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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第四章 黒き胎動
94/421

1-6

「ふんぬぅぅ……!!」


 ファルシオン邸の中庭では、雷牙が踏ん張るような声を漏らしていた。


 表情は非常に険しく、額には青筋が立っている。


 怒っているわけではなさそうだが、なにかに四苦八苦しているのは分かる。


 さらには大量の発汗もあり、相当気張っているのが見て取れた。


「ぬぉあぁぁああぁぁ……!!」


 額に汗を滲ませながら力む雷牙からは微量ながら霊力が溢れ出ている。


 体の全体からオーラのように吹き上がる霊力は、大きさや揺らぎをしきりに変えている。


 現在雷牙が行っているのは、纏装之型の鍛錬だ。


 ヴィクトリアに修正点と戦闘力強化案を聞いた後、少しの休憩を挟んだ雷牙は、ひたすら霊力を纏う練習を繰り返していた。


 しかし、鍛錬は見てのとおり難航している。


 ――うっそだろ……!? 霊力を纏うだけなのにこんなに難しいもんなのかよ……!!


 苦悶に表情をゆがめる雷牙は、纏っていた霊力を一度引っ込める。


「づハァッ! ハァ……!」


 肩で息をする雷牙は、深く息をしながら呼吸を落ち着けるものの、表情には困惑が見えた。


 今まで霊力を放出すること自体は決して苦しいことではなかったのに、霊力を纏う意識一つでこうも勝手が違うものかと改めて痛感する。


 近くに置かれていたスポーツドリンクをあおりながらヴィクトリアの言葉を思い出す。


『纏装之型で勘違いしちゃいけないのは、霊力を放出すればいいというわけではないわ。重要なのは、服を着るように纏うこと。薄い霊力の膜で体全体を包むことを想像すれば簡単かもしれないわね』


 彼女は雷牙にそう告げると、レオノアと共に夕食の買出しへ行ってしまった。


 中庭に残っているのは雷牙だけで、教授してくれる者は誰もいない。


「正直コツでもあれば……」


 言いかけたところで雷牙は口をつぐむと、雑念をはらうように首を振る。


 ――だめだ。これは俺一人でできるようにならねぇと……!


