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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第三章 選抜されし者達
70/421

3-3

 龍子の表情を確認した瞬間、彼女の姿が消えた。


 瑞季は全身を強張らせる。


 反射的に防御の構えを取った瞬間。


 冷気を伴う風が僅かに頬を撫でたかと思うと、長大な鬼哭刀、氷霜を振りかぶった龍子が現れた。


「っ!」


 攻めにくるのはわかっていた。


 だが、あまりにも早過ぎる。


 ギリギリで刃を受け止めるものの、その重さたるや先程の比ではない。


「う、くッ!!」


 足に霊力を集中させ、なんとか押し留まると、そのまま靴裏から高圧水流を爆発させて大きく後退する。


 退避しながら、額から伝ってきた汗を拭う。


 あの一瞬。


 ほんの少しでも反応が遅れていたら、今頃勝負は決まっていただろう。


 強くなるため研鑽を積んでいる瑞季の動体視力でさせ、捉えることが難しかった。


 だがそこが不可解なのだ。


 龍子の試合を何度も見て研究していたが、あそこまで早く移動したことは無かった。


 捉えられない速さではなかった。


 冷静で迅速な判断ができたはずだ。


 なのに、この状況はとても冷静で迅速とは言えない。


 まさか試合中にぼーっとしていたわけでもあるまい。


 速さに目がなれていなかっただけかもしれないと、一度呼吸を落ち着かせて着地する。


 瞬間、再び龍子が眼前に現れた。


「な、に……!?」


 息を詰まらせ、掠れた声がもれ出る。


 龍子から目線などまったく離していない。


 そればかりか、瞬きの一つすらしていないのに、()()()()()()


 だが、今彼女がやろうとしていることはわかる。


 刺突の構え。


 瑞季はただがむしゃらに防御する。


 足元から水を断続的に吹き上がらせ、少しでも速度を落とそうとした。


 それすらも、龍子は許してはくれなかった。


 一枚目の水の防壁は出現した瞬間に凍結し、瓦解。


 二枚目、三枚目は多少凍った程度だったが、吹き上がる力がなくなったばかりか、速度を殺すことすら叶わない。


 なんとか虎鉄で防御に入るものの、刃を滑る氷の刃を完全に防ぐことはできず、左の肩口を掠めていく。


 鋭い痛みが走るものの、それだけでは終わらない。


 刺突の勢いがあったためか、瑞季は衝撃波で後方に吹き飛ばされた。


「これ、しき……!!!!」


 空中で態勢を立て直しつつ、自身の背後に水のクッションを作り出してスピードを殺しつつ、水の噴射でなんとか着地する。


 その間も決して視線を龍子からははずさない。


 彼女は数十メートル先にいる。


 まだ動いてはいない。


 肩口に手をやると、ヒリつく痛みと共に、生暖かい血が流れ出ている。


『痣櫛選手、左肩から出血しています! やはりさきほどの刺突、完全に回避することができていなかったようです!! それにしても驚くべきは生徒会長のスピードです! まるで()()()()したかのような速さでした!!』


