表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第三章 選抜されし者達
85/421

5-5

 龍子は目の前で変色した雷牙の霊力に笑みを零した。


 人間が扱う霊力は基本的には青白い色をしている。


 個人差はあるが、そこまで異常な色に変化したりはしない。


 ただ、この星の中を循環している星霊脈の噴出口でもある霊穴や、霊力の溜まり場とも言われる霊溜地では、空気中の霊力が濃くなりすぎて一部赤く変色する現象も報告されている。


 とはいえ、今バトルフィールドで広がっている光景が、霊力濃度の影響だけかと言われると、一概にそうであるとはいいにくい。


 雷牙の体から止め処なくあふれ出す霊力は、彼の服や肌、そして鬼哭刀、さらにはバトルフィールドに散った血と結合し、混ざり合っている。


 恐らくだが、雷牙の霊力が変色した要因は彼がこの戦いで流した血が影響している。


 龍子の氷結の力は血液と混ざり合った霊力の影響を非常に強く受ける。


 生み出した氷は、防御にすらならずに素通りし、霊力を含んだ血液が付着しただけでその形が保てなくなるほどだ。


 勿論、そこに霊力が含まれていなければ意味がないが、雷牙は既にそれを理解している。


 だが彼はこれ以上血を流すことはできない。


 恐らく失血の影響で視界は、薄ぼんやりとしか見えていないだろう。


 けれどその瞳は、しっかりと龍子を捉え闘志を燃やしていた。


 そして彼は言った。


『これが今出来る最大』だと。


 本気で向かってくる者を、龍子は無碍にはしない。


 本気には本気で答える。


 それが龍子の流儀だ。


 会場の温度が数度下がるほどの冷たい霊力を放出した龍子は、切先を雷牙へ向けて構える。


 雷牙もまた、血で赤く染まった霊力を鬼哭刀に集束させて構えを取った。


 瞬間、龍子は彼の姿が、他の誰かと重なって見えた。


 黒髪を後ろで縛り、どこか挑戦的な笑みを浮かべている。


 同時に龍子は理解した。


 この人物が、綱源光凛であると。


 ――あぁ、この人が雷牙くんのお母さんか……。


 面識があったわけではない。


 しかし、なぜこのようなことが起きたのかは理解できる。


 これは昨日雷牙が鬼獣と戦った際に起きた霊力同士の感応現象の一種だ。


 刀狩者同士の戦いでは極めて稀に起こることがあり、その人物の精神や思いの一部が対戦相手にも見える。


 雷牙も勝負を決めにきて、感情が昂ぶっているのだろう。


 だが感情が昂ぶっているのは龍子もまた同じこと。


「……いいよ。やろう、雷牙くん」


「……」


 雷牙は言葉では答えずに小さく頷いた。




 刹那、二人が動く。




 アリーナに響いたのは、空気が破裂するような裂帛の音。


 赤い霊力と冷気を含んだ青い霊力は混ざりあい、会場内を暴風のように駆け抜ける。


 次いで響いたのは甲高い金属音。


 龍子の眼前で火花が、二度、三度そしてさらに続けて明滅する。


「ウルァッ!!!!」


 気合いの乗った声と共に放たれる剣閃を、龍子は冷静に受け止め、いなしていく。


 しかし雷牙の斬撃を受け止めた鬼哭刀、氷霜が纏っていた氷は一瞬にして剥がされた。


 なおかつ、周囲の霊力を凍らせることもできない。


 やはり、あれだけの霊力と血液を混ぜ合わせたとなると、その影響範囲もかなり広いようだ。


 とはいっても完全にできないというわけではない。


 というか、これしきのことでできないと言っていては、玖浄院の生徒会長などやっていられない。


 雷牙の霊力の影響範囲は広いが、やはり大雑把な面がある。


 だから、その合間を狙う。


 何度目かの剣戟が終わった時、雷牙の右脇腹に鋭く磨かれた薄い氷の刃が突き立つ。


「ぎッ!?」


 短い悲鳴を上げた雷牙は、すぐさまそれに反応すると、氷を引き抜いて治癒させた。


 その治癒速度は褒めるが、やはりまだまだ隙が大きい。


「そんなものかな、君の全力は……!!」


 龍子はグンと態勢を低くして長刀を振るう。


 剣戟はまだ、終わらない。






 雷牙は連続して放たれる剣閃をギリギリで受け止める。


 ――重い……!!


