3-7
吼える雷牙に呼応するように兼定が風の鎧に更に食い込む。
刃の中ほどまでが空気の層に埋まり、周辺の霊力が激しくスパークする。
「ッ!!」
さすがの直柾も僅かに頬を引き攣らせ、鎧の強度を更に上げた。
跳ね返りそうになる刀を何とか留め、さらに力を込める。
柄を握る手から『ブチッ』という皮が裂けるような感覚が奔ったが知ったことか。
――――このまま、斬りぬけるッ!
ここまで接近できたのは直柾が動揺してくれたからだ。
彼ほどの使い手ならば、次も同じように攻めさせてくれることはないだろう。
だから無傷で逃すわけには行かない。
たとえ小さな傷であっても、刃を届かせる。
傷が出来ればどんな人間であれ痛みで僅かに隙ができる。
治癒術が使えるのになにを馬鹿なと思うだろう。
多くの人間は治癒術を持ってしても、雷牙のように瞬時に傷が癒えはしない。
その小さな傷が勝利へつながる光明になりえるのだ。
密着した状態でさらに一歩前へ進む。
「なんのォッ!!!!」
霊力をさらに刃へ乗せる。
まるで炎のように吹き上がった霊力は刃全体を一気に覆った。
「コイツ……ッ!!」
スパークはより激しくなり、霊力同士の衝突はフィールドに亀裂を生じさせる。
激しさを増す競り合いだが、その時は突然やってきた。
ヒィン。という酷く高音な音がアリーナに響くと同時に鮮血が舞う。
見ると、雷牙が鬼哭刀を振り抜いた状態でいた。
対する直柾は競り合っていた状態から数歩下がった場所で、肩口を押さえている。
肩からは血が滴っており、指先から垂れた血がフィールドを濡らす。
雷牙の霊力がついに直柾の風の鎧を断ったのだ。
会場全体がどよめくと同時に、実況の声が響いた。
『つ、貫いたァァアア!!!! 綱源選手、無敵かと思われた辻選手の風の鎧に競り勝ち、一撃を叩き込みました!! 決定打にはなっていないようですが、確かに一撃が入っています!』
歓声が響くものの、雷牙はまだ歓喜の表情は浮かべない。
僅かに呼吸を整えたかと思うと、そのまま肩を抑える直柾への追撃に入る。
止まってはいけない。
確かに一撃を入れることは目標の一つだった。
しかし、最終的な目的は目の前の男を打ち倒すこと。
一撃入れたからと言っていちいち感傷に浸る暇はない。
攻められる時に攻めておかねば、戦況は確実に覆される。
僅かに俯く直柾へ向けて刃を振り下ろす。
容赦のない一閃は、確実に相手を戦闘不能にするだろう。
が、刃が届く瞬間、直柾が乱雑に振り抜いた刀によって防がれる。
それでも攻撃の手は緩めない。
弾かれた刀を引き戻し、立て続けに剣閃を放つ。
『綱源選手、凄まじいラッシュ攻撃です! 勝負を決めに行っていると見て間違いなさそうです! 辻選手も防御していますが、手負いの状態でどこまで防ぐことができるのか!!』
『そのまま沈めちまえ綱源ー!!』
『容赦しちゃだめだよー!!』
観客が囃し立てるものの、雷牙にはそんな言葉が聞こえていない。
彼の意識は直柾ただ一人に集まっているからだ。
幾度も剣閃を重ねていく雷牙であるが、その心中は決して穏やかなものではなかった。
一見すると雷牙が攻めているようにも見える。
いいや、実際そうなのだが、雷牙は妙な違和感で胸がざわついているのを感じていた。
恐怖、とは少し違う。
雑念を振り払うように一際強く鬼哭刀を振り下ろすものの、それを防がれ大きな火花がはじける。
今度は弾かれず、再び競り合う形になったが、そこで雷牙は直柾の口元に浮かんでいる笑みを見た。
同時に襲って来たのは、全身を駆け巡る悪寒。
