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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第四章 黒き胎動
95/421

1-7

 ファルシオン邸の中庭では、雷牙がヴィクトリアに稽古をつけられていた。


 ただ、その様子は昨日とは少し違うようで。


 雷牙の手に鬼哭刀はなく、完全な丸腰の状態。


 対してヴィクトリアはというとクラレントから炎を吹き上がらせて、次々に火球や炎と伴った斬撃を放っている。


 朝食を済ませた後、ある程度纏装を維持できるようになった雷牙は、ヴィクトリアから新たな稽古を受けている真っ最中だ。


 稽古内容は単純。


 纏装を維持した状態でヴィクトリアからの攻撃を全て回避すればいいだけである。


 纏装によって身体能力が強化されているのだから、回避だけならできると思うだろう。


 しかし、実際は違う。


 雷牙は今のとこと全ての攻撃を回避できるものの、その表情はどこか苦しげだ。


 なおかつ、殆どの攻撃をギリギリの状態で回避している状況である。


 ヴィクトリアは勇護と同じ火炎の属性覚醒者なのだが、彼は比較にならないほどにその技の数々は洗練されている。


 勇護が強いとは言っても、それはあくまで学生の中での話。


 プロであり、その中でも上位クラスの強さを誇るヴィクトリアでは恐らく比較にすらならないだろう。


 ――これがプロの実力ってやつか……!



