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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第三章 選抜されし者達
80/421

4-5

 満天の星空の下で、炎が燃え盛っていた。


 街並みは完全に崩壊し、瓦礫が山をなしている。


 辛うじて確認できる道路部分には、目を背けたくなるような光景が広がっていた。


 一番近くに転がっていたそれは、半分にされた人間の頭部だった。


 通りには体のいたるところが鋭利な刃物で断ち切られ、欠損した死体が大量に転がっていた。


 この世の地獄ともいうのだろうか。


 あまりにも凄惨な光景に、雷牙はしばし呆然としていた。


 しかし、この光景が今現在起きていることではないことはわかっている。


 あの時、鬼獣と雷牙の霊力が激突し、霊力が生み出した光に飲まれた。


 再び視界が開けた時には、この光景が広がっていたのだ。


 体は動かず、僅かに首が動くだけ。


 匂いもなければ炎の熱も感じない。


 すぐに夢のようなものだと判断した雷牙は、とりあえずこれが醒めるまで待つことにする。


 まぁ、仮に夢だったとしたら現実の体の方も心配ではあったが、なんとなくであるが雷牙には鬼獣に勝った自信がある。


 すると、死体だらけの通りに人影が現れた。


『ここもダメか……』


 声は女性のものだった。


 普段着ではあったが、腰には剣帯から下がる鬼哭刀が見えた。


 どうやら刀狩者のようだ。


 彼女は散らばる死体を悲しげな瞳で見やる彼女の腕の中には、赤ん坊の姿があった。


 瞬間、雷牙の全身にゾワリとした感覚が走る。


 ――まさか。


 声には出なかったが、雷牙の表情には困惑が見える。


 あの顔。


 見間違うはずがない。


 自身が憧れ、彼女のようになりたいと焦がれた人物。


 そして、雷牙を産んだ実の母。


 綱源光凛の姿がそこにはあった。


「母さん!」


 思わず叫ぶ。


 しかし、これは夢か現かわからない空間。


 その声が届くことはなく、彼女は突如として臨戦態勢に入った。


 同時に巨大な剣閃が奔り彼女に迫るものの、彼女は子供を抱いたままそれを一刀で消滅させた。


 激しさのある動きだったが、子供が騒ぐ様子はない。


 それだけ柔軟かつ優しい動きで放った攻撃だったのだろう。


『このままだと、雷牙が危ない。ひとまず師匠と合流して作戦本部に行かないと……』


 彼女の呟く声が聞こえると同時に、雷牙は自身の視界が再び白い光に飲まれていくのを見た。


「クソ、こんな時に……待って、待ってくれ母さん! 俺は、アンタに……ッ!!」


 必死に腕を伸ばして遠くなる母の背中を追おうとするものの、手は届かずに、やがて白い影が燃える街並みを塗りつぶすように飲み込んでいく。


 やがて、影が全てを飲み込んだとき、雷牙の視界は再び光に覆いつくされてしまった。


 ――一体、なにが……。






「……が……ん! らい……くん!! …………雷牙くん!!!!」


 誰かが呼ぶ声が聞こえ、雷牙はハッと我に返る。


 明確にある手足の感覚と、濡れた髪から雫の落ちる感覚。


 湿気を含んだ独特な土の香りが鼻腔に入り、これが現実であることを認識する。


「おーい! 雷牙くん、大丈夫ー?」


 瞳の前で振られる手と声に気付き、視線を向けると首をかしげる龍子の姿があった。


「会長、すみません。大丈夫っス……」


「おぉ、ようやく返事してくれた。びっくりしたよ。赤い信号弾が見えたから急いで駆けつけたら、雷牙くんが直立不動で微動だにしないんだもん」


「すんません。って、そうだ、鬼獣は!?」


 霊力が激突して光に飲まれ、鬼獣の明確な死は見ていない。


 倒した自信はあったものの、やはり死体を見るまで安心はできない。


 すると、龍子は小さく笑みを見せてから、「あれ見てみ」と指を差した。


 促されるままにそちらに目を向けると、そこには縦に真っ二つになった鬼獣の死体が転がっていた。


 すでに半分近くは消滅しかかっているが、間違いなく先ほどの鬼獣だ。


「倒せた、のか……」


「見事に真っ二つだね。お疲れ、綱源」


「そういうこと。とりあえずこれで任務は終了だね。なんか私たちの出る幕全然なかったけど」


