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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第四章 黒き胎動
91/421

1-3

 レオノアの家に泊まる約束をしてから一週間はあっという間に過ぎた。


 トーナメントによって通常授業は滞っていたが、戦刀祭に出場することが決まった雷牙達は殆どの授業が免除され、強化トレーニングに努めた。


 その殆どは実戦形式の試合の連続だ。


 戦績はカウントされてそれぞれの課題を浮き彫りにする手法が取られた。


 が、雷牙の戦績はその中でも最下位。


 全戦全敗という散々な有様だった。


 雷牙の実力が決して低いわけではない。


 剣速は申し分ないし、龍子や勇護の剣技にも付いていけている。


 だが、雷牙は負けてしまった。


 龍子が言うには雷牙は戦闘においてまだ治癒術に頼り切っている節があるとのこと。


 勿論その治癒術は常人離れしていて脅威ではあり、被弾覚悟の特攻も相手の意表を突くには一役買うだろう。


 とはいってもそれはあくまで初見に者にのみ通じる技だ。


 龍子クラスの人間が二度、三度と手を合わせれば雷牙が特攻を仕掛けるタイミングはすぐわかるし、対処も容易に出来てしまう。


 つまり、今の雷牙は霊力がすごいだけなのだ。


 霊力の大きさが試合や戦闘の勝敗を分けることはあるものの、少ない霊力であっても剣技や剣速で勝れば勝利することは出来る。


『今のままじゃ一回戦は勝ち上がれても、その後は続かないかもね』


『霊力が大きいのはいいが、体がそれに付いて行かなければ宝の持ち腐れだ』


 頭の中で振り返るのは、試合に敗北したあとにかけられた龍子と勇護の言葉。


 宗厳の下で修業していた頃は自分がそこまで弱いと感じたことがなかったので、正直に言ってしまえば今の雷牙はそれなりにメンタルがやられている。


 しかし、思い返してみれば、雷牙は師匠である宗厳に一度も攻撃を当てることが出来ていない。


 一応服の袖や裾などに掠らせることはできたが、明確な傷は与えることは叶わなかった。


 世界を見て来いというのはこういった意味合いもあったのかと、雷牙は内心で溜息をつく。


 ――けど、いつまでもやられっ放しってわけにもいかねぇ。


 五神戦刀祭は約一ヶ月先だが、二週間前には轟天館との強化試合が組まれている。


 それまでになにか強くなる糸口を見つけなければ。


「……が……ん。……ら……がさん……雷牙さん!!」


 急に呼ばれ、雷牙は意識を戻す。


「大丈夫ですか?」


 視界に入ったのは、心配そうな表情をしているレオノアだった。


 そして雷牙は思い出す。


 今自分はレオノアの家に泊まるために駅から徒歩で彼女の家に向かっていたことを。


「あ、ああ。わるい、ぼーっとしてた」


「完全に意識が別のところに行っていたようですけど、トレーニングのことですか?」


「……鋭いな。誰から聞いた?」


「舞衣さんです」


 だろうなと思った雷牙は「アイツ……」と小さく握りこぶしを作る。


 雷牙がトレーニングで負けたことは、選抜選手と補欠の二人しか知らないはずだが、舞衣であれば普通に見破ってくるだろう。


 実際は盗聴器とかをつけていた可能性もあるが。


「まぁコテンパンにやられてな。自分なりにどうすれば強くなれんのか考えてたんだ」


「なるほど。だったらなおのことお母様に稽古をつけてもらわないとですね。弱気な雷牙さんは見たくありませんし」


 少しだけレオノアが笑みを浮かべ、雷牙は思わず頬を赤くする。


 どうやら眼に見えて打ちひしがれているのがわかったようだ。


「よ、弱気じゃねーし!」


「なら、いいですけれど」


 フフっと笑ったレオノアは数歩前を歩く。


 雷牙は恥かしさを紛らわすために頭を書きながら彼女の後に続いた。


 少しだけ二人の間に沈黙が流れるが、ふとレオノアが声を漏らした。


「私も今の闘い方になるまでは結構負けてましたよ。まぁ、今も負けるときは普通に負けるんですけど」


 苦笑交じりの告白を雷牙は答えずに聞く。


「最初は刀狩者になるのをやめようとすら思っていました。でも、そんな時お母様に自分に合った闘い方を教えてもらったんです。だからきっと、雷牙さんも大丈夫です。きっと自分に合った闘い方を見つけることができます」