 連続して放たれた火球をギリギリで回避する雷牙の瞳は僅かに青く染まっていた。


 ヴィクトリアによれば、纏装の影響であるらしいが、もっと体が慣れてくれば身体的な影響は出なくなるという。


「ッ!!」


 雷牙が顔をしかめた。


 それに呼応するかのように、体から一瞬だけ大きく霊力があふれ出す。


 火球を回避した瞬間、集中が切れてしまい纏装にひずみが出来てしまったのだ。


「集中して! 纏装を崩さない!!」


「……はいッ!」


 ヴィクトリアに指摘され、雷牙はすぐに霊力を纏装の状態に戻す。


 その間も攻撃は決して止まらず、飛来してきた炎の斬撃をすんでのところで回避する。


 急速に霊力が溢れ出ようとしたのを強制的に収めた反動か、雷牙は自身の霊脈が熱くなるのを感じ、眉間に皺を寄せる。


 やはりまだ纏装を完璧には維持することができないようで、僅かに集中を切らしただけで霊脈からは霊力が溢れようとする。


 なおかつそれをとどめようとすると、霊脈に過剰な負荷がかかる。


 並みの霊力保持者であればそこまで苦しくは無いのだろうが、桁外れの霊力を持つ雷牙への影響はかなり強いようだ。


「……上等だっての……!」


 苦しげながらも雷牙は体全体を飲み込むほどの火球を回避すると、ヴィクトリアは笑みを浮かべた。


「まだ余裕がありそうだから、こんな攻撃も入れていこうかしらね!」


 天を突くようにクラレントを掲げたヴィクトリア。


 瞬間、剣先から小さな炎の塊が連続で射出された。


 それらはやがて勢いをなくし、まるで隕石のように雷牙の頭上へ降り注ぐ。


「それに交えながらこっちも攻撃していくわ。全て回避してみなさい!」


 彼女から再び身の丈ほどはありそうな大火球が放たれた。


 普通であれば絶望か、諦めが先に出てしまうこの状況だが、雷牙は呼吸を落ち着けると飛来する火炎と火球を見やった


 口元には笑みがある。


 こんな状況でも雷牙の中にある闘争心、強者への渇望は反応するようだった。


 そのまま約三時間、休憩を入れずに稽古は行われた。




「よし、それじゃあ一旦休憩を挟みましょうか。あ、雷牙くん。纏装はそのまま維持していてね」


 最後の火球を回避したところで告げられ、雷牙は呼吸を落ち着けながら体全体に霊力を馴染ませる。


 回避運動をとっていて雷牙にはなんとなくだが纏装のコツが掴めて来ているようだ。


「うん、かなり維持できる時間が延びてきているわね。三時間の稽古中も殆ど切れていなかったようだし」


「それでも、まだ集中切らすと維持はかなりキツイですけどね……」


「そのあたりは繰り返しやっていくしかないわね。眠る時は特に切れがちになるから気をつけて」


「了解です」


 雷牙が頷いたところで、遠巻きに稽古を見ていたレオノアが駆けてくる。


「お疲れさまー。飲み物もってきましたよー」


 二人はレオノアにそれぞれ礼を言ってからペットボトルを受け取り喉を潤す。


 一段落して落ち着くものの、雷牙は僅かに視線を動かす。


 同時に、レオノアの視線も雷牙と同じ方向へ向く。視線の先にあるのは、大小さまざまなクレーターが出来たり、穴が開いたり、抉られたりといった惨状の中庭だ。


「あの、稽古つけてもらってる俺が聞くのもあれなんですけど、庭はこれで大丈夫なんスか?」


「そうよ、お母様。いくら稽古のためとはいえ、穴とかすごいし、でこぼこだよ?」


「大丈夫よ。あとで庭師さん呼んでおくし。家のほうには特にこれといった問題もないじゃない」


「そっすか……お前のお袋さんって割りとアバウトだよな……」


「……まぁ基本は真面目というかしっかりしてるんですけど、たまにこういうところがあるといいますか……」


 雷牙の耳打ちにレオノアは呆れ混じりの溜息を漏らす。


 ヴィクトリアはというと荒れた中庭を見回しながら「あのあたり寂しい感じがするわね」と、指でフレームを作りながらなにやら悩んでいる。


「あ、そうだ。こんなこと聞くのは失礼かもしれないんスけど、あの事件の後、ヴィクトリアさんは結局ハクロウに残ったんスか?」


「あら、レオノアから聞かされていなかったの?」


「そういえば、言い忘れてました……てへっ」


 レオノアはわざとらしく舌を出しているが、とりあえずそれには触れないでおく。


 あの事件とは即ち、ヴィクトリアを殺害するためレオノアが誘拐された事件のことだ。


 後から知ったことだが、クロガネと内通していたのはハクロウ英国支部の支部長だったらしい。


 ヴィクトリアは英国を出国する際、その支部長と『本部には所属しない』という契約をしたらしいが、支部長が投獄されたことで契約は破棄されたとのことだ。


 ならば彼女は日本本部所属の刀狩者として活動できるのではないかと思うが、裏切られている彼女がハクロウに所属するのか雷牙には疑問があったのだ。


 ヴィクトリアは空を見上げながら口元に笑みを浮かべる。


「あの後、本部の武蔵長官から正式に本部に所属しないか、という誘いは受けたわ。だけど、英国でもずっと戦い詰めだったからね、しばらくお休みが欲しいって言ったわ」


「じゃあ、もうハクロウには所属しないってことですか?」


「うーん。それも少し違うわね。今の私の状態は所謂嘱託職員のようなものね。正式に本部には所属していないけど、なにか問題や手を貸して欲しい時に、私の力を行使するって感じにね」