 龍子は少しだけ残念そうな表情をするものの、鬼獣の屍骸をいじっていた一愛は肩をすくめる。


「私は楽できてよかった」


「そーいうこと言わない。けどまぁ、思いのほか早く終わってよかった。ところでなんでぼーっとしてたの?」


「ぼーっとっていうよりは立ったまま失神してた感じだけどね。てゆーか、痣櫛もいないけど、なにかあったわけ?」


「あー……えーっと……」


 二人から立て続けに質問をされ、雷牙はまだ少しぼんやりとしている頭で考える。


 どちらを説明するのにもやはり、多少時間が必要だろうし、瑞季なしで話すもの正直どうかと思う。


「じゃあえっと、とりあえずそれはバスに乗ってからでいいですか?」


「もったいぶるねぇ。お姉さん的にはもっといろいろ聞きたいところだけど、しょうがない。待ってあげましょう」


「変な事じゃなきゃいーけどね」


「あ、あははは……」


 若干一愛の言っていることが図星であるので、雷牙の表情が少しだけ引き攣る。


 舞衣がついてきてしまっていることをどうやって説明したものかと、思考をめぐらせていると龍子が信号弾を取り出した。


 ラベルの色は青だ。


「それ、なんの信号弾っスか?」


「え? 言ってなかったっけ? 討伐成功のやつだけど……」


「会長てきとーなとこ多いからねー」


「瑞季のやつ、気付きますかね……」


「だ、だいじょーぶダイジョーブ! 瑞季さんなら優秀だし! すぐに判断できるって……ってなわけでホイっと」


 龍子は焦った様子を見せながらも、上空に向けて青い信号弾を放つ。


 蛇のように伸びた青い煙は、豪雨がさった空に向けて真っ直ぐに立ち上っていった。






「すみませんでした!!」


 マイクロバスに戻ってきた雷牙が聞いたのは、勢いよく頭を下げる舞衣の謝罪だった。


 彼女の前では、僅かに戸惑った様子を見せる龍子と、呆れて肩を竦める一愛を姿がある。


 青い信号弾を発射してすぐ、三人はマイクロバスにまで戻った。


 瑞季もその意図を理解したのか、バスから動かずに舞衣と待っていたくれたおかげで行き違いにはならずにすんだ。


 しかし、好奇心に駆られて無許可でついてきてしまった舞衣は、龍子が到着してすぐに彼女に頭を下げているというわけだ。


「本当に、ご迷惑をおかけしました! 処分は謹んで受けます!」


 なかなかに潔い舞衣の謝りっぷりに、雷牙は少しだけ驚いた様子を見せ、瑞季に耳打ちする。


「なんか言ったのか?」


「すこし怒った」


「あぁ、なるほどね」


 普段あまり声を荒げない瑞季が怒ったのだ、舞衣自身それなりに来るものがあったのだろう。


「えーっと、柚木さんだよね。二人と同じクラスの」


「はい」


「とりあえず顔あげていいよ」


 龍子に促され舞衣がゆっくりと顔を上げる。


 その表情には緊張があり、仕切りに瞬きをしている。


 無理も無いだろう目の前にいるのは玖浄院の生徒会長だ。


 時に彼女の一言で退学になることさえある実力者。


 大きな怪我や迷惑にはならなかったとはいえ、任務についてきてしまったことは咎を受けなければならない。


「さてと、どうしたものかな。……本当に好奇心だけ? この情報をどこかに売りととばそうとか、クロガネに売ろうとか、そういうことは絶対に考えてない?」


「会長、さすがにそれは――」


「――すこし黙ってて」


 彼女の言葉に雷牙が反応するものの、有無をいわさずにぴしゃりと言われてしまった。


 声のトーン、そして表情からしておふざけで聞いているわけではなさそうだ。


「無理もないでしょ。学生連隊は公になってないハクロウの秘密の部隊。情報を漏らすわけにはいかないよ」


「けど……」


「うん。怖いと思う。けど、これはあの子が自分で蒔いてしまったことだからね。二人も口は出さない方がいいよ」


 横に来た一愛に諭され、雷牙と瑞季は互いに視線を交わしたあと龍子の前で緊張した様子の舞衣を見やる。


 すると、彼女は大きく深呼吸してから毅然とした態度で告げた。


「そのようなことは一切考えていません。私が今日ここに来たのは、雷牙と瑞季が会長達となにをしようとしているのか、知りたかったから。ただそれだけです。だけど、いくら言ってもいいわけにしかなりません。だから、どんな処分でも甘んじて受けます! 停学でも退学でもかまいません!」


