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轟天館と個性的過ぎる邂逅を果たした雷牙達は、各自の荷物を部屋においてからロビーに集まっていた。
それぞれが自己紹介を終えると、両校の生徒会長が前に出る。
「それじゃあ挨拶も済んだことだし、今後の予定の説明するからよく聞いておいてねー」
「やること自体は単純や。基本はここにいる全員と一度は試合をしてもらうことになっとる。まぁ一日の試合数は二試合から四試合程度って感じやなー」
「試合を映像に残しちゃいけないけど、分析するのはあり。あと、観戦するのも自由だからね」
「ようは興味ない試合は見なくてもええっちゅうわけや。個人練習に当てるなり休むなり好きにすればええ。過ごし方はそれぞれやからな」
生徒会長二人の説明に雷牙が頷いていると、「ちょっと質問ー」と少しだけ間延びした声が聞こえた。
見ると、冥琴が手を挙げていた。
「試合自体を棄権したりするのはありだったりするのー?」
「それはアカン。プラス、おざなりに戦うんもナシや」
「今回は両校の実力をさらに上げるための試合だからね。適当に闘うのはダメ。けど、明らかに体調が悪いとかそういう場合は別ね」
「りょうかーい」
「他になにか気になることがある人はいる? あぁ、怪我をしても医療用ポッドはしっかり人数分あるから、心配しなくて大丈夫」
「それに危なくなったらウチ等がしっかり止めたるさかい、安心してや」
龍子が言うと、三咲が医療用ポッドを運んできた。
そのまま特に目立った質問もなかったため、龍子と黒羽は視線を交わしてから一度頷く。
「質問がないなら、試合に関してはこんなもんやな。ほんなら刑丞、あとよろしゅう頼むわ」
「ああ」
黒羽に言われ、二人と入れ替わるように刑丞が雷牙達の前に立つ。
彼は銀縁の眼鏡を静かに上げると、ホロディスプレイを表示した。
「夕方あたりの話にはなるが、我が校を含め他の育成校の新聞部が取材に来る。その際、個人インタビューをしたいという要望もいくつかあったため、胸に留めておいてくれ。取材する彼等もここに滞在することになっているため、余りハメを外し過ぎないように頼む。
また、うちの愚会長の発案になるが、試合と鍛錬だけでは息が詰まるとのことで、多少のレクリエーションも用意しているので、その際は楽しんでもらえれば幸いだ」
「愚会長ってなんやねん!」
「お前だ」
「……お前マジでそういうのサラッというなぁ」
黒羽はさすがにげんなりとしているが、刑丞含め轟天館は慣れているようで特にこれと言ったリアクションはおこさない。
落ち込む黒羽を無視し、刑丞はさらに続ける。
「事実を述べているまでだ。……失礼、話が脱線してしまった。あと集団行動というわけではないので、食事などは好きにとっていいとのことだ。大浴場の方も玖浄院側の厚意で使っていいことになっている。俺からは以上だ」
「はーい。刑丞くん、ありがとう。と言う感じで、施設は好きに使ってくれていいからね。コンビニはここから少し行った所にあるから、自転車でも使って行ってね。じゃ、そろそろ――」
龍子が含みのある笑みを浮かべた。
その笑みに雷牙はもちろんその場にいた全員が僅かに身構える。
「――対戦カードの発表といこうか」
龍子が指を鳴らすと同時に、それぞれの今後の対戦相手が表示される。
雷牙も他の表示された対戦表を見やり、自身の試合がいつ行われるのかを把握する。
彼の試合が行われるのは二日目からのようで、今日は試合は組まれていない。
できれば今日から闘いたかったが、こればかりは仕方がない。
それよりも雷牙が気になったのは、黎雄との対戦日だ。
自己紹介のときはこれといって不信感は感じず、黎雄も「よろしく頼む」と挨拶を返してきた。
軽い会話をしたところ、クールな印象とは裏腹に割りと話せる人物でもあった。
『一年生でメンバー入りとはすごいな。君との試合を楽しみにしている』
と自己紹介のときは、お世辞も多少は入っていたのかもしれないが、すこしだけ賞賛された。
しかし、雷牙は彼の言葉一つ一つ、いいや、行動に至るまで、すべて好感をもてなかった。
握手の時も会話をする時も、名乗る時も。
彼から感じたのは、雷牙に対する明確な敵意。
対戦相手に向けるような、あくまで選手に対する敵意ではなく、完全に雷牙「敵」と見定めたものだった。
――どうしてあそこまで……。
獅子陸という名前に心当たりはないし、母の知り合いにもそんな人物はいなかった。
彼について唯一知っていることといえば、武帝と呼ばれた彼の師匠である不動恒義のみ。
彼の名前は宗厳や美冬から少しは聞いていたし、著名な刀狩者としてネットにも上がっていた。
しかし、本当にそれだけで、雷牙と黎雄の間にはまるで接点がないはず。
堕鬼化した大城のように決闘をしたわけでもないし、会話だってさっきの自己紹介がせいぜいだ。
なのになぜここまで敵意を向けられているのか、雷牙はそれが気がかりでならなかった。
「……五日目、第三試合か……」
誰にも聞こえないような声で呟いた雷牙は、表示されているホロディスプレイから視線を外して黎雄を見やる。
彼は天一朗と共にディスプレイを見ながらなにやら話している。
その様子は最初に見たときと同じようにクールではあったが、雷牙に向けた敵意のようなものは微塵も感じない。
やはり、あの敵意は雷牙にのみ向けられていたようだ。
「雷牙、どうかしたのか?」