 先ほどまでとは格段に剣の重さが違った。


 剣速もさらに上がった上に、こちらの霊力の影響範囲の僅かな穴を狙って的確に攻撃を当ててくる。


 これが、玖浄院生徒会長、武蔵龍子の力。


 いまだ雷牙には手の届かない場所にいる人物の剣。


 だが、雷牙の心にはもう闇はない。


 負けるつもりもないし、逃げるつもりもない。


「……さいっこうに、おもしれぇ……ッ!!!!」


 ニィッと口元に笑みを浮かべると同時に、再び雷牙の霊力が跳ね上がる。


 同時にぼんやりとしていた視界が鮮明になってくる。


『つ、綱源選手! ここでさらに霊力が上がりました!! 本当に底がないのでしょうか!?』


 実況の驚く声を聞き流し、雷牙は龍子と剣閃を重ねていく。


 つい先ほどまでギリギリの対処しかできなかったが、今はその剣速に体がついていこうとしている。


「全力の上があったとはね!!」


「どこまでだって上げてやる!! アンタを倒すためなら!!」


「……いい目だ! だけど、最強の座はまだ君は譲れない!」


 龍子が刀を弾き、距離を取った。


 同時に雷牙は首元に死神の鎌が押し当てられたような、鋭利な殺意を感じた。


 直感的にこの距離は危険だと判断した雷牙は、自身の血と混ざり合った赤い霊力を鬼哭刀に全て集束させ、フィールドを蹴った。


 視線の先では、長刀を正面に構えた龍子がいる。



「――――氷獄八剣(ひょうごくはっけん)――――」



 聞こえてきた声に、瞬時に理解する。


 彼女がいままさに放とうとしている技は、勇護を下した時と同じ剣。


 長刀を見る見るうちに氷が覆い、切っ先まで全てが覆われた時、凛としたはりのある声がフィールドに響く。



「――参の閃――――暗雪吒(あんせつだ)――――」



 刹那、龍子が放ったのは迷いのない縦一閃。


 放たれた剣閃からは、氷がまるで剣山のように鋭く突き進んでくる。


 対し、雷牙も鬼哭刀を振りかぶり、フィールドを駆けながら振るう。



「はぁああぁぁああぁぁぁあぁぁあああッ!!!!」



 裂帛の声と共に放たれた赤い斬撃はそのまま氷と激突。


 紫電が散り、すさまじい轟音が響く。


 数秒続いた激突は、僅かに均衡が崩れた瞬間一気に傾いた。


 軍配が上がったのは、霊力において有利な雷牙だった。


 血液が含まれた霊力による斬撃は、氷結をものともせずに突き進んでいく。


「行けぇぇぇええぇぇえええぇぇッ!!!!」


 突き進む斬撃を鼓舞するかのように叫ぶ雷牙。


 そしてついに、雷牙の霊力が最後の氷を打ち破った。


「ッ!」


 かすかに見えたのは、目を見開く龍子の姿。


 次の瞬間、轟音が響き、濃い砂煙が巻き起こる。


 霊力の激突によって生じた煙は、龍子が立っていた場所にもうもうと立ち込めている。


「ハ……ッ……ハ……ッ!」


 全力を出し切り、雷牙は肩で息をしながら立ち込める煙に視線を向ける。


 アリーナには耳が痛いほどの静寂が蔓延っており、皆声を出せずにいる。


 実況もまったく声を挟まず、ただ視界が晴れるのを待っている様だ。


 ――手ごたえは……あった……!


 確実に龍子に一撃は与えたはず。


 これは確信していた。


 あとはそれがどの程度のものか、果たしてあの一撃で倒れてくれたのか。


 霊力はまだ残っているが、やはり体力の消耗と血の流しすぎたようでしっかりと立っていられない。


 倒れまいと必死に踏ん張りながら雷牙は警戒を緩めずに龍子を探す。




「いい一撃だったよ」




 背後から聞こえてきた声に、雷牙は戦慄した。


 すぐさま振り返ろうとするも、視線がそちらに向いた時には、すでに遅かった。


 そこにいたのは、僅かに髪を乱し、肩口から出血している龍子だ。


「だけど、私に届かせるにはまだ足りない」


 冷徹とも取れる声と同時に、甲高い音を立てながら長刀が振りぬかれる。


 痛みが奔り雷牙の顔が苦悶に歪む。


 既に龍子の姿は雷牙の背後にあり、その手には長刀の鞘が握られている。


「君はもっともっと強くなれる。だから、この敗北を決して忘れないで」


 途端、雷牙は自身の体に冷たい感覚が走るのを感じ、視線と落とす。


 斬られた傷口から氷結が始まっていた。


 傷は霊脈にまで達し、もはやこちらから霊力で干渉することは不可能。


 だが雷牙はどこか清清しい表情をしている。


「ありが、とう、ございま、し、た……」


 口にしたのは龍子に対する感謝の言葉。


 最後、自分の全力に全力で答えてくれた彼女に対する最大限の敬意であった。



「―――氷獄八剣――――弐の閃――尼剌部陀(にらぶだ)――――」


 