理性ではなく、本能が逃げろと警告し、雷牙は瞬時に飛び退いた。
瞬間、脇腹の辺りを巨大な何かが擦過していく。
明確な形は見えなかったが、空気の歪みから考えると、なにか大きなものであることは確かだ。
「今のは……」
背後へ抜けていったものに気を回していると、背後で轟音と暴風が炸裂した。
前につんのめりそうになるほどの暴風を受ける最中、視界の端でギラリと光ったものを雷牙は見逃さず回避する。
光りの正体は直柾の刃だった。
暴風で体の自由が効かないこともあってか、刃は頬に入ってそのまま振り抜かれていく。
すぐさまその場から退避した雷牙は頬の傷を瞬時に回復させて直柾を見やる。
彼は不敵な笑みを浮かべいた。
肩口からはいまだに血が滴っており、制服を真っ赤に染めている。
やがて暴風がやむと、直柾が首をすくめた。
「せっかく面白くなってきたんだ。さっさと終わりにしようなんて思ってくれるなよ、綱源」
「そいつは失礼。俺も楽しみたいのは山々だったんスけどね。先輩にはある程度ダメージ入れとかないと普通にひっくりかえされそうだったもんで。ところで今のって、でかい空気弾みたいなもんスか?」
「まぁそうさな。俺の風を圧縮したもんさ、今はまだ真空刃をいれちゃいないが、当たれば痛ぇぞ」
空気弾が擦過した制服の腹部は破けていた。
切り裂く力がなかったとしても、あれだけの暴風が詰まっていたのだ。
直撃すれば大ダメージは免れないだろう。
「しかしよく避けたもんだ。うまく隠せてると思ってたんだが」
「嫌な予感はしてたんで。それに先輩の性格からして、肩がやられた程度でただ防戦一方なんてこたぁないでしょ」
軽口を叩くように言う雷牙は刀を構えなおす。
周囲への警戒は怠らず、空気の揺らぎは決して見逃さない。
「ハッハァ! まぁ、こんくらいの傷ならまだ動ける。けど、テメェの霊力には正直ビビッたぜ。アレで驚いて気が抜けちまった」
「どうも。できればあのまま戦闘不能にしたかったんスけど……。さすがにそう簡単にゃいかないッスよね」
「おうさ。けどテメェだってできればもっと闘いを楽しみてぇだろ?」
ニィっと凶悪に口角を吊り上げた直柾の口元から鋭い犬歯が覗いた。
すると、雷牙も笑みを浮かべた。
雷牙自身、この闘いはできるだけ楽しみたいと考えていた。
三年生の中でも上位に食い込むほどの実力者との戦闘。
戦うことが大好きな雷牙にとって、これほど高揚することはない。
「さぁ、まだまだ行こうじゃねぇか。気ィ緩めて負けるなんてことはしてくれるなよ?」
「先輩も余裕ぶっこいて、失血死なんてしないでくださいよ」
「ハ、ぬかせぇッ!!」
ギン! と両者の瞳にギラついた野獣のような光りが灯る。
瞬間、二人の姿が一度だけ消失し、フィールドの中心部付近に現れそのまま激突した。
瞳を爛々と輝かせ、口元には凶悪な笑み浮かべながら再び剣戟の応酬が始まった。
バトルフィールドでは二体の獣が雌雄を決するために剣戟を重ねている。
どちらも口元に笑みを浮かべるその姿は、観客の視線を集めてはいるが、一部では恐れるような声も上がっている。
『な、なんなんだよ、あの二人……!』
『前の二人も大概だったけど、あの二人はヤバさが違う』
『なんであんな笑ってられるんだ!? 闘いが好きにしても限度があるだろ……』
呆れと恐怖が入り混じったような意見はもっともといえるだろう。
戦うことが好きという刀狩者は少なからず存在する。
戦う職業なのだから必然的に闘争心の強い者がいるのは当然なのだが、雷牙や直柾のそれはその中でも一線を画している。
