5-1 最強との剣戟
明くる日。
ついに始まる選抜者トーナメント決勝戦。
舞台となるアリーナには生徒達が続々と集まりはじめていた。
が、その生徒達の合間を黒塗りの高級車が通っていく。
高級車はそのままアリーナの正面入り口で停車する。
生徒達は突然現れた高級車からどんな人物が現れるのかと、訝しげな視線を送るものの、彼等の表情は降りて来た人物を見るや驚愕に染まる。
『お、おいあの人ってまさか……!』
『嘘でしょ……なんでここにいるの……!?』
どよめく生徒達を尻目に、高級車から降りた人物は正面にあるアリーナを見やる。
高級そうなスーツに袖を通し、白髪交じりの頭髪を綺麗に整えた初老の男性からは、厳格そうな雰囲気が漂っている。
表情は硬いが怒っているわけではなさそうだ。しかし、眼光は鋭く一睨みでもされれば大人でも怯むことは間違いないだろう。
「お、お待ちしておりました。武蔵長官!」
焦った様子でアリーナから出てきたのは、玖浄院の教頭だ。
彼は緊張で強張る顔で必死に笑顔を作りながら男性――武蔵辰磨に頭を下げる。
「ほ、本日は長官自らの観戦、誠にありがとうございます。生徒達も身が引き締まる思いかと」
「顔を上げろ教頭。それよりもすまなかったな、突然訪問することになって」
「いえ、決してそんなことは。……ほら、生徒達もいつまでも見ていないで移動してしまいなさい!」
教頭に言われ、生徒達も辰磨を見やり、軽く会釈しながら観客席へと向かう。
「では、我々も移動しましょう」
「ああ。よろしく頼む」
辰磨は教頭の後ろに続いて生徒達とは別方向へ向かう。
その間も何度か生徒達とすれ違い、そのたびに彼等は皆一様に辰磨へ頭を下げるので、辰磨もそれに軽く手を上げて返しておく。
しばらく無言のまま歩いていると、前を歩く教頭が緊張した様子で問うた。
「こんなことを聞くのはいささか失礼なのかもしれませんが、よろしいでしょうか」
「かまわない。というよりも、そこまで緊張してくれるな。今回は突然連絡した私の方が悪いのだからな。それで、聞きたいことというのは?」
「あ、はい。やはり今日お見えになられたのはご息女の様子を見に?」
教頭の質問はもっともだろう。
今日の決勝戦には辰磨の娘であり、玖浄院の生徒会長の龍子が出場する。
親として娘の様子が気になっていると予想したのだろう。
「まぁそれもあるな。親としては気になるものだ。だがまぁ、他の出場者の顔ぶれも見たいところでもあるが」
「他の……あぁ、決勝のあとは選抜選手の任命式典がありますからね。今年は一年生が二名、三年生が三名の構成になりました」
「二年生は振るわなかったか」
「ええ、残念ながら。しかし補欠で一人入っていますので。というよりも今年は一年生が優秀でして」
「確か、痣櫛家の娘が選抜者として入っていたか」
「そうなんですよ! いやぁ、彼女とご息女の試合は我々もつい魅入ってしまいました」
教頭はどこか関心した様子で頷いている。
辰磨も痣櫛の娘、瑞季のことは知っている。
彼女に記憶はないかもしれないが、まだ彼女が小さかった頃に七英枝族やそれに順ずるもののパーティで顔を合わせたことがある。
当主であった彼女の母親は既に亡くなっていたが、新たな当主に恥じない強さを見につけ始めているようだ。
「もう一人の一年生はどうだ?」
「もう一人となると……あぁ、綱源くんですか。うーん、彼はどうでしょうねぇ。筋は悪くないと思うのですが――」
教頭は悩んだ様子でいるが、ふと辰磨は前方から生徒が走ってくるのに気がついた。
試合の時間にはまだ十分時間があるはずだが、妙に急いでいる。
「あぁくそ! 寝すぎた!! 集中する時間が……!」
少年は愚痴りながらも辰磨の横を通り過ぎていく。
辰磨達には気付いていたようだが、今までの生徒のように会釈などはせず、視線すら合わせていなかった。
すると、それに気がついたのか教頭がやや高めの声を上げた。
「こ、コラ! 挨拶ぐらいしていかないか、このお方をどなただと思っている!?」
「あぁ、すんません。俺、急いでるんで!」
少年は振り返ることもせずに腕だけを軽くあげて謝罪して駆けていく。
教頭は「まったく」とまだ何か言いたげな様子だったが、辰磨は珍しく驚いた表情を浮かべている。
挨拶をしたとか、しないとか、そんな細かいことを辰磨は気にしない。
無論、時と場合はあるが、こういう場でなら別に挨拶をしなかったとしてもかまわない。
辰磨が驚いているのは、彼の後ろ姿が記憶の中にある人物と重なったことだ。
――まさか。
脳裏に浮かんだのは、黒髪を結って駆けていく一人の女性の姿。
