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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第三章 選抜されし者達
84/421

5-4

 空気中を舞った鮮血に、会場から上がったのは、疑問を含んだどよめきだった。


 皆の視線の先にいるのは、雷牙とある程度距離を詰めた状態で立ち止まっている龍子だ。


 しかし、彼女の刀身には血はついておらず氷にも血はついていない。


 先ほどの鮮血は、彼女が雷牙を斬って発生したものではないのだ。


 もう一度皆の視線を追うと、そこにいたのは――。



 ――自身の腹に深々と鬼哭刀を突き刺した雷牙だった。



 額には大量の汗が浮かび、腹部から流れる血は服にじわじわと滲んでいる。


 明らかに自分の体を痛めつける意味不明な行動に、皆が疑問を持つ中、雷牙はさらに鬼哭刀を押し込んで出血を促した。


 さすがに異常な光景に小さな悲鳴が上がる。


『えっと……これは……!』


 実況も思わず声を詰まらせているが、軽い咳払いのあとに実況を続ける。


『これは一体どうしたことでしょう! 綱源選手、自分で腹部に鬼哭刀を突き刺しています!! しかし、この行動は準決勝の痣櫛選手と同じものです!! 武蔵選手と戦う相手が二度にわたって自傷行為をするのは、なにか理由があるのでしょうか!?』


