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生徒会室は、メンバーの数にしてはかなり広かった。
雷牙達が使っている教室にもう半分教室をくっつけたような広さがある室内は、綺麗に掃除がされていて、埃一つ見当たらない。
壁には本棚や収納棚が置かれ、ハードカバーの本や資料が詰っているであろうファイルが収納されている。
調度品もどれもこれも高級そうなものばかりで、職員室よりも優遇されている感じがする。
室内には、二人の人物がおり、一人は会議の時に使われているであろうミーティングテーブルの上に菓子を広げ、ピコピコと携帯ゲームに勤しむ少女、生徒会庶務、斎紙一愛。
そしてもう一人。
室内に設けられた休憩スペースのソファに寝転がり、頭にグラビア雑誌を被せているのは、雷牙達と同じく戦刀祭への出場を手にした辻直柾だ。
「さぁさぁ、遠慮しないで入った入った。……直柾くーん? さっさと起きなさいっての」
背中を軽く押され、雷牙と瑞季がそれぞれ生徒会室に入る。
しばらく立ったままでいると、ゲームをしていた一愛が「座んなよ」と近くにある椅子を指した。
とりあえず、それにしたがって並ぶように座ると、直柾を文字通りたたき起こした龍子が窓際にあった高級そうな椅子に座る。
彼女に続くように、直柾も渋々と言った様子で椅子にどっかりと腰を降ろす。
「全員座ったところではじめようか。まずは三人とも五神戦刀祭への出場確定おめでとう」
彼女がにこやかに言うと、いつの間にか席を立っていた一愛がそれぞれの前に缶ジュースを置いた。
「おめでとうって言っても、祝杯を挙げるために俺らを呼んだわけじゃあねぇよなぁ。会長さんよ」
ミーティングテーブルの上に足を乗せながら直柾が言うと、龍子はそれを咎めることもせずに含み笑いをもらす。
「もちろん。今回君達三人を呼んだのは、君達の実力が非常に高いものだったから」
「実力が高いって……俺達になにか頼むつもりなんスか?」
彼女の口振りからしてなにかを計画していることはなんとなくわかるが、いまいち話が見えてこない。
「うん。これは玖浄院の中でも実力が高い生徒にしか頼めないことなんだよね。まぁいきなり本題に踏み込んでもいいんだけど、説明も加えておいたほうがわかりやすいかな」
彼女が机の端末を操作すると、ミーティングテーブルの中央にホロディスプレイが投影される。
ゆっくりと回転する画面には、なにかのグラフのようなものが表示されているようだ。
「君達も知ってのとおり、日本の妖刀発生率、及び斬鬼出現率は世界的に見てもかなり多い。けど、被害率は世界でもかなり低レベルを維持している。これはどうしてだと思う?」
「日本の刀狩者の練度が高いから、でしょうか」
「そのとおり。妖刀が多く現れるってことは、それだけ対処する必要がある。だから、自然と練度もあがっていくってわけだね」
雷牙もそれに関しては修業時代に育ての親でもある宗厳や、美冬から聞いている。
妖刀が世界で最初に現れたのは、日本だった。
以後、日本では連続的に妖刀が発生するようになり、同時に斬鬼も出現していった。
当時はまだ妖刀や斬鬼を対処する術がなく、日本は壊滅的なダメージを負った。
海外も復興の手助けはするものの、自国では妖刀が現れないことをいいことに、対岸の火事状態で、明確な対処に出ることはなかったらしい。
しかし、霊力の発見と鬼哭刀の開発によって状況は一変。
妖刀と斬鬼に対する明確な対抗手段ができたことにより、日本は驚異的な復興を見せ、ハクロウも同時期に発足した。
今でこそ世界的な組織へ成り上がったハクロウであるが、当時は日本の国家組織に過ぎなかった。
けれど、世界全体でも妖刀が現れるようになったことで、鬼哭刀の開発技術や、戦闘ノウハウ、さらには日本の山間部で大量に産出される霊儀石を輸出品として扱うことで、日本は隆盛していったのだ。
それこそ、当時の大国といわれていた国々と対等になれるほどに。
「今も発生率は高いけど被害を見ると世界的にも非常に安全な部類に入る。……ただ、残念なことに刀狩者の数は年々足りなくなってるんだよねぇ」
「でも、刀狩者を目指す子供は多いって言われてないっスか?」
雷牙の疑問はもっともだ。
世論調査でも将来の夢として刀狩者とする子供達はかなり多い。
だというのに、刀狩者の数が足りなくなっているというのはどういうことだろうか。
「うん。まぁ目指す子供は、ね。でも結果として刀狩者になれた人っていうのは結構すくないんだよ」
「一応補足すると、玖浄院に入っても自主退学する生徒は結構多いよ。実力の差を見せ付けられたり、壁に当たってそのまま挫折したり、理由はいろいろだけど、あきらめる生徒はいるよ」
菓子をつまみながら言う一愛の言葉は重みがあった。
恐らく、彼女自身そんな生徒を何人も見てきているのだろう。
だが、彼女を小馬鹿にするように直柾が鼻で笑った。
「馬鹿らしい。そんなのはやめたやつらが弱かっただけの話だろうが。ようは腰抜けだったのさ」
肩を竦める直柾に、一愛が鋭い眼光を向けるものの、それを遮るように龍子が続ける。
「二年生からは授業も選択制になるからね。最初は刀狩者志望でも、途中で観測課や研究課や開発課に進みたいっていう生徒も増えてくる。だから結局刀狩者になるのは全体的に見ると少ないんだよね」