それが今はっきりとあの少年の姿と重なっていた。
「教頭、彼は……?」
「その……お恥ずかしながら彼が今年の選抜メンバーの一人で、決勝でご息女と対戦する一年生。綱源雷牙くんです」
辰磨は再び視線を戻すものの、そこに雷牙の姿はなかった。
「申し訳ありません。あとでまた言っておきますので」
「いや、かまわない。試合に集中したいんだろう」
辰磨は懐かしげに笑みを浮かべる。
――そうか、やはりそうだったか。
顔は少ししか見えなかったが、雰囲気や態度はそっくりだった。
恐らく、歴代のハクロウの隊員の中で彼女ほど戦いを好む人物はいなかっただろう。
誰よりも先に災害現場へ向かい、斬鬼を滅するその姿は今でも脳裏に深く焼き付いている。
「……本当に似ているな。綱源……」
今は亡き、綱源光凛の姿を思い浮かべた辰磨はどこか満足そうであった。
アリーナには全校生徒が集まり、熱気に包まれている。
『今日の決勝どっちが勝つだろーな』
『そんなん会長に決まってるでしょー。あの氷の防御は硬いよー?』
『攻撃も完璧だしなー。霊力がでかくてもアレを抜けるかねぇ』
『いやいやわからんぜ? 綱源だってあの辻を倒してんだ。もしかするともしかするじゃねーか』
生徒達が口々に言うのは、決勝戦の勝者予想だ。
予想は相変わらず龍子の方が高い傾向のようだが、雷牙に対する評価の低さは準決勝の時よりは緩和されており、露骨に雷牙が負けると判断を下すものは少なくなってきていた。
その様子に「むふー」と満足げな笑みを浮かべているのはレオノアであった。
「随分と嬉しそうだな。レオノア」
隣に座る瑞季が声をかけると、彼女は腕を組んで頷く。
「ええ。皆さんがようやく雷牙さんのことを正当に評価してくれるのが嬉しくてつい」
「まぁ、それもそうか。こういう評価に変わっていったのも、彼が力を皆に見せた証拠だな。だが、この試合の相手は決して一筋縄では行かない」
「はい。玖浄院……いいえ、昨年の五神戦刀祭優勝を考えれば、十代においてまさしく最強の相手です。厳しい戦いになるでしょうね」
「けど、雷牙ならなんとかするんじゃねーの?」
話題に入ってきたのは、玲汰だった。
彼はストローに口をつけて笑みを浮かべながら肩を竦めた。
「考えてもみろって。今まで雷牙が戦った相手って自爆して負けた陽那とかをのぞけば殆ど実力が上って思われてた人たちばっかだっただろ。だから今回も、下克上的な感じで勝っちまうんじゃねぇ?」
「うんうん。そうだよねー。けどぉ……私が自爆したってのは聞き捨てならないよねぇッ!!?」
「だぁ、陽那!? やめろ、髪ぃひっぱんな!! いででで! 禿る禿る!!」
「はげちゃえばいいんじゃないかなぁ!」
後ろに座っていた陽那に思い切り髪を引っ張られ、玲汰は涙目になっている。
最後は締まらなかったが、確かに彼の言うとおりではある。
今まで雷牙は明らかに経験も能力も上の相手と戦っていた。
それは瑞季やレオノアもそうだが、雷牙はそれでも相手を確実に下してきた。
勝利の形はボロボロの時が多かったが、確実に勝利を手にしている。
だから、今回ももしかすると、もしかするかもしれない。
「まっ、あんまり根拠のない玲汰の意見は置いておくとして、とりあえず雷牙が勝つようにしっかり応援しよ」
「ああ。そうだな」
「私もしっかり応援します! 喉から血がでるくらい!!」
「……それはちょっと絵的にグロいからやめとこうか」
瞳に若干危険な光を宿すレオノアに舞衣は僅かに頬を引き攣らせる。
レオノアは「ダメなんですか!?」と食い下がっているが、瑞季はアリーナ中央のバトルフィールドの上に表示されているホロモニターを見やる。
モニターには雷牙と龍子の画像がそれぞれ写っておりどれも自身ありげな表情だ。
この試合、果たしてどういう展開になるのかまだわからない。
もしかしたら龍子の一方的な勝利になるかもしれないし、雷牙が勝つかもしれない。
だが、願わくば雷牙が勝つことを、瑞季は思う。
雷牙は控え室とバトルフィールドを繋ぐ薄暗い通路で、軽く体を解しながら大きく深呼吸をした。
試合まではあと数分。
僅かに鼓動は早くなり、緊張しているのがわかる。
だがそれも無理はない。
相手は玖浄院最強と呼ばれる生徒会長だ。
緊張するなと言うほうが無理だろう。
拳を作って目の前まで持ってくると、僅かに震えているのがわかった。
恐怖ではない。
嬉しいのだ。
なにせ相手は最強。
この単語を聞いて嬉しくない者など存在するのだろうか。
最強と手合わせができる。
これほど魂が歓喜で沸き立つことなどありはしない。