 真っ直ぐと龍子を見ての言葉。


 僅かに上ずった声からは、彼女がかなり緊張していることが見て取れた。


 すると、それを聞き終えた龍子が「なるほど……」と呟き、口元に手を当てる。


 僅かに沈黙が流れると、彼女は一度頷いた。


「うん。嘘は言ってなさそうだし、いいよ。今回は大目に見ようかな」


「い、いいんですか……?」


「もちろん。けど、すごいよね、柚木さん」


「え?」


「まぁたはじまった……」


 一愛がやれやれと肩をすくめ、呆れた表情を見せる。


 龍子はというと、舞衣との距離をズイッと詰めて言葉を繋げていく。


「だって今日奥多摩に来ることはメンバーにしか伝えてなかったのに、それを把握してなおかつマイクロバスに忍び込んでた。並みの人間のできることじゃないよ。中々の情報収集能力と、隠密能力だねぇ……いっそのこと学生連隊に入る?」


「はいぃ!?」


「いや寧ろその方が良いって。いろいろ動けるし、尚且つ友達ともいられて秘密の情報も結構手に入る。他言できる範囲は私がある程度管理するけど、悪い話じゃないと思うんだよねぇ」


 ニタリとしたわるい笑みを見せる龍子に、舞衣は視線を泳がせている。


 しかし、確かに悪い話ではない。


 いろいろと好奇心が旺盛な彼女にとっては、なかなか面白い提案であるといえる。


 舞衣もそのことは理解したのか、雷牙と瑞季にそれぞれ視線を向けた後、改めて龍子に向き直った。


「えっと、それじゃあよろしくお願いします……?」


「おっけぃ。じゃあ今後はよろしくね、舞衣さん。あ、名前で呼んでいい? もう呼んでるけど」


「あ、どうぞ……」


 最後まで龍子のペースに乗せられるまま、舞衣は学生連隊入りが決まってしまったのだった。


 舞衣を入れたことで満足したのか、龍子は「さて!」と雷牙達に視線を向けてきた。


「新しい仲間も増えたことだし、とりあえずまずは……着替えよっか」


 彼女に言われて豪雨で全身がずぶぬれだったことを思い出す。


 確かにこのままでいるのはいささか気持ちが悪い。


 明日は大事な決勝戦も控えている。


 こんなところで風邪をひくわけにもいくまい。


「私たちはバスの中で着替えるから、雷牙くんは外でお願いね」


「へ? いや、外でって俺の荷物は――」


「――こちらに」


 振り返ると、いつの間にかそとに出ていたバスの運転手が、雷牙の荷物を持っていた。


 その隣には一人用の簡易テントまである。


 いったいいつ準備したのだろうか。


 などとそんなことに気を向けていると、龍子達はさっさとカーテンが閉じられたバスの中へ入って行ってしまった。


 溜息をつきつつ、雷牙も渋々一人テントに入って着替えを始めるものの、耳に入ってきた声に思わず聞き耳を立ててしまう。


『うわー! やっぱり瑞季さんおっぱいおっきー! 何カップあるのこれ、スイカップ?』


『や、やめてください会長。ひぃあ!? ま、舞衣、君もどこを触って……!』


『いやーでも本当にすごいよねこのおっぱい。腰もこんなにしっかりくびれちゃってさ』


『お尻もいい大きさ……安産型ってやつ?』


『さ、斎紙先輩まで……。く、くすぐったいのでやめてくだ、んぁ……!?』


 いくらバスに乗っているとはいえ、声は結構筒抜けである。


 思わずバスの中で行われている光景を想像しそうになるが、すぐさまそれを振り払う。


 雷牙は一人、顔を赤くしながらもテントの中でそそくさと着替えを済ませてしまうのであった。


 数分後、着替え終わった女性陣が見たのは、僅かに頬を赤くした雷牙と、一切の感情を感じさせない表情をした運転手の姿であった。






 奥多摩から切り上げた雷牙達が乗るバスは、玖浄院へ向けて走る。


 その中で、五人は固まってなにやら話しをしていた。


 話題は、鬼獣との衝突で雷牙が見た、夢のようななにかだ。


「つまり雷牙は、お母さんの姿を見たってこと?」


「ああ。見間違いようがねぇ。あれは、母さんだった」


「どういうことだ。なぜ鬼獣との衝突でそんなことがおこる……」


