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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第四章 黒き胎動
93/421

1-5

 ファルシオン邸の中庭で向かい合うように立った雷牙とヴィクトリア。


 雷牙は鬼哭刀『兼定』を。


 ヴィクトリアは大剣型の鬼哭刀『クラレント』を握っている。


「さてと、まずは雷牙くんの今の実力を計らせてもらいましょうか」


「模擬戦っスか?」


「そう。ルールは単純。相手に刃が触れたらそこで終了。霊力は使っても大丈夫」


「いやでもここで霊力を使ったら……」


 雷牙は家の方をやや心配げに見やる。


 彼の霊力は人並み外れているため、壊れはしないかもしれないが、家屋へのダメージを心配しているのだろう。


「大丈夫。ハクロウがある程度は保障してくれてるから、心配無用よ」


「わかりました。じゃあ、よろしくお願いします」


「よろしい。レオノア! スタートの合図よろしく! あとタイムを計っておいて」


「りょーかーい!」


 やや離れた場所にいるレオノアが手を振りながら返事をしたので、雷牙とヴィクトリアは間隔をあける。


 二人は鬼哭刀を構えると、レオノアに視線を向ける。


 準備が完了したようだ。


「それじゃあ行きますよ! 試合、開始!!」


 宣言と共にレオノアが腕を振り下ろす。


 瞬間、動いたのは雷牙の方だった。


 土煙を立ててヴィクトリアに肉薄した雷牙はそのまま彼女の肩口に剣閃を放つ。


 しかし、斬撃は真紅の大剣、クラレントによって阻まれる。


 刃同士が激しく衝突し、火花が散った。


「思い切りはいいね」


「どうもッ!」


 ヴィクトリアに返答しつつも雷牙は攻撃の手を緩めない。


 霊力で身体能力を強化し、高速の剣閃を次々に重ねていく。


 が、そのどれもヴィクトリアの肌に届くことはなかった。


 剣戟を交わすこと数十回。


 雷牙は一度ヴィクトリアから距離を取る。


 ――やっぱりつえーな。正直全然攻められる気がしねぇ。


 頬を伝う緊張の汗を拭いつつ、雷牙は改めて目の前にいる人物の強さを思い知る。


 それもそうだろう。


 なにせ目の前にいるのは英国ハクロウ支部で序列五位という強さを誇っていた人物だ。


 一学生である雷牙に遅れをとるはずがない。


 とはいえその程度で雷牙が絶望することはない。


 寧ろ楽しくなってきた。


「……こんな機会、滅多にないだろうしな」


 相手はプロの中でもずば抜けた実力者だ。


 そんな人物と手合わせできるとはなんとうれしいことかと、雷牙の口元には笑みが浮かぶ。


 戦闘狂の血が騒ぎ始めたようだ。


「ふぅん……。雷牙くんも笑うのね」


「え?」


 ふと投げかけられた声に雷牙は疑問符を浮かべる。


「まぁ癖っつーか。遺伝っつーかそんなもんなんですけど、やっぱ母さんも笑ってました?」


「もちろん。戦いの時なんて特にね」


 やはりと言うべきか、光凛はヴィクトリアの前でもよく笑っていたようだ。


「まぁ実の師匠に戦闘狂って言われるくらいヤバイ人っスからね」


「フフフ。確かに、私も始めてみた時は怖気が走ったものだわ……っと、お話している時じゃなかったわね」


 ヴィクトリアは懐かしげに笑うもののすぐに気持ちを切り替えたのか、雷牙の鋭い視線で捉える。


 肌がひり付くような間隔が奔った雷牙は後方に跳ぶ。


 刹那、雷牙が立っていた場所に砂塵が舞った。


 ヴィクトリアが一気に距離を詰め、その大剣を思い切り振り下ろしたのだ。


 蜘蛛の巣状にヒビが入った地面に雷牙の表情が強張る。


 ――なんつー力だ! しかも今の一撃、霊力を殆ど使ってねぇ……!!


