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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第三章 選抜されし者達
86/421

5-6

「んがっ」


 寝息が途切れ変な声を上げた雷牙は保健室のベッドの上で目を覚ました。


「……口ん中気持ちわりぃ」


 ぼんやりとしている頭を軽く振り、ベッドサイドテーブルのミネラルウォーターを一気に煽る。


 流し込まれた水の味は血の味がした。


 最後、龍子の一撃を貰った時、口にまで血が競りあがってきていたのでその影響だろう。


 ボトルいっぱいの水を全てを飲み干したところで、雷牙は改めて試合を振り返る。


 結果は雷牙の完全なる敗北。


 霊力操作、剣技、剣速、すべてにおいて雷牙は龍子に完敗を喫した。


 しょうがないといってしまえばしょうがない。


 なにせ相手は玖浄院はおろか、五神戦刀祭の優勝者だ。


 まさしく最強の存在に一年生の雷牙が勝てるわけがない。


 これを理由に簡単に飲み込んでしまえば楽だろう。


 だが、雷牙はかけられているシーツを強く握り締める。


 表情は硬い。


「……やっぱり悔しいな」


 雷牙自身、簡単に勝てるような相手ではないと理解していた。


 それでもやはり剣士として、彼女に勝利したかったことは事実。


 試合で見せ付けられた圧倒的な実力の遠さ。


 入学初日に斬鬼を倒し、エキシビジョンで瑞季と戦い、堕鬼に変貌した大城を倒した。


 トーナメントでも上級生を次々に下し、直柾にすら勝利し、鬼獣も討伐した。


 認めたくは無いが、心のどこかで驕りがあったのかもしれない。


 実際に彼女と相対し、見せ付けられたの力量差。


 殆ど齢も変わらないというのに、ここまで遠いのかと思い知らされた。


「けどまぁ……」


 ふっと、雷牙は握りこんでいたシーツを放す。


 声音は先ほどまでの思いつめたようなものから、すこしだけ柔らかくなっていた。


 そのまま顔を上げた雷牙にあったのは、どこか満足げで納得したような笑みだ。


「……楽しかったなぁ。負けちまったのは悔しいけど」


 負けて悔しいのは事実だが、同時に龍子との試合が楽しかったというのもまた事実。


 それに負けて悔しいばかりが戦いではない。


 今日の試合では、随分と学ぶことも多かった。


「次に繋げられるように、しっかり修業しないとな」


 シーツを引き剥がし、そのままベッドから降りた雷牙が大きく伸びをすると『ごるるるるる』と腹の虫、いや腹の獣が空腹を訴えてきた。


「霊力めっちゃ使ったからさすがに腹減ったな……。先生ー? 目ぇ覚めたんで帰りますよー?」


 声をかけてみるものの晶からの返答はない。職員室にでも行っているのだろうか。


 だがそれならそれでちょうどいい。


 下手に遭遇すればまたどんなセクハラを受けるかわからない。


 見つからないうちに逃げてしまおうと、用意されていた制服に手を伸ばす。


 瞬間、保健室のドアがスライドし、雷牙はビクゥっと肩を震わせた。


 そのままゆっくりとそちらを見やると、多少驚いた様子の瑞季達がいた。


「なんだ、お前等か。焦って損したぜ」


「雷牙、もう目が覚めたのか」


「見ればわかんだろー。しっかり起きてる。心配かけて悪かったな」


 とりあえず立ったままというのもアレなので、雷牙は一度ベッドに座り直す。


 入り口で立っていた瑞季やレオノア達も保健室へ入ってくるものの、舞衣がどこか訝しげな声をあげる。


「にしたって回復早すぎじゃない?」


「確かにまだ一時間ちょいくらいしか経ってないぜ。かなり消耗してたように見えたけどなぁ」


「まぁ会長がうまく斬ってくれたんだろうさ。体の方もホラこの通り……って言いたいけど、ヤベッ。今の動きでちょっと内臓と筋肉がずれた……」


「怖いよ!! え、らいちゃんそれって大丈夫なわけ!?」


「あぁ、へーきへーき。意識が戻ってるなら、治癒術でちょちょいのちょいってな」


 雷牙の体を青白い光が包む。


 意識を体の中に集中させ、違和感がある箇所に重点的に霊力をまわし、自然治癒能力を活性化させる。


 治療は僅か数秒で終了し、雷牙はベッドの上で軽くストレッチする。


「うん、おっけ」


「軽いな……。いや本人がいいならいいのだろうが、もっとこう、ないのかお前は」


「治癒術にどんなスペクタルを期待してんだよ、樹。あー、でもダメだ。今のでもっと腹減った……」


 再び雷牙の腹の獣が激しく鳴った。


 その様子に見舞いにきた瑞季達はやれやれと呆れる。


「少しはへこんでいると思ったんだが、その調子なら問題なさそうだな」


