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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第三章 選抜されし者達
79/421

4-4

 森を駆けながら舞衣はしきりに背後に視線を向ける。


 鬼獣から逃れたあと、すぐに戦闘音が聞こえた。


 今はかなり離れたこともあってか、音は遠くなったが、土煙がたまに見えたり、僅かな振動が伝わってくる程度だ。


「ね、ねぇこれくらい離れれば大丈夫なんじゃない!?」


 先を走る瑞季に声をかけると、彼女は一度振り返ったあと静かに首を振った。


「ダメだ。雷牙が負けるとは思っていないが、万が一ということもある。バスを停めている場所まで連れて行く」


「そこまで面倒見てもらわなくたって大丈夫だって! 私だって一応育成校の生徒で、刀狩者の端くれみたいなもんだし!」


 武器がなくとも逃げることは出来る。


 それに雷牙が強いとは言っても、あそこまで大きな鬼獣だ。


 一人では手を焼く可能性もあるかもしれない。


 ある程度離れたこの場所からなら、一人でもバスには戻れる。


 すると、瑞季が立ち止まった。


 彼女は僅かに俯きながら振り返った。


「私なら大丈夫だから、瑞季はさ――」



 パチンッ!


 

 渇いた音が森の中に響く。


 苦笑いを浮かべながら言った舞衣の言葉は途中で遮られた。


 目を白黒させ、何が起きたのかわからずにいるようだが、だんだんと状況が飲み込めてきたようだ。


 彼女の右頬は僅かに赤くなっている。


 瑞季が舞衣の頬を叩いたのだ。


「な、なにすん……!」


 一拍おいて、突然叩かれたことに怒りがこみ上げた舞衣は瑞季に食って掛かろうとするものの、彼女の表情を見た瞬間言葉を詰まらせる。


 瑞季は、悲しさと僅かな怒りが入り混じったような表情を浮かべていた。


 舞衣をぶった右手首は微かに震えており、彼女はそれを隠すように左手でおさえている。


「自分が……」


 搾り出すような声をもらす彼女に、舞衣は怒りも忘れて見入ってしまう。


「自分が置かれている状況がまだわからないのか? 舞衣、確かに君は育成校の生徒で、刀狩者の見習いだ。だが、今の状況はどうだ! 鬼哭刀もない君に何ができる。今の君は、刃災の被災者となんら変わらない、一人の要救助者だ」


 少しだけ語気が強めていう瑞季は、さらに続ける。


「私たちが隠していることが気になるのはわかる。だが、危険な目にあうことは考えなかったのか? 隠していたことはこちらとしても申し訳ないと思っている。だが、君の行動はあまりにも軽率だ」


