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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第三章 選抜されし者達
78/421

4-3

 緑が生い茂る森の中を、舞衣は不慣れな動きながらも全力で駆けていた。


「なんなのよ、まったく……!!」


 目尻には僅かに涙も浮かび、腕からは小さいながらも出血しているが、それでも舞衣は止まらない。


 いいや、実際は止まれないといった方が正しい。


 背後から迫るのは器用に木々の合間を抜けながら距離をつめてくる巨大な影。


 振り返ってどのくらい距離が開いているのか確認してみたくはなったが、そんなことをしている暇はない。


「とにかく一旦どこかに隠れて――ッ!?」


 瞬間、背後から感じたのは濃密な殺気。


 雷牙や瑞季ほどではないにしろ、舞衣もれっきとした育成校の生徒だ。


 反射的にそれが危険であると判断した彼女は、霊力を足にこめてがむしゃらに跳び、空中に躍り出る。


 それとほぼ同時に、背後から聞こえてきたのは地面を抉り、岩を砕く破砕音。


 背筋に冷たいものが流れるような感覚を味わいつつ、舞衣は首を少しだけ動かして背後の様子を見やる。


 彼女の瞳に移ったのは、巨大な狼のような生物だった。


 数メートルにも及ぶ巨大な体躯。


 足は左右それぞれ三本ずつ。


 赤黒い体毛に鋭い爪と牙。


 そして赤い瞳。


 あの生物の名前を舞衣はよく知っている。


 鬼獣だ。


 遭遇したのはついさっきだ。


 鍛えている方だと思っていたが、目の前に現れるまで気配すら感じることができなかった。


 赤い瞳に見据えられた時は、思わず悲鳴を上げてしまう始末。


 鬼獣は舞衣目掛けて鋭利な爪を突き立てようとしてきたが、そこは刀狩者の端くれ。


 悲鳴をあげても硬直はせず、その一撃を回避し、なんとかここまで逃げてきた。


 しかし、あれがいたことで、龍子や雷牙達の目的もわかった。


 恐らく彼らは鬼獣を狩りに来たのだろう。


 なぜ雷牙達なのかはわからないが、生徒会が関わっているのだから、必然的にハクロウが関わっているのは確実といえる。


「情報を掴んだのに、こんなところで死ぬわけにはいかないっての!」


 己を鼓舞するものの、眼下から何かが舞衣目掛けて飛んできた。


 それは人ほどの大きさがある岩だった。


「ちょっと待ってって……!!」


 体があるのは空中。


 霊力を爆発させれば避けられないことはないと思うが、大きさを誤れば負傷する可能性もある。


 しかし、あの迫る岩が直撃すれば、怪我どころでは済まない。


 ――一か八かッ!!!!


