2-3
妖刀はその性質上、握るものがいなければただの嫌な気配を発する刀でしかない。
ゆえに、刃災とは斬鬼が発生して初めて刃災として認定される。
結果として刃災の被害の殆どは妖刀によって変異した斬鬼による無差別攻撃だ。
しかし、危険度の高い刃災の場合、一言で全ての被害が斬鬼によるものとはいえない。
被害の一つとされるのが、鬼獣と呼ばれる存在である。
斬鬼の血液や、瘴気に人の死体や生き物の死体が長く触れていると、斬鬼と共に破壊を好む獣になる。
それが鬼獣だ。
「あの、会長、鬼獣とはいいますが……」
首をかしげた瑞季が問うものの、龍子は人差し指を立てた。
「痣櫛さんの疑問はわかってるよ。他の二人も同じかな?」
雷牙と直柾の表情も見ていたのか、彼女はそれぞれに視線を送る。
実際、雷牙と直柾も瑞季と同じように、表情には疑問の色があった。
理由としては、鬼獣と戦うということにある。
「三人がそんな顔するのも当然だよね。鬼獣は母体となった斬鬼が討伐されればその形を保てなくなって、放っておいても自然に消滅するわけだし」
そうだ。鬼獣は母体となっている斬鬼が消滅すればその姿を保てなくなる。
だから、鬼獣と戦うということは、斬鬼と戦っている時に発生したものと戦うくらいしかないはずだ。
殆どの鬼獣は自然消滅を待つだけなのだから。
三人がいぶかしむような視線を龍子に向けていると、彼女は少しだけ声音を低くした。
「確かに鬼獣は自然消滅するよ。けどね、中にはどういうわけか、消滅せずに残っているヤツがいるんだよね」
「マジですか?」
「マジもマジ。大マジよ。まぁハクロウが情報規制してるからニュースとかにはならないけどね。けど、ただでさえ妖刀や斬鬼、犯罪者の対処に忙しいハクロウが、そこまで相手にしている暇はない。だから、私達みたいな学生連隊が組織される話になったってわけ」
「チッ、ようは面倒くせぇ雑用をさせられるってわけかよ」
直柾は短い舌打ちをしてから天井を仰いだ。
「まぁ、消えない鬼獣自体が稀だから、斬鬼の相手もすることになるから、雑用ってだけじゃないよ。それに直柾くん? 君出席日数足りてないじゃん」
ぶすくれた直柾に龍子が冷ややかな視線を向ける。
彼も痛いところを疲れたのか、やや頬を引き攣らせた。
「……なんで知ってやがる」
「生徒会長権限ってやつ」
「出席日数足りてないとやっぱり卒業とかができなくなる感じですか?」
「当然。というか、全寮制でどうして出席できないのか謎なんだけどね。サボりすぎじゃない?」
「ライセンスは取ったんだから良いだろうが。第一、刀狩者なんて強くなけりゃ務まらねーんだから、授業なんて全部訓練にすりゃいいんだ」
中々に横暴というか、脳筋スタイルな提案である。
まぁ彼の意見も間違っているわけではないが、育成校は一応世間的には高校というカテゴリーに入っているので、戦闘訓練だけに全振りはできない。
すると、彼はは立ち上がり、生徒会室の扉に手をかける。
「話はこれで終わりだろ。俺は帰るぜ」
「いいよ、じゃあこれからよろしくね、直柾くん。あぁそうだ、綱源くんと痣櫛さんはもうちょっと残っててね」
雷牙と瑞季がそれぞれ背筋を伸ばす中、直柾は生徒会室から一人去っていく。
バタン、と扉が閉まると軽く咳払いをした龍子がにこやかに声をかける。
「さて、どうして二人には残ってもらったかなんだけど。二人ともまだライセンス未取得だから、そのあたりの説明をしておきたくてね」
「やはり、未取得では行動に制限がかかるものですか?」
「まぁ、ライセンス取得者と比べると多少はね。ただ、これを持ってればある程度の行動は認められるよ」
彼女が机の引き出しから出したのは、棒状のものだった。
それに雷牙達が首を傾げていると、龍子は棒の先端を押し込んだ。
すると、棒状のものの側面からホロディスプレイが現れた。
「これはハクロウの長官、即ち私の父親が直々に出した電子許可証。これがあれば、ライセンス未取得者でも、ライセンス取得者と殆ど同じ行動ができる。仮免の上位互換みたいなものかな」
放られた許可証を受け取った雷牙と瑞季は顔を見合わせると、それぞれ許可証の先端を押し込んでディスプレイを投影する。
ホログラムの許可証には、確かにハクロウの刻印と長官である武蔵辰磨の名前があった。
「ただ、それも絶対じゃないからね。あまり過信はしないこと。刃災発生時にプロの刀狩者がいたなら、そっちに任せること。特に、綱源くんは気をつけるようにね」
