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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第三章 選抜されし者達
73/421

3-6

 開始を告げるブザーの音とほぼ同時に、雷牙と直柾は動いた。


 直柾は上から、雷牙は下から剣閃を放つ。


 激突した刃が甲高い音を立てると、両者の間で火花が散る。


 剣戟は一度ではない。


 刃の交錯と同時にどちらも次の一手に動く。


 剣戟音は連続し、火花が明滅を繰り返している。


 激しい打ち合いはいまだ続いている。


 そして徐々に二人の剣戟は、会場にいる生徒達を引き込んでいく。


 どちらも技術的には荒く、大雑把、悪く言えば隙もある。


 一つ前に行われた瑞季と龍子の試合を、流麗かつ華麗だと表現するならば、この二人の試合は粗暴かつ暴力的。


 一閃、一閃が乱雑な動きから繰り出される暴力にも似た攻撃の応酬。


 例えるなら獣同士の争いか。


 唯一つ、目の前の獲物を打ち倒すことに特化した戦闘。


 野生的かつ、動物的な本能が刺激されるような闘いは、自然と生徒達の注目を集めている。


 何十という剣戟の後、二人が距離を取った。


 どちらの体にも目立った傷はなく、顔には笑みが浮かんでいる。


『す、すごい打ち合いです!! まさしく一進一退!! 一撃一撃が重く、速く、鋭い! うまくは言い表せませんが、なんというか、魂が震えるような駆け引きでした!!』


 興奮気味の実況から一拍置く形で客席が湧いた。


 僅か数十秒の打ち合いで、二人は観客は自分たちの戦闘に引きずり込んだ。


「ハッハァ! いいねぇ、やっぱり俺の見立てどおりだ」


 興奮気味な笑みを浮かべる直柾。


「実を言うとなぁ、合格っつった三人の中で一番期待してたのはお前なんだぜ? 綱源」


「そいつぁどうも」


 薄く笑みを浮かべた雷牙は兼定を構えると、霊力を足に込めてフィールドを蹴る。


 勢いをそのままに、直柾目掛けて刃を振り下ろす。


 当然というべきか剣閃は受け止められ、再び火花が散った。


 しかし、今度は離れない。


 ギチギチと音をさせながら鍔迫り合いの形になると、直柾が瞳をギラつかせる。


「やっぱりお前は俺と似た目をしてる。闘いが好きで好きで仕方がねぇ、そういうやつの目だ」


「まぁ、その辺は認めますよ。実際そうですし、ねッ!!」


 グッと力を込めて一歩踏み出す。


 直柾との距離が縮まるものの、彼も同じ様に力を込めて押してくる。


「最近は俺の相手を進んで受ける相手なんざ減っちまって、シュミレーション相手で退屈してたとこだ。存分に楽しませてもらうぜ!!」


「楽しむ余裕がありゃいいですけどね!」


 雷牙は不敵な笑みを浮かべるとわざと力を抜いた。


 競り合った状態で急に力を抜かれたらどうなるか。


 綱引きなどならわかりやすいだろう。


 力をかけている方が態勢を崩すのは当然だ。


 無論、そんな程度で直柾が完全に態勢を崩すとは考えていない。


 事実彼は僅かな挙動で態勢を戻していた。


 しかし、その僅かな挙動の隙さえあれば十分だ。


 出来た隙を見逃さず、胴に向けて刃を走らせる。


「っ!」


 キィン!


