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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第三章 選抜されし者達
71/421

3-4

 腹部が熱を持っている。


 生暖かい湿り気はじわじわと制服を侵していく。


 血が流れている。


 瑞季は自身の置かれた状況に驚きつつも、すぐさま距離を取った。


 足を止めてはいけない。


 脳がしきりに警鐘をならしている。


 弾かれた虎鉄を水流を操作して掴み取ってから更に後退する。


 着地すると、腹部を刺されたような痛みが走った。


 僅かに表情をゆがめる瑞季の腹部には、直径五センチメートルほどの風穴が開いていた。


『痣櫛選手、ここに来て二度目の負傷です! しかし、その、今のはいったい何が起きたのでしょうか! 痣櫛選手の放った高圧水流が、まるで痣櫛選手自身を攻撃したような……』


 間違ってはいない。


 この傷は間違いなく瑞季が放った高圧水流によるものだ。


『ど、どうなってんだ!?』


『防御なんてまにあわなかったはずなのに……!』


 観客席からは困惑の声があがり始めていた。


 試合を撮影するカメラは常に二人を映し出すように設定されているものの、やはり完璧には映せていない場合もある。


 けれど、瑞季はあの一瞬、驚きつつも見ることが出来た。


 最初こそ、なにが起きたのかわからなかったが、距離を置いた今なら見えるものがある。


 龍子の周囲で何かが光を反射してキラキラと光っているのだ。


 形まではわからないが、数にして十個前後。


 思い出すのは、腹部を貫いた水流の軌道。


 龍子の体を貫くはずだったそれは、直前で軌道を変え、自らの腹部を刺し抉った。


 まるで()()()()()()のように、()()()()()()()のだ。


「その様子だと気がついたかな?」


 薄く笑みを浮かべた龍子がゆっくりと歩み寄ってくる。


 周囲には小石ほどの大きさの氷塊が複数浮かんでいた。


 しかし、その奥、龍子の体の近くでは光が未だに煌めいている。


 肩の傷の修復を後回しにして、腹部に霊力を集中させて治療を進めつつ、瑞季は龍子を見据えた。


「……私の考えが正しければ、ですが」


「言ってみて。多分当たってるよ」


 見透かすような視線を送ってくる龍子に、瑞季は一度喉をならしてから告げる。


「貴女は自身の周囲に、薄く透明な氷の壁を配置している。私の水流はそれに当たって軌道を変えられ、跳ね返ってきた。違いますか?」


「……ご名答。他の皆にも見えるように見やすくしようか」


 すると、彼女が右腕を突き出し、上に向けている掌に完全に透明で、目をよく凝らさなければ見えない氷が浮かび上がった。


「これがさっき瑞季さんの攻撃を防いだ正体。名前をつけるとするなら、氷霧(こおりぎり)かな」


 浮かんだ氷を砕いた彼女は、相変わらず笑みを浮かべている。


 観客席からは、どよめきやら驚愕の声が上がり始める。


『ま、マジかよ……!』


『極低温に加えて氷の反射壁って、クロスレンジもロングレンジもダメってことじゃない!』


『やっぱり、会長は格が違ぇ……』


『本当にバケモンじゃねぇかよ!』


『場内がどよめくのもわかります! 私もこの事実に驚いている最中です! 最初こそ互角のように見えた戦いが、こうも一方的なものになると、誰が予想できたでしょうか。突きつけられるのは、生徒会長、武蔵龍子の圧倒的な強さ! これが、五神戦刀祭優勝者の実力……!』