 瞬間移動。


 信じたくはないが、その表現は正しいといえる。


 瑞季の目を持ってしても動きが殆ど見えないのだ。


 微かにわかるのは、彼女が現れる直前、なにかのモーションを取っているということだけ。


 例えば龍子の属性が雷電だった場合ならあの速さも納得がいく。


 雷電は、霊力による身体強化の上から雷電による強化を上書きすることで、それこそ瞬間移動並みの速度を発生させる者もいる。


 だが、彼女の属性は氷結。


 番外属性という稀有な力であったとしても、雷電のような動きは難しいはずだ。


 ――――どうなっている。


 傷口に治癒術を施しながら、数十メートル先で悠然と佇む龍子を見やる。


 口元に笑みはなく、射抜くような視線でこちらを見据えている。


 鬼哭刀から洩れ出ているのは相当強い冷気なのか、白い靄が彼女の体を包むように展開している。


 冷気が落ちるバトルフィールドは凍って――。


「――足元が、()()()()()……?」 


 ふと、瑞季は龍子の足元が凍っているのが見えた。


 決して厚い氷が張っているわけはないが、確かにうっすらと凍っている。


 龍子の挙動から一切目をはなさず、ついさっき交錯した時のことを思い起こす。


 あの時、水の防壁の一枚目はかなり龍子に近かった。


 防壁は出現したと同時に氷、瓦解していったことを覚えている。


 二枚目、三枚目は表面こそ凍ったものの、完全に凍結はしていなかった。


 つまり、彼女に近いもののほうが強く凍ったことになる。


 至極当然のことかもしれないが、試してみる価値はあるかもしれない。


 三度、龍子の姿が消えた。


 けれど、今度は落ち着いて対処する。


 目が慣れたというわけではない。


 だが、濃厚でありながら洗練された剣気を辿るのは簡単だ。


 直感的に背後に刀を構えると、一拍おいてキィンという金属音が響く。


 そのまま密着はせず、一息で刀を弾き返すと振り返りながら球状の水弾を放つ。


 射出した水弾は四つ。


 一つ目と二つ目は氷刃が触れた瞬間、凍てつきながら両断されたが、続く三つ目と四つ目は龍子の体へ飛来する。


 けれど、水弾は龍子の体数十センチ手前で停止すると、そのまま氷の玉となって地面に落下した。


 そしてその地面は、凍っている。


 やはり、と瑞季は理解した。


 薄く笑みを浮かべながら足に力をこめると、体全体に霊力で膜を作って龍子に肉薄する。


 氷霜と虎鉄が激突し、快音が響く。


 放たれる斬撃を受け止め、流しつつ、攻撃の手は緩めない。


 先程までとは別の近接での剣戟の応酬。


 息つく暇なく放ち、放たれる剣閃は、激しさを増していく。


 数にして二十以上、互いの刀をぶつけたとき、瑞季の方がその場から飛び退いた。


 視線を一瞬だけ虎鉄に向けると、刀身には氷が付着している。


 それだけではなく、制服や靴の一部にも氷が付着しているようだ。


 いや、この場合は付着というよりも凍っていると言った方が正しいか。


 瑞季は確信した。


 龍子の速さの正体を。


「ようやく納得がいきました。武蔵会長、貴女の速さに」


「……へぇ。聞かせてくれる?」


 意外にも龍子は戦闘態勢を解いていつもの笑みに戻って首を傾げてきた。


「貴女の速さの正体は、靴底に発生させた氷のブレード。そして、貴女自身から発生している極低温の冷気です」


 切先を突きつけて言うと、龍子は僅かに目を見開き面白そうに口角を上げた。


「無論、それだけであの超スピードはありえない。しかし、貴女自身の身体強化と、氷結の力が合わさればそれも可能でしょう」


「なるほどね……。うん、まぁ正解。いつ頃気がついたのかな?」


「……きっかけになったのは、貴女の()()()()()()()()こと。そして、()()()()()()()()()()が尋常ではなかったことです」


 最初は鬼哭刀から洩れ出る冷気の影響で自然に凍っているものだと思っていた。


 だが、水の防壁は、アレだけ冷気を放っている鬼哭刀よりも、彼女の体に近いものが凍っていた。


 ここから導き出した答えは一つ。


 鬼哭刀の冷気よりも、彼女自身がさらに低温の冷気をまとっているのではないか。ということだ。


「鬼哭刀の冷気は、貴女の体から発している冷気を隠すためのカムフラージュ。あえて大仰に冷気を発することで、自然と鬼哭刀に視線を誘導していた。足のブレードも、気付かない程度まで細く、薄くされた氷でしょう。しかも、極低温を纏うことで、足元のみを凍らせ、氷の道を作る必要も無いというわけです」


「じゃあ、さっきの水弾と近接攻撃は、その仮説を確信にするためだったってわけだね」


「ええ。ただ、近接攻撃は賭けでした。霊力で保護膜を作っていなければ、私自身が極低温で凍らされていたはずですから。しかしおかげで、瞬間移動なんて代物ではないことが証明できました」


