3-5
準決勝第一試合、一年首席と生徒会長の壮絶な試合は、生徒会長、武蔵龍子の勝利で幕を閉じた。
そして現在、バトルフィールドは次の試合のための整備が行われている。
当然、観客席にいる生徒達にとっては暇なこの時間。
生徒達は口々に先程の試合の感想を口にしていた。
『やっぱり生徒会長は最強だなー』
『あったりまえでしょ。なんてったって五神戦刀祭の優勝者で、七英枝族の筆頭よ? ハクロウ本部からも召集がかかることもあるらしいし』
『あー、だからたまにいないのか……。けど、相手の痣櫛も粘ったよなぁ』
『それな。最初は互角に見えて、中盤からおされっぱなしだったけど、なんつーか最後まで覇気があった』
『でも変なことしてたよねー。自分で手首斬って水にあわせるとか、なに考えてたのかな』
『さぁなー。……つか、正直こんなこと言いたくはないけどよー。次の試合、正直あんま見るもんなくね?』
話題は変わって第二試合、雷牙と直柾の話になった。
『一年の方の綱源も強いのはわかるけど、相手が辻じゃあな。嬲られて終わりそうだ』
『わかるー。あんまし燃えなさそうだよね。痣櫛さんと会長の試合はなんか、手に汗握るって感じあったけど、次は退屈そう』
『でも、綱源だって生徒会メンバーを倒してるし、善戦はすんじゃねぇの?』
『どーだかなぁ。まぁあんま期待せずに見る感じにはなりそうだ』
瑞季と龍子の話題と比べるとかなり冷ややかな空気だった。
今アリーナにいる殆どの生徒は、瑞季と龍子の戦いをメインに置いているのだろう。
だから、残った雷牙の試合は所謂消化試合的な意味合いで取っているものが多い。
「ったく、好き勝手言ってくれちゃってさ……。ねぇレオノア――」
他の生徒達の意見に舞衣はやや唇を尖らせながらレオノアを見やるものの、彼女の表情は途端に引き攣った。
額に汗を滲ませる舞衣の視線の先にいたのは、黒いオーラのようなものを発しているレオノアだった。
髪は僅かに逆立ち、瞳には光が灯っていない。
「……どいつもこいつも雷牙さんのことを……百歩譲ってトーナメントに出場している方ならまだいいですけど、トーナメントに出られてない方たちは、雷牙さんよりも弱いの確定でしょうに、何様のつもりなんですかね……。死にたいんですかね? いや、これは私が殺すべきなんでしょうか? やっぱり殺すべきですよね?」
光の灯っていない瞳のまま、不穏なことを高速でブツブツ言っているレオノアは恐怖の対象でしかなかった。
しかし、なんとかそこから引っ張りあげるため、舞衣は大きなため息をついた。
「おーい、レオノアー帰ってきてー!」
耳元で言いながら軽くチョップをしてみる。
すると、先程まで発していた黒いオーラのようなものが消え、いつもの柔和な表情を浮かべたレオノアが彼女を見やる。
「はい? どうかしましたか? 舞衣さん」
「あー、よかった。戻ってきた。急に別世界にトリップするもんだからビックリしたよー」
「別世界に? なにを言っているんですか」
小さく微笑むレオノアであるが、その額には青筋が立っており、目元がしきりにピクピクしている。
どうやら完全には戻ってきていないようである。
「……うん、まぁこの際気にしないや」
「?」
舞衣の言ったことをあえてスルーしているのか、それとも素で気がついていないのか。
レオノアはコテンと首をかしげている。
とりあえず、再びあの世界へトリップさせまいと、舞衣は一度咳払いしてからレオノアに問う。
「えーっと、レオノア的には次の試合って――」
「――雷牙さんが勝ちます」
言い切るよりも早くレオノアが答えた。
ただ、それは周囲が雷牙のことを軽く見ているから、というわけではなさそうだ。