たとえ戦うことが好きと言っている連中が恐怖し、足が竦むような現場であっても、恐らく彼らは笑みを浮かべて戦うことだろう。
戦闘好きと、戦闘狂は違う。
比較的常識人に見える雷牙であっても、その根底にあるのはあくなき闘争心。
例えば今二人の戦いを止めようとしたらどうなるだろうか。
答えは一つ。
二人は止めようとした者を殺すだろう。
それが戦闘狂という生き物だ。
戦いを邪魔するものはたとえ味方であっても、容赦なく刃を向ける。
まさしく狂っているとしか言いようがない。
だが、その姿はレオノアにとってなによりも格好良く見えていた。
「ハァ……雷牙さん、なんて凛々しく猛々しい……」
頬を紅潮させ熱っぽい吐息を漏らす。
レオノアにとって、戦っている時の雷牙は全てが格好いいのだ。
傷を負いながら突き進む姿も、危険な戦法も。
雷牙は何をやってもかっこいい。
無論、心配していないわけではないがそれよりも彼の戦う姿に見惚れてしまう。
「……雷牙も雷牙なら、アレを好きになる子も大概ってわけだねぇ……」
そんな彼女の隣で舞衣が大きなため息をついた。
瑞季の場合はレオノアのようにうっとりとすることはないだろうが、雷牙の戦いぶりを見て嬉しそうに笑みを浮かべるくらいのことはしそうだ。
友人に対して思うことではないかもしれないが、やはり、戦闘狂に惚れる女子はどこか頭の螺子が緩んでいるのかもしれない。
「でもまぁ、風の鎧は破れたことだし、雷牙にも勝機が見えてきたかな」
「いいえ、それを決めるのはまだ早計かと」
「うわぁ!? いきなり素に戻んないでよ! びっくりしたぁ……」
さっきまでうっとりとろけていた声とは打って変って冷静な声を発したレオノアに、舞衣は思わず飛び上がった。
レオノアは僅かに頬を紅潮させているものの、瞳は真剣そのものだ。
「なんで早計? アンタのことだから『このまま雷牙さんが勝ちます』って言いそうなもんだけど」
「もちろん、雷牙さんの勝利は信じています。ですが、風の防御を破ったとしても、まだ辻先輩には警戒すべきものがあります」
「アンタを倒したアレとか?」
レオノアは静かに頷いた。
アレとは、直柾がレオノアに対して使った暴風を纏った斬撃のことだ。
真空刃と暴風が入り混じったあれは、削岩機ともいうレベルで、コンクリート片ですら一瞬で粉々にする。
雷牙の持っている霊力の全てを防御に回せば防げないことはないだろうが、それではレオノアと同じ結末になる可能性が高い。
「雷牙さんの回復力をもってしても、意識を失ってしまえばそれまでです」
「なるほどね、確かにそうだ。でも雷牙はどうやって……」
瞬間、一際大きな金属音がアリーナに響いた。
『あーっと、ここで綱源選手の鬼哭刀が空中に弾かれました!! これは危険です!! 完全な無防備の状態となってしまっています!!』
実況の言うとおり、兼定は空中で回転している。
雷牙も驚きを隠せずにいた。
一瞬。
ほんの一瞬だった。
剣戟の中でできた本当に僅かな隙を突かれた。
次の動作に入ろうと呼吸した瞬間を狙われたのだ。
鍔に引っ掛けられてそのまま上へ刀を弾かれたかと思うと、更に風で手の届かないほどの空中へ送りだされてしまった。
「くッ!!」
苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せる雷牙は、すぐさま距離を取ろうとした。
「遅ぇッ!!」
襲って来たのは腹部への鈍痛。
直柾の足が鳩尾に思い切り叩き込まれたのだ。