 聞こえてきたのは、肉を裂く生々しい音でも、骨を断つ渇いた音でもない。


 鋼の手ごたえと共に、聞こえたのは金属同士が衝突する音。


 見ると、直柾の鬼哭刀がギリギリの状態で割って入り防がれていた。


「おしいな、手は悪くねぇ」


 ゾワリとする声が聞こえた。


 瞬時に顔を上げる雷牙は喉を鳴らす。


「ゥッッ!!!!」


 ギラリと彼の犬歯が光り、濃厚で重い殺気が降って来た。


 本能が危険だと判断し、雷牙はそのまま後先考えずに後方へ跳ぶ。


 それとほぼ同時に、雷牙が立っていた場所に大きな爪あとが刻まれた。


「真空刃か……!」


 着地しながらそれを見た雷牙は歯噛みする。


 忘れていたわけではない。


 だが、剣戟を続けている中で知らず知らずのうちに興奮状態となってしまったようだ。


 空気に呑まれていたことが不甲斐無く、顔面を殴りたくなったがひとまずはそれを置いておく。


 自身の行いを猛省しつつ、雷牙は直柾を見据える。


 彼の周囲が僅かに歪んでいる。


 疾風の属性は、炎や水のように明確に姿を捉えることはできない。


 しかし、霊力に干渉していること自体は同じなので、他の属性とは違い、覚醒者の周囲は歪むのだ。


 ただしその差異は非常にわかりにくい。


 雷牙がしっかりと視認できたのは、修業時代に山篭りしていることが多く、視力が培われているからだろう。


 そして彼の周囲が歪んでいるということは、やはり、展開していると考えていい。


 風の鎧。


 レオノアの渾身の攻撃すら受けきった絶対防御。


 あの鎧を突破できなければ、雷牙に勝利はない。


『ここで辻選手が属性を発動しましたー!! 視認が難しい風の刃! その刃で数々の相手を切り刻んできましたが、今日もあの凄惨な光景が広がってしまうのでしょうか!?』


 真空の刃に、風の鎧。


 どちらも非常に厄介だ。


 しかし、雷牙も対策がないわけではない。


「まぁ対策っつーほどご大層なもんでもないんだけどな……」


 刀を下に向け、呼吸を落ち着かせる。


 攻めには行かず、ただ直柾を見据えている。


「あぁん? なんだ、来ないのか?」


 首をかしげて問うてくるものの、雷牙は答えない。


 すると、「まぁいいか……」と呟いた彼が、鬼哭刀を振るった。


「来ないなら、こっちから仕掛けるまでだからよッ!!!!」


 凶悪な笑みが見えた直後、雷牙は視線の先で三回、空気が僅かに歪んだのを確認した。


 大きさは雷牙の片腕の長さ程度。


 大規模ではないが、あれだけでも十分雷牙の腕、足、首を切断するには十分な威力を持っているはずだ。


 通常なら回避するはず。


 しかし、雷牙は動かない。


 ただジッと、自身に接近している風の刃を見据えている。


「どぉしたぁ!! 避けないと真っ二つになっちまうぞ!」


 さすがに怪訝に思ったのか直柾が問うてくる。


 そこでようやく雷牙が動くものの、もはや遅い。


 真空刃は既に目の前まで来ており、回避できたとしてもダメージは確実。


 試合を放棄しているとも取れる雷牙の行動に、皆が首をかしげていると、案の定、鮮血が舞った。


 見ると、雷牙の右上腕と右太ももの制服が裂け、傷口が覗いている。


 パックリと割れた傷口はそこだけ抉られたようになっており、止め処なく血液が溢れている。


『あーっとここで真空刃がヒットーッ!! それにしても綱源選手どうしたのでしょう。まったく動く様子がありませんでした!』


 実況も困惑しているようだ。


 当然だろう。


 視認は難しいと言っても、届くまでには距離があった。


 それをみすみす受けるなど、愚か者のすることだ。


 会場全体も「なぜ避けなかった?」と疑問を浮かべ、ざわつきはじめている。


 が、その空気を割るように雷牙が吼えた。


「いっっっっっってェェェーーーーー!!!!」


 突然の咆哮に皆がギョッとした。


 見ると、雷牙は腕を押さえ、左足でケンケンをしながらフィールドでのたうっている。


 直柾もポカンとしており、隙だらけにも関わらず追撃はしていない。


 一頻り「いてぇ」と騒いだ雷牙は立ち止まると、大きく深呼吸をしてから直柾を涙目になりながら見据えた。


「いてぇけど……まだ我慢できる痛みだ……ッ!!」


 目尻に浮かんだ涙を払い、額の汗を拭う。


 口元には笑みがあり、なにかを決意したかのようだ。


「てめぇ、何がしてぇんだ?」


 直柾が訝しげに問う。


 雷牙はそれに笑みを向けると、割れた上腕を覆うように手を当てる。


「いやまぁ、先輩の真空刃を生身で受けたらどんくらいいてぇのか気になったんで、受けてみただけっスよ」


「へぇ……それで、なにかいいことでもあったか?」


「そうっスね。さっきも言いましたけど、これくらいならまだなんとか我慢できそうだって思いました」


「ハハ、言ってくれるじゃねぇかよ」


 少しだけ直柾の纏う空気に怒りが混じった。


 とはいえ、雷牙の言い分も捉え方によっては侮辱に当たるので、当然といえば当然の反応だが。


「で? 我慢できたから、なんだってんだ?」


「それはこれから、見せますって……!」


 瞬間、雷牙の傷口が淡く発光し、数秒もたたぬうちに傷口がふさがり、再生した。


 目には見えないが、恐らく断たれた筋肉、血管、細胞の一つにいたるまで治癒したのだろう。


『出ました、綱源選手の得意技、治癒術です! 通常はあくまで自然治癒力を高め、回復を早めるだけのものですが、彼が扱うともはや()()()()レベルです!! さぁ、傷も癒えたところで試合も動き出すのでしょうか』