彼女の瞳には一切の動揺が見られない。
レオノアは信じているのだ。
次の試合、必ず雷牙が勝利すると。
決して周囲に対する意趣返しではない。
彼女は雷牙のことを信じ、見守っている。
許婚という枠からは外れてしまったレオノアであるものの、雷牙を思う気持ちは本物だ。
それはきっと、倒れた瑞季もそうだろう。
「……まったく、モテ男だねぇ……」
誰にも聞こえないような声で呟いた舞衣は、僅かに肩をすくめた。
これ以上レオノアになにか質問しても、野暮だと考えたのか、バトルフィールドを見やる。
フィールドの整備は殆ど終わっていたようで、ちょうどマイクのハウリングがアリーナに響いた。
『えー、皆さんお待たせいたしました! フィールドの整備、及び私の喉の整備も完了いたしましたので、これより準決勝第二試合を開始します!!』
実況の声にアリーナから歓声が上がった。
けれども、瑞季と龍子の時よりは少し小さめというか、おとなしめといった感じは否めない。
舞衣は内心で今に見ていろとほくそ笑む。
雷牙の試合は最初からギアが入るわけではないが、中盤から追い上げが凄まじい。
そこから雷牙の本領発揮である。
「……負けんじゃないわよ」
隣で雷牙の登場を今か今かと待ち望みにしているレオノアを見やった舞衣は、雷牙に少しだけプレッシャーをかけた。
アリーナの一角には特別観覧席というものがある。
多くは来賓が使用する個室で、今日も数名の来賓客が使用している。
その中の一つ、誰も使用していない観覧席では、龍子がソファに座っていた。
頬の傷は手当されていない。
傷自体は治癒術を使えばそれなりに早く治るが、思うことがあるのか手はつけていない。
撫でてみると鋭い痛みが奔る。
「会長が傷を負うなんて久しぶりですね」
ふと声をかけられ、振り返ると副会長である三咲が薄く笑みを浮かべていた。
「そうだねー。去年の五神戦刀祭以来かな?」
「恐らくは。……まさか、会長の防御を貫通するなんて、流石は痣櫛さん。というべきでしょうか」
「うん、あそこで回避したからバレたね」
肩をすくめた龍子は先程保健委員からもらっておいた組織接着シートを斬られた頬に貼り付ける。
ひんやりとしたシートの感覚が心地よい。
「治癒術は使わないんですか?」
「んー、まぁこれくらいならね。これ貼っとけば半日で組織はくっつくし。けど、痣櫛さんがアレだけ傷だらけだったから良かったけど、もしもまだ傷が浅い段階で気付かれてたら、傷は増えてただろうし、医療ポッドのお世話にもなってたかもね」
「そうですか……ところで会長、観覧席の無断使用は生徒会長といえど見過ごすことはできませんが?」
三咲の声音が少しだけ低くなった。
彼女の言うとおり、特別観覧席は本来、来賓に提供される部屋だ。
生徒でも使うことはできるが、許可なく使用することは認められていない。
「いいじゃん、ケチー」
プクッと子供っぽく頬を膨らませる龍子に対し、三咲が溜息をつく。
「ダメです。さぁ、見るのなら皆と同じ観客席にするか、場外モニターにしましょう」
「あーん、副会長のケダモノー」
「誰がケダモノですか! ホラ、行きますよ!」
グイッと腕を引っ張られ、ソファから引きはがされそうになるものの、ふとそこでアナウンスが入った。
どうやらバトルフィールドの整備が完了したようだ。
三咲の力が少しだけ抜けたことを感じ取った龍子は、スルリと抜け出すとソファに再び腰を下ろす。
「あ、会長!」
「いいじゃんいいじゃん。この一試合だけなんだから、副会長も観て行けば? よく見えるよ」
「……ハァ、困った人ですね」
やれやれと溜息を漏らす三咲であったが、結局は彼女も流され、バトルフィールドに視線を向けた。