「あ……うん、ごめん……」


 頬の痛みは、すでにひいていた。


 舞衣は、悲しげに見つめる瑞季を見て、胸のあたりがチクリと痛むのを感じた。


 思い返してみれば彼女の言うとおり、本当に軽率だった。


 ハクロウ関連のことで出かけるのであれば、危険なことに巻き込まれることは可能性として考えていた。


 しかし、どこかで『自分は大丈夫』という根拠のない自信があったのだ。


 結果として好奇心を抑えられず、雷牙と瑞季に助けられてしまった。


 瑞季が怒るのも無理はないだろう。


「だが――」


 ふと、投げかけられる声が柔らかいものへ変わったかと思うと、肩に手が置かれた。


 俯きかけていた顔を上げると、先ほどは違い、瑞季の口元には微笑みがあった。


「――無事で本当によかった。友人を失うのは、嫌だからな。さぁ、もう少し走るぞ」


 彼女は踵を返すと再び先導するように走り出す。


 その後ろ姿を見た舞衣は、軽く顔を叩いて気持ちを切り替える。


「うん」


 自身の行動は確かに軽率だった。


 今回のことも無理に雷牙達についていかずとも、学校内でなんとか調べられた可能性もある。


 反省しながら、瑞季のあとをついていく。


 あとで雷牙にも謝っておこうと決めながら。






 狼のような巨大な鬼獣は、体を震わせる咆哮を上げながら強靭な足を振るう。


 鋭利な爪がギラリと光り、雷牙を引き裂かんとするが、彼はなんなくそれを回避していく。


「よっと……どうした? まだ一発もあてられてないぜ」


 全ての攻撃を回避しきり、おちょくるような声音で告げると、それを理解したのか鬼獣は再び大きく吼えた。


 さすがに相当ご立腹のようだ。


 けれど、今の雷牙にとっては大した相手ではない。


 斬鬼や妖刀に準ずるものと言っても、所詮は副産物。


 スピードはなかなかのものだが、太刀打ちできないなんてことはない。


 強靭な顎が迫り、ガチン! と激しい音を立てながら岩壁が抉られる。けれど、既に雷牙の姿はそこにはない。


「瑞季にゃ注意しろって言われてっけど、そこまでの相手でもねぇ!」


 すでに鬼獣の背後へ回っていた雷牙は、霊力を纏わせた鬼哭刀を振るい、後ろ足に刃を立てる。


 容赦なく振るわれた斬撃は、足を切断するまでにはいたらなかったが、斬った足からは血が吹きだした。


 威嚇するような咆哮とは違い、悲鳴にも似たやや高い声が響く。


 鬼獣はそのまま雷牙から距離を取り、鋭い眼光で睨みつける。


「ホラ、かかって来いよ。来ないってんなら、こっちから行くぜ!」


 ギンッ! と雷牙の瞳に凶悪な光が灯る。


 口元は吊りあがり、鋭い犬歯がのぞく。


 地面を蹴り、一息で肉薄した雷牙に、鬼獣は反応が追いついていない。


「フッ!!」


 短い呼吸の後に放たれた、剣閃は鬼獣の顔面から背部を奔って行く。


 駆け抜けた斬痕からは激しく出血し、鬼獣はその場によろめくものの攻撃はまだ終わらない。


「まだおねんねには、早いってなぁ!!」


 立て続けに剣閃を重ね、巨体を更に切り刻んでいく。


 鬼獣も必死に抵抗はするが、やはり戦闘能力的に見ても雷牙が上回ってしまっているのか、時折放つ爪による攻撃も、牙による攻撃も彼には通じていない。


 やがて剣閃がおさまると、周囲は鬼獣の血で真っ赤に染まっていた。


 その中心に立つ鬼獣は荒い呼吸をしながらも、まだ立っている。


 既に後ろ足と、真ん中の足の一本は切断しているが、それでも倒れない。


「ガタイがいいからタフだろうとは思ったが、ここまでとはな」


 呆れ半分、驚き半分といった様子の雷牙は、鬼獣の正面に立つと赤い瞳と視線を交錯させる。


 まるで血のように赤い瞳は、真っ直ぐに雷牙を見据えている。


 伝わってくるのは、雷牙に対する強い怒りだが、それ以外にもう一つ、強い感情のようなものがある。


 それは憎悪。


 無論、体をここまで痛めつけられたのだから、雷牙に憎悪するのは当然なのだが、どちらかというと雷牙個人を、というより人間そのものを憎んでいると言った方が正しいか。


 斬鬼と遭遇した時もこのような感覚は何度か味わっている。


 彼等の赤い瞳や表情からは総じて憎悪しか感じない。


 人間に対する強く、深く、濃い憎しみだ。


 刃災の時も、斬鬼は機械的に行動するのではなく、人間を執拗に狙い続ける。


 たとえ大勢が逃げたとしても、逃げ遅れた人間を着実に殺すのだ。


 何故彼等がそこまで人間を恨むのか。


 いくら斬鬼になる前の人間が、負の念に支配されて妖刀を握り、斬鬼に変異したとしてもそこまで殺戮に特化した行動に出るものなのだろうか。


「なぁ、どうしてお前等はそんなに人間が憎いんだ?」


 思わず鬼獣に問うてしまった。