 岩の直撃で死ぬよりは、怪我程度で済む方を取った舞衣は、霊力を一時的に爆裂させる。


 爆発は僅かな推進力を生み、舞衣の体を岩の軌道から逸らす。


 背後を岩が通り過ぎる中、舞衣は自身の体に異常がないことを理解した。


「なんとか、できた!」


 正直かなり不安であったものの、怪我は免れることができた。


 しかし、彼女は重要なことを失念していた。


 スピードが出すぎているのだ。


 鬼獣の攻撃を避けるのに必死だったからか、最初に地面を蹴った時にこめていた霊力はかなり多かった。


 そして飛来する岩を避けるための霊力爆発でさらに加速してしまった。


 とうに舞衣が一人でどうにかできる速度の域を出てしまったのだ。


「ミスった……!」


 気付いた時には遅く、舞衣は近くの太い木の幹に体を思い切り叩きつけられた。


「あぐっ!?!?」


 くぐもった声を漏らし、落下した舞衣は僅かに動くものの、立ち上がることは困難なようだ。


 動け、動けと体に力を入れようとするものの、叩きつけられたときの影響か体を引き摺る程度のことしか出来なかった。


 すると、地面を這う舞衣の体が影に包まれた。


 聞こえてくるのは低い唸り声と、血生臭く生暖かい息。


 背後に感じる圧倒的な威圧感に、舞衣の歯がカチカチと音を立てる。


 純粋な恐怖。


 生まれてから一度も感じたことのない、死の恐怖を、舞衣は感じていた。


 恐る恐る振り返ると、そんな彼女をあざ笑うかのように狼の牙がぬらりと光っていた。


 すぐに動けなれば、鬼哭刀すらない。


 絶対絶命。


 恐怖と同時にこみ上げてくるのは、後悔。


 雷牙と瑞季が龍子に呼ばれたあの日、二人がなにかを隠していると感じ、二人の行動は見逃さないようにしていた。


 そしてやってきた今日。


 ばれないように乗り込んでやってきたこの場所でこんな目にあうとは。


 深入りのしすぎ、二人がなにをやっているのか知りたかったという好奇心が招いた自業自得。


 鬼獣が大口を開けた。


 唾液が糸を引き、歯の一本一本までよく見える。


 もう間に合わない。


 自分が招いた結果だ。


 雷牙達を恨むことはしない。


 だが、それでも舞衣は震える口で零した。


「……たす、けて……」


 同時に彼女は瞳を閉じた。


 目尻からは大粒の涙が零れた。


 すぐさま襲ってくるであろう痛みを覚悟する。




 だが、襲って来たのは肉を裂く痛みでも骨を砕かれる痛みでもなかった。




 襲って来たのは、ふわりとした浮遊感。


 鼻腔を刺すような血生臭いにおいもいつの間にか消えている。


 なにが起きたのかと、瞼を開けようとすると、上から馴染みの声が降って来た。


「ったく、なんでお前がこんなところにいるんだよ。舞衣」


 瞼を開け、声のした方を見やると、呆れたような表情を浮かべる雷牙の顔があった。






 舞衣を抱きかかえた雷牙は、近場の枝から一度跳躍し、鬼獣の視界からはずれて葉が生い茂る木の中へ飛び込む。


 鬼獣はというと、確実にしとめたと思った獲物が突然消えたことに混乱しているのか、仕切りに周囲を見回している。


「よし、こっちには気付いてないな」


「雷牙、どうしてここが……」


「あれだけでかい悲鳴なら聞こえる。さっきも聞いたけどなんでここにいる? つか、どうやって来たよ」


 舞衣を枝の上に降ろしながら問う。


 彼女は「えっと……」と言いよどむ。


 その様子に雷牙は溜息をつきつつ、血が滲んでいる服の袖を破いて腕を露出させる。


 腕にはあの鬼獣の爪によってつけられたであろう傷があり、柔肌がぱっくりと裂けている。


「すこし触るぞ」


 掌に霊力を集中させて、傷口にあてがう。


 そのままゆっくりと腕をスライドさせて傷口からゆっくりと手を離すと、出血は止まり、僅かな痕が残るだけとなった。


「とりあえずはこんなもんだな。あとの治療は学校でやってもらえ」


「う、うん。ありがと……」


「いいさ。友達の傷を治すのは当たり前だ。お前がどうしてここにいるのかは知らねぇけど、助けられてよかった」


 冷静に見える雷牙であるが、内心ではかなりヒヤヒヤした。


 あと数秒、いや一瞬見つけるのが遅ければ、舞衣は喰われていた。


 しかし、想像していたとおり、鬼獣はかなり大きい。


 変化直後の斬鬼程度の大きさはあるだろうか。


「なぁ、舞衣。鬼獣ってあんなでかくなるもんだっけか?」


「いや、あんなでかい鬼獣、見たことない。相当前からここに住み着いてるんじゃない?」


 枝の隙間から鬼獣の姿を確認する。


 巨体を揺らし、しきりに周囲を確認している鬼獣は、まだこちらを発見できていない。


 傷を治したとはいえ、鬼哭刀を持っていない舞衣を守りながら戦うことは不利。