 実況の言うように、治癒術とは万能の回復技ではない。


 霊力によって人間が持っている自然治癒能力を活性化させ、体内の組織を癒していく。


 いわば応急手当のようなものであり、小さな傷でもない限り、はっきりとした回復は見込めない。 


 しかし、それはあくまで一般的な話だ。


 雷牙の場合は違う。


 一個人が持つ霊力の範疇を超えた、膨大な霊力の持ち主でもある彼が使う治癒術は、もはや応急処置ではなく、()()()()に等しい。


 まさに再生だ。


 しかも、再生にかかる時間は僅か数秒。


 本来ならあまり見向きもされない治癒術も、雷牙が使用することで、驚異的な技へと変貌している。


「さぁて、そんじゃあ――」


 雷牙が腰を落とす。


 霊力は既に足に回している。


 恐らく駆け出した時点で、真空刃が襲ってくるだろうが、そんなことは気にしない。


「――行きますよっとッ!!!!」


 ダン! とフィールドを蹴った。


 そのまま二度、三度と蹴り、直柾目掛けて真っ直ぐに距離をつめていく。


「なんのつもりか知らねぇが! 的になるってぇなら相手してやるよッ!!」


 雷牙を睨みつける直柾が鬼哭刀を一瞬で五回振るった。


 飛来してくるのは、五つの刃。


 僅かな空気の歪み、そして流れを感知し、雷牙はそれを回避――――しない。


 ただひたすら真っ直ぐに突き進む雷牙は明確な回避運動をおこさない。


 やがて一つ目の刃が胴を裂こうとするものの、雷牙は僅かに体をずらすだけ。


 必然、明確に回避していないことが影響して脇腹が抉られ、鮮血が舞う。


 続けて、太もも、上腕、肩、腹部と切り刻まれるものの、雷牙は止まらない。


 鮮血を撒き散らしながら最低限の回避で突き進んでいく。


「コイツ……まさか……!」


 直柾が何かに気がつく。


 雷牙はニヤリと笑みを浮かべた。


 これこそが雷牙の考えた対策だ。


 だがこんなことができるのは雷牙だけだろう。


 直柾と距離を空ければ立て続けに襲ってくる真空刃の対応が間に合わず、そのまま切り刻まれる。


 近づこうとしても真空刃に行く手を阻まれて、体力、霊力ともに消費するだけだ。


 そこで雷牙の考えた案はこうだ。


『致命傷以外の真空刃は最低限の動きで回避し、一直線に突き進む』。


 つまりは、大ダメージになりえない刃は体で受け、直柾との距離を一気に縮めようというものだ。


 当然、こんな無謀な戦法が成り立つわけがない。


 しかし雷牙の場合は成り立ってしまう。いいや、成り立たせてしまう。


 生来から持っている膨大な霊力と、そこから生み出される驚異的な治癒術によって。


『綱源選手の体の傷が次々に再生していきます! 駆ける速さも殆ど変わっていません!!』


 雷牙の傷口は発光し、最初に負った脇腹の傷など既に全快している。


 危険を冒しながらも、回復しながら突き進む。


 まさに雷牙にしかできない戦法である。


 やがて、直柾との距離をつめた雷牙は、振りかぶった鬼哭刀に霊力を纏わせる。


「チィッ!!」


 直柾が僅かに顔を歪ませ、舌打ちをするものの、雷牙は止まらない。


「ラァッッッッ!!!!」


 青い燐光を放つ兼定を、袈裟斬りの要領で振り下ろす。


 バチンッ! と何かがはねるような音と同時に、風の鎧と霊力を纏った刃が激突した。


 濃密な霊力同士が衝突することで、二人の間では大小さまざまなスパークが発生し、衝突の大きさを物語っていた。


 風の鎧に弾かれそうになりつつも、雷牙は兼定を持つ腕に力をこめると、吼える。


「ぶち……! ぬけ、ろォォォォォオオオォォオォォッッ!!!!」

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