なおかつ、その最強を下せるかもしれないとあっては、興奮しない方が無理な話。
自然と口元に浮かんでしまう笑みを感じながら、雷牙は向かいの通路から出てくる龍子を見据える。
「……取らせてもらうぜ、会長」
彼がそう宣言した時、アリーナからの実況が聞こえた。
『さぁさぁさぁ! 皆さんお待たせいたしました! それではこれより五神戦刀祭選抜トーナメント、決勝戦を開始致します!!』
宣言に呼応してアリーナからは生徒達からの大歓声が聞こえる。
同時に雷牙も全身に鳥肌がたつような感覚を覚える。
ついに始まる。
雷牙と龍子。
雌雄を決する時が来た。
『それでは恒例となった選手の紹介から参りましょう! まずは東ゲートから!! 一体誰がここまで勝ち進んでくることを予想したでしょうか!! まさしく今トーナメントのダークホース!! 一年生、いや、全校生徒、いやいや! 恐らく全育成校を含めても彼ほどの霊力の保持者はいないでしょう!! 莫大な霊力から撃ちだされる斬撃は圧巻の一言!! 果たして立ち並ぶ氷を粉砕し、その刃を届かせることができるのでしょうか!! 一年生次席! 綱源雷牙選手の入場ですッッッ!!!!』
力の入った実況の声と共に雷牙は通路をくぐってアリーナへ出る。
途端、くぐもっていた歓声がより鮮明に聞こえ、音の重圧となって降ってくる。
けれど決してそんな雰囲気には飲まれず、雷牙は一歩一歩バトルフィールドへと近づいていく。
『続いてはこの人ォ!! 彼女の前では全てが凍る!! 玖浄院最強にして、五神戦刀祭優勝者の称号を持つ我等が生徒会長!! くりだされる一撃は全てが必殺! 剣速、剣技、霊力操作などすべてにおいて非の打ち所の無い完璧超人!! 全てを洗い流す水の力から、全てを静止させる氷の力をその身に宿し、圧倒的な力のもと容赦なく全てを凍てつかせて勝利を掴むのでしょうか! 三年生、生徒会長、武蔵龍子選手ッッッ!!!!』
向かい側のゲートを潜り、龍子が姿を現した。
手には選抜トーナメント後半から持ち出した長刀型の鬼哭刀、氷霜が握られている。
やがて龍子がフィールドに上がり、先に上がっていた雷牙の前に数十メートルの間隔をあけて立つ。
同時に雷牙は、肌がひり付くのを感じた。
――なるほど、コイツは確かに桁違いだな。
今まで対峙した誰よりも、立ち込める空気そのものが重く、そして痛い。
わかっていたことだが、明らかに格上。
だからこそ面白いし、嬉しい。
新都に出てきたあの日、師である宗厳から言われた言葉を思い出す。
『世界を見て、学んで来い』
最初は、同年代程度ではそれほど力の差などないのではと思っていた。
しかし、瑞季と戦ったことでその認識は一変した。
世界にはまだ雷牙が知らない強者がたくさんいる。
それも雷牙とさほど年が変わらない強者達が。
そして今、その強者の一人と戦うことができる。
血が滾る。
端から見れば異常かもしれないが、もう限界に近い。
俯きかけていた雷牙であるが、ふと聞こえてきた微かな笑い声に顔を上げる。
視線の先には、口元に薄く笑みを浮かべている龍子がいた。
瞬間、雷牙も凶悪な笑みを見せると、兼定を抜き放つ。
それに答えるように龍子も氷霜を抜くと、場外に鞘を納めるための氷山を作り出した。
『おぉーっと! 両者ともに準備完了、やる気十分のようです!! 気迫がこちらにまで伝わってきます!!』
実況が入るものの、雷牙は「早くしろ」と声を上げたいくらいであった。
早くこの目の前にいる強者と戦いたい。
今は目の前にいる最強とただ、心行くまで戦いたくてしょうがない。
レフェリーが両者の様子を確認し、実況に伝える仕草すら遅く感じる。
『ここでレフェリーの確認が終わりました!! それでは参りましょう!!
五神戦刀祭選抜選手トーナメント、決勝戦ッ!!!!
試合――――開始ですッッッッ!!!!』
実況の宣言と共に開始を告げるアラームが鳴り響く。
刹那、雷牙が弾かれるようにして仕掛けた。
突然動いた雷牙に誰もがあっけに取られているが、龍子だけは落ち着いて対処し、飛び込んできた雷牙の初撃を難なく受け止める。
刀が激突し、激しい火花が散った。
「ようやくアンタと戦える……!!」
「いいねぇ、そのガツガツ来る感じ。やっぱり、君は面白いッ!!」
龍子も笑み強くすると、雷牙を弾き飛ばす。
空中で態勢を整えた雷牙は、何事もなかったかのように着地して彼女に切先を向ける。
「勝つぜ、生徒会長ッ!」
「やれるものならッ!」
雷牙の宣言に、龍子もまた笑みで答えた。
そして二人は激突する。
互いに笑みを浮かべたまま。