 皆が思い起こしたのは、準決勝第一試合、瑞季と龍子の試合の終盤のこと。


 なにを思ったのか、瑞季は自身の腕を斬って、大量に出血させてあと血と水を混ぜ合わせて最後の攻撃に移った。


 結果は龍子の勝利に終わり、その行動にはなにも意味がないようにもみえた。


 現に、今の状況を見ている観客席の所々から上がっているのも、怪訝な声が大半だ。


『なんであんなことしてんだ? アイツの場合普通にでかい霊力をぶちかました方が勝率あるだろ』


『会長が強すぎるから自棄になってるとか?』


『いやでも流石になんもなしにあんなことしねぇだろ。なんか理由があるのかもしれねー』


『どっちにしろあの出血量じゃ、長くは戦えないな。もってあと十分前後ってとこだろ』


 龍子が氷結の力を使い始めて以降も、雷牙は必死に喰らいついて粘っており、観客席もそれなりに湧いていた。


 しかし、今の雷牙の行動の影響なのか、周囲は若干冷め始めている。


 その中で、ただ一人真剣な眼差しを雷牙に向けていたのは、準決勝で龍子と戦った瑞季だ。


 ふと、彼女は口元に小さな笑みを浮かべる。


「瑞季さん」


 声をかけたのはレオノアだった。


「貴女なら自身の行動や、雷牙さんの行動の意味がわかるはずです。そろそろ説明していただいてもよろしいですか?」


「あぁ、それ私も気になる。アンタも雷牙もなんの考えもなしにあんなことは普通しないでしょ」


 レオノアに乗っかるように、舞衣もまた雷牙の行動の意味をしりたそうにしている。


 もちろん彼女らだけではなく、口にはしないが玲汰も樹も陽那も気になっているようだ。


「そうだな、話しておくのもいいだろう。私と雷牙がどうして自らを傷つけたのか。その理由は――」


 静かに語る瑞季の瞳に写ったのは、鬼哭刀を引き抜いた雷牙の姿だった。





 引き抜いた鬼哭刀の切先からは、血の雫が垂れている。


 腹部の傷からは大量に出血しており、やや熱っぽさも持っていた。


 普通ならここで治療する必要があるのだが、雷牙はまだしなかった。


 これから試すことが目の前にいる強敵に有用であることを知るまでは、まだ、出血を止めるわけにはいかない。


 雷牙は深呼吸をしてから、自らの血液に濡れた兼定を構える。


 刀身はおろか、鍔や柄、全て血で真っ赤に染まっているそれは、明らかに異常な光景だった。


「その血まみれの鬼哭刀で、なにをするつもりなのかな、雷牙くん」


「自分で煽っといてよくいいますよね。ヒントくれてたのは、会長も一緒でしょーよ」


 肩をすくめた雷牙は、足に霊力をこめて一歩踏み込み、龍子との距離を詰める。


 途中、氷柱や氷塊が飛んでくるものの、それらは全て回避する。


 走っているときも、腹部の傷が悲鳴を上げるかのように激痛が体を駆け抜ける。


 正直に言ってしまえば、すぐにでも治癒させてしまいたい。


 だが、まだだめだ。


 ――この刃を届かせるまでは……ッ!!