「これでも多少はへこんでるっつーの。けど今は空腹が勝ちはじめた。なんでも良いからメシ……」


「もう、雷牙さんたら」


 空腹にへにゃりとする雷牙にレオノアが僅かに噴き出す。


 とても先ほどまで激闘を繰り広げていた者とは思えない様子だ。


「じゃあ私たちお昼食べちゃったけど、食堂行こっか。さすがに任命式をこんな状態で参加させるわけにはいかないし」


「そうだな。雷牙、着替えて食堂に行こう」


「おー。ちょーっと待っててくれー」


 用意されていた新しい制服に手を伸ばしそのまま着替えを始めようとする雷牙であるが、突然女性陣がギョッとする。


「ま、待った! 急に着替え始めないでってば! 女子がいるんだけど!?」


「男子の裸なんざ見たってなんも思わないだろうが。それとも男の裸で興奮するタイプか?」


「そーいうんじゃないけどエチケットとしての話よ。って、レオノアも鼻の下伸ばさない! みっともない顔になってるから!」


「エヘヘヘ……ハッ!? す、すみません! 雷牙さんの素肌が余りにも扇情的なもので……!」


「どういう見方をしたらそんな風になるんだ……」


「とりあえず私たちこっち向いてから着替えって聞けーーーーー!!!!」


 舞衣が言うのも無理はない。


 雷牙は着替えを続行し、下半身はズボンを履き上半身は半裸になりかけていた。


 結局そのまま一気に脱いでしまう雷牙であるが、その背中が露になった時、雷牙以外の全員が息を詰まらせた。


 皆の視線は雷牙の背中、というより体に集中している。


「んー? どうかしたか?」


「雷牙、その傷は……」


 瑞季が僅かに掠れた声を漏らし、雷牙は「あぁこれか」と特に気にした様子はない。


 雷牙の背中にあったのは、背中を縦断するように刻まれた傷だった。


 消えかけてはいるものの、そこだけ他の皮膚と色も質感も違うのでよくわかる。


「なんでかわかんねーけどガキの頃からあるんだよ。これだけ治癒術でも治らなくてなー。まぁ生活に支障があるわけでもないからいいんだけどよ」


「修行中のもの、でしょうか」


「どーだったけなぁ。その前からあったような感じもするしそうじゃないような気もするしっと、よぉし着替え終了!」


 皆があっけに取られている中、手早く着替えを済ませた雷牙は、皆に向き直る。


「随分しんみりしてっけど、どした?」


「あんな傷見せられれば普通こうなるけどねー……」


「今は問題ないんだからお前等が気にすることはねーよ。じゃ、メシ行こうぜー。めっちゃ食うぞー」


「……そうだな、いつまでもここにいてもしょうがないし、行こう」


 意気揚々と食堂を目指す雷牙とは裏腹に、瑞季たちはどこか溜息交じりに彼のあとをついていく。


 だが彼らの最後尾、瑞季とレオノアは雷牙の傷になにかを感じたの様子だ。


「瑞季さん、雷牙さんのあの傷跡は……」


「ああ。その可能性も考えられるが、決まったわけじゃない。今はあまりに口には出さないようにしよう」


「はい」


 雷牙の背に刻まれた傷跡を思い浮かべつつも二人はそれ以上口に出さず、会話の輪の中へ戻っていった。




 ちなみに、食堂にて雷牙の大食いは完全に解放され、とんでもない量の皿の山が出来上がったのは言うまでも無い。






 夕刻、太陽がちょうど西の空へ傾き始めた頃、玖浄院の全校生徒は大講堂とよばれる特別な式典が行われる場所に集まった。


 生徒達の正面の檀上には七人の生徒の姿がある。


 左から龍子、雷牙、直柾、瑞季、勇護、三咲、士の順で並んでいる彼らの共通点は言わずもがな、今年の五神戦刀祭の選抜選手という点だ。


 昨日行われた最終枠の選考試合では勇護が勝利をおさめ、三咲と士は補欠という形で選手として組まれている。


 彼らの脇では、玖浄院の運営理事長が激励の言葉を述べているが、雷牙の耳には殆ど入っていない。


 試合の時は戦いに集中してしまっていて殆ど気にならないのだが、やはりこうジッと見られているとこそばゆいものがある。


 ましてや雷牙は山育ちでこれだけの人間の前に立ったことが殆ど無いのでなおさらだ。


『――それでは、選抜選手の皆さん、五神戦刀祭ではその実力を存分に発揮し、再び優勝を我が校に齎してくれることを期待します』


 理事長は軽く腰をおって激励の挨拶を終えた。


『理事長、ありがとうございました。それでは続きまして選抜選手代表からのあいさつとなります。代表、武蔵龍子』


「はい」


 当然、代表者は今日の決勝戦を制した龍子だ。


 彼女は一歩前に出ると、凛とした張りのある声を発する。


「代表に選ばれました、武蔵龍子です。今回の選抜者の選考は例年にはものでした。初期にはトラブルも見られましたが、ここにこうして選抜選手が揃ったこと、大変嬉しく思います。