その様子を確認した龍子は、僅かに口角をあげる。
――――さぁてどんな試合になるかな。
「……楽しませてね、雷牙くん」
「だぁっくしょいッ!!!!」
背筋にゾワッとする感覚を覚えた雷牙が盛大にくしゃみをした。
雷牙がいるのはバトルフィールドと控え室を繋ぐ通路だ。
「んー、誰か噂でもしてんのか?」
まぁこれから試合なのだから噂をしている可能性は十分ある。
しかしそんなことをいつまでも気にしてはいられない。
今もっとも気にするべきは試合相手のことだ。
辻直柾。
戦闘センスは生徒会の役員にも匹敵し、すでにライセンスも取得している。
疾風の属性も脅威であり、攻防どちらにおいても隙がない。
戦力差も経験差もあちらの方が上だ。
だが、それでも恐怖はない。
あるのは、純粋に勝利を掴むという信念と、闘いを楽しむことだけである。
すると、アリーナの方から歓声が上がった。
なんとなく瑞季と龍子の試合よりも小さかったが、歓声などどうでもいい。
今はただ、戦うのみだ。
『それでは第二試合、選手紹介と参りましょう!! 東ゲートより登場するのは、膨大な霊力を従え、並み居る強豪を打ち砕き、先日の試合では生徒会役員を一撃で屠ったダークホース! 相手が属性持ちだろうとなんだろうと関係なく、攻めの試合を展開するのは一年次席、綱源雷牙選手ッ!!!!』
薄暗い通路からアリーナに一歩踏み出す。
降ってくる歓声をその身に浴びながら、迷いなく歩みを進めていく。
瞳に写るのは、ただ一人。
『続いて西ゲート!! 実力自体はお墨付き! 操る疾風は全てを斬り裂く刃へと変化する!! 『斬刑之皇』の名の通り、今日も相手を八つ裂きにしてしまうのか!? いろいろ破綻しまくってる玖淨院きっての問題児! 三年生、辻直柾選手ッ!!!!』
実況の紹介のあと、雷牙の視線の先にあるゲートから直柾が現れた。
瞳はギラつき、口元から凶悪な雰囲気の犬歯が覗いている。
薄く笑みを浮かべた直柾の登場に、会場の一部からはブーイングが起きるものの、彼は気にも留めていない。
改めて対峙するとよくわかる。
彼が発する気配の鋭さに。
最初会った時は、瑞季、レオノア、雷牙へ分散されていたものが、今は雷牙一人に集約している。
今はまだチクチクと針で刺すような感覚だが、恐らく戦闘開始ともなればこの感覚は桁違いに跳ね上がるだろう。
やはり、今までの相手とは纏う雰囲気がかなり違う。
そして似ている。
純粋に闘争を望み、強者との戦いを望み、高みを臨むその姿は雷牙と酷似していた。
だからこそ、笑みが零れる。
これほどの強者と戦うことができるのだと思うと、興奮がおさまらない。
堪えようとしても限界だった。
徐々に口角が吊りあがっていく感じがしたが、構うものか。
握る拳に自然と力が入り、血潮が滾っていくのを感じる。
その様子に気がついたのか、直柾はどこかうれしげな表情を浮かべる。
「いいねぇ、綱源。肉食獣みてーにギラついた、いい目だ。やりがいがあるぜ」
「それはお互い様じゃないっスか? 先輩も似たような目ぇしてますよ」
「ハハッ! 違いねぇな。さて、楽しませろよ綱源。失望はさせてくれるなよ?」
「楽しませてやりますよ。ただし、アンタが立っていればの話ですけどね……!!」
互いに凶悪な笑みを浮かべ、挑発しあう光景ははっきりいって異常だった。
沸々と湧き上がってくる闘争心を押さえ込み、試合開始の合図を待つ。
やがてその臨界がやって来る。
『それでは、両名共に準備が整ったようなので、第二試合―――!』
柄を握る手に力がこもる。
笑みは強くなり、眼光はより鋭く光る。
『――開始ですッ!!!!』
戦闘狂同士の闘いの火蓋が切って落とされた。