 実況はああいっているが、実際は皆わかっていた。


 生徒会長、武蔵龍子が負けるはずがないと。


 だが、それはあくまで皆の意見に過ぎない。


 瑞季は腹部の痛みを堪えながら立ち上がると、再び構えを取る。


 瞳に宿る闘志は消えていない。


 試合前に決断したのだ。


 たとえ実力の差を見せ付けられたとしても、自ら負けを認めて引き下がるようなことはしないと。


「……君だってそうするだろう」


 ふっと笑みを浮かべる瑞季の脳裏に浮かぶのは、雷牙の姿だった。


 雷牙がここに立っていたら、きっとこう言うだろう。


『面白い』と。


 だから、瑞季は笑う。


「降参は、しないみたいだね」


「当然です。この体が動く限り、私は戦います……!」


「フフ、なるほど。誰かからすごく影響を受けてるみたいだね。じゃあ、これは避けられるかな!」


 彼女が言った瞬間、展開していた氷塊の一つが放たれた。


 けれど、瑞季にではない。


 氷霧へ向けてだ。


 着弾した氷塊は、再び別の氷霧へ向け跳弾。そして再び跳弾と、これを幾度も繰り返していく。


 瑞季の背筋に悪寒が奔った。


 跳弾し続ける氷塊は、次第に速度が増している。


 あれは危険だと判断した時には、すでに体が回避運動を取っていた。


 足に霊力を集めその場から飛び退くと、今まで立っていた場所に驚異的な速度で放たれた氷塊が着弾した。


 見ると、バトルフィールドのコンクリートが深く抉られている。


 しかし、それに気を取られている暇は無い。


 視界の端で龍子が動いたのが見えた。


 すぐさま迎撃の構えを取ると、案の定、構えた虎鉄に、氷霜の刃が降って来た。


「いい反応! さぁ、まだまだやるよ!!」


「望むところ、ですッ!!」


 刀を弾き龍子へ向けて駆ける瑞季の顔には笑みがあった。


 この時、既に拮抗は破れていた。


 いや、最初から拮抗などしていなかったのかもしれない。


 だがそれがどうした。


 いまはただ、目の前の敵を打ち倒すことのみを考えるのみだ。






 龍子が氷霧を出した時から、試合は一方的なものへ変わった。


 放たれる氷塊はそれぞれが速度を変えて飛来し、瑞季の体力、精神力を着々と削っていく。


 そしてその隙を狙って龍子が的確に切り込んで行く。


 最初こそ回避と防御が出来ていた瑞季であるが、腹部と肩からの出血も相まって、次第に足運びが遅くなっていった。


 当然、龍子がそれを見逃すはずがなく、瑞季は立て続けに斬撃と氷塊を受けていた。


 致命的なダメージはなんとか避けているが、もはや限界は近くなっているだろう。


『当初こそ拮抗していた風に見えた試合ですが、今は生徒会長による一方的な試合となっています! あーっと! ここで痣櫛選手が被弾! 深くはないようですが、ひどく出血しています!!』


 フィールドには、多数の傷を負った瑞季が肩で息をしながら虎鉄を構えていた。


 正面には、いまだ小さな傷一つない龍子がいる。


 もはや試合の勝者はいうまでもなかった。


 本来なら、レフェリーによってこれ以上の試合は継続不能とされ、龍子の判定勝ちとなるはず。


 なぜならないのか。


 実際、レフェリーは何度も試合を止めようとしていたのだ。


 しかし、そのたびに瑞季は拒否を続けていた。


 試合のルール上、本人の意思が第一に尊重されるため、命に関わるような危険かつ重篤な状態でなければ、強制的に試合を終了させることはできない。


 とはいえ、レフェリーも命を預かっている身分であるため、これ以上の戦闘は認められないのか、実況になにやら伝えている。


『えー、ただ今入りました情報によりますと、次に痣櫛選手が武蔵選手の攻撃を受けた時点で、負傷や意識の有無に関わらず、強制的に試合が終了となります! これに関しては一切の変更はありませんので、そのつもりでお願いします!!』


 判定は当然ともいえるものだった。


 バトルフィールドのあちこちには瑞季の血が飛び散っている。


 瑞季の制服も真っ赤に染まっており、これ以上の戦闘続行が不可能というのは誰が見てもわかっていることだった。


「だそうだけど、瑞季さん。覚悟はできてる?」


「覚悟、ですか……。そんなもの――」


 瞬間、瑞季の腕に水が集まっていく。


「――最初から出来ているに決まっているでしょう」


 言い切ると同時に、集束した水から高圧水流が放たれた。


 効果がないのはわかっている。


 勝負を捨てていない瑞季の信念がこの行動をおこさせた。


『痣櫛選手が攻撃! しかし、水流は氷の壁によって反射されるはずですが……!』


 実況の声に皆が反射されて終わりだと思っていた。


 しかし、龍子の行動は意外なものだった。

 

「おっと、危ない」


 放たれた水流を回避したのだ。


『武蔵選手、意外にも水流を回避しました! 反射する必要もないということでしょうか!?』


『まぁあんな状態の一年じゃあ全力出してもしょうがねぇだろうしな』


『もう何しても倒れちゃいそうだもんね』


『さすがにもう決まりだな』


 場内全体も龍子の回避行動をあくまで彼女の自信からくるものだと思っているようで、特に気に留めるものはいなかった。


 だが、ただ一人、瑞季だけは違和感を覚えていた。


 ――――なぜ、避けた?


