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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第四章 黒き胎動
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1-4

 玖浄院には対斬鬼を想定した訓練場がある。


 アリーナのようにバトルフィールドはなく、広がっているのは真っ白な空間だ。


 その中心に佇んでいるのは、鬼哭刀を携え、バイザー付きのヘッドセットを装着している瑞季だ。


『あーあー。瑞季ー? 聞こえるー?』


 聞こえてきたのは舞衣の声だ。


「ああ、問題ない」


『りょうかーい。それじゃあ難易度設定どうする? 肩慣らしで普通くらいから行ってみる?』


「そうだな。足りなくなったらこちらから連絡する」


『はいよー。あ、そうだ。痛覚遮断とかは必要?』


「必要ない。実際の戦闘では痛みが付き物だからな」


 瑞季は答えながら鞘から愛刀である虎鉄を抜く。


 二人が現在いるのは玖浄院の訓練施設の一つ、『仮想斬鬼修練場』だ。


 瑞季が真っ白な空間を見据えていると、周囲の景色が一変し、滅びかけた街並みが現れる。


 もちろん現実ではない。


 これは仮想現実であり、瑞季が付けているヘッドセットとフロアの床や天井、壁に設置された投影システムが連動することで映し出している。


 だがデータとはいえ侮るなかれ。


 最新技術を盛り込んだこれは、人間の五感に働きかける作用すらも再現している。


 痛覚などは危険性を考慮して実際の痛みの半分より下程度で行われるが、そのままの痛みを再現することも可能だ。


 また、この場所は入学試験の時にも実技試験として使用され、試験では投影された仮想斬鬼を相手に戦うこととなる。


 すると、瑞季の視線の先に低い唸り声を上げながら一体の斬鬼が現れる。


 大きさからしてまだ斬鬼というよりは、妖刀によって変異したての鬼くらいか。


 一般人からすれば鬼だろうが斬鬼だろうが脅威には変わりないが、瑞季にとっては違う。


 彼女は一度小さく息を吐くと、投影された仮想斬鬼に迫る。


 瑞季の姿は斬鬼の直前で消失し、再び現れたのはその背後だ。


 既に彼女は納刀の態勢に入っている。


 背後の斬鬼は動かず、彼女がカチン、と鯉口を鳴らすと同時にその首が刎ねられた。


 データとして再現されている斬鬼は次の瞬間には、その体を保つことが出来なくなり、光る粒子のエフェクトと共に消滅した。


 しかし、これで終わりではない。


 キッと瑞季が鋭い視線を向けた方向には、新たな斬鬼の影がある。


 仮想の敵であるため、現れる斬鬼の数は舞衣の方で自由に設定できる。


「何体でも同じだがな……」


 ボソッと呟いた瑞季は、刀身に霊力をまとわせ再び姿を消しながら斬鬼を瞬く間に殲滅していく。





「……やっぱり瑞季じゃこの設定簡単すぎるよねぇ」


 斬鬼を殲滅していく瑞季の姿が写しだされたモニターを前に、舞衣はやや苦笑いをしながら溜息をつく。


 ここは修練場の二階にあるモニタールーム兼システム管理室だ。


 ここで設定したマップデータや斬鬼の種類や強さなどが瑞季がいるフロアに反映される。


『舞衣。すこしいいか?』


「うん? 設定変える?」


『ああ。今の設定ではやや物足りない。ワンランクかツーランクほど上げてくれ』


「はいはーい」


 やはり瑞季には簡単すぎたようだ。


 舞衣はコンソールを操作して斬鬼の強さを上げ、投影数を若干下げる。


 恐らく問題はないと思うのだが、万が一ということもある。


 痛覚再現はあくまで再現なため、怪我をするわけではない。


 しかし、場合によっては気絶することすらあるので投影数を減らして様子を見ておくのも一つの手だろう。


 モニターを見ると、再び瑞季の前に斬鬼が現れる。


 強さを上げたためか彼女の攻撃にも反応できてはいるが、闘う様子を見るにあと少しすればまた連絡が来る予感がする。


「おー、やってるね」


 不意にかけられた声に舞衣が振り返ると、軽く手をあげた龍子がいた。


「龍子さん。どうかしたんですか?」


「んー? 仮想修練場を使って修行中って話を聞いてどんな様子かなーって見に来ただけだよ」


 龍子はにこやかに言っているが、舞衣は若干いぶかしむような視線を向けている。


「……本当は?」


「…………執務作業に飽きてきたから抜けてきた」


 割とすぐに白状した。


 龍子は近場の椅子に腰掛けると大きなため息をつきながら肩を竦める。


「だって聞いてよー。強化試合の日程管理とか、新聞部の取材許可とか、発注品やら財務処理やら全部生徒会がやるんだよー? しかも最終確認全部私だし……書類とかこんなんだからね、こんなん!」