 一年生三人はそれぞれ首をかしげているものの、三年生の二人はなにか思い当たる節があるようで、龍子は一愛と視線を交わしてから咳払いをした。


「いいかい、三人とも。多分このあと勉強していく中でも触れるかもしれないけど、一応伝えておくね。雷牙くんが見たのは、霊力同士による感応現象によるものだよ」


「感応現象?」


「うん。特定の霊力と、特定の霊力が衝突した時、戦っている相手が過去に見た映像や、画像が頭の中に流れ込んでくることを、まぁあくまで便宜上、感応現象っていうんだよ」


「ようは、綱源の霊力があの鬼獣の霊力に因縁のあるものだったってこと」


「因縁……」


「雷牙くんが見たのは、赤ん坊の頃の自分とお母さんの映像。だから恐らく、その災害現場っていうのは――」


「――斬鬼・村正の災……ですか」


 雷牙が続けると、龍子が真剣な表情で頷いた。


 けれど雷牙も薄々はそんな感じがしていた。


 赤ん坊の頃の自分を抱えて戦っているとすれば、それはやはり斬鬼村正の時に他ならない。


「じ、じゃああの鬼獣は、村正の!?」


 舞衣が驚いた表情で龍子に問うが、彼女は首をふった。


「一概にそうとは言い切れないね。村正の災の時は他にも斬鬼がいくつか出ていたって言うし、その中の一体から生まれたって可能性もある」


「どちらにせよ、かなり珍しいケースってわけ。運が良いんだか悪いんだかって感じだね」


 一愛は肩を竦めるものの、雷牙は開いた掌に視線を落としている。


「雷牙?」


 ジッと自身の掌を見つめている雷牙に、瑞季が声をかけると雷牙は彼女の方を見ながら微笑む。


「見た映像っていうか、夢の中で母さんが鬼哭刀を振る姿を一瞬だけ見たんだ。俺を抱えてるのに、俺を泣かさずに斬鬼の剣閃をかき消してた。アレだけ見ただけでもなんか嬉しくてさ」


「ああ、そうだな。確かにすごい人だ」


「だから、俺もあの人が誇れるような刀狩者にならなくちゃいけねぇ。だから、明日の試合、負けませんよ。会長」


 開いていた手を握り締め、前に座る龍子に言うと、彼女も口元にニッと笑みを作って答える。


「もちろん。その気概で来てもらわなくちゃ面白くない。私も負けてあげないからね」


「上等っスよ」


 二人は明日の試合で本気で戦うことを誓う。


 いよいよ迫る決勝戦。


 果たして勝利するのは、雷牙か龍子か。






 玖浄院に到着し、雷牙達三人と別れた龍子と一愛は、生徒会室に向かっていた。


 その途中、一愛は彼女に問う。


「よかったわけ? あの舞衣って子入れちゃって」


「んー、まぁ実力的に見れば確かに不足ではあるんだけど、あの情報収集能力は中々だよ。それに……」


 龍子は校舎の窓から見えた雷牙達の後姿を見えて微笑を浮かべる。


「ああいう子は手元に置いておいた方が、わりと安全だからね。下手に放っておいても危ない目にあうだけだし」


「なるほどね。けど、副会長達には自分で説明してね。私は知らないから」


「えー。一愛ちゃんのいーけーずー」


 一愛の頭に顎を乗せてブーブーと文句を垂れる龍子だが、一愛は慣れているのか特に気にした様子もなくそのまま生徒会室へ向けて歩いていった。






 夜、雷牙は眠る前に空に広がる星を見上げ、おもむろに兼定を掲げた。


 そのまま鯉口を切り、僅かに刀身を露出させると、再び鞘に戻す。


 カチン、と小気味よい音が響き、雷牙は小さく息をついてから宣言する。


「母さん。明日の決勝、絶対に勝つよ。見ててくれ」


 光凛のような刀狩者となるため、明日の闘いは負けられない。


 五神戦刀祭の出場を決めたとは言っても、学内で優勝はしてにない。


 目指すのならば優勝して戦刀祭に臨みたい。


 相手は格上も格上。


 正直、勝てる要素はないに等しい。


 だが、戦う前から敗北を認めることはしない。


 全力で戦う。


 たとえ力が届かなかったとしても。

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