 

 声と同時に、龍子が鬼哭刀を鞘に納める。


 瞬間、傷口からはじまっていた氷結は一気に雷牙の全身に及び、雷牙の意識は完全に闇に飲まれた。







 氷像と化した雷牙の背後で、刀を鞘に納めた龍子はコツンと鐺でフィールドを軽く叩いた。


 同時に雷牙を包んでいた氷に亀裂が入り、彼はそのままうつ伏せに倒れこむ。


 静寂の中、試合を見守っていたレフェリーが彼に駆け寄り、実況に向けて腕をクロスした。


『試合、終了ー!!!! いやー、素晴しい試合でした!! 綱源選手、一時は生徒会長の弱点を看破し、優位に立ったようにも見えました。ですが、やはり五神戦刀祭優勝者の実力はすごかった!!

 勝利したのは、我等が生徒会長! 武蔵龍子選手です! 同時に、今回の学内トーナメントの優勝者ともなった彼女の実力は計り知れません!! これは今年の五神戦刀祭も多いに期待できますね!』


 実況に一拍遅れ、観客席からは割れんばかりの拍手と歓声が響いた。


 龍子に対する声援もあったが、雷牙の頑張りを讃えるものも多く、『よく頑張った!』『戦刀祭でも活躍しろよ!』といった激励がとんでいる。


 保健委員に運ばれ、医療用ポッドに押し込まれる雷牙を見やりながら龍子もどこか満足げだ。


 ――負けたって大丈夫。君はもっと強くなれるから。


 声には出さずに彼を見送ると、彼女はその場に尻餅をついた。


 その衝撃で肩に入った傷に痛みが走る。


「あたたた……。これはちょっと喰らっちゃったな」


 傷口はぱっくりと割れており、白いものが見えていることから骨まで達しているようだ。


 とりあえずは治癒術で応急処置しておくが、保健室での治療が必要になるだろう。


「生徒会長も保健室へ」


「はいはーい」


 肩を押えながら立ち上がり、龍子もまた保健委員と共に保健室へと向かう。


『えー、それでは両名の治療が完了し次第、今年の五神戦刀祭出場者の任命式を別会場にて行いますので、生徒の皆さんは後ほど送られるメールをしっかり確認してください! 以上!! では一時解散です!!』






 生徒達が各々立ち上がってアリーナから出て行く中、瑞季は運ばれていく雷牙を見ながら優しく微笑む。


「負けはしたが、やはり君はすごいよ。雷牙」


 圧倒的な実力差を前にすれば、人は普通怖気づいてもおかしくない。


 しかし雷牙は龍子に必死にくらいつき、最後には瑞季がつけたものよりも大きな傷を彼女に与えた。


 それだけでも十分よく戦ったといえるレベルだ。


 すると、隣からしゃくりあげる声が聞こえ、彼女はそちらに視線を向ける。


「うぅ……雷牙さぁん……ひっく……」


「泣くな、レオノア。負けてしまったことは変えられない。それよりも今は、この戦いを最後まで諦めずに戦い抜いた雷牙に賞賛を送るべきだ」


「それは、そうです、けど……」


「ならば私が先に雷牙を見舞って褒めてこよう。そんな泣きっ面の女子に言われたのでは、雷牙も気まずいだろうからな」


「なっ!? そ、そうはさせませんよ、瑞季さん! 雷牙さんを最初に褒めるのは私です!!」


 涙を乱雑に拭ったレオノアは、ズイッと瑞季に詰め寄る。


 その様子が可笑しくて瑞季はつい笑ってしまう。


「二人ともー。そろそろ行こうよ。一旦お昼食べて、そのあと雷牙のお見舞いに行こう」


「ああ、わかった」


「待って下さい瑞季さん! 話はまだ終わってませんよ!」


 舞衣に呼ばれ席を立った瑞季をレオノアが追う。




 

 こうして玖浄院における五神戦刀祭選抜学内トーナメントは、生徒会長、武蔵龍子の勝利で幕を閉じた。


 しかし、生徒達は決して戦った一年生のことを忘れはしないだろう。


 最強に喰らいつき、文字通り全ての力を使って全力を出し尽くした一年生、綱源雷牙の存在を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