「……ありがとな、レオノア」


 雷牙が小さく礼を言うと、彼女は振り返って微笑を浮かべた。


 すると、彼女は立ち止まり「さて」と軽く手を叩く。


「というわけで到着しましたー。新都東京、ファルシオン家ですー」


 少しだけ仰々しく腰を折ったレオノアが腕を向けた先に視線を送ると、大きな門があった。


 その奥には中庭があり、ヨーロピアンな雰囲気の白亜の家が建っていた。


 もう少し小さいのかと勝手に想像していたが、女性の一人暮らしにしてかなり大きな家だ。


「雷牙さん、どうぞ」


 声をかけられ、雷牙は門のロックを解除したレオノアのあとに続く。


 中庭もそれなりの広さがあり、軽い試合なら行えるほどだ。


「結構広いんだな」


「英国にあるお屋敷はもう少し大きいんですけどね。まぁそこまで贅沢はいえません」


「……なんで俺の知り合いの女子は特別な家系が多いんだ……?」


 雷牙は小さな声で疑問を口にする。


 だが、思い返してみればレオノアの母、ヴィクトリアは英国支部の序列五位だ。


 その肩書きに見合った報酬は貰っていて当然である。


 レオノアはそのまま中庭を進み、家のインターホンを押し込む。


「お母様ー。ただ今帰りましたー」


 彼女が少しだけ間延びした声で言うと、インターホンから「今あけるわ」と短い返答が聞こえた。


 雷牙は僅かに背筋を伸ばす。


 一度会っているとはいえ、あの時は大した話も出来なかった。


 稽古をつけてくれるのもそうだが、雷牙にはもう一つ重要なことがある。


 それは雷牙の母、光凛のことだ。


 光凛に憧れているとは言っても、雷牙はまだ彼女のことを知らなさ過ぎる。


 だからこの二日間で、すこしでも彼女がどんな人物で、どれくらい強かったのかを知りたい。


 すると、玄関のドアノブが回わされ、中からレオノアと同じ綺麗なブロンド美女、ヴィクトリアが現れた。


「おかえりなさい、レオノア。そして……」


 彼女の青い瞳が雷牙を捉え、少しだけ緊張が走る。


「ようこそ、いらっしゃいました。綱源雷牙くん」


 柔和な微笑まれ、雷牙は一瞬彼女に見惚れるもののすぐに我に返ると勢いよく頭を下げた。


「この前はろくに挨拶もできなくてすみませんでした。綱源雷牙です。稽古の話、了承してもらってありがとうございます。二日間、お世話になります!!」


「あらあら、そんなに畏まらなくてもいいのよ。もっとリラックスして」


「もともとは私達の方から誘ったわけですから、気にしないでください。雷牙さん」


「あー……そうっスか。じゃ、お言葉に甘えて」


 二人に言われ、雷牙は張っていた緊張の糸を僅かに緩める。


 ヴィクトリアは雷牙を一頻り見やった後に「どうぞ」と招き入れる。


 家の中もやはり広く、太陽光を多く取り入れる構造になっているのか、ライトで照らされていないのにかなり明るい。


「まずはお茶でもしましょうか。レオノア、雷牙くんをリビングに案内してあげて」


「はーい。雷牙さん、行きましょう」


「あぁ」


 失礼だとは思いながらも家の中を見つつ、雷牙はリビングに通されそのままレオノアと共にソファに座る。


 やはり、ソファもかなり値段の貼るものなのか沈み込む感じが心地よい。


 リビングには綺麗な調度品が置かれ、煌びやかながらも下品な雰囲気はしない。とても過ごしやすい空間だ。


 ここでも雷牙は周囲を見回していたが、ふとその視線がある一点に止まる。


 雷牙の視線の先にあったのは特殊な意匠が施された写真立てだった。


 だが、雷牙が見ているのは写真立てではなく、写真立ての中に入っている写真だ。


 その写真には二人の人物が写っていた。


 満面の笑顔でピースサインをしているのは、光凛のようだ。


 彼女の隣にはやや困惑と恥かしさが混じったような表情のヴィクトリアがいる。


「その写真は光凛さんが英国に戦技教導に来た時の写真よ」


 突然声をかけられ、雷牙は思わず肩を震わせる。