「なるほど。まぁ確かに生活もありますもんね」


「ええ。たくわえがあるとは言っても、ニート状態ではいろいろと不安もあるし、たまには体を動かさないといろいろ鈍っちゃうもの」


「じゃあお母様、日本に来て斬鬼と闘ったりしたの?」


「それはまだね。嘱託である以上、必要以上には動かないわ。もしも要請があるときはこの端末に――」


 彼女がポケットから取り出した端末を出すと同時に、端末からは激しくアラームが鳴る。


 が、それはヴィクトリアだけではなく、雷牙とレオノアも同じだった。


 端末を取り出すと、ホロモニタが強制的に表示されており、雷牙達はそこに表示されている文字を見ると同時に眉間に皺を寄せた。


『妖刀顕現警報』。


 モニタには黒い文字でそう表示されていた。


 この警報は周囲三キロメートル圏内で妖刀が発生したことを報せるものだ。


 警報は鐘魔鏡の反応を元にハクロウの観測課が解析し、市民に一括で送信される。


 妖刀顕現の距離が近ければ近いほど、表示とアラームは激しくなり、一キロ圏内では赤い画面が表示されることになっており、警報から『即時避難』という文言に変わる。


「妖刀が出たか」


「この状態だとまだ斬鬼になっていないってことですよね……?」


「とりあえずはな。ただ、その妖刀に魅入られた人間がいた近くにいた場合はそろそろ斬鬼化しててもおかしくねぇ」


 妖刀は人間の強い負の感情に引き寄せられて顕現するため、顕現したその場に魅入られた者がいてもおかしくは無い。


 口元に指を当てて考えていると、ヴィクトリアの端末が激しく鳴動する。


 彼女はそれを見やると、真剣な眼差しを雷牙とレオノアへ向けた。


「ハクロウから出動要請が来たわ。妖刀の危険度は橙。すぐに対処に向かおうと思うんだけど、ちょうどいいから二人もついて来なさい」


「いいんスか!?」


「ええ。でも闘ってはダメよ。私の戦いをよく見ておいて。レオノアもね」


「わかったわ。お母様」


 二人はそれぞれ頷き、ヴィクトリアも戦闘服に着替え、クラレントを背負う。


「一気に走るわ。振り切られないようにしっかりついて来なさい。雷牙くんは纏装を緩めずにね」


「了解です」


 返事をすると同時に、ヴィクトリアの姿が消え、雷牙とレオノアもその後と追うように消える。





 ビルの上や隙間を駆け抜けること数分、先行するヴィクトリアがハンドサインで速度を落とすように指示してきた。


 見ると、視線の先でハクロウの職員達があわただしく動いていた。


 着地したヴィクトリアは、その中に一人に声をかける。


「出動要請を受けて来ました、ヴィクトリア・ファルシオンです。状況はどうなっていますか?」


「ファルシオン!? あ、あぁすみません! 責任者は私です。妖刀は既に斬鬼の手にあるようで、斬鬼は結界内部に封じています」


 すこしだけ気の弱そうな男性は、ヴィクトリアに驚きつつも状況を説明していく。


 結界とは、斬鬼の侵攻をとどめる役割を果たし、刀狩者とは別にそれを制御する人物がいる。


 恐らく彼や彼の周りで動いている人物がそうなのだろう。


「結界内部の状況は?」


「刀狩者の到着が遅れているため、斬鬼はほぼ無傷です。ですが、警報が早かったこともあり、内部の避難は完了しています。斬鬼を頼めますか?」


「そのためにここに来ました。それと、この子達も後学としてつれて行きます」


「え!? そ、それは――!」


 男性は食い下がろうとしたものの、ヴィクトリアはそれを無視し「行くわよ」と短く告げて結界に飛び込んだ。


 雷牙とレオノアも男性に軽く頭を下げると、彼女の後を追って結界に飛び込む。


 結界、とはいっても外部と完全に断たれる空間というわけではなく、雷牙の後ろでは男性は動揺した様子で叫んでいる。


「大丈夫? 強引に入ってきちゃったけど……」


「平気よ。すぐにカタをつけるもの」


 レオノアの心配をよそに、ヴィクトリアはクラレントを抜く。


 瞬間、人間の気配を感じ取ったのか、数十メートル先の雑居ビルを激しく崩壊させながら、大きな影が現れた。


 赤い瞳に一対の角。


 大きくわれた口からは凶悪な牙が覗き、爪は刀のように鋭利で、その手には禍々しい光を放つ刀が握られている。


