2-1 向けられた嫉妬
入学式の翌日。
玖浄院の寮全てから直通している大食堂には、一日の活力を身に付けるため、大勢の生徒が詰め掛けていた。
その中には勿論、昨日激戦を繰り広げた綱源雷牙と、痣櫛瑞季の姿もあった。
食堂でばったり会った二人は、そのまま二人で向き合うようにして座り、朝食を取っている。
「それにしても……」
掛け蕎麦を食べていた瑞季が嘆息混じりの声を漏らす。
「君はよく朝からそんなに濃いものを食べられるな」
「そうか? 朝から肉なんて普通だろ」
「いやまぁ肉自体はいいと思うが、問題はその量だよ」
瑞季の前に座っている雷牙の朝食を見ると、大皿に肉が山盛りになっているものだった。
確かメニュー名は『ヒマラヤ盛り焼肉定食』だったか。
あの食券を雷牙が出した瞬間、食堂のおばさんや周囲の上級生が『おぉ……!』とどよめいた。
近場にいた上級生に聞いたところ、食べ切っている生徒を見たことがないという。
その影響なのか、二人の周りに座っている生徒達も彼の様子を覗き込んでいる。中には、雷牙が完食できるか、完食できずに終わるのかを予想する、トトカルチョ染みた賭け事まで始めている連中もいる。
時折、瑞季の耳に入ってくる声から察するに、食べ切れない方に予想が集中しているらしい。
けれども、どうやら彼らの予想は大はずれになりそうだ。
最初こそあまりスピードが出ていなかったようにも見える雷牙であるが、「ようやくエンジンかかってきた」と呟いた後、凄まじい勢いで食べ始めたのだ。
それこそ瑞季が普通盛りの掛け蕎麦を半分食べたところで、肉の山はその半分以上が消え、彼の胃袋の中に納まった。
みるみる内に減っていく肉の山は、あっという間に最後の一切れを残すだけとなった。
「んー、やっぱり食える時に食っとかねぇとな。瑞季もそれだけで足りるのか? 朝飯はパワーだぞ」
「私はこれで大丈夫だ。というか、君が食べ過ぎなんだ!」
「そういうもんかねー」
首をかしげながらも雷牙は最後に残った一切れの肉を口の中に放り込み、あまった白米を同時にかきこむと、しっかり咀嚼したあと飲み込んだ。
「ごっそーさん」
パン、と手を合わせて言うと、周囲の生徒が驚嘆の声を漏らす。
『本当に食っちまったぞアイツ!』
『マジかよー! 絶対食えねぇと思ったのに!』
『しかも朝から……。どんな胃袋してんだ』
彼らの意見には瑞季もまったく同意である。
だが、ふと雷牙が「んー」と楊枝を加えながら券売機の方を見やる。
もしやと思った瑞季は彼に「おい」と声をかける前に、雷牙は動き出していた。
「やっぱり甘いものも欲しくなってきたから、ちょっと行ってくるわ」
あれだけ食べた少年のありえない言葉を聞いた瞬間、その場にいた全員が席から転げ落ちた。
「ば、バケモノか君は……」
食べ終えた食器を返却口に返しに良く後姿を見ながら瑞季は雷牙の規格外さを思い知るのであった。
主に胃袋方面での。
「ではみんな! 元気よく朝の挨拶をしよう。おはようございまーす!!」
教壇に立つまだ若い女性教諭のテンションは、高かった。
けれど満面の笑顔で行った朝の挨拶は、悲しいかな生徒達にはインパクトが大きすぎたのか生徒達を唖然とさせるだけとなってしまった。
「どうしたの皆!? まさか元気ない!!? 大丈夫、おっぱい揉む!?」
「「「落ち着いてください、先生! おっぱいは大丈夫です!!」」」
前に座っていた数人の女子生徒が、スーツの上着をはだけかけた女性教諭を全力で阻止する。何名かの男子生徒はからは溜息のようなものが聞えたが。
やや前の方がバタついていたが、女性教諭は一度落ち着いたのか「こほん」と小さな咳払いをした後に自己紹介を始める。
「いやー、ごめんねー。あまりに元気がないから、先生心配しちゃったよー。それじゃ自己紹介! わたしがこの一年A組の担任をすることになった、遠山愛美です! 実は今年からこっちに赴任してきた新米教師だから、皆と同じ一年生ってわけ! だから気兼ねなく絡んで欲しいな!」