 見ると、銀のトレーにグラスとクッキーを乗せたヴィクトリアがいた。


「あぁ、すみません。つい……」


「いいのよ。気になるのは当然だもの。さてと、アイスティーで大丈夫だったかしら?」


「大丈夫っス。ありがとうございます」


「雷牙さん、まだ緊張してますね?」


「……そりゃあな。正直友達の家来たのなんて初めてだし、しかも女子の家だぞ?」


「ということは……私が雷牙さんの初体験の相手ということですか!?」


「誤解を招くような言い方をするのはやめい」


 若干緊張気味の雷牙とは裏腹に、レオノアは相変わらず通常運転である。


「こら、レオノア。あまり雷牙くんを困らせないの。ごめんなさいね、雷牙くん。この子って割とハイテンションな時が多くて」


「大丈夫っス。もう慣れたんで」


「ならよかった。これからもこの子と仲良くしてあげてね」


「はい」


 雷牙が返答すると、ヴィクトリアは満足そうに微笑んでコースターの上にアイスティーの入ったグラスを置いた。


 そして三人のまえにグラスが行き渡ると、少しだけヴィクトリアの雰囲気が変わる。


「さてと、まずは雷牙くんに謝っておかなくちゃね」


「え?」


 疑問符を浮かべる雷牙であるが、彼の前でソファに座ったヴィクトリアが静かに頭を下げる。


「許婚の話、本当にごめんなさい。びっくりさせてしまったわよね」


「いやいやいや、ヴィクトリアさんが謝ることじゃないですよ! 元はと言えば俺の母さんが勝手にに言ってたことみたいですし。ヴィクトリアさんに非はないです!」


「それでも貴方を混乱させてしまったのは事実。だから、謝らせてちょうだい。本当に、ごめんなさい」


 雷牙は僅かに慌てた様子を見せながらもヴィクトリアをなだめるものの、彼女も途中でやめることはない。


「そしてこの前、レオノア共々助けてくれたこと、本当にありがとう。貴方が来てくれなかったら、二人とも死んでいたわ」


「はい、ありがとうございました」


 今度はレオノアも混じって頭を下げられた。


 感謝されることになれていないわけではないが、やはりこうして面と向かってはっきり頭を下げられるとどう対処したものか戸惑ってしまう。


 だが、雷牙は慌てることを抑えて二人に告げる。


「顔を上げてください、ヴィクトリアさん。レオノアも」


 二人がそれぞれ顔を上げたことを確認すると、雷牙は恥かしさを紛らわすために頭をかきながら苦笑した。


「許婚の話も最初は驚きましたけど、今はレオノアと友達になれてよかったと思ってます。そして、あの時二人が生きていてくれたことが俺は何よりうれしいです。これ以上頭は下げないでください」


「雷牙くん……」


「すみません、半人前が生意気なこと言って。けど、助けることができて本当によかったです」


 雷牙が言い切ると、ヴィクトリアが少しだけ懐かしそうに目を細めた。


「ありがとう、雷牙くん」


「いえ。それじゃこの話はこれで終わりです。レオノアも、もう気にしなくていいからな」


 レオノアにも笑いかけると、彼女はうれしげに頷く。


「……やっぱり似ているわね。親子だけあって」


「母さんも、こんな感じだったんですか?」


「ええ。人を助けるのに理由はいらない。困っている人、助けを求める人なら即座に助ける。決して打算的には動かない人だったわ。あの人は」


 ヴィクトリアの言葉に、雷牙は自分の心が少しだけ温かくなったのを感じた。


 自分が思い描いていた母の像は決して間違っていなかったことが、証明されたことがうれしいのだ。


「それじゃあ雷牙くん。せっかく来てくれたのだから、なんでも話すわ。光凛さんのことで聞きたいことはある?」


「……はい。それじゃあ――」


 自分がまだ知らない母のことをようやく聞くことができる。


 雷牙はそのことに胸を高鳴らせながらヴィクトリアに光凛との思い出をたずねていく。

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