4-2
大学生グループの失踪現場から離れること数キロ。
道なき道を歩いてたどり着いたのは、山の中腹あたりにぽっかりと口をあけた洞窟だった。
入り口は大きく、奥行きもあるようで太陽光は殆ど届かない奥は、どうなっているかまでは見えなかった。
けれど、雷牙達の視線は洞窟の奥ではなく、手前に向けられている。
表情は硬く、瑞季と一愛は鼻の辺りを手で覆っていた。
「ここで間違いなさそうだな」
しゃがんでいた雷牙は、岩肌に引っかかっていた布きれを拾い上げる。
それなりの大きさのあるそれは、ちぎれた男性物のシャツだった。
泥にまみれているが、汚れはそれだけではない。
赤黒く染まったその色は見間違いようがない。
血の色だった。
しかし、雷牙達の前には血まみれのシャツよりも更に凄惨な光景が広がっていた。
洞窟の岩肌には血飛沫の痕が広がり、地面には獣骨のほかに何体かの人骨が転がっている。
中には喰い残しと思われるものもあり、体の一部が欠損した遺体も見える。
常人であれば目を背けたくなるような光景だが、雷牙達は硬い表情で中を見据えている。
ここは雷牙達が追っている鬼獣の巣であると考えて間違いないだろう。
洞窟全体からは強烈な死臭が漂ってくる。
雷牙が先ほど感じ取った臭いはこれだ。
「それにしても、よくここってわかったね」
背後に立つ一愛が鼻をおさえながら告げてきた。
「山育ちなもんで。修業のときに師匠からは臭いで敵の接近を感じろとか無理難題言われてましたし」
「だから言ったでしょ、一愛ちゃん。雷牙くんは期待できるって」
「別に疑ってたわけじゃないし」
一愛はそっぽを向いた。
龍子はというと、なぜかドヤ顔で鼻が高そうにしている。
「しかし、鬼獣は見当たりませんね」
瑞季は洞窟から視線を外すと、周囲を見回す。
確かに彼女の言うとおり、洞窟の中に動く影はなく、周囲にもそれらしい気配はない。
「狩りにでも出てるって感じかな。ここで待つっていう手もあるにはあるけど、どうする?」
問いは一愛を含めた三人、というよりは雷牙と瑞季にかけられたものだった。
雷牙と瑞季はそれぞれ顔を見合わせると一度頷いてから答える。
「日暮れまでに戻ってくるという保障もありません。ここは、探しに出るべきだと考えます」
「俺も瑞季に賛成で。こんな風に人を殺して喰う鬼獣をほうっておくわけにはいかないっスよ」
「なるほど。一愛ちゃんは?」
「どっちでも。というか、会長は最初から捜索に出るつもりでしょ」
「あー、やっぱりバレてたか。うん、とりあえず私と一愛ちゃん、雷牙くんと瑞季ちゃんの二手に分かれて捜索しようかとは思ってたんだよね。んで、これ渡しとかないと」
たははー、と笑いながら頭をかいた龍子は、腰につるしていた小袋の一つを渡してきた。
受け取った雷牙が中身を確認すると、入っていたのは鈍く光る単発式の短銃身拳銃だった。
「これって、信号弾ですか?」
「うん。弾は三発。ラベルの黄色が発見、赤が接敵、黒が非常事態。それぞれ用途に応じて使い分けてね。私達が撃ってもすぐに集合すること。もちろん、君達が見つけても同じ」
「信号弾って、なんか前時代的すぎじゃない?」
「文句言わない。トランシーバーが間に合わなかったんだからしょうがないでしょ。それじゃ、私と一愛ちゃんは山の上の方。雷牙くんと瑞季ちゃんは中腹から下を捜索ってことで、一時解散!」
龍子が言うと同時に、彼女と一愛は共に山の上へ、雷牙と瑞季は共に山の下へ向けて駆けて行った。
「会長、あの二人だけで大丈夫だったわけ?」
一愛は前を行く龍子に問うた。
「問題ないよ。相手は鬼獣、斬鬼を倒したことのある雷牙くんがいるんだし、問題ないでしょ」
「そうは言っても、鬼獣との戦いは斬鬼との戦いとは違うよ? しかもこんな森の中じゃ……」
そこまで言うと、龍子がスピードを落として一愛の隣にやってきた。
顔にはなにやら「にへら」っとした笑みがある。
「なに?」
「いやー? なんやかんや言いながら、しっかり心配してあげる辺り、一愛ちゃんも優しいなぁって思ってさ」
「……一応後輩だし」
「うんうん、そうだねぇ。後輩だもんねぇ。心配だよねぇ?」
「その「ねぇ」すっごくうざいんだけど!」
さすがに腹がたったのか、一愛は僅かに顔を赤くして声を荒げた。
すると、龍子はさきほどまでのふざけたような笑みから、どこか満足げに微笑んだ。
「まぁ確かに、あの二人は私たちと比べれば経験は少ないけど、鬼獣に遅れをとるような子達ではないよ。一愛ちゃんだってその辺りはわかってるでしょ?」
「そりゃあ、まぁ……」
やや唇を尖らせて頷く一愛は、昨日の試合を思い出す。
はっきり言えば龍子と戦った瑞季も、直柾と戦った雷牙も、学生の中で見れば十分強い。
今回の鬼獣は大きいようだが、それもあまり障害にはならないかもしれない。
二人の戦う様を思い出した一愛は、小さく息をつく。
「……大丈夫か」
「うん。やばそうな時の判断くらい二人だって十分できるから、平気平気。それに人の心配ばっかりして自分が危ない目にあわないようにね」
ややトーンを下げた龍子の声は冷徹なものだった。
そうだ。後輩の心配をするのはいいが、相手は斬鬼の残滓とも言うべき存在。
斬鬼ほど強くないと言っても、警戒を怠るべきではない。