教壇の上でまるで舞台女優のように動き回る愛美に、雷牙含めクラスメイトは苦笑いを浮かべていた。
「なかなか個性的な先生のようだな……」
どういったクラス配置なのか、瑞季とは隣同士になっていた。なにか縁があるのだろうか。
「だな。けど、赴任一年目でいきなり担任ってハクロウもキツイことさせるよな」
「確かに」
「はーいそこー! 綱源くんに痣櫛さん! 先生の話に集中しなさーい!!」
会話をしている途中、ハイテンションのまま注意された。怒っているわけではなさそうだが、ふざけているようにみえて教室全体をよく把握しているようだ。
「えーと、もしかすると、みんな今日から授業が始まると思ってるだろうから説明しておくと、本格的な授業は明日からでーす。今日はホームルームと、能力測定で終わりまーす。それじゃあ机のディスプレイ見てねん」
愛美が「ポチっとな」となにやら古風な言い回しで、教卓に備え付けられている空間ディスプレイをタップすると、雷牙達が座っている席の机の上に同じようなディスプレイが現れる。
「能力測定っていうのは、その名の通り、個人の能力がどれくらいのものか図ること。戦闘能力だったり、体内霊力の総数だったりね。ちなみに身体測定と健康診断もかねてるから結構時間かかるよー。そして、そういうまどろっこしくて、ちなちましたのが終わったら、今日のメイン! 実戦演習!!」
彼女の言葉と共に、ディプレイに『実戦演習』と凝ったフォントがでかでかと表示された。
「あの、先生」
ふと、前のほうの席の女子生徒が手を上げた。
「はーい、何かなー。柚木舞衣さん!」
「実戦演習って、入試の時みたいな擬似斬鬼をつかってやるんですか?」
「んー、ちょっと違うかなー。今回行うのは、対斬鬼や対妖刀じゃなくて、対人戦闘! つまり、同じ学年の子と戦うんだよ! あー、でも安心していいよ。演習で使うのはこれだから」
ぬるんと彼女の豊満な胸から形成される、深い胸の谷間から出てきたのは、金属で出来た無骨な柄だった。
「これは霊力を通すことで殺傷能力のない武器が出せる、訓練刀「朝露」。本来霊力を集めれば破壊能力を与えることも可能だけど、これで形成される刃かなり微弱なものだから人やものを斬ることはできないからね。こんな風に」
愛美が言うと、朝露に霊力が集まり、半透明の刃が形成さる。
それを教卓にむかって振り下ろしたが、教卓はなにもなかったかのようにそこに鎮座している。
「ほらね? あ、今、『だったら昨日のエキシビジョンでもそれ使えよ』って思ったでしょ! 違うんだよー! 確かに安全性を考えればこれがよかったんだけど、これだといまいち迫力に欠けるっていうか、ね?」
可愛らしく言ってはいるが、それを聞いていた雷牙と瑞季はなんともいえない表情だ。
とはいえ、実際真剣である朝鉄を使わなければあそこまでの試合はできなかっただろう。それに関して言えば、朝露を使わなかったのは正解だったとも言える。
「さてさて、では何故対人戦闘を行う必要があるのか。みんなもテレビやネットのニュースで知っているとは思うけど、最近は斬鬼だけじゃなくて、刀狩者による犯罪行為も増えてきてる。中には国際的なテロ組織や、刀狩者至上主義を掲げる団体まである。そういう連中に対抗するために、最近の刀狩者には、対人戦闘スキルも求められるんだよ。そこで、育成校の段階でそういうのを身に着けよう! ってことで開催されるようになったのが『五神戦刀祭』!」
再びディスプレイが操作され、燃え上がる背景の上に、『五神戦刀祭』という筆文字のフォントが写しだされる。