 座った状態で自らの顔の辺りまでを示す龍子。


 確かにその量は多いとは思うが、こればかりは頑張ってくれ意外に言いようがない。


「せめて土日くらいは休ませてほしいよねー。副会長ったら強化試合までに全て終わらせますってうるさくって……」


「まぁ戦刀祭ギリギリまで残しておくよりはいいんじゃないんですか? というか、本当に油を売りに来ただけなんですね……」


「当然! 皆勘違いしてるけど私も一応は華の十代女子だよ!? 世間的にはまだ高校生だよ! プライベートだってほしいもん!」


「もんって……急に幼児退行しないでくださいよ」


 若干膨れてみせる龍子に舞衣は呆れたように溜息をつく。


 学生連隊に入ってみてわかったことだが、龍子は割と子供っぽいところがある。


 普段は生徒会長の威厳を感じる時や、上級生としてのしっかりとした面が際立っているのだが、こういった密室状態になると途端に年相応かそれ以下の態度になる。


 恐らくは、こっちの方が彼女の素なのかもしれない。


 椅子に座って「ハハハハハ」とわざとらしく笑いながら回転する龍子の姿に肩を竦めると、瑞季からの通信が入る。


『舞衣。斬鬼の設定をもっと上げてくれ』


「りょーかい。じゃあ結構強くするよー。投影数は一体消えたら一体追加って感じにするからね」


『ああ』


 再びコンソールをいじり、投影数を一体ずつに下げ、強さをさらに上げる。


 危険度レベルで現すなら橙あたりまではあるだろうか。


 視線をモニターに移すと、瑞季の鬼哭刀が濡れ、周囲には流動する水が展開している。


 どうやらここからは属性も交えていくようだ。


 放たれた高圧水流は真っ直ぐに斬鬼へ迫るものの、やはり強さのレベルを上げたためか水流を軽く回避している。


 しかし、避けられた程度で止まる瑞季ではない。


 彼女はいくつかの水弾を放ち、続けて水流の刃を放つことで、斬鬼の回避軌道を絞っていく。


 やがて完全に退路を断たれた斬鬼の首目掛け、レーザーのような水流の刃が放たれた。


 斬鬼の首が刎ね、その体は粒子となって崩壊する。


「やっぱりやるねぇ。実力的にはその辺の三年生、いやプロにも匹敵してるよ。けど珍しい。瑞季ちゃんにの割りに攻め方が強引」


「まぁ今日は少し興奮してるからだと思いますよ」


「興奮? どうして……ってあぁ、なるほど」


 龍子は舞衣の言葉の意味がわかったのかクスクスと笑う。


「雷牙くんがレオノアちゃんに取らちゃって悔しいわけだ」


「……そんな感じです。だから今日はずーっとピリついてて」


「ハハハ! 瑞季ちゃんもかわいいねぇ。そんなに気になるなら自分も行きたいって言えばよかったのに」


「それは私も言いましたけど、本人的にはナシらしいです。多少思うところはあるんじゃないですかね?」


「なるほどねぇ。だけどお泊りなもんだから気になってどうしようもなくて、紛らわすために仮想斬鬼討伐か……ここストレス発散の場所じゃないんだけどね」


「でも何もせずに悶々しているよりはいいんじゃないですか?」


 休日とはいえ、彼女は五神戦刀祭を控えている。


 雷牙のことばかり考えて一日を棒に振るよりは大分マシ、というよりかなりいい方だろう。


「確かにそうだね。まぁあのイライラが人に向けられないのもいいことかな。正直今の瑞季ちゃん、普通に人殺せそうだし」


「……それには私も同意します」


 二人はそれぞれ引き攣ったような笑顔でモニターで闘う瑞季を見守る。


 鬼気迫る表情はもちろんだが、瞳にいたっては瞳孔がひらきっぱなしでかなり怖い。


 そしてまた仮想斬鬼の首が中を舞うのだった。





 玖浄院で荒れる瑞季のことなど露知らず、ファルシオン邸では雷牙、レオノア、ヴィクトリアの三人が楽しげに話していた。


「じゃあ、ヴィクトリアさんから見た母さんの第一印象はあんまりよくなかったんっスね」


「そうね。光凛さんと初めて会ったのは戦技教導の時だったから。教導ってことは教えてもらうってわけだから、自分達が本部よりも劣っているって見られて少し悔しかったのよ」