 通常、刀狩者は霊力を使用して身体能力を飛躍的に向上させる。


 これによって人間の数倍の体格を持つ斬鬼を相手にできるのだが、たった今、ヴィクトリアが放った一撃には殆ど霊力の反応を感じなかった。


 つまり彼女は純粋な筋力のみであれを起したことになる。


 身の丈ほどもある大剣を軽々と扱うのだから、それなりに筋力があるとは思っていたがまさかここまでとは。


 ぞわり、と雷牙の背筋に電撃にも似た感覚が走る。


「面白ぇ……!!」


 口元に浮かぶ笑みはさらに強くなり、雷牙は着地後すぐに霊力を纏ってヴィクトリアに飛び掛る。


「ゥラア!!!!」


 霊力を込めた一撃はクラレントの刀身を揺らすほどの衝撃を生み出し、彼女を僅かにその場から後退させる。


 続けて雷牙は刀身に霊力を回し、打ち上げるように振るう。


「ッ!」


 ヴィクトリアはその危険性を瞬間的に理解したのか、僅かなステップで飛び退いた。


 同時に、衝撃波にも似た霊力による斬撃が放たれる。


 地面を走るように斬撃は伸び、五メートル以上に渡って深い溝を作り出すものの、ヴィクトリアに傷はない。


 しかし雷牙は止まらず、ヴィクトリアに向けて追撃を仕掛ける。


 対し、ヴィクトリアも迎撃の姿勢を取った。


 兼定を振り下ろす雷牙にあわせ、彼女は大剣を振るう。


 同時に兼定は弾かれ、雷牙の体は空中へと放りだされる。


 ――重い……ッ!


 霊力を纏っていたというのにいとも簡単に空中へと投げだされ、顔をしかめながらも何とか空中で態勢を立て直す。


 顔を上げてヴィクトリアを捉えた瞬間、彼女の姿が消えた。


 瞬間的に雷牙は背中側に鬼哭刀を回そうとしたが、僅かに反応が遅かった。


「少し遅いわね」


 降って来たのはヴィクトリアの声だったが、視線を向けるよりも早く背中に鈍痛が走った。


「ァ……ッ!?」


 僅かに霊力を集めて防御はできたがほぼクリーンヒットに近い衝撃が雷牙を襲い、彼はそのまま中庭に叩きつけられる。


 しかし、まだ模擬戦は終わっていない。


 勝敗条件は鬼哭刀の刃が触れた時だ。


 雷牙は痛みが走る体に鞭打ってすぐさまその場から飛び退く。


 一瞬遅れ、ヴィクトリアが飛来して大剣を地面に突き刺した。


「っぶね……!!」


 彼女ほどの実力者なので誤って殺害されることはないだろうが、さすがにあの攻撃には怖気がはしった。


 ――やるしかねぇか……!


