよね、仮面は嫌ですけど」
「言ってもコスプレみたいなものだよ」
「普通に嫌です。ビッグサイトでもない限りは」
「それはそうだ。ちなみに八神愛の偽名は天空院海だ」
「何ですかその痛い感じの名前は……」
「一発で偽名と分かるから意味は為してなかったがね。だが、どうやら天空も海も君のためにあるらしい」
思い出の公園、通称『天空』遊園。
俺の名前、結城『海』斗。
「それならこの痛々しい偽名も理解できる」
「ははは……確かに痛々しいですね。でも――」
でも、馬鹿にできるようなことではない。




