1-6
「レオノア、負けちゃったね……」
担架で保健室へ運ばれていくレオノアを見ながら舞衣が小さく呟いた。
転校初日から舞衣はレオノアと一緒にいることが多かった。
彼女が雷牙や瑞季のように毎日鍛錬をしていたことも知っている。
だから、悔しいのだ。
あれだけ頑張って鍛錬したレオノアの技が殆ど通じていなかったことが。
「負けはしたが、見事な気迫と覚悟だったよ」
少しだけ俯いた舞衣の肩に瑞季が手を置いた。
「憶測にすぎないが、辻の技は決めの一撃の一つであったことに変わりは無いはずだ。それを無傷で耐え切った。レオノアは鍛えればもっと強くなれるはずだ」
「うん……そうだよね」
「それに五神戦刀祭の切符はまだ余っている。出場できる可能性もゼロじゃないさ」
確かに彼女の言うとおりである。
五神戦刀祭に出場できる選手は五人。
今回の試合で負けたとしても、この試合で決まるのは四人の出場者のみ。
つまり、あと一人余っているのだ。
「目覚めたら悔しがるかもしれないが、レオノアなら大丈夫だ。そしてまだ、私たちは安心できない」
「わかってる。次は、雷牙の試合だしね」
レオノアと直柾の試合は第三試合。
今日はあともう一試合あり、それが最終戦となる。
雷牙と生徒会役員の一人、『煌剣』の二つ名を持つ剣士、沖代士。
昨年の五神戦刀祭への出場経験は一回だが、成績はベスト四。
龍子や勇護、三咲と比べると見劣りするものの、その実力は本物である。
「確かその沖代先輩って、雷電の属性持ちだっけか?」
ふと玲汰が首をかしげながら二人に問う。
「そうよ、だから煌剣。実力は高いらしいけど、去年の成績はあくまで近藤先輩がいなかったからじゃないかって言われてるわ」
「ふーん、てか玖浄院の生徒会って改めて考えるとヤベーやつらの集まりだよな」
「全員が五神戦刀祭に出場経験者で、上位入賞者だからな。まぁ玖浄院の質が高いというのもある」
「質?」
「ああ。……というか、知らなかったのか、玲汰」
「コイツ馬鹿だからしゃーないわよ。よく玖浄院に入れたもんよ本当に……」
大きなため息をつく舞衣に玲汰が「あんだとぉ!?」と食って掛かるが、舞衣はなれた様子で軽くあしらっている。
全国に五校ある育成校の中で、玖浄院の入学試験の倍率は高い。
玖浄院の実技試験は非常にレベルが高い。しかし、それでも入学を望む子供達は多い。
理由としては、玖浄院に入学するということは、将来的にハクロウでも安定した地位にいられることが多いからだ。
育成校とひとくくりに言っても、全員が全員刀狩者として戦うわけではなく、中には妖刀や斬鬼の出現を観測する観測課に所属する者。
要救助者の救護や治療などの医療課、刀狩者の戦闘を円滑にするための武装や装備品を開発する開発課など、卒業後の進路は分かれている。
他にもハクロウには様々な課があるが、どれにも共通しているのが、それらの重要な役職についている者のほとんどが玖浄院の出身者が多いことだ。
その影響なのか玖浄院には全国的に見ても実力の高い者達が集まるようになっていった。
まぁそれ以外にも、ハクロウ本部のお膝元にあるということで、その恩恵を得ることができるというのも理由の一つではあると思われるが。
そのような生徒達のトップに君臨するのが生徒会の役員であるため、玲汰の言うヤベーヤツらというのはあながち間違いでもないのだ。
『えー、それではフィールドの整備も完了いたしましたので、本日最後の試合に移りたいと思います! 皆さん、準備はよろしいですか!?』
マイクのハウリングの後に、実況が問うと、生徒達が歓声で返す。
「始まるか……」
「うん、雷牙勝てるかな?」
「どうだろうな。だが、勝ってもらわねば困るな」
「ほぉん……それってやっぱり恋愛関連?」
「ノーコメントだ」
ニタリとした笑みを浮かべる舞衣に瑞季はツンとそっぽを向いた。
だが、その耳は少しだけ赤く染まっていた。
選手控え室を出た雷牙の対戦相手、沖代士は、通路の先にいる人影に気がついた。
やや大きめのキャンディーを頬張って頬を膨らませた小柄な少女は、彼と同じ生徒会の役員である少女、斎紙一愛だ。
「やぁ、斎紙さん。もしかして心配してきてくれたの?」
「別に。ただ、あたしを倒したアンタがどんな負け方するのか一番近くで見たくなっただけ」
「酷いなぁ。同じ生徒会の仲間なんだから応援してくれても……」
「はいはい、じゃあガンバッテー」
「うわぁ、すごい棒読み……」
残念そうに溜息をついた士だが、表情はどこか柔らかい。
これがいつもどおりの彼らのやり取りなのだろう。
「そういえば会長は?」
ふと立ち止まった彼が問うと、一愛は顎をしゃくって反対側のゲートを指した。
その仕草に納得したのか、士は肩をすくめた。
「なるほどね。お気に入りの観察か」
「あの子が入学してから、会長ぞっこんだからね」
「まぁいくら会長がぞっこんだからって、負けてあげるつもりはないけどね」
不敵な笑みを浮かべた士の周囲に小さな紫電が迸る。
それに対して、一愛は小さく溜息をつくと、忠告する。
「ほどほどにしときなさいよ。あんた、たまにやりすぎるときあるし」
「わかってるよ。でも、腕や足の一本や二本はご愛嬌かな」