 雷牙は意を決して全身から霊力をあふれさせる。


 巨大な霊力の奔流は暴風のように周囲に吹き荒れ、ファルシオン邸の家屋を揺らす。


「なるほど。確かにすごい霊力ね」


 レオノアから聞いていたのか、ヴィクトリアは頷きながら大剣を正面に構えた。


 雷牙は大きく息を吐いてから足に力を込め、ヴィクトリアとの距離を縮める。


 そしてもっとも力が入り、最大ダメージを叩きだせる距離まで接近した雷牙は、勢いをそのままに斬撃を放とうとする。


 が、それよりも早くヴィクトリアが大剣を振り下ろした。


 迫り来る大剣は雷牙の胸を穿つ軌道だ。


 攻撃をやめて防御、もしくは回避を行えば試合を続けることは出来る。


 とはいえ、既に雷牙にその考えはない。


 大剣が直撃するよりも早く、雷牙はその刃を素手で受け止める。


「……これは」


「肌に触れてなければ勝利にはならないっスよね」


 ニヤリと犬歯を光らせる雷牙の手は確かに刃に触れているように見える。


 しかし、直接的には触れていない。


 雷牙とクラレントの刃の間には霊力で出来た膜が形成されていたのだ。


 屁理屈かもしれないが、最初彼女は刃が肌に触れたら負けだと言っていた。


 ならば直接肌に触れさせなければいいだけだ。


 ヴィクトリアが僅かに驚いた様子を見せる中、雷牙はその一瞬の隙を見逃さず、剣閃を放った――。


 ――が。


 確実に入ったと思われた剣閃は虚しく空を斬った。


「!?」


 まさかあの状態から回避されるとは思っていなかったのか、雷牙は眼を見開いたが次の瞬間、鳩尾を抉るような痛みが襲ってきた。


 視線だけを向けると、大剣を離したヴィクトリアの左の肘鉄が深くめり込んでいる。


「カハッ!?」


 痛みと同時に肺の空気が一気に押しだされ呼吸が止まる。


 同時に纏っていた霊力に歪みが生まれてしまった。


 倒れないようになんとか踏ん張って再び霊力を纏おうとするものの、顎先を大剣の柄で横から叩かれた。


 同時に雷牙の視界は歪み、足取りも覚束無くなる。


「完璧に顎にヒットさせたから、霊力を操ることはできないわ」


 聞こえてくるヴィクトリアの声に頭では反応できても、体が言うことをきかない。


 完全な脳震盪だ。


 霊力はそもそも刀狩者が意識して扱うものだ。


 意識すらおぼつかないこの状況では霊力を練ることはもちろん、ただ放出することも不可能。


 ふとかすむ視界の中で、ヴィクトリアの指が額に押し当てられる。


 そのままツンと押され、雷牙は抵抗も出来ずに仰向けに倒れた。


 ひんやりとした金属の冷たさが首筋に押し当てられる。


「はい。これで模擬戦はおしまい」


 微笑みながら言われ雷牙の意識はようやく戻り始める。


 が、既に時は遅い。


 模擬戦を見守っていたいたレオノアが高らかに宣言する。


「終了ー!! 勝者はお母様ですー!」


 声が聞こえ、視界もはっきりしたところで刃が首筋から離れていく。


 澄んだ青空を見上げながら雷牙が呼吸を落ち着けていると、ヴィクトリアが手を差し出してきた。


「立てるかしら?」


「……大丈夫です」


 彼女の手をとって雷牙は立ち上がると、握っていた兼定を鞘に納めて彼女に頭を下げる。


「ありがとうございました」


 深く頭を下げる雷牙は、見えないように歯噛みする。


 すると、肩にポンと手を置かれた。


「頭を上げて、雷牙くん」


 言われたとおり頭を上げると、今度は頭をくしゃくしゃと撫でられる。


「え、ちょ……」


 突然撫でられたことに眼を白黒させる雷牙であるが、ヴィクトリアは微笑む。


「その年にして十分すぎるほどの強さだったわ」


「あ、ありがとうございます」


「とは言っても、強くなるための修正点はあるけどね。休憩しながら話しましょうか」


 軽く背中を押され、雷牙はヴィクトリアと共にファルシオン邸のバルコニーへ向かう。






 バルコニーにある椅子に座り、アイスティーが入ったところで、ヴィクトリアは雷牙に告げる。


「雷牙くんの闘い方を見ていて思ったのは、基本的に奇襲技が多いということかしらね」


「奇襲技?」


「そう。霊力を一気に放出して身体能力を飛躍的に上げることや、相手の攻撃をあえて危険な方法で受けること、とか」


「確かに思い返してみれば、殆ど相手の虚をつく戦法が多いね」


「奇襲技自体は決して悪いことでもないし、むしろ使っていて良い技なんだけど、雷牙くんのネックは、それを多用しすぎていることなのよ。雷牙くん、先輩や同級生に『攻撃が読みやすい』とか『霊力に頼ってる』、こんなこと言われたことはないかしら?」


「どっちも、ありますね……」


 雷牙は口元に指を当てて険しい表情をする。


 明確に言われたのは霊力に頼っている方だが、攻撃が読みやすいというのは龍子がさらっと言っていた気がする。


「奇襲は初見の相手には十分通じるんだけど、試合中に二度、三度と同じことを繰り返すと予備動作を先読みされて、『次もこういった攻撃が来るんだな』って感じで回避も簡単になってしまうの、なんとなくはわかるかしら?」


「はい。会長とかと戦っている時はまさにそうでした」


「でしょうね。雷牙くん自身が変えていると思っていても、客観的に見るとあまり動作には変化がなかったりするのよ。だから、一度奇襲が外れたら続けて使わないこと」


「了解です」


 真剣な面持ちで頷く雷牙に、ヴィクトリアも頷いて返すと「あとは……」と手元にあったタブレット端末を操作する。


「あぁそうそうこれよ。レオノアに頼んで試合の映像を見させてもらったんだけど、ほぼ全試合で治癒術を使っているわね」


 タブレットから投影されたホロ映像には雷牙が試合で治癒術を使っている光景が写しだされていた。


「これも関係があるの?」


「もちろん。雷牙くんの治癒術は本当に素晴しい、というか凄まじいの一言よ。もはや超速再生と言ってもいいレベルだもの。これに関してはもっと伸ばしていくことを勧めるわ」


「だったらなにが悪いの?」


 レオノアは小首をかしげるものの、雷牙はなにか気付いたようで苦い表情をする。


「治癒術があるから危険な行為してるところ、っスか?」


「正解。完全に頼り切っているわけではないようだけど、これも使いすぎね。さっきもそうだったけど、刃を素手で掴んだり、槍をお腹で受けて相手の同様を誘ったりと、行動自体が非常に危険なのよ。今まではこれでどうにか乗り越えてきているようだけど、治癒術も使用者の意識がなければ働かないわ。一撃で意識を失ったら、治癒術どころじゃなくなってしまうわよ?」