念を押すような彼女の睨みに、雷牙は頬を引き攣らせると明後日の方を見やる。
「ぜ、善処しまーす……」
「よろしい。とはいっても、君は注意を聞くタイプじゃないだろうから、期待はしないでおくけどね」
肩を竦める龍子に対し、雷牙は苦笑いで返しておく。
なるべくは迷惑をかけないようにするつもりではあるが、目の前で刃災が起きたら、まず間違いなく飛び出す自信がある。
「なにか質問とかある? なければとりあえずこれで終わりにするけど……ってあー、そうだ。大事なこと忘れてた。二人のこと名前で呼んでいい?」
「それは、別に……」
「お好きにどうぞというか……」
「ホントに? いやー、ならよかった。私って歳が近い子に苗字読みするの苦手でさ。それじゃ、これからよろしく頼むね。雷牙くんに瑞季さん。それと試合もね」
龍子はにこやかではあったが、纏う気迫が変化した。
好戦的な気迫に、二人は僅かに身構える。
学生連隊の話で忘れそうになっていたが、まだトーナメントは終わっていない。
そればかりか、瑞季の次の相手は龍子だ。
連隊の仲間になったからと言って、手を抜ける相手ではないし、向こうも決して手は抜いてくれないだろう。
ここで退くことは簡単だが、雷牙と瑞季がそんなことをするはずも無く、二人はそれぞれ口角を上げた。
「こちらこそ、望むところです。武蔵会長」
「俺も、辻先輩をぶっ倒してアンタのことも倒してみせるっスよ」
対抗するように洗練された気迫を纏う二人に、龍子は笑みを見せる。
「期待してるよ」
彼女の返答を聞いた後、二人は軽く会釈をしてから生徒会室を後にする。
雷牙達がいなくなった生徒会室では、満足そうな笑みを浮かべた龍子が椅子に深く身体を預けていた。
しかし、満足げな彼女とは裏腹に、やや訝しげな一愛の声が響く。
「どーいうつもり、会長」
「なーにがー?」
「学生連隊の話。痣櫛はともかく、綱源は速過ぎるんじゃない?」
声のする方に視線を向けると、少しだけ不満げな表情をした一愛がいた。
「あの馬鹿霊力は確かにすごいけど、危なっかしい面も結構あるよ。本当に入れて大丈夫?」
一愛の心配はもっともだ。
雷牙は決して弱くはない。しかし、闘い方が非常に危なっかしいのだ。
トーナメントでも、得意な治癒術を使ってあえて攻撃を喰らうこともあった。
だが、それは言ってしまうと霊力に依存していると言ってもいい。
一愛はそれを見抜いていたのだ。
とはいえ、そんなことを見抜けていない龍子ではない。
彼女は一愛に向けて笑みを見せると、手をヒラヒラとふる。
「大丈夫だって。任務の時は私もしっかりサポートするし、それに、彼自身自分の戦い方が危なっかしいことなんてわかってると思うよ?」
「……だといいけど」
「士くんを倒したことで、自身の未熟な面もわかったと思うから、彼も色々調整するよ」
「まったく、お気に入りにはとことん甘いんだから。あと、今日の資料整理、一人で頑張ってね」
「ヘッ!?」
椅子から跳ね起きた龍子の視線の先では、広げていた菓子を食べ終え、帰り支度をしている一愛の姿だった。
その傍らにはいつの間にか用意された資料の山がそびえている。
さっきからなにかごそごそしていると思ったら後片付けだったのか。
だが、問題なのは、今問題なのは資料整理のことだ。
「ちょ、ちょちょちょっと待って!? 資料整理って私一人だけ!?」
「そりゃそうでしょ。あとは会長のサインを入れるヤツばっかりだし。私はもうやることないし。他の面子はダウンしてるじゃん」
「……ちなみに手伝ってくれたりは……?」
「却下」
一愛はそのままドアノブに手をかけると、非常にいい笑顔で消えていった。
山のようになった資料をみやった彼女は頭を抱えて吼える。
「会長職めんどくさーーーー!!!!」
生徒会室を後にした雷牙と瑞季は、保健室に顔を出していた。
ベッドの上にはレオノアの姿があった。
やや憔悴しているようにも見えたが、晶の話では心配することもないらしい。
「霊力欠乏症か」
「はい。少しだるい感じがしますが、痛みなどはないので心配無用です!」
「まぁあんな攻撃防げば霊力だって底をつくわよね。ところで、雷牙と瑞季は会長とどんな話してきたわけ?」
すぐ横でジト目を送ってくる舞衣に、雷牙と瑞季は一度視線を交わすと、学生連隊に関しては触れないように話を始めた。
