3-1 刃風を穿つ
準決勝の朝、瑞季はある人物と電話をしていた。
「はい。今日が準決勝で、相手は武蔵龍子先輩です」
『武蔵というと……なるほど、長官の娘さんか。かなりの使い手と聞いているけど、大丈夫かい?』
男性らしい低音の声だが、威圧感はない。
むしろ優しげな声で、瑞季もこの声を聞くと少しだけ落ち着く。
「心配ありません。父上、よい報告をするので、待っていてください」
瑞季の頬が僅かにほころぶ。
電話の相手は、瑞季の父、痣櫛正哉だ。
『楽しみにしているよ。だけど、無理はしないように。なにかあったら連絡しなさい。すぐに駆けつけるからね』
「父上、それは少し過保護すぎです……」
『過保護でもなんでもいい。いいかい瑞季、君は僕とお母さんの大切な子供なんだ。医療用ポッドがあると言っても、過信はしちゃいけないよ』
「わかっています。……ですが、ちょっとくらいの無理は、してもいいですよね?」
正哉の言っていることは理解できている。
とはいっても今回の相手は無茶、無謀すら視野に入れなければ勝てない相手だ。
電話の向こうでは正哉が微かに息を詰まらせるような声が聞こえたが、少しすると彼は「まったく……」と溜息交じりの声を漏らす。
『誰に似たのやら。僕もお母さんもそこまで戦闘思考じゃなかったんだけどね。……まぁ、娘のやりたいようにやらせるのも親のすべきことだ。いいだろう、命を懸けるような戦い方は賛同しかねるけど、少しの無茶程度なら許そう。自分が満足できるように戦ってきなさい』
すこしだけ呆れ混じりの声だった。
フッと、瑞季の口元に笑みが浮かぶ。
正哉のことを馬鹿にするわけではないが、一人娘ということもあってか、彼はなんやかんや甘い。
無論、明らかに危険なことはさせないだろうが、今回の場合は学校内で行われ、安全性も配慮された試合だ。
多少の無茶程度なら後学にもいいと判断したのだろう。
「ありがとうございます。あと、次の連休には帰りますから」
『ああ、わかった。予定を空けておくよ。……瑞季。絶対に勝てなんてことは言わない。負けたって良いんだ。大事なのはそこからなにを学ぶか、だからね』
「……はい。では、そろそろ時間なので、行ってきます」
『健闘を祈っているよ』
端末のディスプレイをタップして通話を切る。
時間は午前九時。
試合開始までは多少時間があるが、準備やストレッチもあるので早めに控え室に入った方がいいだろう。
相手は玖浄院でも最強と呼ばれる存在。
学生連隊では味方だが、今は倒すべき相手だ。
炎を凍らせるほどの氷の前に、瑞季の水は無力かもしれない。
だが、それがどうした。
そんなものは瑣末なことだ。
正哉は負けても良いと言っていたが、負けるつもりなどない。
確かに実力の差はあるが、その差を埋める術を瑞季は雷牙の戦う姿から教わった。
「自ら折れるようなことは決してしない。勝ってみせるさ」
愛刀、虎鉄を剣帯に収めた瑞季はしっかりとした足取りでアリーナへと向かう。
『お集まりの皆々様、いよいよ準決勝の始まりとなります!』
観客席が湧くアリーナは天蓋が開け放たれ、青空が広がっている。
その中心。
僅かに陽光の入る、円形状のバトルフィールドには、既に準決勝第一試合の対戦者である瑞季と龍子が距離を開けた状態で立っている。
彼女等の様子は大型のホロビジョンにも映しだされ、瑞季は凛とした表情を浮かべている。
対し、龍子は口元に薄く笑みを浮かべているのがわかる。
「瑞季ちゃん。準決勝なわけだけど、実際もう出場選手は決まってるから、肩の力抜いて気楽にやろうよ」
こてんを首を傾げて提案する龍子だが、瑞季は静かに被りを振った。
「いいえ。たとえ戦刀祭の出場に変化がないと言っても、やるからには全力で、勝ちにいくつもりです。というか、本当はそんなこと思ってないんじゃないですか?」
「……バレてた?」