「うんうん、すくない情報からよくそこまで突き詰めたね。それを評してカラクリを見せてあげるよ」


 龍子は靴底を見せる。


 靴底には一筋の細く薄い氷のブレードがあった。


 全体重を支えられるようには思えないが、霊力で出来ていることを考えれば、硬さなどいくらでも調節ができるのだろう。


『つ、つまり、武蔵選手は、霊力で身体強化をしつつ、スケートをしながら戦っていたということでしょうか!?』


 実況の問いに答えるためか、龍子が一度頷いた。


 会場全体がざわつくものの、瑞季は決して視線をそらさない。


 あの高速移動のタネは明かしたものの、あの動きに完璧に対応できるかと問われれば難しいからだ。


 今はまだ、一度の移動だけだからついて行けているが、アレが二度、三度……と連続して行われれば、全てに対応できるかわからない。


「さて、タネは割れちゃったけど、まだまだ行くよ? 覚悟はいい――」


 瞬間、瑞季は駆け出していた。


 龍子が言い終えるよりも早く、彼女の態勢が完全に整うよりももっと早く。


 多少卑怯かもしれないと、自身を責めてみるものの、こうまでしなくては勝てる見込みがないのも事実だ。


 先程のように霊力の保護膜を纏い、彼女に肉薄する。


「おぉ、威勢がいいね! あの移動法は厄介だもんね。瑞季さんの行動も十分理解できる」


「簡単に防いでおいてよくいいますね……!」


 準備が整うよりも早く切り込んだというのに、涼しい顔で受け止められた。


 保護膜を突き抜け、冷たさが伝わってくる。


 瑞季は立て続けに剣閃を走らせた。


 やはり、肉薄した状態での鍔迫り合いは危険だ。


 態勢が固まってしまうと、その隙に体温と体の自由を奪われかねない。


「確かに常に動いていた方がいいよ。だって極低温だもん。保護膜作ってなかったら、凍るのなんて一瞬だからね」


 笑みを浮かべた龍子に剣閃を受け流され、瑞季は僅かに後退した。


 白い息をはく瑞季の体には、保護膜を貫通した氷が付着している。


 髪の末端は凍りつき、指先や鼻先は僅かに赤い。


「けどどうする? 高速移動のタネは明かしたけど、果たしてこの極低温を突破して攻撃を当てることができるかな?」


「どうですかね。ですが、そんなことやってみなければわからないでしょう!」


 望むところだといわんばかりに、瑞季は再び切り込んでいく。


『痣櫛選手が攻め立てて行きます! 果たして本当に極低温を突破することができるのでしょうか!』


 龍子が纏う極低温のベールとも言うべき存在は確かに脅威だ。


 しかし、それも万能であるはずがない。


 必ずどこかに突破口がある。


 そこを見つけ出して勝利を掴むまで、倒れるわけには行かない。


「――痣櫛流(あざくしりゅう)殺鬼術(さっきじゅつ)四之刃(よんのじん)――『香散見草(かざみくさ)』――!!!!」


 肉薄した状態で、目にも留まらぬ速さで放たれる連続の剣閃。


 しかし、剣閃は全て弾かれる。


「くっ! ならば――」


「――ここでの大技は悪手だね」


 忠告するようなこえに背筋に悪寒が走る。


 途端、瑞季の手から虎鉄が弾かれ中へ飛ばされた。


「しまっ……!!」


「遅い」


 落ち着いた声の後、冷気を発する氷霜の煌めく刃を見た。


 大技をはなってしまったことも災いしたのか、回避することも間に合わず、その刃は瑞季の首もとから腹部にかけてを一気に斬りさいた。


『武蔵選手の一撃が深く入りました! これは痣櫛選手、試合続行は不可能……いえ、これは――!』


 実況が声を詰まらせた。


 深く入った刃によって鮮血が舞うと誰もが思っていた。


 しかし、中に舞ったのは鮮血ではなく、透明な水。


 龍子が斬ったのは、瑞季がギリギリで作り出した水の人形。


 刀が入る直前に全身を水で覆い、瑞季本人は別の場所へ脱し、窮地を逃れたのだ。


 そして瑞季の姿はというと。


「……」


 龍子の背後にあった。


 水の人形を作った瞬間、体を水流に乗せて龍子の背後へ回り込んだのだ。


 彼女の人差し指には、小さな水球が留まっている。


 龍子が振り向くものの、もう遅い。


 既に射程圏内だ。


「たとえ水を凍らせたとしてもこれだけ近くならば、凍らせる暇はないでしょう!!」


 どれだけ凍結力があったとしても、完全凍結までには僅かに時間がかかるはず。


 それだけあれば高圧水流が彼女の体を貫くことなどたやすい。


 一呼吸の後に集束させ、圧縮した水の弾丸を龍子の背中に目掛けて放つ。


 避けられるはずがない。


 誰もが入ったと思った。


 瑞季自身、確かな手ごたえを感じていた。


 甲高い音と共に放たれた水は、龍子を貫通する。



 今度こそついに鮮血が宙を舞う。



 数滴の血がバトルフィールドを濡らしていく。


 だが、それは龍子の血液ではなかった。


『こ、これは一体……!?』


 実況が驚くのも無理はない。


 あれだけ近い状態で、放たれたにも関わらず、龍子はまるで無傷だ。


 血を滴らせているのは、水流を放ったはずの瑞季の方だったのだから。


「なに、が……!?」


 放ったはずの瑞季自身も状況を理解できずにいたようだった。


 困惑する彼女の傍らでは、薄く笑みを浮かべた龍子が悠然と佇んでいる。

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