1-2
『――せやから轟天と玖浄で強化試合やろーや』
生徒会室に響いた関西訛りの声に、龍子は小さく溜息をつく。
「ウチとしては願ったりなんだけど、一体どういう風の吹き回しかな。黒羽ちゃん」
龍子の視線の先には、投影された空間ホロモニターがある。
写しだされているのは、まだあどけなさの残る外見の少女の姿があった。
彼女こそが轟天館の生徒会長である、白鉄黒羽だ。
同時に龍子や瑞季と同じハクロウ七英枝族の子息の一人でもある。
『ちょっとした心境の変化っちゅうやっちゃ。今年の戦刀祭はどこの学校も粒ぞろいやし、お互いの実力向上の場としてはうってつけやないか』
「まぁそうだね」
『それにや。玖浄院の今年の選抜メンバー見さしてもろたけど、一年二人投入しとるやん。強化試合もナシに戦刀祭勝ち上がれるんか? お前さんが出張ってくるのはわかっとるけど、ウチも含めお前さん対策はしっかりやってんねんで?』
黒羽のいうことはもっともだった。
午前中、雷牙の鍛錬が終わったあと生徒会室に戻った時、他校の選抜者リストを見させてもらったがやはりどこも兵揃いだった。
各校確実に生徒会クラスは勿論のこと、その他のメンバーも二つ名の付いている者達ばかり。
はっきり行って雷牙、そして瑞季であっても勝ち上がることは難しいだろう。
一回戦うだけならばまだしも、勝ち上がればさらなる強者と戦う。
相手ごとに対策も変えていかなければならないので不安はある。
だからこの話自体はうれしくはあるのだが、龍子の胸中にはやはり違和感があった。
「……轟天の玖浄の仲からして、一悶着ある可能性も否めなくない?」
『その辺はウチかて警戒しとるわ。ちゅうか、戦刀祭まで一ヶ月前やのにそんな事件起して出場停止にでもなったら眼も当てられん』
「まぁ確かにね……。わかった、それじゃあ玖浄と轟天で強化試合を組むって方向で。細かい打ち合わせはまた明日か明後日、空いた時間にでも」
『はいなー。一年坊にはしっかり準備するように言うときや。強化試合とはいえウチは手ェ抜くような連中はおらんからな』
ニヤリと悪い笑みを浮かべた黒羽の姿がモニタから消える。
龍子は脱力するように背もたれに体を預けた。
「大丈夫でしょうか」
「どーだろうね。まぁさっきの言葉自体は嘘じゃないと思うよ」
三咲が置いた紅茶を飲みながら龍子は肩を竦めた。
黒羽は性格に多少難はあるが、筋の通らないこと自体は嫌いな少女だ。
だから不必要に相手を貶めるような嘘をつくようなことはしない。
まぁいろいろしかけて来る可能性も僅かにはあると思うが。
「勇護くんはどう思う?」
腕を組んだ状態で難しげな表情をしている生徒会メンバー、近藤勇護に話題を振る。
「警戒はすべきだろう。元々轟天と玖浄は犬猿の仲だ。白鉄がその気でなくとも、我々を眼の敵にする連中は多いはずだ」
「だよねぇ。じゃあとりあえずは、試合はするけど気を許しすぎないって方向で行こうか。まぁ何か仕掛けられたら証拠叩きつける感じで大丈夫でしょ」
「証拠と言っても誰がそんなことを……」
「雷牙くんのクラスの柚木舞衣ちゃん。この前学生連隊に入れたって言ったじゃん。あの子の行動力と隠密力はすごいよー」
「なるほど……。では強化試合には彼女も同行させると?」
「もちー。記録係として、だけどね。映像とか撮らずにデータ化するだけなら別にかまわないでしょ」
轟天館の連中も強化試合程度で本気を出してくるとは思えないが、外に情報が漏れすぎるのは避けるたいだろう。
だからあくまで舞衣と連れて行くのは戦績の記録係としてだ。
「詳細は後日決めて、選抜メンバーに伝える感じでいいかな?」
「ああ」
「わかりました。……では会長、こちらの資料に眼を通しておいてください。そしてこちらの書類には判子をお願いします」
「へ?」
疑問符を浮かべる龍子の前にズドン、と音を立てて書類の山が積まれた。
「ナニコレ」
「基本的には五神戦刀祭に関しての資料です。あとは新聞部などの取材の許可申請なども含まれています」
「それって各部対応じゃなかったっけ」
「いえ、最終確認は生徒会長の義務ですので。ではよろしくお願いします」
三咲は軽く腰を折ってから生徒会室より出て行こうとする。