「はい。あなたがそんな風なことを考える人には見えませんし」
鋭い眼光を龍子に向けると、彼女は腰に手をあて、頭を自分の手で可愛らしく小突くと、「てへっ」と軽く舌をだした。
「やっぱりばれちゃうかー。ちなみにだけどいつ辺りで気がついた?」
「あなたが入場してくるところから既に。それだけの剣気を纏っていれば誰にでもわかるでしょう」
厳密に言えば、龍子の剣気は入場するまえから感じ取っていた。
鋭く洗練され、それこそ刃のような剣気はピリッとした感覚を瑞季に与え続けている。
常人ならば恐らく剣気を向けられただけで萎縮するだろうが、瑞季は毅然とした態度を取り続ける。
「いい表情だね。やる気……いいや、勝つ気満々って感じだ」
「もとよりそのつもりで来ています。あなたを倒し、私は先に進みます」
「雷牙くんと戦うために?」
不敵な笑みを浮かべる龍子に、一瞬だけ瑞季の表情が強張る。
「隠さなくていいよ。戦う目的は人それぞれだしね。だけど困ったなぁ。理由があるなら負けてあげようかとも考えてたんだけど、これは負けてあげるわけにはいかなくなっちゃった――」
龍子は長刀を鞘から抜く。
人間の腕の長さでは明らかに抜きにくいそれは、鞘からしても特注なのか、バチン、という音と共に鞘の中ほどが割れ、刀身が露になった。
抜き放たれた刃は濡れているかのような輝きを持ち、僅かに振動しているのかヒィン、という甲高い刃音が聞こえる。
鞘を後方へ放るとバトルフィールド外に一昨日の試合と同じような氷山が形成され、その頂点に鞘が収まった。
「――私も雷牙くんと戦いたいんだよね」
冷徹な笑みを向ける彼女の剣気が氷のようにつめたいものとなった。
それだけでアリーナの温度が数度下がったようにも感じるが、瑞季も負けてはいない。
ふぅっと息を漏らすと、目にも止まらぬ速さで虎鉄を抜く。
まさしく一瞬、瞬きをすればそれこそ突然抜いたように見えるほどの抜刀だった。
「だったらなおさら、負けるわけにはいきませんね。彼と戦うのは私です」
龍子に対抗するように瑞季の剣気も強まる。
どちらも僅かながら霊力が混ざっているのか、二人の間では時折霊力同士が衝突してバチバチとスパークが発生している。
まるで見えない刀で打ち合っているかのような光景だ。
『す、凄まじい気迫の衝突です! これだけ離れているのに私も肌でビリビリ感じています!! さすが、生徒会長と痣櫛流の次期当主と言ったところでしょうか……!』
実況の声には緊張が入っていた。
観客席の生徒達も湧いてはいるが、どことなく緊張している節が見える。
「さすがに速いね。私じゃなかったら見逃してたよ」
「それはどうも。ところで、会長。お聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか」
「いいよー。まだ試合は始まってないし。答えられる範疇なら答えるよ」
「では……あなたは誰に師事したんですか?」
「基本は父親だよ。その他にもいるけど、恐らく瑞季さんが知ってる人は……真蔭流の上泉綱彦さんかな」
「真蔭流……なるほど、どおりで見たことのある剣閃だと思いました」
瑞季の口元に笑みが現れる。
真陰流とは、日本に数ある剣術の流派だ。
痣櫛流のように斬鬼を屠ることに特化した剣術ではないが、放たれる剣技の数々はどの場面でも対応できるほどだという。
ただ、龍子の場合それが要所要所で時折見られる程度だ。
「まぁ、私はいろんな人に師事したから、いろいろ混ざっちゃって結局我流剣術になっちゃてるんだよね」
瑞季の疑問を先読みしたように、龍子がヤレヤレと溜息をつく。
龍子の戦い方はどちらかと言うと雷牙に似ている。
決まった型や攻撃法は殆ど無く、その場その場で自身ができる最善のパフォーマンスをする。
その中には多少なり今まで戦ってきた強者達の動きも反映されているようだ。瑞季が見たのはそれだったのだろう。