「お母様、負けず嫌いだもんねー」


「まぁ、それも少しは入っていたかもしれないわね」


 ヴィクトリアは苦笑しながら答える。


 彼女の様子に雷牙も思わず笑みがほころぶ。


 雷牙にとってヴィクトリアから聞ける話はどれも新鮮だった。


 光凛が宗厳の元で修業していた時のことは宗厳や美冬から多少なり聞いているが、ハクロウに入ってどのように活躍していたのかまでは知らなかったからだ。


「じゃあ二人が仲良くなったきっかけとかはあるんですか?」


「それはー……ちょっと恥ずかしいわね……」


「えー。教えてよーお母様ー」


「お願いします」


 レオノアが甘えたような声を出し、雷牙は少しだけ申し訳なさそうに頭を下げる。


 するとヴィクトリアは小さく息をついてから「絶対に他の人に話しちゃダメよ」と念を押してから語り始める。


「最初、私は光凛さんに勝負を挑んだの。本部の人間に大きな顔をされたくなかったから。でも結果は惨敗。攻撃は全然あたらなかったし、やっと一撃叩き込めたと思ったら、私自身が知らなかった隙を突かれたりね。もう本当に悔しくて、毎日のように決闘を申し込んだわ

 そしていつしか私は、光凛さんの闘い方がとても綺麗に見えはじめたの。無駄がない動きと適切な判断能力。展開ごとに順応する適応力は本当にすごかったわ」


 懐かしげに眼を細めるヴィクトリアは、どこか嬉しそうでもある。


「段々と私は光凛さんを認めていったんだけど、反抗心みたいなのは強くてね。素直になれずにいた時に、英国内で刃災が発生したの。人身の被害は多くなかったんだけど、現れた斬鬼は複数体でね。同時多発的に斬鬼が現れたのよ」


「特異個体ってやつですか?」


「恐らくはね。多分あれは斬鬼自身が分裂したって感じで、一体一体の力はそこまで強くなかったわ」


 雷牙の予想にヴィクトリアは頷く。


 斬鬼の中には稀に特異な能力を持つ者も存在する。


 カメレオンのように同化したり、分裂したりなどその特性は様々で、多腕になったり、多脚になったりと部分的に変化が起きる者もいる。


「それで勉強も兼ねて光凛さんと私が組むことになったんだけど、当時の私はどうにかしてこの日本人に実力を見せてやるって息巻いてて、光凛さんが出した命令を無視したの」


「お母様もやんちゃだったんだ」


「若かったからね。詳細はこの際省くけれど、命令無視の結果、要救助者もろとも見事に斬鬼に囲まれてね。絶体絶命だったところを光凛さんに助けてもらったの。一瞬で斬鬼を殲滅する光凛さんは本当に格好よかったわ」


 ヴィクトリアはぽわわんとした表情を浮かべる。


 どうやら相当その時のことが強く記憶に刻まれているらしい。


「その戦いを私はただ眺めることしかできなかったわ。けど、改めてその姿に見惚れてしまったのよ。その時ね。完全に光凛さんに憧れるようになったのは」


 雷牙はヴィクトリアの話に聞き入っていた。


 英国ハクロウ支部の元五位が憧れるほどの実力を母が持っていたということを知ってうれしく思ったのだ。


「斬鬼を倒したあとは、要救助者一人一人に向き合って、決して笑顔を絶やさずに要救助者一人一人としっかり向きあって救助を続けていたわ。

 そして全ての刃災が終結した時、私は命令無視したことを謝りに言ったんだけど、光凛さんはちっとも怒らなかったわ。さすがに注意くらいはされたけど、『ヴィクターがいたからあの人達を助けることができたんだよ』って励ましてくれた。

 その器の大きさや、人を助けることに全力を注ぐ姿勢。そしてなによりもその強さに、私は惚れ込んでしまったのよ。

 ……はい、こんなところだけど、楽しんでもらえたかしら?」


 ヴィクトリアは恥ずかしげに頬をかく。


 雷牙は一度頷いて「ありがとうございました」と深く頭を下げる。


「話を聞いて俺も自分の思いが間違いなんかじゃないって確認できました」


「雷牙くんの思い?」


「はい。俺は母さんのような刀狩者になりたいんです。今日ヴィクトリアさんの話を聞けて、自分の目標はやっぱりすごい人だったんだって改めて理解することができました」


「……そうね。君ならきっと光凛さんをも凌ぐ刀狩者になれるわ。なんと言ってもあの人のお子さんなんだから」


 ヴィクトリアが雷牙を優しげな瞳で見やる。


 すると、レオノアがやや興奮した様子で告げた。


「なら、一日でも早く雷牙さんはもちろん私自身も、もっと強くなれるように鍛錬しましょう!」


 笑顔でいうレオノアに、雷牙とヴィクトリアは一瞬キョトンとするものの、すぐに頷く。


「そうね。それじゃあ雷牙くん、稽古を始めましょうか」


「はい。よろしくお願いします!」


 雷牙は立ち上がってふかぶかと頭を下げる。


 三人はそのまま邸宅の中庭へ出て、稽古の準備を始めた。

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