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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第三章 選抜されし者達
75/421

3-8

 轟音と暴風吹き荒ぶバトルフィールドで、直柾は眼前で耐え続ける雷牙の行動に内心で舌を巻いた。


 あの技は直柾が扱う中でも最上級の出力と破壊力を持つ。


 殆どの対戦相手は、刀身を暴風が覆った時点でリタイアするか、回避行動を取る。


 しかし、アレはそんな回避行動すら許さないほどの広範囲を斬り裂き、削り取っていく。


 屋外の野戦フィールドならまだしも、アリーナのような屋内フィールドでの回避はまず不可能。


 防御に関しても同様だ。


 レオノアのように耐え切る者もいるにはいるが、殆どは防御しきれずに切り刻まれる。


 仮に防御ができたとしても、攻撃が終わった時の硬直を突くことができる。


 だから、雷牙のような行動をする者は今まで見たことがなかった。


 迎撃。


 あの一瞬で雷牙は、防御も回避も無理と判断し、打ち砕く方に思考をシフトさせたのだ。


 実に単純な考え方だとは思うが、思いついたとしてもそれを行動に移せる者がどれだけいるだろうか。


 しかも鬼哭刀を持っていない状態で。


 例えるなら削岩機の中に手を突っ込めと言っているようなものだ。


「まったく、楽しませてくれるじゃねぇか」


 暴風の中で耐え続ける雷牙を見た直柾は、全身に鳥肌が立つのを感じた。


 全身に裂傷を負い、血を撒き散らす雷牙の瞳は強い闘志が宿っていた。


 まだ諦めていない。


 まだ抗い続けている。


 持てる霊力を放ちながら、一歩、また一歩足を進めてくる。


 ゾワリと、背筋に電流が走った。


「いいじゃねぇか、最高だ……!」


 直柾の瞳がさらに凶悪な色を覗かせる。


 口元の笑みは三日月のように吊りあがった。


 この状況でもまだあんな顔ができるとは、なんと叩き潰し甲斐のある男か。


 さらに暴風と真空刃を重ね、暴風をより巨大なものとする。


 舞い上がった瓦礫が砕かれ、塵となり雷牙の姿は完全に見えなくなった。


『辻選手、更に出力を上げました!! アリーナ全体が揺れています!! しかし、このままでは綱源選手の安否が……ッ!』


 周囲のレフェリーと教師陣があわただしく動いている。


 医療ポッドを準備した保健委員も数名控えているのが見えた。


 殆どの教師と生徒は、もはや試合の勝敗はついたと思っているのだろう。


 すると、案の定レフェリー役の教師が手をクロスさせた。


『あーっと! ここで無情にもレフェリーからの続行不可の――――』


「――止めるなッ!!!!」


 轟音の中でも響いた恫喝に実況は黙り、教師陣も驚愕の表情を浮かべた。


「こんな形で終わらせてたまるかよ。まだ勝負ははっきりついちゃいねぇ。こんなとこで終わりにしたら、ぶち殺すぞッ!!!!」


 紛うことなき、本物の殺意。


 実況はギロリと睨まれ『ひぅ……っ!?』と短い悲鳴をあげた。


「テメェもそうだろ、綱源ぉ!!!! こんなとこで終わりにしたかねぇ。やるなら徹底的に、どっちかがぶっ倒れるまでだよなぁ!!」


 砕かれた瓦礫によってもはや雷牙の姿は確認できなかったが、激しく明滅する紫電は、雷牙がまだ暴風の中で抗っていることを現していた。






 痛みしか感じていなかった。


 全身には無数の裂傷。


 腕は今にも千切れそうで、感覚など殆ど残っていない。


 制服は流れ出る血で真っ赤に染まっている。


 やはり迎撃など無謀だったか。


 雷牙は吹き荒れる暴風の中で、今にもひざから崩れ落ちそうになっていた。


 辛うじて踏ん張っている足はガクガクと振るえ、突き出す拳にも力が宿っていない。


 治癒術で傷を回復させながらなんとか耐えているが、それももう限界に近い。


 むしろ永遠にも感じるほどの斬撃の嵐に、体は危険信号を発し、意識は遠のきかけている。


