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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第一章 鬼と刃
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1-6

 幼少の頃から師匠によく言われていたことがある。


『お前は本当に母親によく似ておる』


 最初は顔立ちとか、雰囲気とかが似ているものだとばかり思っていたが、師匠が『似ている』と言ったのは、それ以外のことだった。


『お前の母、光凛もよく笑ったものよ。特に強者との戦いではな』


 強者追求。


 師匠が雷牙と光凛が似ていると言ったのはこれだった。


 強い相手との戦いにおいて、気分が高揚し、自然と笑みが零れる。


 綱源雷牙が母、綱源光凛から受け継いだもの。


 最も的確に、より端的に現すとすれば、この言葉が当てはまるだろう。


『戦闘狂』。


 無論、雷牙も光凛も常に闘いを望んでいるわけではない。基本的には平穏が一番であると考えている。


 しかし、ひとたび強者との戦闘が始まれば別の話。


 相手が強ければ強いほど、笑みはより強くなる。


 故に、今この状況でも、雷牙の口元には笑みがある。


 痣櫛瑞季が見せた、水圧による斬撃。一年生としては異例とも言える属性覚醒。


 覚醒に至っていない者からすれば、この闘いに絶望することもあるだろう。


 だが、雷牙に絶望はない。あるのは強者と戦えることへの高揚感と、喜びに近いなにか。


 視線の先で瑞季の姿が消える。正確には消えたのではなく、消えたように見えるほどの速度で移動しているだけ。


 この戦闘の中で幾度も見たあの動きに、雷牙も既に慣れた。


 瞬間的に振り向いた雷牙の前には今まさに刀を振り抜かんとする瑞季の姿があった。


 姿が見えたのだからやることは簡単である。刀が振られる前に止めればいいだけだ。


 ギィン! という激しい金属音が響き、雷牙の鬼哭刀からは霊力の青白い燐光が散り、瑞季の鬼哭刀からは纏っていた水が弾ける。


「やっぱりな」


 刀を受け止めると同時に、水圧による斬撃のカラクリがなんとなく理解できたのか、口元を不敵に歪ませる。


「水圧の斬撃は、完全に振りぬかないと出来ない。当たりだろ?」


「……どうだろうな。意図的にやらなかっただけかもしれないぞ」


「いいや、それはない。仮に出来たとして、お前がこんな絶好のチャンスを見逃すはずはねぇ。刀がぶつかる一瞬でも水流を発生させられるなら、俺を弾き飛ばしてそのまま追撃で勝負をつけられたはずだ」


 そうだ。仮に瑞季がどんな状態からでもあの斬撃を放てるのであれば、今の一瞬で勝負は決まっていた。


 なのにそれをしなかったということは、できないと考えるのが妥当なのだ。


 瑞季も図星だったのか、顔を僅かに伏せる。


 ――――今だッ!


 一瞬、僅かに瑞季の力が緩んだ。すぐさま攻勢に転じようとする雷牙。


 刀を弾くため、力をグッと込める――。


「え……?」


 感じたのは浮遊感。煌々と照らされている照明が近い。


 実際に空中に打ち上げられていると理解するのはそう長くかからなかった。


 なにが起きたのかさっぱりわからない。確かに自分は攻勢に転じようとしたはずだと、先ほどの行動を思い返す。


 頭のなかがパニックになりかけるものの、何とかそれを落ち着かせ、態勢を立て直しつつ、フィールドに着地する。


 顔を上げると、瑞季は特に大きな動きはとっていない。こちらを冷静に見据えているだけだ。


「何を……ウッ!?」


 何をしたという問いは、急速にせり上がって来た嘔吐感に妨害された。


「ウ、ゲェェェッ!!?」


 耐え切れず、胃の中に納まっていたものをぶちまける。同時に襲ってきたのは、腹部、臍よりもやや上よりの鳩尾に走る鈍痛。


 嘔吐が終わり、僅かに苦しげな表情を浮かべる雷牙は瑞季を見やる。彼女は、変わらずこちらを見据えているが、彼女の背後で何かが煌めいたかと思うと、謎の物体が飛来してきた。