 彼は大きく深呼吸をするとパンと両頬を軽く叩き、再び霊脈を開く。


 こんなところで躓いてはいられない。


 コツなどを教わろうとした自身の甘さを振り払うかのように、雷牙は自身の中へ意識を集中させていく。


「イメージは薄い膜で覆うこと……!」


 言われたことを反復しながら再び霊脈を開くと、彼の体から霊力がゆっくりと洩れ始める。


 霊力はじわりじわりと彼の体を覆っていくものの、やはりある一定の時間が過ぎると、ダムが決壊するように大量の霊力があふれ出してしまう。


「だぁっ! クソッ! これだとゆっくりすぎるのか……。じゃあ次は一気に出して徐々に減らしていく、感じで……!」


 今度は方法を変えて一気に霊力を放出した後、徐々にそれを小さくし、膜のようにとどめていく。


 が、これもある一定の大きさに減らしてしまうと、霊脈が不安定になってしまい弾ける様に霊力が掻き消えてしまう。


「あーこっちでもダメか。少し別のことして気ィ紛らわすか……」


 雷牙はおいてあった兼定を手に取ると、素振りを始める。


 頭の中でイメージはできている。


 しかし、問題なのはそれをどうやって実現させるかだ。


 恐らくネックになっているのは、雷牙の大きすぎる霊力だろう。


 大きすぎるがゆえに霊脈の微調整が難しく、軽く蛇口を捻ったつもりがとんでもない量の霊力が溢れてしまう。


 それに仮に纏う事を達成してもだ。


 その後には纏っている状態を四六時中維持しなければならない。


 問題はまだまだ山積みで、雷牙は溜息をつきそうになる。


 が、不意に彼は素振りを止めて兼定を見やる。


「そういや、霊力を飛ばす時は兼定に霊力を集めてるよな……」


 自分の攻撃手段を思い浮かべ、スムーズに兼定の刀身に霊力を集めていく。


 特にこれと言った問題もなく、霊力はいつもどおり刀身へあつまり、いつでも撃ち出せる状態へ入った。


 その状態を維持しつつ、軽く振ってみる。


 霊力は消えず、勝手に溢れることもない。


「待てよ……」


 雷牙は何かを思いついたのか、鬼哭刀を鞘に納め、太もものあたりに乗せた状態で座禅に近い格好でその場に座る。


 彼は深く呼吸すると、瞳を閉じて再び霊脈を開いた。







「ねぇ、お母様」


 レオノアはどこか心配そうな声音でヴィクトリアに声をかける。


「んー?」


 対してヴィクトリアは陳列された野菜類を吟味しながら気に入ったものを買い物カゴへ入れていく。


 二人がいるのはファルシオン邸から程近いショッピングモール内のスーパーだ。


 夕方ということもあってスーパーには家族連れが目立つものの、彼女達二人は別の意味で目立っていた。


 だがそれも当然かもしれない。


 ヴィクトリアはモデルや女優かと見紛うレベルの美女であるし、レオノアも決して負けてはいない。


 しかも両者共に日本語ペラペラというギャップもあるのか、すれ違う人々は皆一様に彼女達を視線で追ってしまっていた。


「雷牙さんを一人にしてよかったの? 雷牙さん的には纏装のコツとか、細かいやり方とか教えて欲しかったりするんじゃないかな」


「……そうね。確かにレオノアの言っていることはわかるわ。だけど、こればかりは自分で掴むしかないのよ」


「そうなの?」


「ええ。霊力の扱い方は個人個人で運用の仕方が違うわ。雷牙くんには雷牙くんなりの進め方があるし、扱い方がある。そこに私が何かを言ったとしても、アドバイスにすらならない可能性がある。だったら、取っ掛かりだけを与えてあげて、自分のやり方で進めさせた方がいいわ。私の時も光凛さんに感覚を教えてもらっただけだったし」


「でもさぁ。いきなり放っておくっていうのはちょっと……」


「心配なのはわかるけれど、あまり心配しすぎるのもどうかと思うわよ。心配も度が過ぎればお節介どころか、邪魔にだってなるんだから。それに雷牙くんなら自分に合った方法をきっと見つけることができるから大丈夫よ」