 斬鬼だ。


 大きさは三メートル程度だが、妖刀の危険度が高いからか威圧感は体の大きさ以上に感じる。


 すると、ヴィクトリアがレオノアと雷牙の前にアスファルトに線を刻む。


「そこから出てはダメよ。そしてそこでよく見ていなさい」


 瞬間、ヴィクトリアの姿が消失し、斬鬼の目の前に現れると瞬時に大剣を振るう。


 が、斬鬼もそれに反応して見せると、妖刀を振ってそれに対応してみせた。


 激しく火花が散るものの、ヴィクトリアは弾かれたことなど殆ど苦にせずに二撃、三撃を打ち込んでいく。


 斬鬼もそれに対応しているが、やはり彼女の実力には敵わないようで徐々に後退を始めている。


「すごい……」


「ああ。俺に稽古をつけてそれなりに霊力を消耗してるはずなのに、動きがちっとも落ちてねぇ」


 あれだけ長い間霊力を使っていたというのに、ヴィクトリアは汗一つかいていない。


 霊力が多い方だとは言っていたが、やはり運用の仕方においても違うようだ。


 が、斬鬼も馬鹿ではないようで、ヴィクトリアの一瞬の隙を突いて、レオノアと雷牙に向けて走ってきた。


 反射的に雷牙はレオノアの前に立つものの、彼は視線の先にいるヴィクトリアの表情を見る。


 彼女に瞳に光はなく、絶対零度の眼差しが斬鬼を捉えていた。


 


 刹那、それは起こった。




 斬鬼の体が背後から真っ二つに焼き裂かれたのだ。


 頭もろとも両断された斬鬼は、それぞれのパーツのままアスファルトへ崩れ落ちる。


 倒れた斬鬼の亡骸の奥からは、大剣を担いだヴィクトリアが悠然とこちらへ歩いてきていた。


 ――殆ど見えなかった……。


 ヴィクトリアの視線を確認した瞬間、斬鬼が真っ二つになっていた。


 彼女が霊力を使ったことは分かる。


 しかし、その速度たるや凄まじいの一言だ。


 雷牙は小さく喉を鳴らすと、半笑いになりながら呟く。


「……これが、プロの世界ってやつか……!」


 はじめて見る光景ではなかったが、雷牙は改めて学生とプロの強さに違いを思い知るのだった。






 夕方、雷牙とレオノアの姿はファルシオン邸の門の外にあった。


 雷牙とレオノアはそろそろ玖浄院へ戻る時間なのだ。


「二日間、お世話になりました」


「いいえ。こちらこそお話ができてたのしかったわ。纏装の修業、がんばってね」


「はい。ありがとうございました」


「またね、お母様」


「ええ」


 短い挨拶を終えて、雷牙とレオノアは歩き出すものの、不意に「雷牙くん」と呼び止められる。


 振り返ると、ヴィクトリアが微笑みを浮かべながら告げてきた。


「戦刀祭、頑張ってね。あなたならきっと、光凛さんを超えられるわ。あと行き詰ったらいつでもきてくれていいからね。私ができることならあなたを全力でサポートするから」


「……ありがとうございます!」


「レオノアも、あまり雷牙くんに迷惑をかけちゃだめよー」


「分かってるよー」


 レオノアは少しだけ気だるげに返し、今度こそ二人は玖浄院へ向けて歩き出す。


 やがてヴィクトリアの姿が見えなくなったところで、雷牙はポツリと呟く。


「すごいな、お前のお袋さん」


「……こういうことは自慢になってしまいそうで答えたくはないんですけど、私もそう思います」


「いや、胸を張るべきだろ。あんなにすごい人なんだからな。俺も勉強させてもらったよ」


 纏装という新たな力を教えてもらい、さらには現役の活躍を間近で見せてもらった。


 戦刀祭や強化試合の前に良い刺激を貰い、雷牙は魂が打ち震えているのを感じていた。


 すると、なにやら我慢できなくなったのか、雷牙は「よし!」と声をあげると、レオノアに向き直る。


「玖浄院まで走るぞ! なんなこう興奮してて発散しないとだめだ!」


「はい! あ、発散するなら私の体でも――」


「――よぉし! レッツ・ラ・ドン!!」


 レオノアが何か言いかけていたが、雷牙はそれを無視して走りはじめた。


 その胸中には、新たな力を必ずものにしてみせるという決意が確かにあった。

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