 間一髪それに気付くことができ、転がるようにして避けると、物体は雷牙がいた場所に着弾。


 着弾した後にはなにもなかったが、僅かにヒビが入ったフィールドは濡れていた。


 そこでようやく理解した。先ほど、自分に浮遊感を与えたものの正体を。


「瑞季、お前水を弾丸にしたな……!」


「正解だ。発生させた水を、お前の鳩尾に叩き込んだ。攻勢に転じる瞬間を狙わせてもらったよ」


「えっぐいことしやがって。でも、俺も気ぃ抜いたな」


 彼女の周囲には、拳ほどの大きさの水球が複数浮かんでいる。


 最初に水を発生させた時点で、ああいう攻撃をしてくると予想はできた。けれど、それを怠った。


 腹部への一撃は、攻撃を予測していなかったため、かなり深い。


 けれど、口元にはまだ笑みが浮かぶ。


「降参はしてくれないか?」


「降参? 冗談言うなって。こんなに楽しいこと途中で終わりにゃできないっつの」


 たとえダメージを受けようとも、相変わらず笑みは崩れない。


 今の雷牙の心は、この戦闘をとことん楽しむという感情が支配している。途中で降参という選択はするわけがなかった。


『おいおい、アイツまだやる気かよ』


『これ以上やったら本当に死んじゃうんじゃ……』


『先生達も止めねぇのかよ。マジ止めた方がいいって』


 苦しげな雷牙の姿を見て観客は皆、彼の身を案じる言葉を漏らす。


 教員たちはまだ止めには入らない。そもそも教員の殆どは元刀狩者や、現役の刀狩者だ。彼らからすればこのようなダメージまだ止めに入るレベルではないのだろう。


 というか、腕が千切れ飛ぼうが、足がなくなる程度では止めに入らないはずだ。


 医療も急速に発展した現在では、四肢の欠損など医療用ポッドにぶち込んでおけば、ある程度の時間で再生する。

 