 だが、それでも。


 雷牙は俯きそうになっていた顔を上げ、足を踏ん張り腰を入れる。


 腕をさらに前へ突き出して霊力を放出しつづける。


 まだやれる。


 自分からは決して負けを認めず、自身の行いに後悔はしない。


「それに……まだ戦い足りないし、なぁ……ッ!!」


 口元に浮かぶのは、楽しげな笑み。


 痛みに苛まれながらも、気を失いかけながらも雷牙はこの状況を楽しんでいた。


 突き出した腕は切り刻まれ、全身には裂傷が及ぶ。しかし、そんなものは治癒術でどうとでもなる。


 そして、止まっていた足を一歩前に進めた時。


「テメェもそうだろ、綱源ぉ!!!! こんなとこで終わりにしたかねぇ。やるなら徹底的に、どっちかがぶっ倒れるまでだよなぁ!!」


 ゴウゴウと吹き荒れる暴風の中にいても、はっきりと聞こえた直柾の声。


 反射的に雷牙は頷いていた。


「……当然ッ!!」


 足を踏みしめた雷牙は、賭けに出る。


 この攻撃を受ける直前、致命傷を避けるため、全身には万遍なく霊力を張り巡らせていた。


 だが、それではこれを打ち破るのには足りない。


 ありったけをぶつける。


 体を守るため、そして踏ん張りを利かせるために足に纏わせていた霊力を、全て拳に集束させる。


 一か八かの勝負だ。


 刀狩者を目指す者としては間違った対処なのかもしれないが、そんなことは今はどうでもいい。


 今は唯一つ。


 目の前にいる辻直柾という男に勝ちたい。


 ヒュッと息を短く吸った雷牙は、足に集めていた霊力を爆裂させる。


 瞬間、前に押しだされる感覚と加速感が襲ってくるが、それに身を任せつつ、右腕に霊力を集束する。


 最低限の防御すら消したことで、今までよりも深く裂傷が入るが、雷牙は全て無視。


 治癒術すらも使用せず、斬撃の嵐の中を突き進み、吼える。




「オ、オオオオォォォォォオオォォォォオォォォォォッッッッ!!!!」




 雄叫びと共に放たれた右拳から放たれた霊力は、極太の光となって暴風と激突。


 弾ける紫電はもはや破壊力を持った雷撃となり、フィールドはおろかアリーナの四方八方を駆け巡る。


 先程までとは違う、完全に拮抗した状態の激突。


 しかし、その拮抗も崩れる時がやってくる。


 突如として暴風がその形を保てなくなり、空気中に霧散したのだ。


 霊力同士の衝突において、競り合いで左右されるのは霊力の大きさ。


 それは属性が付与されていようといまいと同じであり、放つ霊力が少しでも大きかった方が勝つ。


 つまり、暴風が霧散したということは、雷牙の霊力が直柾を上回ったということ。


 観客席の生徒達はもちろん、教師陣もあっけに取られる中、雷牙は血だらけになりながらも直柾を見据え、着地と同時にフィールドを蹴る。


 ブチブチと筋繊維が切れるような音が聞こえ、全身に激痛が走るものの、意識の外へ追いやり、再び右腕に霊力を集中させる。


 直柾も暴風が霧散した際の隙からまだ復帰できていない。


 鬼哭刀を取っている暇はない。


 だからこのまま、全霊を持って殴る。


 試合のルールはどちらかの戦闘不能だ。


 鬼哭刀を用いて勝てなどという規定はどこにもない。


 雷牙が今できる最大の攻撃は、霊力を纏わせた拳による殴打だけだ。


 直柾も雷牙の接近に気がついたようだが、すでに回避は間に合わないと悟ったのか、鬼哭刀を突き出してきた。


 しかし、今の雷牙にそんなものは通用しない。


 血を撒き散らしながら、直柾の眼前に躍り出た雷牙は、腹部に強烈な痛みを感じながらも、渾身の右ストレートを叩き込む。


「ラァッ!!!!」


 真っ赤な拳は直柾の顔面に入った。


 確かな手ごたえを感じながら殴りぬけると、直柾が吹き飛び、フィールドを転がった。


 だが、雷牙はすぐさま次の行動を起す。


 腹部に残った直柾の鬼哭刀を引き抜くと、治癒術を使って瞬時に止血。


 そのままダッシュし、追撃をしかける。


 ――――まだだ、まだ終わってねぇ!!