霊力によって強化された膂力で放たれたそれは雷牙を吹き飛ばすのには十分だったようで、雷牙は何度か転がってようやく止まった。
「ゲホ、ゴホ……ッ!!」
腹部を押さえ苦しげにうめきながらも、雷牙は立ち上がった。
だが、顔を上げた瞬間、彼は思わず息をのんでしまった。
直柾の鬼哭刀の周辺が歪んでいたのだ。
もはや向こう側の景色が見えないほど濃く、濃密なほどに圧縮された暴風の刃が出来上がっていた。
アレが昨日レオノアから聞いた暴風の刃で間違いないだろう。
「すげぇ……」
思わず雷牙は声を漏らしてしまった。
フィールドと僅かに接している切先の部分は抉れ、舞い上がったコンクリート片は暴風の刃に集束し、粉々に粉砕されていく。
まさしく削岩機。
人間や斬鬼がまともに喰らえばミンチになる可能性は十分にあるだろう。
「まともに喰らえばどうなるか、わからねぇほど馬鹿じゃないだろ?」
「そうッスね。けど、そっからじゃ俺にはとどかな――!」
瞬間、雷牙は戦慄した。
距離は約十メートル以上離れている。
あの技はレオノアの話や記録映像から近距離の斬撃だとばかり考えていた。
しかし、それだけではない。
「――気付いたな。けど、もう避けられねぇぜ?」
直柾が暴風を纏った鬼哭刀を引いた。
突きの構え。
考え直してみれば当然のことだ。
真空刃や風の弾丸を飛ばせるのであれば、圧縮した暴風を一気に放出することなどたやすいだろう。
あの技はクロスレンジだけではない、ミドルレンジ、ひいてはロングレンジにすら転用可能なのだ。
「死なねぇように、気張っとけッ!!!!」
刹那、放たれた暴風はフィールドを削りながら雷牙へ向かってくる。
直撃まで僅か数秒だが、雷牙は思考を走らせる。
上にも横にも広がっていることから回避は不可能。
防御も考えたが耐え切ったとしても、鬼哭刀がない今すぐさま攻撃に転じることはできない。
その隙を突かれて一気に戦闘不能になるのが関の山だ。
ならばどうする。
回避も防御も無理。
「……やってやる……!!」
雷牙は迫る暴風を一瞥すると、瞬時に右の拳に大量の霊力を纏わせる。
『つ、綱源選手、腕に霊力を集めています! 一体なにを……!?』
防御もだめ。
回避も間に合わない。
ならば残った手段は唯一つ。
迎撃だ。
向こうが霊力を暴風にかえて打ち出しているのならば、こちらは純粋な霊力をぶちかます。
ただそれだけだ。
足に力を込めた雷牙は、すぐ近くにまで迫った暴風を見据えた。
「おもしれぇ!! 回避が無理ならぶち壊すってかぁ!? やれるもんならやってみなぁ!!」
直柾の挑発の声が聞こえたが、雷牙はいたって冷静に拳を構えた。
既に余波は来ており、体のあちこちに切り傷が出来てる。
だが、暴風の中心はまだだ。
これを壊すのであれば、暴風の中心にこの霊力を叩き込まなければならない。
雷牙はフィールドを強く踏みしめると、拳を強く握り締めて振りかぶり、暴風の中心へ向けて一切の迷いなく放った。
何かと衝突したような感覚も束の間、雷牙の視界を眩い光が照らす。
放たれた霊力は暴風と衝突し、轟音を響かせながら紫電を迸らせる。
服の袖は破け、腕には無数の切り傷が発生する。
「ぐッ!!!!」
連続する鋭い痛みにさすがの雷牙も苦悶に顔をゆがめるが、彼は止まらない。
「負けて……!」
血だらけになりながらも押しかえされそうになる体をなんとか留め、拳を前に突き出し続ける。
「負けてぇ……たまるかアアアァァアアァァアアァァァァッ!!!!!!」
痛みに耐える雷牙の咆哮に呼応するかのように、霊力は更に勢いを増し、アリーナ全体に紫電が迸った。