それに続いて勇護と、斎紙一愛と沖代士も席を立つ。
「え、ちょ!? この量私一人!?」
「だって私たちの仕事もう終わったし」
「会長、あとはお願いしまーす。んじゃ、お先です」
士が出て行ったのを皮切りにメンバーたちは次々に生徒会室から出て行ってしまう。
ただ一人残った龍子は、書類の山を見やってから諦観の笑みを浮かべ窓の外に広がる光景を見やる。
若干ぬるくなり始めた紅茶を一口あおり、彼女は一言。
「……すっごいデジャヴ」
哀愁漂う呟きの受取人はおらず、龍子の胸中にはただの空しさが流れるのであった。
夕食前、雷牙は敷地内で軽いランニングをしていた。
軽くとは言ってもいつも走っている距離よりも若干短いくらいだが。
全力ダッシュとスロージョグを織り交ぜながらしばらく走っていると、不意に視界の端で誰かが佇んでいるのが見えた。
走るペースを僅かに緩めてそちらを見やると、立っていたのは雷牙と同じ選抜メンバーである辻直柾だった。
彼は鬼哭刀を持たずに屋外修練場のライトに照らされている。
自然と興味を惹かれた雷牙は、近くに茂みに隠れながら直柾を見やる。
よくよく見てみると、彼の周囲には独特の風向きの風が吹いており、衣服や髪が僅かにはためいている。
どうやら霊力を使った修業のようだ。
直柾が腕を振るうと、その動きに従うように風が吹く。
最初は僅かな風だったが、段々と勢いを増して行った。
強風ほどの大きさになったところで、彼は修練場に備えられている仮想敵のボードを一気に空中に躍らせた。
瞬間、舞い上がったボードが空中で風の刃に抉られ、切り裂かれた。
粉々になったボードはそのまま落下するものの、まだ直柾は手を緩めない。
「フッ!!」
両腕を前に突き出すと同時に、先程までの風とは比べ物にならない風が巻き起こる。
まさに豪風とも言うべきそれは、まだ原型があったボードの欠片を呑み込む。
豪風の余波は雷牙のいる茂みにまで及び、思わず顔を背ける。
風がおさまり、雷牙が茂みからのぞくと直柾の前方数十メートルの地面が抉れ、仮想敵のボードは消えてしまった。
あの技は一度体験しているが、客観的に見てみると、どれだけ凄まじい技だったのかがよくわかる。
「すっげ……」
思わず口にする雷牙であるが、突然浮遊感に襲われ茂みから強制的に放りだされる。
「あだっ!?」
そのまま地面に落下した雷牙はすぐさま立ち上がって振り返る。
やはりと言うべきか、直柾がなにか言いたげな表情で見ていた。
「……ど、どもっス」
「なにがどもだ。このボケ」
溜息交じりの拳骨が雷牙の頭に炸裂した。
それなりに霊力も込められていたようでかなりの痛みが走る。
「ぐおおぉぉぉぉおおぉ……の、脳が……!」
「人様の修業コソコソ覗いたバツだと思え、ったく」
「……す、すんません。けど、すごかったっすよ!」
「勝ったやつに言われても嫌味にしか聞こえねー」
「……す、スンマセン……」
雷牙は再び頭を下げるものの、直柾から帰ってきたのは笑い声だった。
「冗談だ冗談。別に試合のことに関しちゃ大して気にしてねぇよ。まぁでも覗き見はやめとけ。人によっちゃあ面倒くせぇことになりかねぇからな」
「了解っス。それじゃあ俺はこれで――」
「――待て。せっかくだし少しだけ話に付き合え」
立ち去ろうとその場を離れようとしたが、首根っこをがっしりと掴まれてしまった。
恐らくなにをやっても抜け出せないと判断したのか、雷牙は大人しく従い直柾に向き直る。
「ホレ、これでも飲め」
「あ、あざっす」
受け取ったスポーツドリンクを一口飲むと、直柾が近くのベンチに腰を下ろしながら告げる。
「まぁ話っつーよりは、忠告に近いんだけどな」
「忠告?」
「ああ。轟天館のことは知ってるな?」
「はい。一応は」
今朝の鍛錬の時も話題に上がっていた。
だが、雷牙にはどうにもよくわかっていないことがあった。
「その轟天館の選抜者リストの中に獅子陸黎雄ってヤツがいる」
「強いんスか」
「ああ。俺と同じ疾風の属性で、かなりの使い手だ。まぁ師匠があの≪武帝≫だから、当然って言えば当然だけどな」
「武帝って確か不動恒義でしたっけ」
「ハクロウ創設期から斬鬼と戦ってきた猛者だ。けど、数年前の刃災で逃げ遅れた要救助者の盾になって戦死した」