 今の一撃、確かに手ごたえがあり、明確なダメージは与えたはずだ。


 しかし、その程度であの男が終わるはずがない。


 フィールドに突き刺さっている自身の愛刀を駆け抜けざまに引抜き、霊力を通す。


 視線の先では既に直柾が立ち上がり、犬歯を見せて凶悪な笑みを浮かべている。


「そうこなくっちゃ面白くねぇ! もっと俺を楽しませろ!!」


 雷牙は答えずに、低い姿勢のまま剣閃を放つ。


 が、刀は振りぬけず、紫電が迸った。


 刀が直柾の腹部ギリギリで止まっていた。


 風の防御が働いたのだ。


「あと一瞬遅かったな。それと後ろには注意した方が――」


「――先輩も気をつけた方がいいッスよ。もう、()()()んで」


 不適に笑った雷牙に、直柾が怪訝な表情を浮かべるものの、それはすぐに驚愕へと変化する。


 バチン! と一際大きな破裂音が聞こえた瞬間、雷牙の鬼哭刀が風の鎧を引き裂いたのだ。


「くッ!?」


 咄嗟に僅かに腰を捻って直撃は回避したようだが、手ごたえと出血から見て切先は確実に届いている。


 そのまま後退した直柾は、傷に手を当てたあと雷牙を睨みつける。


「テメェ、俺の防御になにを……!」


「考えてみりゃ単純な話っスよ。先輩が作り出した風も言っちまえばもとは霊力。霊力同士がぶつかればより大きな方が勝つ。今のはそれを実践しただけッス。アレだけ風の鎧と暴風を見せられれば、対処の一つや二つ、考え尽きますよ」


 直柾が操った風によって背後から飛来してきた鬼哭刀を振り返りもせずに回避した雷牙は、腕の裂傷を撫でる。


 すると、撫でた箇所から見る見るうちに回復が始まっていった。


『ここで綱源選手の傷が回復していきます! まさしく無尽蔵の霊力です! というか、実際あんな回復力チートなのでは!?』


 実況があおってくるものの、実際はそんな余裕もない。


 霊力の使用にはある程度の体力も消費する。


 それが治癒ともなると相応の体力が必要だ。


 全身の完全治癒は出来てあと一回といったところか。


 だが、限界に近いのは雷牙だけではなく直柾も同じなようで、額には大粒の汗が浮かび、肩がしきりに上下している。


 フィールド全体を覆うほどの大技に加え、剣戟の最中も常時展開していた風の鎧と真空刃の影響がここにきて出ているのだろう。


「まったく、しぶとい野郎だ。……まさかこんな技を使わされる羽目になるとは思わなかったぜ」


 肩を竦めた直柾は、深く呼吸したあと鬼哭刀に風を纏わせる。


 だが、先程のような荒々しいものではない。


 洗練され、磨き上げられた刃のように鋭い疾風だ。


「生憎俺はテメェみてーな馬鹿霊力は持ってないんでな。正直これが限界だ。だから――」


 スゥっと直柾の瞳に影が落ちたかと思うと、凄まじい殺気が飛んできた。


「――次で、終わりにしてやる」


 言葉ではそう聞こえたが、雷牙はこう言われたような気がした。


『次でお前を殺す』と。


 紛いものではない本物の殺意。


 彼は確実に自分を殺しに来るだろうと理解した雷牙の口元に浮かんだのは、やはり笑みだった。


「じゃあ、俺も。今出来る最大で答えます」


 空気が弾けるような音と共に、雷牙の鬼哭刀、兼定の刀身に霊力が集束した。


 雷電の属性とは別の、集束しすぎた霊力による放電現象が発生する。


 交錯は一瞬。


 勝敗は恐らく酷く単純。


 刃が先に届いた者が勝つ。


「いくぜ?」


「いつでも」


 直柾の問いに雷牙が答えた直後、場内がシンと静まり返った一瞬。


 二頭の獣は駆けた。






 ――――やっぱり、面白いやつだ。


 直柾は目の前の一年生、綱源雷牙を評価する。


 最初から注目していたとはいえ、まさかこれほどとは思わなかった。


 無尽蔵とも癒える霊力は勿論だが、それ以上に絶望的な状況でも折れない胆力、そして相手に勝とうとする勝利への執着。


 玖淨院、いや他の四校や世界の育成校を探してもこんな一年生はそうそう現れないだろう。


 だから、そんな彼に対して出し惜しみはしない。


 鬼哭刀を振りかぶり、深く息を吸う。


 この技は、自身が疾風の属性に目覚めたあと、一番最初に編み出した技だ。


 霊力を腕に通し、膂力を増強し、最速の剣閃から放たれるそれは、真空の刃を伴って放たれる。


 剣閃は重なり、相手の退路を断つように囲うこの技の名は――。




『――――風牙(ふうが)・滅迅―――ッ!!!!』




 裂帛の声と共に放たれたそれは、全く同時の六連閃。


 鋭い風の刃は雷牙の行動よりも速く彼を飲み込む。


 治癒術が使えるといっても、意識まで刈り取られては意味がないだろう。


 逃げ場はなく、退路もない。


 絶望的なこの状況、死亡は免れても、斬り伏せられるのは間違いない。


 だが、それでも。


 雷牙の口元には笑みがあった。


 恐らく彼の瞳にも風の刃は見えているはずだ。


 それでも雷牙は止まろうとせず、低い姿勢のまま突き進んでくる。


 瞳には勝利を掴もうとする信念の光が灯っている。


 瞬間、直柾は理解した。


 ――――まさか、コイツ!?