 それに、恐らくヤツは雷牙よりも舞衣を獲物として定めているはず。


 やはりこちらの姿を察知していないうちにこの場から一旦離れるのが得策だと、判断し舞衣にそれを伝えようとした瞬間、雷牙は見てしまった。


 鬼獣の瞳がこちらを見ているのを。


 偶然かとも思ったが、山で修業し、時に野生動物とも戦った雷牙にはわかる。


 あの瞳は偶然ではない。


 こちらを確実に捉えている捕食者の目だ。


 思い至るよりも早く、足に霊力を回して舞衣の腰に手をまわしてそのまま跳躍。


 瞬間、今までいた木が根から砕かれた。


 同時に、鬼獣の赤い瞳がこちらを完全に捉えた。


 何度か木の上を跳躍して距離を取るものの、赤い眼光は決して外れない。


「なんつー察知能力してやがるコイツ……!」


「どうすんの!?」


「お前抱えたまんまじゃさすがに部がわりぃ。だけど、あいつはどうやらお前がお気に入りらしい」


「なに言って……ッ!?」


 舞衣は雷牙の言ったことが信じられなかったのか、鬼獣に視線を向け、言葉を詰まらせた。


 鬼獣の視線は雷牙ではなく、舞衣に向けられていたのだ。


 やはり、斬鬼の一部というべきか。


 鬼哭刀を装備していない舞衣は格好の餌食というわけだ。


「わかったか?」


「うん。でも、じゃあ本当にどうするの? お荷物になっておいて聞くのあれだけど……」


「大丈夫、そろそろ援軍もくるだろうしな」


 ニッと笑みを浮かべた雷牙は、剣帯から下がっている鬼哭刀、兼定に手をかけてそのまま抜き放つ。


 すると、それとほぼ同時に「雷牙!」と彼の名前を呼ぶ声が背後から届く。


 背後に視線を向けると、瑞季の姿が見て取れた。


 雷牙は満足げな笑みを浮かべると、舞衣の腰のベルトにを掴み、やや上へ掲げる。


「よぉし。じゃあ舞衣、ちょっとした空中散歩、楽しんで来いよ」


「は? え、ちょ、なに言って――」


「――行って来いッ!!」


 戸惑う舞衣を尻目に、雷牙は彼女を瑞季目掛けて思い切り投げた。


「ちょおおおぉぉぉぉぉおおぉぉぉッ!?」


 素っ頓狂な悲鳴を上げて瑞季へ向けて飛ぶ舞衣であるが、受け止める側の瑞季はというとすぐに意図を理解し、自身の前で巨大な水球を作り出す。


 舞衣はそのまま水球の中へ入水し、事なきをえる。


「うん、よし!!」


「よし! じゃないわ!! なに、殺す気だったの!?」


 ザバァ! と水球から顔を出した舞衣は涙声ながらも文句を言ってくるものの、雷牙は聞く耳持たずに告げる。


「文句言うな!! 瑞季! 信号弾!! 撃ったら舞衣連れてそのまま走れ!!」


「ああ!」


「話聞けぇ!!」


 いまだ舞衣はごねるものの、二人はそれを無視し、瑞季は預かった銃から信号弾を発射する。


 煙の色は赤。


 鬼獣との接敵を報せる色だ。


 それを確認した雷牙は、鬼獣を見ずにその場から飛び退く。


 瞬間、立っていた枝がすさまじい力で折られ、地面までが大きく抉られた。


 鬼獣は瑞季と舞衣を視界に捉え、二人に向かって威嚇するような咆哮をしてから二人に飛び掛るものの、それよりも早く雷牙が飛来する。


「させるかってーの!!」


 兼定を突き立てるようにして構えた雷牙は、真っ直ぐに鬼獣の頭に飛来し、兼定を突き刺す。


 頭に鬼哭刀を突き立てられ、鬼獣は苦しげな呻き声を上げた。


「早く行け! まだ終わってねぇ!!」


「わかった! すぐに私も戻る、それまで持ちこたえろ!!」


「オーライ!!」


 瑞季と舞衣はそのまま森の奥へ消える。


 答えた雷牙は、更に鬼哭刀をさらに深く押し込む。


 痛みに激しくのたうつ鬼獣は、頭を振り、異物を必死に取り除こうとした。


 すると、まだ刺さりが甘かったのか、兼定が抜け、空中に放られる。


「チッ! まぁいいさ、テメェはここで殺してやる!」


 枝の上に着地した雷牙は、眼下の鬼獣を睨みつける。


 頭に突き立てた傷は、斬鬼ほどではないが、徐々に再生を始めている。


 やはり、斬鬼や妖刀の副産物ということもあり、再生する性質も受け継いでいるようだ。


 すると鬼獣は赤い眼光を雷牙に向けて、怒りとも取れる咆哮を上げた。


 その瞳にはもはや舞衣の姿は写っておらず、雷牙のみを捉えていた。


 どうやら目標を完全に雷牙へシフトさせたようだ。


 だがそれも当然といえば当然だろう。


 確実に喰えると思っていた獲物を逃された上、自身に痛みを与えた相手に怒らないわけがない。


「ご立腹ってか? けどなぁ、俺もてめぇにゃ怒ってんだぜ?」


 木から飛び降りた雷牙は鬼獣を睨みつける。


「俺のダチを喰おうとしたこと、後悔させてやるよ」


 兼定に霊力を纏わせ、雷牙は切先を向けた。

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