一愛も気を引き締めなおし、低い声音で答える。
「その辺は全然平気――」
「――あ、そこに木の根っこでてるから気をつけて」
「おわッ!?」
指摘されるとほぼ同時に、つま先に根が引っかかりつんのめった。
しかし、地面とキスするよりも早く次の足を出したことでなんとか、事なきをえる。
一愛は内心で溜息をつきつつ、龍子を睨みつけた。
「今のわざとでしょ」
「なんのことやらー」
龍子はカラカラと笑いながら再び視線の先を走っていく。
一瞬、どうしてくれようかと考えたが、溜息をついてその考えを捨てる。
やり返すのは今ではない。
どうせなら彼女がもっとも面倒くさいと思っていることで仕返しをしてやる。
そう、例えば生徒会の書類整理作業だったり、確認作業だったりをだ。
黒い笑みを浮かべながら一愛は龍子と共に駆けていく。
瑞季は頭上を駆ける雷牙を追いながら関心していた。
雷牙は瑞季のように地上を移動するのではなく、生い茂る森の木々の間を跳躍しながら移動しているのだ。
山育ちで、修業も野山を駆け回りながら行っていたと聞いていたが、ここまで身軽に動けるとは。
時折ぶつかりそうになっても、見事な身のこなしで駆けていくその様はなかなか生き生きとしている。
それに比べと、瑞季は自らの移動のたどたどしさを振り返る。
生まれてから自然に一度も触れ合ったことがないわけではないが、野山を思い切り駆け回るという経験がない瑞季からすると、森の中を駆けるのは中々大変だ。
夏場ということもあり、茂みからは小動物が飛び出してきたり、時にはやたらと大きな虫が飛び出てきたり、挙句の果てには蛇が襲い掛かってくる始末。
ちなみに蛇が飛び出してきた時は、雷牙がつかみとってくれたので怪我をすることはなかった。
「ここでは、私の方が足手まといだな」
珍しく瑞季が自嘲気味な言葉を吐いた。
すると、前方を走る雷牙が太い木の枝の上で足を止めた。
声が聞こえたのかと思ったが、どうやら違うようだ。
雷牙はしきりに周囲を見回し、眉間に皺を寄せて難しい表情をしている。
足に霊力を回し、跳躍して雷牙の隣へ着地する。
「気になることでもあったか?」
「あぁいや、視線が外れたなって思って」
「視線?」
「あれ、瑞季もしかして気付いてなかったのか?」
「ああ。なんのことやら……」
瑞季は思わず小首をかしげる。
視線など一度も感じていなかった。
すると、雷牙は「実はな」と軽い咳払いをしてから話し始めた。
「会長達を分かれてすぐ、何かに見られてる感じがしてたんだ。てっきりお前も気付いてるもんだと思って、なにもいわなかったんだけど……わるい、言っとくべきだったよな」
「いや、気付けなかった私の方に非がある。それで、視線というのはどういうものだ?」
「人に見られてるって感じじゃなかったな。ただ、鬼獣とは断定できねぇ。で、それがついさっきなくなった」
「私たちに興味を失った、というわけか?」
「その辺まではわからねぇ。俺達以外に獲物を見つけたのか、それとももっと狩り易い獲物がいたか……」
雷牙は顎に指を当てて考え込むと、一瞬何かに思い至ったのか眉間の皺を濃くする。
「なぁ瑞季。俺達以外にこの山に入ってる人間はいない、はずだよな?」
「ああ。会長の話では、近くの街の住人にも近づかないようにと通達されているはずだが……まさか」
瑞季も表情を険しくする。
近づかないように通達されているとはいえ、人間とはおかしなもので行くなと言われている時ほど危険なところに近づいてしまう。
たとえるなら川が増水しているのに見物に行く野次馬精神というやつか。
だから、もしかすると今もこの山の中に自分達以外の人間が足を踏み入れている可能性がある。
そして雷牙の言うところの何者かの視線。
仮にそれが鬼獣だったとすれば、鬼獣は瑞季達から標的を変え、より捕食しやすい方へ向かったのかもしれない。
つまりは、この山に入っているかもしれない人間のほうにだ。
鬼獣とて霊力を扱う斬鬼や妖刀の一部。
刀狩者が所有する鬼哭刀の警戒や強さの判別くらいは可能だろう。
「だがそれはあくまでも可能性の話だ」
「ああ、わかってる。けど、あれだけ俺達を狙ってたのに、いきなり視線を外すなんておかしい。一応会長にも連絡した方が――」
雷牙がそこまで言った瞬間、二人の下へ最悪の報せが届く。
「きゃああああああ――――――!」
耳をつんざくような悲鳴と、何かを叩きつけるような重低音の音が響いた。
二人は弾かれるようにして悲鳴の聞こえた方を向く。
「今のは……!」
「ああ、やっぱり誰かいやがった!」
瞬間的に二人は駆けていた。
瑞季は地上に降りて走るものの、やはり雷牙には追いつけない。
すると、雷牙が木々の合間をすり抜けながら告げてきた。
「瑞季! 俺は少しスピードを上げる!」
「かまわない! 今は襲われている人の命が大事だ! 私もすぐに追いつく!!」
「わかった。先に行くぞ!!」
瞬間、雷牙の体が淡く発光した。
同時に、彼が踏んだ枝がしなり、雷牙の姿は一気に見えなくなってしまった。
その様子に驚きつつも、瑞季は彼のあとを追いかける。
しかし、彼女の脳裏では先ほどの悲鳴が反復していた。
「あの声、まさかな……」
瑞季は脳裏に浮かんだ人物の顔を振り払うと、地面を強く蹴って雷牙を追いかける。