だから見たことのある剣閃だったのだ。
中途半端。
とも捉えることができるが、彼女の場合はそうではない。
磨き上げた上で、自身が最も動きやすい形に落ち着いた結果が、今の彼女の戦い方なのだろう。
だが、まだ完成ではないはずだ。
恐らくだが龍子の場合、戦った相手から吸収し、会得し、それを自らの動きと戦術に組み込んでいくはず。
強さへのあくなき探究心とでも言うのだろうか。
それがあったからこそ、龍子はここまでの実力を手に入れたと言ってもいいはずだ。
「やはり、似ているな……」
「ん? どうかした?」
首をかしげて問うてくる龍子に対し、瑞季は「いいえ」と短く答えると、虎鉄を正面に構える。
「おしゃべりはこの辺りにして、そろそろ始めましょう」
「確かにそれもそうだね。よし、それじゃ……」
瑞季と龍子はほぼ同時に視線をレフェリーに向ける。
両者共に準備が整ったことを確認し、レフェリーは実況席に連絡を取る。
『えー、ただ今レフェリーから準備が整ったとの報告を受けましたので、いよいよ始めさせていただきます!! 準決勝第一試合、皆様お待ちかねの一戦!! 我等が生徒会長、武蔵龍子選手は今日も全てを凍てつかせる氷の力で危なげなく勝利を収めるのか!? はたまた、一年首席であり痣櫛流次期当主でもある痣櫛瑞季選手が意地を見せて勝利をもぎ取るのか!! この試合は一瞬たりとも目を離せませんよ!!』
実況の声にアリーナ全体が再び湧く。
皆、今日の試合を楽しみにしていたのだろう。
なにせ天下に名前を轟かせる痣櫛流の次期当主と、玖浄院最強の生徒会長との一戦だ。
『それでは、そろそろいつものアレ、いってみましょう!! 試合――開始ぃッ!!!!』
戦いの幕は上がり、開始を告げるブザーが響き渡る。
控え室では、雷牙が軽いストレッチを終え、ブロックタイプとゼリータイプの携行食を口に運んでいた。
一度口の中に放り込んだものを嚥下した雷牙は、昨日の夕方、龍子に言われたことを思い出していた。
話を簡単に纏めるとこうだ。
旧奥多摩市に鬼獣が出た可能性があるため、学生連隊の試験運用として玖浄院の連隊がこれを討伐するというもの。
随分と急な話だとは思ったが、既に被害が出ているらしく、早急な対処をとのことだった。
龍子自身、今回のことには多少なり不満があったようで、『運用するならもうちょっと後にしてほしいよねー』とぼやいていた。
それに関しては雷牙も少なからず同意である。
今日はそれぞれ準決勝があるため、現場には向かうことはできないため、実際に現地へ向かうことになったのは明日の早朝だ。
そのまま日暮れまで成果がなければ、あとはハクロウに任せて撤収になるらしいが、果たしてどうなることやら。
そもそもまだ戦刀祭のメンバーが完全に出きっていないことを考えれば、ハクロウが進めてみてもよいとはずだが、そのあたりはどうなっているのだろうか。
鬼獣と戦うことができるかもしれないという感情もあるため、それなりに楽しみではあるのだが、もう少し気を使ってくれてもいいだろうに。
「……まぁ、楽しみではあるんだけどよー。スケジュールが過密すぎんだよなぁ」
ぼやいた雷牙は小さくなったブロックを口に放り込む。
すると、アリーナの状況を映し出すホロビジョンから音声が届く。
『試合開始から間もなく数分経とうとしているのですが、えっと、両者共に動く気配がないんですが……お二人とも、聞こえてますかー!?』
実況の戸惑った声に、雷牙は視線をホロビジョンに向ける。
確かに、バトルフィールドには静かに向かい合う二人の姿があった。
だが、雷牙にはすぐにわかった。
二人がなぜすぐに戦いを開始しないのか。
「なるほど、確かにあの二人ならそうするわな」
満足げな笑みを浮かべた雷牙は、何個目かわからない携行食の包みを開けた。