 ヴィクトリアは柔和な笑みを浮かべると、「じゃあ次はお肉お肉ー」と軽やかに歩いていく。


 奔放な母にレオノアは小さく溜息をつくものの、彼女の言っていることは理解できる。


 だから彼女はこれ以上、雷牙の身を案じるのはやめた。


 彼のことを想っているのなら、心配ではなく、信頼を向けようと考えたのだ。


「……雷牙さんなら、できますよね」


 呟いたレオノアは、先を行く母の後についていった。




 二人が帰宅する頃には、夕日は殆ど見えなくなり、空は群青色に染まりかけていた。


「少し遅くなっちゃったかしらね」


「そうだよー。タイムセールに飛びつくなんて……」


「あら。美味しい食材が安価で手に入るなんて素晴しいじゃない。雷牙くんはたくさん食べると聞いているし、あるにこしたことはないでしょう?」


「まぁ、そうだけどさ」


 レオノアは車の後部座席に詰まれた大量の食材を見やる。


 あの後、スーパーではタイムセールが始まり、見事にヴィクトリアがそれに食いついたのだ。


 結果として、予定していた時間よりも一時間以上オーバーしてしまっていた。


「雷牙さん絶対待ちくたびれてるよ」


「平気よ。少し話した程度だけど、なんとなく光凛さんと似ているところはあったから、特に気にしていないと思うわ」


「……だといいけど」


 レオノアが溜息をつくとちょうど、家の門が見えてきた。


 そのまま敷地内にある車庫に向かっている途中、ふと中庭を見やった時、レオノアは「あっ」と僅かに驚いた声を上げた。


「と、停まって。お母様!」


「どうしたの?」


「いやホラ、あれ見て!」


 レオノアに言われ、ヴィクトリアは一度車を止めて助手席側の窓の外を見やる。


 同時に、彼女は僅かに息を呑んだ。


 二人の視線の先には座禅を組むように座っている雷牙の姿があった。


 中庭のほぼ中央に座っている彼は穏やかに呼吸しているようだったが、それ以上に驚いたのは、彼の体が僅かに発光していたことだ。


 それこそ眼をよく凝らしてわかる程度の発光であるが、薄暗い庭の中でその姿は認識できる。


 発光の仕方からして纏装の初期段階に近いことはあきらかだ。


 纏装は最終的には霊力を纏っていること自体が分からなくなるほどに洗練されるのだが、初期段階として最初はあのように薄い発光現象が起こる。


「……この短時間であそこまで」


 光凛の息子であるため素質はあると思ってはいたが、まさか三時間前後目を離していただけでここまで磨き上げるとは。


 ヴィクトリアの口元には微笑が浮かぶものの、助手席に座っていたレオノアが、急にドアをあけて雷牙に向けて駆けていった。


「やったー! すごいですよ雷牙さん!!」


「あ、待ちなさい! レオノア!!」


 どうやら雷牙が纏装を成功させたと思って祝福しようとしているようだが、今はそれをすべきではない。


「待って、レオノア!! 今の雷牙くんに触っちゃだめよ! どっちも危ないから!!」


 焦った様子で声をかけるヴィクトリアだが、レオノアはまったく聞かずに雷牙の背中に飛びついた。


 瞬間、雷牙を中心として爆発が起きた。


 無論、本当に爆発が起きたわけではない。


 雷牙の霊力が一気にあふれ出し、爆発に似た現象が起きたのだ。


「ふぎゃ!?」


「ぐお!?」


 霊力が炸裂したことで飛ばされてきたレオノアと雷牙がそれぞれ短い悲鳴を上げる。


 吹き荒れる霊力がおさまったところで、ヴィクトリアは飛ばされてきたレオノアの頭を軽く小突く。


「あたっ!?」


「まったく……。待てっていったら止まりなさい」


「ご、ごめんなさい」


 レオノアはしょんぼりしながら謝るものの、同じように吹っ飛ばされてきた雷牙は何が起きたのか分かっていないようだ。


「大丈夫? 雷牙くん」


「あぁ、はい。けど、一体何が……?」


「レオノアが飛びついたことで集中が切れてしまったのよ。そしてとどめていた雷牙くんの膨大な霊力が一気に膨張した結果、爆発してしまったってわけ」


「あ、じゃあ私のせいなんだ……」


「当然よ。だけど、注意しておかなかった私もわるかったわ。二人とも怪我はない?」


 ヴィクトリアの問いに雷牙とレオノアはそれぞれ頷くも、雷牙の腹の虫が盛大に鳴った。


「よろしい。それじゃあ、夕飯にしましょうか。その後は、雷牙くんにいろいろ聞かせてもらおうかしらね」


 いろいろと彼に聞きたいことはあるが、まずは雷牙の腹を満たすことを優先することにした。






()()()()()()()()だと思うようにした……」


 夕食後、ヴィクトリアは真剣な表情で雷牙の話を聞いていた。


「はい。最初は霊力で徐々に体を覆ったり、一気に出した後に小さくしていったりしたんですけど、どれもダメで。けど、霊力を飛ばすあの技を思い出して閃いたんです」


 雷牙は鬼哭刀、兼定を持ち出すとゆっくりと鞘から引き抜いた。


「あの技は、一度霊力を鬼哭刀に集めてます。その時はすげぇスムーズに霊力が集まってることを思い出して、いっそのこと自分をひっくるめて鬼哭刀だと思えば、自然に霊力を纏えるんじゃないかって」


「なるほど……。確かに、その方法なら出来なくはないかもしれないわね」


「けど、出来たって言ってもさっきのがはじめてなんですけどね。二人が帰ってくる前は何度も失敗してました」


「それでもすごいですよ、雷牙さん! あんな短時間で、しかも誰にも教えてもらわずにコツを掴むなんて!」


「そう言われると、うれしいもんだな……」


 ズイッと雷牙との距離を詰めるレオノアに、雷牙は恥かしさと嬉しさが入り混じったような表情を浮かべる。


 どうやら鍛錬の後遺症などはなさそうだ。


 表情には出さないがヴィクトリアは驚いていた。


 彼女が当初予想していたビジョンとしては、今日中に手足の一部分でも霊力をまとう程度だった。


 だが実際、雷牙は彼女の予想を遙かに超える成長を見せた。


 まさか自分自身を一本の刀として見て、纏装の初期段階に到達してしまうとは。


 ――なんて子だろう。


 舌を巻くヴィクトリアであるが、雷牙が出来てしまうのも当然かもしれないと納得する。


 この少年は、あの綱源光凛の息子だ。


 彼女自身が考案したこの纏装自体がかなり突飛なことなのだから、それを息子である雷牙が突飛な発想で修得するのは当然といえば当然だ。


「というわけで祝福の熱いベーゼを……!」


「やめろっつーの!! お袋さん見てる前で!!」


 レオノアがキスを迫っているが、雷牙は彼女の頭を掴んでそれを阻止する。


 が、鍛錬のしすぎなのか、それともレオノアの力が強いのか、段々とレオノアが押してきている。


「ちょ、すごい力だ!!?」


「フフフ! さぁさぁこのまま既成事実を、きゃうん!!??」


 雷牙の唇まであと少しに迫ったところで、レオノアは変な悲鳴を上げるとぐったりとする。


 見かねたヴィクトリアが軽い手刀を放ったのだ。


「まったくもう……ごめんなさいね、雷牙くん」


「あぁいえ、慣れてるんで。大丈夫っス」


「慣れてる……」


 どうやら娘は学校でも雷牙に猛烈なアプローチをしているらしい。


「とりあえず今日はもう遅いから、鍛錬はせずに休みましょう。明日また、見せてもらっていいかしら?」


「はい。こっちこそ、よろしくお願いします!」


 雷牙は勢いよく頭を下げた。


 ヴィクトリアも満足そうに頷くと、雷牙は客間へ、ヴィクトリアはレオノアをベッドに寝かせた後、自分のベッドに横になる。


「……貴女の息子さんは、本当に強くなりますよ」


 亡き光凛の後姿を思い浮かべ、ヴィクトリアは眠りについた。

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