 聞くところによると、既に選抜が終了している育成校の代表選手は強豪揃いとの話です。我々も油断せずに、試合を進めていきたいと思います」


 かなりかしこまった口調で言う龍子に、雷牙もさすがにこういった場では生徒会長らしさを発揮するのだと思ったが、彼女の口元に浮かんだ笑みを彼は見逃さなかった。


「なぁんて、形式ばった話し方はここまで。私たちが目指すのは優勝のみ。すべての育成校の頂点に立って、この校旗をあの舞台に掲げる!」


 龍子は檀上にあった校旗を掴み、はためかせながらダンと打ち付ける。


「他の育成校が強豪揃いでも、私は、いいや、私たちは勝利を掴んで優勝する! だから皆も私たちを信じて託して欲しい。トーナメントで負けて出場できずに悔しい生徒もいるでしょう。私たちはその悔しい気持ちもなにもかもを背負って、あの頂に立つ!」


 力強く、高らかな宣言は、大講堂に響く。


 一瞬だけ沈黙が流れるが、次の瞬間には大講堂は大きな歓声と拍手に包まれる。


 全校生徒の反応に雷牙は驚きつつも龍子を見やる。


 彼女は満足げな笑みを浮かべると校旗をあった場所に戻して列に戻った。


 彼女が生徒会長をしている理由がなんとなくだが理解できた。


 強さはもちろんだが、生徒達を牽引する圧倒的な統率力。


 ときに厳格に、ときに砕けた態度を使い分け、柔軟かつ大胆な行動を可能としている。


 だからこそこれだけ人望があるのだろう。


「……流石っスね」


「ありがとう」


「って聞こえてんスか」


「褒め言葉は聞き逃さない主義だからね」


 彼女は親指を立ててニッと笑みを浮かべた。


 雷牙はやれやれと呆れつつも、目の前で歓声を上げる生徒達を見やる。


 勿論その中には雷牙が破ってきた生徒の姿もある。


 彼らもそれぞれの思いを抱いて試合に臨んでいた。


 五神戦刀祭になんとしても出場したかった生徒もいるだろう。


 まだ見ぬ強豪たちとの戦いに思いを馳せながら、雷牙は彼らに恥じない戦いをしようと心に刻んだ。





 大講堂の歓声は外にまで届いていた。


 ずいぶんと盛り上がっている様子に、車に乗り込もうとしていた辰磨が笑みを浮かべる。


 彼はそのまま車内に入るものの、運転手権補佐官が声をかけてきた。


「楽しそうですね、長官」


「そう見えるか?」


「はい。最近はしかめ面ばかりでしたから」


「そうだったか。いやまぁ、若い者達の戦いが面白くてな。五神戦刀祭が楽しみだ」


「なるほど。ところでご息女にはお会いにならなくて本当によろしかったのですか?」


「構わん。アレはそんなことを気にするほどやわではない」


 辰磨は肩をすくめると、バックミラー越しに遠くなっていく玖浄院を見やる。


 口元にはあまり見られない笑みがあり、随分と上機嫌であることが見て取れる。


 ――存分に戦え若人よ。次にこの世界を担うのは、君達のような存在だ。


 満足げな辰磨は最後に、娘と戦った雷牙のことを思い浮かべ、記憶の中にいる戦闘狂と照らし合わせた。


「……お前の息子は強いな、綱源……」


 試合中に見せた狂気すら感じる笑みは、まさしき彼女の子供であることを物語っていた。


 まぁ唯一つ疑問は残ったのだが。


「佐伯。次に休みが取れる日はあるか?」


「一日丸々休みとなりますと直近で、一週間先になりますが……」


「ならその日は完全なオフにしてくれ。たずねたいところがある」


「了解いたしました」






 玖浄院の五神戦刀祭の選抜が終了したことは、その日のうちに全国の育成校に伝わった。


 それぞれの育成校では、その報告に喜ぶ者もいれば、呆れる者、嘲笑する者、闘志を燃やす者、楽しみに思う者など、反応は千差万別であった。


 だがその中でただ一人は、選ばれた一年生の名前を見た瞬間、怒りに身を震わす者がいた。


「……綱源、雷牙……!」


 怒りに燃える者はギチリと音がするほど歯を噛み締め、雷牙の名前を呟いた。


 五神戦刀祭開催まであと一ヶ月と少し。


 育成校の生徒達は、その頂に立つためさらに己を鍛え上げていく。

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