「ん? あぁいいや、ちょっと気になることがあってよ」
「心配事があるなら話してみてよ。一年生は私達しかいないわけだし、隠し事はせずにさ。ねぇ、瑞季」
「ああ。先輩達に話しにくいことなら、相談にのるぞ」
瑞季と舞衣はそれぞれ優しく声をかけてくる。
一瞬この問題に巻き込むべきではないだろうと考えはしたが、雷牙は二人の顔を見やると小さく息をついてから告げた。
「わるいな。じゃあ、あとで試合観戦中に話すってことでいいか?」
二人がそれぞれ頷くと、前に立った龍子が軽く手を鳴らす。
「はーい。それじゃあ今日の第一試合はこの後からはじめるよー。第一試合は、玖浄院の辻直柾くんと、轟天館の鋼上天一朗くん! 他のメンバーは好きなように過ごしてくれていいからね。記録係をすることになってる人は、しっかり試合内容を記録しておいてね」
龍子が指示を出すと、試合をすることになっている直柾と天一朗が先にアリーナへと向かう。
ほとんどの生徒がその後に続いていく。
雷牙ももちろん瑞季と舞衣と共にアリーナへ向かうのだが、彼はその途中で黎雄だけが皆とは別方向へ歩いていくのを見た。
轟天館も、玖浄院の面々もそれについては何も触れなかったが、雷牙はしばらくその背中を見続けていた。
「獅子陸黎雄に睨まれた?」
直柾と天一朗の試合が展開されているアリーナの観客席で、雷牙は瑞季と舞衣にことのいきさつを話していた。
「ああ。最初は勘違いかとも思ったんだけど、さっき自己紹介したとき、なんか嫌な感じがしたんだよ。完全に敵として捉えられてるみたいな感じのな」
「でも初対面でしょ?」
「そうだよ、正真正銘な」
「じゃあ、なにかしらの因縁があるとか?」
「山篭りしてた俺があの野郎と因縁が出来るわけねーだろ。なんだってんだかな、まったく」
「確かにそっか……」
舞衣は試合内容を記録しつつ雷牙の話に耳を傾けている。
瑞季を見ると、なにか難しい表情で考え込んでいた。
「獅子陸について俺が知ってることなんて、不動恒義の弟子だったってことくらいなんだよなぁ」
雷牙は溜息をつきながら呟くが、ふと考え込んでいた瑞季が声を上げる。
「そういうことか……。雷牙、仮説にはなるが、獅子陸がお前を敵視する理由が分かった気がする」
「え、マジか!?」
「あくまで仮説だがな。獅子陸の師匠は不動恒義だが、彼と因縁がある人物がいると聞いたことがある。その人物が君の師匠、柳世宗厳だ」
「師匠が? けど、親交があったなんて聞いてないぞ?」
「そこまでは私もわからないが、私が聞いた話では若い頃はライバルだったという。真実かどうかはわからないがな」
「師匠があの武帝と……?」
宗厳の口から恒義の名前を聞いたことはあるが、親交があったとは聞いていないし、ましてやライバルなどと言う話もなかった。
「でも瑞季の言うとおりだったとしても、なんで獅子陸が雷牙を睨むの?」
「そこまでは流石にわからない。ただ、師匠同士の因縁がもしかしたらあるのかもしれない」
「……わかった。一応後で師匠を問いただしてみる。ありがとな、二人とも」
雷牙は二人に礼を言うと、視線を直柾と天一朗の試合に戻す。
気になることはあるが、今は試合を観戦して自身の糧としなければならない。
五神戦刀祭まではあと二週間。
纏装を維持することはできるようになってきたが、まだ実力は不足している。
吸収できるものは全て吸収しなければならない。
アリーナへ行った雷牙達とは別方向にある修練場では、黎雄が訓練用の模造敵を前に鬼哭刀を構えていた。
彼は静かに息をつくと、模造敵に向けて鬼哭刀を振るう。
瞬間、模造敵は粉々に爆散し、跡形もなくその場から消し飛んだ。
疾風の属性による真空刃が、乱気流のように放たれたのだ。
黎雄は薄く笑みを浮かべると、拳を握り締める。
すると、彼の端末が鳴動する。
黎雄がそれに出ると、聞こえてきたのはねっとりと絡みつくような男の声だった。
『どうも、獅子陸くん。調子はいかがですか?』
「上々だ。ヤツとも接触することができた」
『それは何よりです。あぁ、それと先日渡したものは、好きに使っていただいてかまいませんが、下手をするとご学友まで巻き込みかねないので、お気をつけて』
「わかっている。話はそれだけか?」
『ええ。貴方には我々も期待しています。目標が達成できるように祈っておりますよ。ンフフフフ』
「……そうか。ではな」
黎雄は通話を切ると、一度俯いてから青く澄み渡る夏空を見上げた。
「……師匠、ようやくこの時が来ました」
空を見上げる黎雄の瞳には、黒い意志が蠢いていた。
「やれやれ、相変わらずですねぇ。獅子陸くん」
喫茶店の一角で呟いたのは、黒いハットを被った糸目の男性だった。
整った顔立ちではあるが、糸目の影響なのか何を考えているのか分からない、不気味な雰囲気もある。
口元に浮かぶ薄い笑みも本当のものなのか、偽物のものなのかすらも分からない。
「少しは感謝してもらいたいものですが、まぁいいでしょう。実験体であることには代わりは無いのだから。ンフフフフ……」
男性はテーブルにコーヒー代を置くと、そのまま静かに去っていく。
「全ては我ら、クロガネのため。どちらにせよ若い芽を摘めることには変わりはない。ですがまぁ、トラヴィスの例もありますし、もしものことも考えておきますか」
男性の口元に浮かんだのは、三日月のように吊りあがったどす黒い笑み。
雑踏に紛れるように男性はその場から姿を消した。




