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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第四章 黒き胎動
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プロローグ 過去の悔恨

師匠(せんせい)……! 師匠……!!』


 降りしきる雨の中、少年は血まみれの師を抱える。


 壮年の男性の体には、深い斬痕が刻まれ、血が止め処なく溢れている。


『クソっ! 止まれ、止まれ……止まれ……っ!!』


 必死に治癒術で傷口を塞ごうとするが、殆ど効果がない。


 それもそのはず。


 本来治癒術とは、人体の自然治癒能力を増幅させることで治癒を可能としている。


 自然治癒に必要なのは体力はもちろん、治癒をかけられている側にも相応の霊力が必要だ。


 少年の前にいる男性は既に瀕死の重態。


 体力、霊力双方が底を尽きかけているといっても過言ではない。


 そんな状態の人間にいくら治癒術をかけたとしても、状態は一向に良くなるはずがない。


『もう、いい……』


 湿り気のある声が聞こえ、少年はハッとする。


 師は僅かに瞼を開けて少年を見ていた。


『師匠! よかった……。大丈夫です、もうすぐ救護班が来てくれますから……!!』


 呼びかけに応じなかった師の声に安堵し微笑を浮かべる。


 けれど、師は少年の言葉を否定するように首を振った。


『いいや……どのみち私はもう、助からん……』


『なにを言ってるんですか! あなたほどの人がこの程度の傷で――!!』


 励ましの声をかけるものの、少年は師の瞳を見た瞬間絶句する。


 既に瞳に覇気はなく、生気も殆ど感じられない。


 まるでガラス細工のようにただ光を反射しているだけの、死人の瞳がそこにはあった。


 少年はその様子で全てを理解してしまった。


 手遅れなのだと。


 すると、師は震える手をゆっくりと鉛色の空に掲げ、振り絞るように声を漏らす。


『――(そう)……(げん)……。私は、貴様を…………!!!!』


 言い切るよりも早く、師は言葉を詰まらせ、掲げた腕はそのまま力なく降ろされた。


『師匠……?』


 少年は師の顔を見やるものの、半開きになった口元からは血が溢れ、薄く開けられた瞼の隙間から見えるのは、完全に生気を失った瞳だった。


『師匠……! あぁ、そんな、師匠……師匠(せんせ)ぇッ!!!!』


 師の亡骸を震える手で抱く少年の双眸からは、大粒の涙が溢れる。


 慟哭は無かった。


 少年は嗚咽交じりに師の亡骸を腕の中に抱いていた。


 その彼の前には、瓦礫の中を進む異形の影――斬鬼の姿があった。


 けれど、斬鬼は少年には眼もくれず、より人がいる方へ向けて歩いていった。


 巨体を揺らしながら歩く斬鬼を見やる少年は、その場から動くことが出来なかった。


 否、動きたくなかった。


 師をこれ以上傷つけるわけにはいかないからだ。




 後に、斬鬼は討伐された。


 しかし、少年の心には暗い影が落ちたままだ。


 師の葬儀には多くの参列者が訪れた。


 天涯孤独の身であった少年はただ一人、師の身内として参列者たちに頭を下げる。


『まさか≪武帝(ぶてい)≫不動が亡くなるなんてな……』


『仕方ねぇよ。武帝とはいえもうかなりの御歳だった』


『直接的な死因は確か要救助者を助けるために盾になったから、だったかしら』


『すごいよなぁ。まさしく刀狩者(ソードテイカー)の鏡だ。感服するよ』


 参列者の声は殆どが師のことを敬い、彼の行いを賞賛するものだった。


 それでも少年の表情は晴れない。


 もう師の優しい声を聞くことはおろか、彼に剣を教えてもらうことすらできない。


 自然と涙が溢れ、ギュッと握りこんだ拳に落ちる。


 耐えられなくなったのか少年は葬儀場から抜け、近場にあった木影に座り込んで涙を流す。


 一頻り泣いた少年は葬儀場へ戻ろうとするが、すれ違った参列者の声が再び耳に入る。


『けど≪武帝≫には相棒みたいな人がいなかったっけか?』


『いるにはいるけど……なんつったけなぁ……』


『噂じゃあの二人が揃ったら斬鬼なんてあっという間に討伐しちまうらしいぜ?』


『昔の話だししかも噂だろ? ないない』


 参列者たちの声に、少年は足を止める。


 確かに師は≪武帝≫と呼ばれるほどに高い戦闘能力を持っていた刀狩者だ。


 しかし、そんな彼と相棒の間柄であった人物がいるなど聞いたことがない。


『名前、なんつったっけ?』


『えーっと、確か……そうだ、柳世だ。柳世(やなせ)宗厳(そうげん)


『あー、確かそんな名前だったな。まぁでも変な尾ひれがついたような話だろ? 柳世っていえば村正の災で命欲しさに逃げ出した野郎の名前じゃねぇか』


『そうそう。戦うのが怖くなって一人で逃げ出した男だ。元々は武帝に並ぶ実力者とか言われてたらしいけど、それが原因で≪臆病者≫の柳世なんて言われるようになったんだよな』


『マジで刀狩者の風上にもおけねーよ。ジジイかもしれねーけどそんだけの実力あるなら戦えっての』


 現役の刀狩者であろう彼らは、すこしだけ苛立ち交じりだった。


 当然だろう。


 敵前逃亡は刀狩者においてあまり褒められたものではない、


 新兵であったならばまた状況は違うのだろうが、師と同じくらいの人間がやることではない。


 ふと、少年は師が最後に漏らしていた言葉を思い出す。




『――宗……厳……。私は、貴様を…………!!!!』




 苦しげな声で、師は言っていた。


 それはまるで怒りをこめるかのようだった。


 同時に彼の心の中に暗い影が落ち、誰にも聞こえない声で呟く。


『……柳世……宗厳……』


 少年――獅子陸(ししおか)黎雄れおは涙を拭って空を見上げる。


 澄み切った空を見上げる黎雄の瞳の最奥には、暗く歪み燃ゆる不気味な煌めきがあった。


 師は逝った。


 ならばあとは自分が彼に代わって成すだけだ。


 黎雄は祭壇にある師――不動(ふどう)恒義(つねよし)の遺影を見やった。




 それから数年――――。




 日本に五つある刀狩者育成校の一つ、轟天館(ごうてんかん)


 関西地方に存在するこの育成校でも、来たる五神戦刀祭(ごしんせんとうさい)の準備が着々と進み、既に選抜者は決まっている。


 そのうちの一人に、獅子陸黎雄も名を連ねていた。


 彼は端末を操作して五神戦刀祭の項目を開く。


 ニュースサイトには既に轟天館を初め他の育成校の選抜者名簿が載っている。


 その中には勿論、去年の優勝校、玖浄院の名前も。


 黎雄は玖浄院の選抜者名簿の中にあるとある一年生の名前に眼が留めていた。


 一年生の名前は――綱源(つなもと)雷牙(らいが)

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