 輝く双眸と目があった瞬間、ゾクリと悪寒が奔った。


 見えていない。


 雷牙には風の刃などまったく見えていないのだ。


 見ているのは、直柾ただ一人。


 全ての攻撃を度外視しして、ただ一点、直柾だけに標的を絞っている。


 命取りのようにも見えるその戦法に、直柾はゴクリと生唾を飲み込んだ。


 言い知れぬ不安感を味わった瞬間、それは起こった。


 今まさに雷牙を切り裂かんとしていた六つの剣閃が、全て同時に消滅した。


「なっ!?」


 驚くのも無理はない。


 雷牙はなにもしていない。


 ただ、まっすぐにこちらに駆けているだけだ。


 霊力を爆発させて霧散させた?


 否。


 対応できないほどの剣速で鬼哭刀を振った?


 それも否。


 どちらもありえない。


 そもそも霧散などしていない。


 どちらかというとアレは――――。


 考えが及んだ瞬間、すでに雷牙は懐まで飛び込んできていた。


 風の鎧は間に合わない。


 回避も、防御も不可能。


 煌めく刃が見えた瞬間、直柾は小さく笑みを浮かべる。




「覇ァッッッ!!!!」




 気合いの声と共に放たれた一閃の直後――鮮血が舞う。






 二人が交錯したのは一瞬だった。


 バシャリ、とおびただしい量の血がフィールドを濡らす。


 その血の主は、直柾であった。


 左肩から右腹部にかけて斜めに切り裂かれた彼は、上体を揺らし、膝から崩れる。


 対する雷牙に傷はなく、鬼哭刀を振り抜いた姿勢で止まっている。


「楽しかった、ぜ……」


 水音交じりの声が背後から聞こえ、雷牙ははっとして振り返った。


 直柾はフィールドに鬼哭刀を突き立ててなんとか倒れまいとしている。


 もはや誰が見てもわかる。


 彼にこれ以上の戦闘続行は、不可能。


「次は……俺が、勝つ……」


「……負けませんよ、先輩」


「ハッ。くそ生意気な後輩だ……」


 僅かに口角を上げた口元からは血が溢れ、直柾はその場に力なく倒れた。


 彼が血の池に沈むと同時に場外にいたレフェリーが手をクロスし、保健委員がすぐさま動いた。


『し、試合終了ォォォ!!!! 準決勝第二試合を制したのは、なんと一年生、綱源雷牙選手です!! 傷を負いながらも立ち上がり、番狂わせからの番狂わせ! 一度は絶望的な状況に追い込まれながらも、勝利を掴みました!!

 というわけで、五神戦刀祭を決めるトーナメントもいよいよ大詰め! 明後日に行われる決勝戦は、われ等が生徒会長、武蔵龍子選手と、並み居る強豪を打ち倒し、ついに決勝にまで駒を進めた一年生、綱源雷牙選手の一戦です!!』


 会場からは割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。


 雷牙は運ばれていく直柾を一瞥して頭を下げると、兼定を鞘に納め、胸の前で拳を握りこんだ。


「決勝……!」


 ついに戦うことが出来る。


 玖淨院最高戦力。


 十代最強とも噂される彼女と。


 壮絶な試合が終わったばかりだというのに、雷牙の口元には笑みがあった。






「まさか、辻君が倒されるなんて……」


 特別観覧席では、三咲が驚きの声を上げていた。


 その隣では、ソファに深く腰を下ろした龍子が、雷牙の姿をジッと見据えていた。


 そしてなにか納得がいったのか、彼女は不敵な笑みを見せてから立ち上がる。


「んー、いい試合だった。まさに鬼気迫るって感じだったねー」


「え、まぁはい。会長、随分と上機嫌ですね……」


「そりゃそうだよ。あれだけの強さを持つ子と戦えるんだ、嬉しくないわけがないでしょ。さて、見るものは見たし、そろそろ帰ろうかなー」


 龍子は軽い足取りで観覧席から出て行く。


 一人、アリーナの通路を歩く龍子は、先程の雷牙と直柾の交錯を思い出す。


 あの一瞬、六つの刃は消し飛んだ。


 まるで何かにかき消されたかのように。


「あの感じからすると、やっぱりそうなるよねぇ」


 ニィと口元が吊りあがる。


 龍子もまた彼らと同じだ。


 戦いへの高揚感を隠す事ができない。


「楽しみにしてるよ。雷牙くん」


 呟く龍子は、一人アリーナから出て行った。

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