 最後の氷柱を回避し、長刀の攻撃を顔面が地面スレスレにを掠めるほどの低姿勢で凌いだ雷牙は、斬り上げるようにして剣閃を放つ。


 狙うは顔面。


 真っ赤に濡れた刃が空気を唸らせながら龍子へ迫る。


『綱源選手の刀が迫ります!! しかし、武蔵選手には氷の防御が――!』


 誰もが、この攻撃は意味がないと思っただろう。


 どうせまた氷の防御に防がれておしまいだと。


 実況もそれを言おうとしたのだろうが、龍子が取ったのは意外な行動だった。



 彼女はその場から()()退()()()のだ。



 顔に当たるギリギリで回避した彼女は、そのまま後方へ跳んで雷牙との距離を開ける。


『――た、武蔵選手、攻撃を回避しました!! ですがなぜでしょう、氷の防御は展開していたように見えましたが……?』


 氷結の力を使った龍子が始めて行った回避運動に、実況も驚きを隠せずにいる。


 雷牙はまだ攻撃の手を緩めない。


 腹部からは激しく動いた反動か、ゴボっと大量に出血する。


 それを片手で押さえつつ、走り続けるが、やはり出血の影響は大きいようだ。


 グラリと視界が傾いた。


「ま、だ……ッ!!」 


 倒れるわけにはいかないと、雷牙は足を踏ん張り再びフィールドを蹴ろうとした。


 しかし、顔を上げると手が届く距離に鋭い氷柱が迫っていた。


 雷牙は反射的に兼定を持っていないほうの手を振るった。


 先ほど龍子に斬撃を放った時、彼女は氷の防御があるのに回避運動をとった。


 完全な確証があったわけではないが、試す価値はあると、理性よりも先に本能が体を動かしたのだ。


 振るわれた腕からは、大量に付着していた血液が飛び散り、迫る氷柱に付着する。


 瞬間、それは起こった。


 飛び散った血液が付着した氷は、途端にその勢いをなくし、見る見るうちに姿を消していく。


 そして最終的には完全に氷は空気中から掻き消えた。


『つ、氷柱が消えた……ッ!?』


 実況が声を詰まらせ、観客席ではどよめきが起こる。


 雷牙も驚いてはいたが、それ一瞬ですぐに納得したような表情を浮かべた。


「やっぱり、そういうことなのか……」


 視線を龍子に戻すと、彼女はどこか満足げに「うんうん」と頷いている。


 それを確認した雷牙は、渇きかけていた刀身の血液の上から、腹部から零れる血液を垂らす。


 再び真っ赤に濡れた兼定を携えて、雷牙はフィールドを蹴った。


 途中、飛来する氷柱は全て血を付着させることで無力化させ、さらに距離を詰めていく。


 振るわれた長刀を血塗れた兼定で受け止めると、刀身に付着していた氷がすぐさま掻き消える。


 そのまま刃を滑らせ、龍子の懐までもぐりこむと、霊力で強化した蹴りを叩き込む。


 が、さすがに鬼哭刀の氷が消えたからと言って一筋縄で行くわけがなく、龍子はそのまま蹴りを腹部の前で作り出した厚い氷で防いだ。


「チッ!」


「惜しいね。気付いてくれたのは嬉しいけど、まだ詰めが甘い。よッ!」


 長刀に力が込められ、雷牙は僅かに態勢を崩すものの、刃を滑らせるようにいなす。


 火花を散らしながら擦過していく刃を回避し、再び刀を振りかぶって今度は上段から振り下ろす。


 対する龍子も、長刀の遠心力をものともせずに構えなおして雷牙の一閃に対応した。


 鬼哭刀同士が激突。空気が激しく振動し、火花が散る。


 ギチギチと鍔競り合いをする形となった雷牙と龍子は、それぞれ笑みを浮かべていた。


「さっきも言ったけど、ようやく気付いてくれて私は嬉しいよ」


「てかわざとでしょうが。会長、アンタ俺に気付かせるために何度も鬼哭刀から血をはらってた。そして、瑞季のことを引き合いに出してきた。これで気付かなかったら、かなりのマヌケじゃないっスか」


「ハハハ、それもそうかもね。じゃあちゃんとわかってるかテスト。私の氷結の力の弱点はなんでしょう?」


 挑発するように問うてくる龍子に、雷牙は兼定を押し返しながら告げる。


「アンタの氷結の弱点は、()()()()()()()()()()し、氷が霊力を含んだ血液に付着するとその形を保てなくなるってこと、でしょう」






「会長は血を凍らせられない?」


「それがあの力の弱点ですか……」


 二人の声に瑞季は頷いた。


 雷牙と龍子に視線を向けると、鍔迫り合いは終了し再び剣戟の応酬に切り替わっている。


「会長と実際に戦ってわかったことだが、あの人の氷結の力は非常に強力で、たとえ炎であっても凍らせてしまうことができる。それが自分の霊力であったとしてもだ」


 霊力には空気中に常にある自然的なものと、人間の中に宿っているものがある。


 刀狩者が基本的に扱うのは自分の体の中にある霊脈に宿っている霊力だ。


 属性覚醒を果たしてもそれは同様だが、属性に目覚めると空気中の霊力に干渉してさらに技の規模を大きくすることができる。


 言うなれば、属性覚醒において、体内の霊力は起爆剤の役割を果たしている。


 体内の霊力の属性に変化させてそれを自然の霊力に干渉することで、より巨大なものへと変化させているというわけだ。


「だが、会長の氷結の力は、霊力に異物が含まれていると途端にその形を保てなくなる。その異物というのが血だ」


「ようはさっき雷牙がやったみたいに、血に触れたら消えちゃうってわけか……ん? でも待って、さっき雷牙を氷柱で攻撃した時には結構血がついてたと思うけど」


 舞衣の疑問はもっともだ。


 確かに攻撃の際に確実に血液は付着する。


 なのに血がついた氷は消えていなかった。


「そこが見事に隠されている点だ。血を凍らせられないとは言っても、純粋なただの血液では意味がない。私がやったことを覚えているか?」


「えっと、確か霊力で作り出した水と血液を混ぜていて……まさか……!」


 レオノアは気付いたようで驚きつつもどこか納得したような表情を浮かべている。


「そうだ。さっき会長の氷結は、異物に弱いと言っただろう。つまり、()()()()()()()()()()()()()()となっている。ようは、純粋な霊力しか干渉できないんだ」