「毎年テレビでやってるから見たことがあると思うけど、これは日本に五つある育成校が、各校から選抜した五人の生徒。つまり合計で二五人の生徒によるトーナメント! 出場するだけでも、ハクロウ所属後の隊入りの可能性はあるし、優勝すれば確実に隊に入ることができる!」
雷牙も師匠に見せられた。毎年日本の育成校に通う学生同士がぶつかるこの戦闘は、毎年かなりレベルの高いものとなっており、プロの刀狩者ですら見学に行くという。
「選抜者を決める戦いは四月の終わりから始められる。選抜戦には上級生も下級生も関係ない、文字通り実力のみが全てを左右するからね。とは言っても、一年生の段階で選抜者になったのは殆どいないらしいけどね。だから君達は、上級生の胸を借りるつもりで、対人戦闘がどんなものなのか、その場で味わった方がいい。けど、チャンスはあるんだから、棄権なんてせずに頑張ってみるのもいいと思うよ」
対人戦闘を行う意味と、自分達に設けられているチャンスを再確認させるように、先ほどまでのハイテンションではなく、少しだけトーンをとした優しげな口調だった。
彼女からの説明を聞いた雷牙は、自分の拳に視線を落とす。
これは与えられたチャンスだ。自分が志す強い刀狩者になるための。
これを有効活用しない手はないだろう。
――――勝ち上がってやる。なにがなんでも、絶対に。
ニッと笑みを浮かべ、約一ヶ月後から始まる選抜戦に胸を高鳴らせる。だがその前に―――。
「―――というわけで、長くなっちゃったけどなぜ実戦演習で対人戦闘が必要なのか、そして君達が控えているものの説明は終わり! それじゃあみんな、第四アリーナへ向けて、レッツラドーンッ!!」
先ほどまで醸し出していた大人で知的な雰囲気はどこへいってしまったのか、彼女は再びハイテンションに戻り、一年A組の生徒を第四アリーナへと向かわせる。
「くぁ……。さっきので能力測定と健康診断は終わったか」
第四アリーナでは、全ての測定を終えた雷牙が手持ち無沙汰な様子で大きな欠伸をした。
周囲を見回すと、まだ測定を終えていない生徒もいる。
ちなみに女子は、身体測定の時に下着に近い状態になるので、当然、男子とは別にアリーナの別室で行っているらしい。
何名かの男子は「クソォォォ!」と嘆いていたが、彼らは何を期待していたのだろうか。
「さてと、昼挟んでから実戦演習だって言ってたけど、それまで暇だな」
最後の測定後に渡された弁当を見つつ、この後の空き時間をどう過ごすべきか悩んでいると、
「おーい。綱源ー!」
不意に名前を呼ばれ、反射的に振り返る。
声の主は雷牙よりもやや背の高い、逆立った髪の少年だった。
小走りで雷牙の前にやってくると、「よっ」と軽い挨拶をしてきた。
「測定終わったんなら、飯食おうぜ」
「かまわねぇけど、二人でか?」
「ん? そうだけど?」
当たり前だろうという表情でこちらを見てくる少年に対し、雷牙は「うーん」と軽く呻った後に指を立てて問う。
「一つ聞かせてくれ。まさかお前そっち系じゃないよな?」
「ちげぇよ!! ただ単純にお前と友達になりたかったから声かけただけだよ! なんでそっち方面に行く!!」
「いやだって、まだお互いのこと知らないし」
「これから形成していくんだろうがそういうのは!!」
「ハハハ、わりぃわりぃ。ちょっとからかっただけだって」
「ちょっとで人をそっち系に仕立て上げようとするのやめてもらえませんかねぇ……」
「わるかったって。で、名前教えてくれね?」
「あぁっとそうだったな。俺は狭河玲汰。お前と同じ、一年A組だ。よろしくな」
「俺は――――」
雷牙も彼に続いて名乗ろうとしたが、その声は玲汰とは別の声によって阻まれる。
「――綱源雷牙。一年A組所属の、今年の次席であり、昨日のエキシビジョンであの痣櫛瑞季と激戦を繰り広げた。一部では一年生最強との声も上がっている」
やってきたのは、なにやら取りまきのような連中をつれた線の細い少年だった。