「しかし、それが今回の話となんの関係が? というか、まだ本題に入っていないんですが」
瑞季が訝しげな表情を向けると、龍子はそれに指を振って答える。
「そう焦らない、もう少しで本題に入るって」
軽くウインクした龍子は、缶ジュースを一口煽ってから続けた。
「ただ、刃災が起きるとそれなりに刀狩者にも死傷者が出るから、結局のところハクロウ自体が人手不足なんだよ。新都以外にも妖刀は現れるから、全てをカバーできるわけじゃないしね。
さて、ここでようやく本題に入るわけだけど、今から話す事は絶対に他言無用にしてね。しゃべっちゃうと粛清がはいるからね」
笑顔で言っているものの、目は完全に笑っていない。
恐らく脅しなどではない。
しゃべれば確実になにかしらの処罰が待っているだろう。
彼女は三人の表情を確認すると、一度頷いてから指を立てる。
「今ハクロウの上層部では、一つの案が持ち上がってる。それは、学生の身で、尚且つライセンスがなくても刀狩者として活動を許すっていうもの。もちろん、制約はあるんだけどね。確か名前は学生連隊だったかな」
「学生、連隊……?」
「うん。まだ仮称だから最終的にどうなるかはわからないけどね」
「つまり、武蔵会長は私達をその学生連隊とやらに加入させたいということですか?」
瑞季が確認を取ると、龍子は静かに頷いた。
「正解。最低条件として五神戦刀祭へ出場する者やした者っていう制約があるからね。そして生徒会長に認められた者でないといけない。君達はそれをどちらもクリアしたってわけ。勿論、強制はしないよ。学生の身だし、刀狩者として戦う以上、命の危険もある。断ってくれてもいっこうに構わない」
嘘ではなさそうだ。
恐らく雷牙達が断っても、彼女は一切咎めることはしないだろう。
しかし、雷牙としては願っても無いことだった。
入学してからというもの、何度かハクロウの規約を違反はしているものの、これと言った処罰は受けていない。
それはあくまで話の通じる相手が雷牙の行動を認めてくれたからであり、こちらの理由を聞こうともしない相手だった場合、処罰が下る可能性は十分ある。
雷牙の性格上、これからも規約違反をする可能性はあるだろう。
ならば、ここで龍子の誘いに乗っておくのもいいかもしれない。
色々と拘束されることはあるかもしれないが、これはまたとないチャンスといえるだろう。
なおかつ、これに乗っておけば、自身の実力をさらに磨くことができるはずだ。
「その学生連隊ってやつ、面倒くせぇ手続きとかはあんのか?」
「直柾くんはもうライセンスを持ってるからね。そこまで面倒なことはないよ。書いて貰うことはあるけど、それくらい」
「へぇ……」
直柾はニィっと笑みを浮かべるものの、雷牙と瑞季は彼を見て口を半開きにしている。
「辻先輩ライセンス持ちだったんスか……!?」
「あぁ? 俺が持ってちゃわりぃのか?」
ギラついた眼光で睨まれるものの、雷牙達にとっては彼がライセンスを取得している方の驚きが勝ってしまっている。
「直柾くんは筆記試験こそギリギリだったけど、実技試験では高得点だったらしいよ」
「全部の試験でオール満点取ったアンタが言うと嫌味にしか聞こえねぇぞ。会長さん」
「オール満点……」
さすがの瑞季も会長の成績に驚いたのか、僅かに喉を鳴らした。
「俺はいいぜ。その学生連隊とやらに入ってやるよ」
「意外。アンタは入らないと思ってた」
「あんだと、チビ女コラ。第一テメェはここにいて良いのかよ。これは極秘なんだろ?」
「生徒会役員はこの話が持ち上がった当初から知ってる。私も学生連隊のメンバー」
唸る直柾に一愛は視線すら送らずに淡々と答える。
それが少しだけ気に入らなかったのか、彼は「けっ……」と彼女から視線をそらして腕を組んだ。
二人の様子をほほえましそうに見守っていた龍子の視線は、雷牙と瑞季へ向けられる。
「さて、二人はどうかな?」
首をかしげて問う龍子に対し、最初に答えたのは瑞季だった。
「私も、その学生連隊に入ります。自身の研鑽を積むいい機会のような気がするので」
凛とした声で言う彼女の声音からして、既に覚悟は決まっているようだ。
次いで、龍子の視線が雷牙に向けられ、雷牙と龍子の視線が交錯する。
答えはもう決まっている。
雷牙は僅かに口角を上げると、一度頷いてから告げた。
「俺も、学生連隊に入る。自分を鍛える意味でも、ちょうど良さそうだ」
視線の先にいる龍子は一度ニッと笑うと、手をパンと打ち鳴らしてから立ち上がる。
「よぉっし! とりあえず当面のメンバーはこれで決まったね! これからよろしくね、三人とも!」
グッとサムズアップする彼女は笑顔を見せるものの、どこか全てを見透かしたような笑みだった。
恐らくだが、彼女は最初から雷牙達が仲間になることをわかっていた上で誘ったのだろう。
しかし、ここでふと疑問が浮かぶ。
「会長。戦うのはやっぱり斬鬼がメインになるのか?」
「まぁ斬鬼だったり、時には犯罪者だったりするけど、その辺と戦うのはハクロウの手が回らない時だけかな。私達がメインで相手にすることになるのは――」
龍子は端末を操作してホロディスプレイに新たな画像を投影する。
投影されたのは、斬鬼のように赤黒いオーラを纏い、赤い瞳を輝かせるおよそこの世界の動物とは思えない生物。
「――鬼獣かな」