「やはり降参はしないか。……ならば、私も全霊を持って答えなければならないな!」


 瑞季の身体から霊力があふれ出す。


 直感的に雷牙は理解した。


 彼女は次で決めに入ると。


 であればこちらがすることもただ一つ。


 轟ッ!! と雷牙の身体から膨大な霊力が溢れ、アリーナを嵐のように吹き荒れる。


「やはり君も全力ではなかったということか」


「まさか、最初っから全力だったぜ。これは本当に最後、奥の手で使うつもりだった。つかお前だって隠してたんだからおあいこだろうよ」


 吹き荒れる霊力の影響か、雷牙の髪が僅かに逆立つ。


 二人はどちらかともなく構えを取る。双方、自身の最大の力が発揮できる態勢である。


 少女の刀身は、水流を帯びる。


 少年の刀身は、霊力に妬かれる。


 ダンッ! とフィールドを蹴った衝撃がアリーナ全体を揺らす。


 動いたのは雷牙だった。瑞季との距離は約四十メートル。強化された身体能力ならば僅かな時間で距離を詰められる。


 対する瑞季は、構えを崩さないが、彼女の周囲に浮かんでいた水が連続して発射される。


 雷牙はそれを避けない。水弾は一つは真っ直ぐに飛来し、やがて雷牙の顔面に着弾――。


 することはなかった。


 水弾は直撃する瞬間に雷牙の莫大な霊力に負け、空気中に霧散したのだ。


 けれど全てが掻き消えたわけではない。生き残った水弾は雷牙の腕や足を抉る。それでも彼はスピードを緩めない。


「オオォォォッ!!!!」


 獣の咆哮とも取れる雄叫びを上げながら疾走する様は、まさしく突進。自身の身体へのダメージなど一切考えず、目の前の相手を叩き潰すことのみに集中した疾駆。


 身体にダメージを追いながらも、刀が届く距離に到達した雷牙。


 振りかぶっていた刀をスピードをそのまま乗せて瑞季に振り下ろす――ことは叶わなかった。


 雷牙が刀を振るよりもコンマ数秒、瑞季の方が速かったのだ。


 身体に走ったのは、鋭利な痛み。


 水流の刃が肩口から縦に入っていた。


「ぎぃッ!!!?」


 痛みに顔を歪ませながらも、雷牙はまだ進もうと足を踏み出そうとする。


 だが、鋭利な刃は彼の前進を決して許さず、雷牙の身体を弾き飛ばした。


 大きく後ろに弾きとばされる中、彼の傷口からは鮮血が舞う。


 悲鳴が観客席から上がる。同時に、進行役の教員の慌てが混じった宣言が響く。


『勝者、痣櫛瑞季!! 大至急、医療ポッドを!!』


 雷牙の耳にもそれは届いていたが、出血の影響か意識が朦朧とし始める。


 腕や足に力が入らず、立ち上がることすらできないなかで「雷牙!」という瑞季の声が聞えた。


 ――――やっぱりつえーなぁ……。


 あと一歩で勝てた。などと甘いことは考えない。完敗である。


 一瞬彼女を上回ったかもしれないと思ったが、瑞季が最後に見せたあの一閃は、今までのどれよりも迅かった。


「けど、悔いはねぇ、かな」


 満足げな笑みを浮かべる雷牙はアリーナの天井を見上げる。すると、それを遮るように瑞季の顔がニュッと現れた。


「雷牙、すまない! 最後の一撃、調整が効かずに打ってしまった。こんな深い傷を負わせる気はなかったのだが……!」


 心配そうな顔で覗き込んでくる瑞季の目尻には涙が浮かんでいた。


「気に、すんなって。試合とはいえ刀狩者見習い同士の闘いだ。こうなることだってある」


「いや、しかし!」


「くどいって。それよりもちょっと起してくれるか?」


 少し腑に落ちなさそうな瑞季に上体を起してもらうと、ほぼ同時に女性教員が医療ポッドを運んできた。


「綱源くん、立てますか!」


「あーどうも先生。けど大丈夫っス」


「いやその傷で大丈夫ってことは……」


「そうだ、雷牙。すぐにポッドに……」


「だぁから大丈夫だって」


 二人でポッドに入れようとしてくるのを振り払い、雷牙は傷口に意識を集中させる。


 幸い内臓までは達していない。これならば行けると、自信の霊力を内側と外側から包み込むように展開する。


 やがて霊力は青色の光を帯びて傷口を覆う。


 様子を覗き込んでいた教員と瑞季がそれぞれ息をのむ。


 光の中では、雷牙の傷口が急速な治癒を始めていたのだ。切断された組織は、互いを引き合うように再生し、見る見るうちに塞がっていく。


 完全にふさがるまでには三分もかからなかった。


 全ての治癒が完了すると、雷牙は「よしッ」と言って先ほどまでの傷が嘘のように、身軽に立ち上がった。


「まぁこんなもんか。ん? どうかしたか?」


 グイングインと身体を伸ばしたり曲げたりと、深い傷があったことなど微塵も感じさせない動きでストレッチをしながら、眼を点にしている二人に問う。


「つ、綱源くん、それは治癒術。ですよね?」 

 

「そうっすよ。師匠が覚えて損はないって言うんで覚えました」


 治癒術とは、刀狩者が霊力を用いて自身の自然回復能力を底上げして傷などの治りを促進させるものだ。


 しかし、本来あれほど傷があんな短時間で回復するものではない。


「治癒術はもっとこうゆっくり治っていくイメージがあるのだが」


「そうなのか? いやでもホラ、こうして全快してるし。ようは気の持ちようだって」


「気の持ちようでどうこうなる問題じゃない! どういう原理なんだそれ!」


「さぁ? 俺もよくわかんね」


 ハハハ、と笑う雷牙の傷口は本当に回復しており、傷があったことなどまったくわからないほどだ。


「とりあえず、傷は問題なさそうですが、綱源くんは後で保健室へ行ってください。破れた制服もあとで支給します」


 驚いた様子が未だに隠し切れていない女性教員はそれだけ言うと、ポッドを片付ける。


「そういや勝ったのはお前でいいんだろ?」


「あ、ああ。そのようだが」


「だったらそんなしょぼくれてないで、どーんと胸張って立ってろよ。そんじゃあ、またな」


 バシンと瑞季の背中を叩くと、雷牙は満足げに観客席へ戻っていく。


『ナイスファイト、綱源ー!』


『負けちゃったけど、かっこよかったよー!』


『怪我ホントに大丈夫かー?』


 途中、観客席の新入生の仲間達に声をかけられ、「おー大丈夫だー」などと答えていると、進行役の教員の慌てた様子の咳払いが響いた。


『つ、綱源くん、痣櫛さん、ありがとうございました。続いて閉会の儀に移ります。新入生はそのままお待ちください』


 とは言っていたものの、あれほど激しい戦闘を見せられた後で新入生が静かになるわけがなく、入学式の閉会はざわついた中で行われた。





 入学式も終わり、新一年生達が入寮の手続きへ向かうアリーナの観客席の最上段では、玖浄院の制服を着た二つの影があった。


「今年の一年生。大丈夫でしょうか」


「なにが?」


 声はどちらも女性のものだった。


「いえ、あれだけの戦闘を見せられてしまって、中には自信をなくした生徒もいるのではないかと」


「うーん、どうだろうねぇ。もしかしたらそういう子もいるかもだけど、寧ろいい刺激になったんじゃない? 同じ一年生でもあれだけ出来るなら自分でも! って感じた子もいると思うよ」


「だと良いんですが……」


「はいはい、一年生の心配は置いといて、私達は私達の心配をしましょうねー。今年はいろいろ控えてるし、休んでる暇はないよ。副会長ー」


 カラカラと笑った少女は『副会長』と呼んだ少女を置いて観客席を後にする。


「ちょ、待ってください! 会長!!」






 怒涛の勢いで駆け抜けた一日が終わり、夜になった頃。


 雷牙は自分に割り当てられた寮の部屋のベランダからぼんやりと外を眺めていた。 


 玖浄院の広大な敷地には各学年別の学生寮がある。無論、男女は別である。


 以前、男女を一緒の部屋にしてみてもいいのでは? という案もあったらしいが、思春期の男子と女子の成育に妥当でないとして却下されたらしい。


 男子寮、女子寮の行き来自体はきつく制限はされていないが、男子が女子寮に入るのは結構勇気がいるとのことだ。

 

「師匠。アンタの言うとおりだったよ。学生でも強い奴がいた。もしかすると、他にもいるかもしれねぇ」


 自嘲気味に呟く雷牙は、瑞季との戦闘を思い出す。同じ学年であるにも関わらずあの力量、恐らく雷牙以上の研鑽を積んだに違いない。


「負けてらんねぇな。俺ももっと力をつける。そして絶対に、母さんも超えて、師匠も超える刀狩者になってやる」


 雷牙は拳を握り締め、更なる力を身につけることを誓うのだった。


とりあえず1は終わりですかね。

次からは2です。

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