「この後のトーナメントのことや、戦刀祭前に行われる強化試合や強化合宿に関しての話を受けただけさ」
「ああ。そんなところだ」
多くは語らないでおいた。下手に多くのことを口走ったら舞衣の性格上簡単に見抜いてくるはずだ。
「ふぅん、そんな雰囲気でもなかったけど……。まぁいいや、ところで雷牙は再検査とかやらなくていいわけ?」
ニタリと笑った舞衣に雷牙は「ばっ!?」と言いかけたが、その背後に瞳を輝かせた晶が現れた。
「再検査。いったいどこが気になるのかしら?」
「あ、あぁいや大丈夫っスよ赤芭先生! そのあたりのことは心の問題だってわかったんで! こればっかりは検査してもどうしようもないっスよ!!」
「あらそう……残念ねぇ……」
晶は本当に残念そうに溜息をつくと、ソファに腰を下ろして溜息をついた。
それに安堵する雷牙であるものの、すぐさま彼は隣で口笛を吹いている舞衣を睨む。
「覚えとけよ、舞衣……」
「酷いわね。私は友達のことを心配してるのよ。明後日はあの辻直柾と試合だし」
「あぁそうだ! 雷牙、お前辻先輩の対策とかしてるのかよ! アレはちょっとやそっとじゃ勝てないぜ?」
「そうだねー。レアちゃんの霊力の盾みたいなヤツも相殺するのがやっとだったけど。なんか良い案あるの?」
そうは言われるものの、雷牙はレオノアと直柾の試合の内容を殆ど覚えていない。
少しだけ映像を見せてもらったが、やはり生で見てみないことにはわからないこともある。
雷牙が口元に指を当てて悩んでいると、レオノアが笑顔を見せる。
「雷牙さんの場合は霊力が私と桁違いですし、単純に霊力を纏っただけでも、真空刃は防げるのではないでしょうか」
「確かに。それが一番単純でやりやすい対策かもなぁ」
「だが、適当に霊力を纏っていては真空刃は防げないぞ?」
「ああ。それなりに強固な霊力の盾を作り出す必要がある」
せっかく対策が思いついたと思ったのに、樹と瑞季が容赦の無い言葉をかけてきた。
「いっそのこと今日みたいに一撃にかけるってのはどうだ!?」
「それこそダメよ。向こうだって雷牙のあれは警戒してくるだろうし、仮に回避されたらその隙を突かれるでしょうが」
玲汰の提案を舞衣がすぐさま却下する。
悪い案ではないが、確かに舞衣の言うとおり、下手をするとそのまま負ける可能性が高い。
というか、今日のアレは殆ど無意識下だったため、同じことをもう一度しろといわれても出来る気がしない。
「やっぱりレオノアの霊力の盾っつーか、鎧みたいなのが一番いいのかねぇ」
溜息交じりにいうものの、正直それ以外に攻略法が見当たらない。
霊力で真空刃を吹き飛ばすという手もあるが、四方八方から飛んでくる真空刃を全て吹き飛ばすのもかなり隙ができる。
「ですが、たとえ真空刃と突破できたとしても、問題はまだあります」
「辻先輩の風の防御か……」
「風の防御?」
「はい。私も辻先輩には近寄ることが出来たんですが、刃があの人に触れる瞬間に風によって防がれてしまったんです……」
「なるほど。中遠距離は真空刃、近距離は風の防御、面倒くさいことこの上ねぇな」
「勝機は薄いように見えるが、どうする?」
試すような視線を向けてくる瑞季だが、雷牙はニッと笑みを浮かべると拳を握る。
僅かに霊力が籠った拳は淡く発光していた。
「どうするって、やることは一つだろ。どんな形であれ、勝つ。それだけだ」
雷牙の答えに、皆は一瞬キョトンとするものの、僅かな沈黙の後笑みを零した。
「君らしい答えだな」
「おう。やれることをやる。そして勝つ! 最後は結局意志の強いヤツが勝つって言うしな」
ふざけていっているわけではない。
子供の頃から、師匠にも何度も言われていた。
たとえ格上の相手だったとしても、試合や戦いを諦めることだけはするなと。
だから、それを実行するだけだ。
それに雷牙の中の闘志はまだまだ燃え続け、心の奥底は常に興奮しっぱなしだ。
直柾との闘いが終わりではない。その先には、更なる強者達との戦いが待ち受けている。
雷牙のような人種に興奮するなという方が無理だろう。
「絶対勝つから見てろよ、お前等」
宣言するように告げると、瑞季とレオノアがそれぞれ微笑を浮かべる。
「ああ。楽しみにしてるよ、雷牙」
「はい! 頑張ってください、雷牙さん」
試合は明後日。
学生連隊という組織の仲間となった相手だが、負けるつもりは毛頭ない。