雷牙も名前だけなら聞いたことがある。
育ての親でもある安生美冬からも話を聞いているし、師匠である宗厳の話の中でも何度か話題に上がっていた。
相当な使い手の刀狩者であったらしい。
「獅子陸とは何度かやり合ったことがあるんだが、あの野郎は本当に強いぜ。警戒しといて損はねぇぞ」
「……なんで俺にその話を?」
「お前が選抜メンバーの中で一番弱いから」
「うぐ」
再び言われた直球での弱い発言。
一日で二度も言われることがあるのだろうか。
「まぁお前に負けた俺が言えたガラじゃねぇが。今のままのお前じゃ戦刀祭は勝ち上がれない。だから戦刀祭までにしっかり力をつけとけって話さ」
「……どうすればもっと強くなれますかね」
「んなもん自分で考えるか、会長さんにでも教えてもらえ。教えるのは俺のガラじゃないんでな。もっと斬撃の強度を上げるとか、反応を眼に頼り過ぎないとか、方法はいくらでもあるだろ。話はそんだけだ。引き止めてわるかったな」
直柾は立ち上がると再び風を操り始める。
声をかけてみようかとも思ったが、雷牙は軽く頭を下げてからランニングへ戻っていく。
もっと強くなるために、今の自分に足りないものはなにかを考えながら。
雷牙が寮に戻ってきたのは、十九時を過ぎた頃だった。
あのあと、結局雷牙はどうすれば強く慣れるのかを考え込み、結局一時間以上走り続けていたのだ。
僅かに汗を滲ませている雷牙が、一旦呼吸を落ち着けてからエントランスに入ると突然声をかけられた。
「お疲れ様でした。雷牙さん」
前を見ると、にこやかな表情のレオノアがタオルを差し出してきた。
「あぁ、さんきゅ……」
「随分と走ってらっしゃいましたが、なにかありましたか?」
「ん? いや、どうすれば今よりも強くなれるかと思ってよ。会長や辻先輩から今のままじゃ五神戦刀祭は勝ち上がれないって言われて、強くなる方法を考えながら走ってたらこんな時間になっちまった」
「なるほど……」
レオノアは口元に指を当ててなにやら考えている。
すると、彼女は手をポンと叩いて雷牙に提案した。
「週末、私の家に泊まれますか?」
「はい?」
「あぁいえ、決して夜這いしようとか、既成事実を作ろうとかそういうわけではないのでご安心を。……まぁ雷牙さんがいいのでしたら私も勝負下着で臨む所存ですが」
「とりあえずまだそういう予定はねぇからやめろ。けど、何で泊まりになる? お袋さんの予定でも出来たか?」
「いえ、雷牙さんが強くなりたいとのことでしたので、お母様に稽古をつけてもらうのはどうかと思いまして」
「いいのか!?」
雷牙は思わず興奮した声をあげた。
レオノアの母、ヴィクトリア・ファルシオンは英国のハクロウの中でも五本の指に入るほどの実力者だ。
その彼女から直々に稽古をつけてもらえることなど滅多にないことだろう。
しかも、彼女は雷牙の母、綱源光凛とも親交がある。
もしかしたら、母が得意としていた技を教えてもらうことが出来るかもしれない。
「当然です。雷牙さんのお役に立てるのなら、なんでもしますよ。で・す・が! ただでというわけにはいきません」
「お、おう……」
レオノアの表情が少しだけ悪戯っ子っぽいものに変わる。
まさかそれを交換条件に結婚して欲しいとでも言うのかと、雷牙は身構える。
「また一日、デートしてください。そうしてくれたらお母様にこのことを伝えておきますので」
「そんなんでいいのか?」
「はい。どうしますか?」
小首をかしげるレオノアに問われた雷牙は、僅かに考える素振りを見せるものの、既に答えは決まっていた。
「……わかった。稽古を受けさせてくれ」
「わかりました。お母様にはその旨を伝えておきます」
「おう。……ありがとうな、レオノア」
雷牙が礼を言うと、レオノアは満足そうな微笑を浮かべて雷牙の手を取る。
「では、汗を流してから食事にしましょう! お背中お流ししますよ」
「ははは。背中流すのは遠慮しとくわ」
自然流れでそういう流れに引き込まれそうになったが既に慣れきった雷牙は、軽やかにレオノアの誘いを断るのだった。
しかし、強くなるための一歩を踏み出せるような気がしているのも事実。
そして、レオノアに感謝しているのもまた事実だ。