「じゃあ、雷牙もそれがわかったから、自分のお腹を刺したってわけか」


 舞衣もレオノアもそれぞれ納得し、話を聞いていた玲汰達もどこか納得したようではあったが、ふと玲汰が「でもよぉ」と呟いた。


「血が必要にしても、なにもあんなんなるまで腹を刺す必要は、なかったんじゃね?」


「……確かに」


 瑞季は僅かに苦い表情を浮かべ、雷牙を見やる。


 剣戟を展開してはいるものの、明らかに出血の影響が出ている。


 顔色は悪いし、額に浮かぶ汗も尋常ではない。


 いくら桁外れの霊力を持っていても、血がなければ体を動かすことは出来ない。


 しかも、龍子の弱点がわかっても彼は未だに彼女に一太刀も浴びせていない。


 ――どうする、雷牙。


 この苦しい状況を、雷牙がどう乗り切るのか、瑞季は剣閃を走らせる雷牙を見やった。






 幾度かの剣戟を終え、龍子と対峙する雷牙であるが、ふと足に力が入らなくなりその場に膝をついてしまう。


 息は荒く、視界はぼやけている。


 直感的に雷牙は体が限界の信号を発していると感じ取っていた。


 龍子の弱点を看破することはできたが、そのために必要な血液が足りない。


 瑞季のように属性覚醒を果たしていれば話は別だったのだろう。


「クソ……」


 小さく吐き捨てた雷牙は、力が抜けかかっている足で立ち上がる。


 ぼやける視界に写っているのは、いまだ傷一つ負っていない龍子の姿。


 そんな彼女の姿が、雷牙の心に暗い影を落とし始める。


 こんな苦しい思いをしてまで試合を続行する必要があるのだろうか。


 五神戦刀祭に出場する権利は手に入れている。


 だったら、無理に続けずとも降参した方が利口だ。


 あとは戦刀祭までに力をつければいい。


 そうだ。


 明日からしっかり修業をすればいい。


 今は負けを認めて楽になろう。




 ――――だったら諦める?




 ふと、誰かの声が聞こえたような気がした。


 声の正体はわからない。


 だが、声は再び雷牙に響く。




 ――――けど、ここで諦めたら、君はきっと憧れからもっとも遠くなるかもね。




『憧れ』。


 ドクン、と心臓が一際強く脈動した。


 霞む視界の中に浮かんだのは、鬼獣との戦闘の中で見た、母の姿。


 そうだった。


 雷牙は心に浸入してきた暗い感情を振り払うように、血まみれの鬼哭刀を振るう。


 足元からは霊力があふれ出し、青白い光が雷牙を包んでいく。


 ここで逃げ出すことは簡単だ。


 手を上げて降参するだけ。


 たったそれだけだ。


 しかし、それで果たしてこの先戦うことが出来るのだろうか。


 もしかすると五神戦刀祭では龍子よりも強い相手がいるかもしれない。


 刀狩者になった時、とんでもなく強い斬鬼が現れるかもしれない。


 そうなった時、自分は逃げるのか?


 否。


 逃げてはいけない。


 なぜなら、刀狩者の双肩には大勢の命がかかっている。


 災害現場で苦しむ人、助けを求める人を救い、斬鬼を倒す。


 どんな絶望的な状況であっても、あきらめず戦い抜く。


 かつて、自分の母がそうであったように、自分もそれを志していたはずだ。


 ――あぁ、そうだ。


 ふと、脳裏に浮かんだのは、振り返りながらこちらに笑いかける母の姿。


 ――俺は、この人みたいになりたいんだ。


 心を闘志の炎が照らし、闇をかき消す。


「……まだまだ、弱っちいんだなぁ。俺」


 心が折れかけていたことを自嘲するように雷牙は呟くと、闘志の宿った瞳で龍子を見据える。


 彼女も雷牙の様子が変わったことがわかったのか、表情から笑みを消し、神妙な面持ちで長刀を構えた。


「会長。多分これが、俺が今出来る最大です」


「そう。なら、私も全力で答えなくちゃいけないね」


「……お願いします」


 途端、雷牙は笑みを浮かべて更に霊力を放出した。


 アリーナ全体を揺らすほどの霊力の嵐は豪風のように駆け抜ける。


 対し、龍子も氷結の力をフルに引き出す。


『こ、これは、両者共に勝負を決めに行くようです!!』


 実況も二人の行動の意味を理解したようだ。


 観客席の生徒達もそうだろう。


 が、ここで誰も予期していなかったことが起こった。


「っ!」


 一番先に気付いたのは龍子だ。


 それに次いで、雷牙が自身の変化に気付く。




 雷牙の()()()()()()()()始めていたのだ。

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