 ヴィクトリアの指摘はもっともだった。


 実際修行中、宗厳にも何度か治癒術は使うときをよく見定めろといわれていたことがある。


 だが、最近の戦い方を振り返ってみると、虚を突くためにあえて傷を負うことが多々あり使いすぎといわれても否めない。


「だけど完全に使うなとは言わないわ。傷をうけたら即座に回復するのはもちろんいいし、虚を突くためなら別にやってもかまわない。ただ、受けて大丈夫な攻撃と危険な攻撃だけは見定めましょう」


「わかりました」


「よろしい。とりあえず修正点はこんなところかしらね。それじゃあ次は私が考えた雷牙くんの戦闘力向上案について話すわ」


 戦闘力向上という言葉に雷牙はやや背筋を伸ばして耳を傾ける。


「雷牙くんは霊力を使うとき、閉めている状態から一気に解放しているわよね?」


「はい、まぁ。というか基本的に皆そうじゃないんですか?」


 霊力は刀狩者が闘う時に戦闘力を向上させる重要な意味合いを持つ。


 だが、使用していればいるだけ霊脈を流れる霊力は少なくなっていくので、基本的には霊脈は非戦闘時、戦闘時問わず使わないときは霊脈に蓋をしている。


 いわば蛇口を開け閉めしているようなものなのだ。


「雷牙くんの言うとおり、刀狩者は皆平時は霊脈を閉じているわ。だけど、雷牙くんのように膨大な霊力を持っていると余裕があるの。その余裕をそのままにしておくにはもったいないじゃない。だから、あまっている分を常に全身に纏っておくの」


「常に?」


「そう。食事中も、勉強中も、戦闘中も、就寝中も。三六五日二十四時間、決して絶やすことなく霊脈を常に開けておくのよ」


「そんなことして体は大丈夫なの?」


「もちろん平均的な霊力を持つ刀狩者ではまず無理ね。プロでも維持できて一週間前後。だけど、雷牙くんの並外れた霊力なら可能よ」


「そのメリットはどれくらいあるんスか?」


「通常閉じている霊脈を解放して霊力を全身に回すには、僅かだけど時間がかかるわ。けど、これができるようになればその時間はゼロに出来るわ。つまり、対戦相手は霊力を使うのにある程度のタイムラグがあるのに対し、雷牙くんはそれがなくなるの。

 加えて常に霊力を纏うことで霊力操作の向上や、身体能力の爆発的な上昇も期待できる。そして属性覚醒に至った時、瞬時に空気中の霊力に自身の霊力を結合させることが可能」


「なるほど……」


 雷牙は口元に手を当てて考える。


 確かにヴィクトリアの言っていることができれば、今以上の力を手に入れることが可能になるだろう。


 今の雷牙に取っては願ってもない案だった。


「ただし、これの修得は非常に困難。一日二日じゃ絶対に出来ないわ。地道な努力と鍛錬の積み重ねをへこたれずに続けられるかしら?」


 ヴィクトリアの声には少しだけ凄みが感じられた。


 隣で聞いていたレオノアも緊張しているようだ。


 しかし、雷牙は口元に薄く笑みを浮かべて答える。


「上等っスよ。強くなれるんだったらどんな困難でも乗り越えるつもりです。それに、こんなとこで躓いてたら、母さんを超えることなんて出来やしないっスからね」


 雷牙の体からは僅かに霊力が溢れていた。


 すると、その様子を見たヴィクトリアも微笑を浮かべた。


「いい覚悟ね。それと実を言うとこの方法は、光凛さんが考案したものなのよ」


「母さんが!?」


「ええ。だけど、あの人は雷牙くんほど霊力が多くなかったから、自分向きではないってことで別の戦い方にシフトしたらしいんだけどね。ちなみに言っておくと私はこれを光凛さんに教えてもらってなんとか修得したわ」


 雷牙とレオノアは驚きつつもヴィクトリアの体を注視する。


 確かに、よく見てみると僅かだが彼女の周囲には霊力が見えた。


 だがこれで彼女のあの力も納得がいく。


 恐らくは地面を穿ったあの力も、この技術を修得していたからこそ出来る芸当なのかもしれない。


「ちなみになんですけど、この方法ってなんか名前があったりするんスか?」


「もちろん。この技術の名前は霊力(れいりょく)纏装之型(てんそうのかた)。常に霊力を纏い衣服を着るかのように装う。……光凛さんはもしかたら、貴方のことを考えてこれを残したのかもしれないわね」


 柔和に笑いかけるヴィクトリアに雷牙もどこかうれしそうに笑う。


 そして新たな力を手に入れる糸口が見つかったことで、雷牙は更なる努力を誓う。

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