 避ける必要などなかったはず。


 回避しないにしても、彼女からすれば動く必要なく凍結させることができははずだ。


 なのに彼女は回避した。


 自信から来る物なら、それはそれで頷けるが、果たして彼女がそんなことをするだろうか。


 彼女の性格からしてその可能性は低いだろう。


 おちゃらけた風であっても勝負事に関しては全力を尽くすはずだ。


 だから、恐らく彼女の回避運動もなにか意味があると考えていい。


「一体、なぜ……」


 思考を走らせる瑞季であるが、ふと彼女は自身の水に血液が混じっているのを見た。


 ふと、瑞季の中で一つの仮説が立てられる。


「まさか……いや、考えている暇は無い……!」


 仮説が間違っていたとしても、やる価値はあると確信した瑞季は、自身の手首を切り裂いた。


 突然行われた自傷行為に、会場全体がどよめいた。


『な、なんと痣櫛選手、自らの腕を斬りました!! いったいどうしたというのでしょう!?』


 ぼたぼたと激しく流血する腕をだらりと下げ、足元に集めた水流に血を溜めて行く。


 異常な行動に皆理解が及んでいないようだが、瑞季は視線の先にいる龍子から笑みが消えたのを見た。


 これが果たして正解かどうかまではわからない。


 大量に流血していることもあってか、意識も若干朦朧とし始めている。


 だから、これからやることは唯一つ。


 己が今出せる全力を、目の前にいる相手に叩き込むことのみ。


 大きく息を吸い込み、それを吐き出す。


 足元に溜めた血が混じった真っ赤な水を虎鉄に纏わせ、鞘に納める。


 そのまま抜刀術の姿勢に移行した瑞季は瞳を閉じた。


 鋭利な殺気は真っ直ぐに龍子を捉えている。


 それに答え、龍子も氷霜を構えた。


 両者から発せられる濃密な殺気にあてられてか、会場全体がシンと静まる。


 勝負は一瞬、交錯も一瞬で決まる。


 抜刀術の態勢で止まっている瑞季が何度目かになる深呼吸をした瞬間、鯉口から零れ出た血水の雫がフィールドに落下した。


 同時に、瑞季が動いた。


 抉れるほどの力でフィールドを蹴る。


 空気を斬り裂きながら龍子へと肉薄し、渾身の一刀を放つ。




「――痣櫛流殺鬼術――五之刃――『曼珠沙華』――!!!!」




 緋色の水流を纏いながら放たれた一閃は、的確に龍子を捉えていたはずだった。


 しかし、剣閃が迸るとほぼ同時に、冷淡な龍子の声が届く。




「――氷華――一閃――」




 次の瞬間、龍子は瑞季の背後に現れた。


 どちらも刀を振り切った状態で静止しているが、白い息を吐いた龍子が最初に動き出し、場外にそびえていた氷から鞘を弾き出す。


 手元に戻ってきた鞘に、氷霜を納めると同時に、瑞季が鮮血を吹いた。


 そのまま倒れこむ瑞季であるが、彼女は倒れる直前に龍子の方を見やる。


 笑みはなく、真剣な眼差しで瑞季を見やる龍子の頬には、真新しい傷が出来上がっている。


 薄れていく意識の中で、瑞季は僅かに笑みを浮かべる。


 ――――あぁ、間違っては、いなかった、か。


 満足げな表情を浮かべ、彼女は重力に身を任せて力なく倒れこんだ。




 倒れこんだ瑞季にレフェリーが駆け寄り、腕を交差する。


『試合、終了ーッ!!!! 準決勝第一試合を制したのは、われ等が生徒会長、武蔵龍子選手です!!!! 痣櫛選手も一年生ながら見事な立ち回りでしたが、やはり五神戦刀祭優勝者には届きませんでした!! しかし、素晴しい試合でした!』


 実況の声に続いて観客席から拍手が上がる。


 バトルフィールドに倒れこむ瑞季は、すぐさま保険委員によってポッドに運び込まれる。


 その姿を見やりながら、龍子は頬に出来た傷を指の腹で撫でた。


「――お見事、瑞季さん」


 賞賛の声を送った龍子は、拍手や声援にこたえながらバトルフィールドを後にした。






 試合中継を見ていた雷牙は控え室でゴクリと生唾を飲み込んだ。


 瑞季は負けてしまったが、ハイレベルな闘いに、雷牙の胸は高鳴っている。


「……やっぱすげぇな。あの二人……」


 グッと胸のあたりで拳を握った雷牙は、大きく深呼吸をしてから愛刀兼定に手をかけた。


 次は自分の番だ。


 負けるつもりはない。


 どんなに泥臭くとも、華が無かったとしても、必ず勝ってみせる。


 雷牙は自身の対戦相手、直柾を見据えるのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  会長の能力がまんまギアッチョですね笑。もしやジョジョファンですか?
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