 無論、まともな返答などかえってくるはずがなく、血の泡を吐きながら咆哮されたのみだった。


 けれど無理に吼えたためか、傷口からは大量の血が滝のように流れ出した。


「終わりだな。最後はせめて楽に、殺してやる」


 一際強く鬼哭刀に霊力が集中すると同時に、雷牙は態勢を低くしながら鬼獣との距離を詰める。


 狙いは首元一点のみ。


 刀の刃渡りよりは太いが、霊力を放てば切断できない太さではない。


 鬼獣は既に虫の息だ。


 首を落とすことなどたやすい。


「じゃあな」


 短く言うと同時に、光る剣閃が迸った。




 瞬間、鬼獣の姿がその場から掻き消えるようにしてなくなった。




 放たれた霊力はそのまま地面を抉り、深い斬痕を刻む。


 しかし、そこに鬼獣の姿はない。


「なにが――ッ!?」


 着地した瞬間、壮絶なプレッシャーを感じ取った雷牙は、その場から飛び退いた。


 すぐさま起き上がると、着地した場所に赤みがかった光を纏う鬼獣の姿があった。


 傷はふさがっていないが、巨体に周囲には赤い稲妻がバチバチと激しく明滅している。


「コイツまさか、属性覚醒したってのか……!?」


 周囲で明滅しているスパークは霊力によるもので間違いない。


 そしてあのスピードは雷電の属性特有のものだ。


 ふと、雷牙の頬に雫が落ちる。


 途端、堰を切ったように雷鳴が混じった豪雨が降って来た。


「……なるほど。テメェ、雷を取り込んだのか」


 雷を取り込む。


 一見するとおかしなことかもしれないが、そうでもない。


 属性覚醒はふとしたきっかけで発現されることが多い。


 そのタイミングは覚醒者によってまちまちで、特定の条件はない。


 だが、報告されている事例の一つとして、雷に撃たれたり、炎に焼かれたり、溺死寸前まで水の中にいたりと、外敵な要因で覚醒するものがある。


 恐らくだが、この鬼獣は上空にある雷雲の電気と、地表付近にある僅かな電気を取り込んで無理やりに覚醒へと至ったのだ。


 さらに後押しするものとして、雷牙が痛めつけたことによる生命の危機もあったのだろう。


 属性覚醒は未だに不明な点も多く、明確な覚醒手段はない。


 だから、このようなことも起こるのだろう。


「ったく、楽しませてくれる……とっ!?」


 鬼獣の顔がこちらを向いたかと思うと、赤い雷撃が飛んできた。


 どうやらこの僅かな時の中で自身が手に入れた力を理解してきているようだ。


 しかも、先ほどまで血が滴っていた傷口は出血がおさまり、焦げ跡のようなものが出来ている。


 大方、雷電の力で焼いて止血でもしたのだろう。


「頭も回るようになってやがるか」


 雨に濡れながら、雷牙は兼定と足に霊力をまわす。


 その瞬間、鬼獣の姿が赤い稲妻を迸らせながら消えた。


 背後にゾワリとした感覚を覚えた雷牙はすぐさま回避運動を取って距離を開ける。


 予想通り、鬼獣の巨体は背後にあり、雷光を纏った爪が振り下ろされた。


 途端に、爆発音のような音と共に雷撃が迸る。


「パワーも跳ね上がってるってことかよ。ったく、人が覚醒してねーってのによぉ……!」


 愚痴を言いつつも飛来した雷撃を回避する。


 豪雨は未だに続いている。


 このまま続けていると、雷撃の感電確立も高くなる一報だ。


 一撃でも貰えば、大ダメージは確実だろう。


「長引かせると厄介だな」


 大きく息をついた雷牙は、鬼獣から視線をそらさずに、全身から一気に霊力を溢れさせる。


 莫大な霊力は周囲を照らし、雨すら弾いていく。


 鬼獣は臆した様子もなく、大口を開けて咆哮する。


「次で確実に仕留めてやる」


 溢れ出る霊力の奔流を兼定へと集束させる。


 一撃必殺。


 この一振りで確実に殺す。


 兼定の周囲に雷電とは別に、集束した霊力が生み出すスパークが散る。


 鬼獣は一度体を大きく震わせると、天へめがけて再び咆哮。


 すると、それに答えるように稲妻が鬼獣へ落ち、鬼獣が纏う雷電がさらに巨大なものになる。


 勝ったと思ったのだろう。


 鬼獣の口元が人間のように歪むのを雷牙は見逃さなかった。


 しかし雷牙は決して心を乱すことなく、静かに刀を構える。


 同時に、鬼獣が跳びあがった。


 纏う雷電は激しく明滅しながら腕へ集束していく。


 やがてその集束が頂点に達した時、雷牙目掛けて腕が振り下ろされた。


 巨大な雷光は雷牙焼き尽くすさんと迫ってくるが、雷牙は臆さずに迫る雷光に向けてただ一刀を振るった。


 放たれた斬撃と、雷光は激突し眩い光が周囲を包む。


 光は周囲を飲み込み、やがて両者の視界を真っ白に染めていく。

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