生徒会役員とは思えない冷たい瞳を反対側のゲートに向ける士。
生徒会長、武蔵龍子が熱を上げる一年生、綱源雷牙。
彼の戦いは面白くはあるが、まだまだ大雑把だ。
いくら霊力が巨大だと言っても、隙を突けば攻略は簡単だろう。
彼が得意とする治癒術も意識を刈り取ってしまえば問題ない。
「まぁ油断せずにいきなさいよ」
「あれ? やっぱり応援してくれるんだ」
「応援してるわけじゃないっての。油断して無様な姿だけは晒すなってことよ。今のところ、生徒会で勝ち抜けてるの会長だけだし」
確かにそうだ。
現在、生徒会で戦刀祭の出場を確実なものにしているのは、会長である龍子だけ。
さすがにこのまま誰も入っていないというのは避けねばなるまい。
『さて、それでは選手紹介と参りましょう! まずは東ゲート!! 雷鳴の如き速さで相手を屠り、輝く鬼哭刀を振るって戦う姿からつけられた二つ名は『煌剣』!! 三年生、生徒会会計、沖代士選手の入場です!!』
ちょうど名前を呼ばれ、士は足早にゲートへ向かう。
光が差し込むゲートを潜ると、歓声が響く。
「……上級生の意地も見せないとね」
小さく息をついてから、彼はバトルフィールドへ足を進める。
アリーナの歓声を聞きながら龍子は雷牙がやってくるのを待っていた。
別にプレッシャーを与えるとか、そんなことをするつもりはない。
単純に試合前の他愛のない話をするだけだ。
できれば彼には勝って欲しい。
同じ生徒会役員である士にも勿論勝利を掴んでほしいが、今回ばかりは雷牙に勝ってもらいたい。
すると、視界の端で人影が動いた。
そちらを確認すると、少しだけ俯いた雷牙がゆっくりとした足取りで歩いてきた。
「やぁ、綱源くん。いよいよ試合だけど――ッ!!」
間髪いれずに声をかけた龍子であるが、彼女はすぐに言葉を詰まらせると、雷牙を見据える。
同時に襲って来たのは肌を焼くようなヒリヒリとした殺気と、鋭利に研がれた剣気。
明らかに学生が発していいようなものではない。
彼の体からは時折霊力の粒子が零れ、明滅を繰り返している。
「――綱源くん?」
隣を通り過ぎていく雷牙に声をかけてみるものの、彼には聞こえていないようで、雷牙はゆっくりとした足取りのままゲートへ向かって行く。
『続いて西ゲートの選手紹介に参りまーす!! 今年の一年次席にして、膨大な霊力と治癒術を駆使し、並み居る強豪達を倒してきた期待の新星!! 一年生、綱源雷牙選手の入場です!! 今回の試合でも、アグレッシブな戦いを見せてくれるのでしょうか!!』
実況の声だけは聞こえているのか、それとも試合の順番が来たことだけを理解しているのか、彼は俯いたままゲートを越えて行った。
結局、アレをとめることはできなかったが、龍子はこの時点で確信した。
次の試合、勝負は開幕して間もなく決まると。
そして恐らくその勝者は――。
『さぁ、両者共に出揃いました! これが今日の最終戦であり、勝利した方は戦刀祭の出場が確定します!! 勝利するのは沖代選手か、それとも綱源選手か!?』
実況の声に、会場からは割れんばかりの歓声が上がった。
ここまでくる中で、雷牙のことを上級生も認めていた。
そして彼のアグレッシブというか、片足を危険な域に突っ込んでるような戦い方は、皆をなぜか魅了してしまっていた。
『いけー! 綱源ー!!』
『沖代先輩なんてぶっ倒せー!!』
『いけ好かない顔一発ぶん殴ってくれー!!』
若干応援の声に士に対する怨恨が混じっているようだが、それも仕方ないことなのかもしれない。
士の容姿は所謂イケメンの部類に入っており、女子人気は結構高いのである。
だから、雷牙を応援する歓声に混じってこんな声も聞こえるわけで。
『士くーん!! 頑張ってー!!』
『怪我しないでねー!』
『一年生だけど手加減しちゃだめだからねー!!』
完全に黄色い声援だった。
無論、士がそれに反応してやればそこかしこから「キャー!」と女子のうれしげな悲鳴が上がっている。
『えー、会場内のボルテージもいろんな意味で最高潮です!! っと、ここでレフェリーから戦闘準備完了の合図が入りました! それでは最終戦、行ってみましょう! 試合……開始です!!』
戦闘開始のブザーが鳴り響くと、即座に士が鬼哭刀を抜いた。
同時に、彼の体から大小さまざまな紫電がバチバチと迸った。
『開幕いきなり出ましたー!! 沖代選手の雷電です!! これは勝負を決めにきていると見てよろしいのでしょうかッ!!』
「悪いね、綱源くん! 君が会長のお気に入りだからって、負けてやるつもりはない!! 先手必勝で行かせてもらうよ!!」
バチバチと音をさせながら士が紫電を放つ。
不規則な動きをしながら雷牙へ迫るそれは、凄まじい勢いで雷牙へ迫っていく。
しかし、対する雷牙は未だに鬼哭刀すら抜いていない。
誰もがそれを疑問に思っていると、放たれた紫電が雷牙に着弾。
周囲に雷鳴を轟かせながら煙が巻き起こる。
『あーっと、これは綱源選手、まともに喰らってしまったかー!? 雷電属性の不規則な動きに体がついていけなかったのか、回避運動すら取れていないように見えましたが……!』
会場内もその光景をみていたようで、先程の熱はさめ「あー……」と残念そうな声が各所で上がっている。
しかし、そんな空気を吹き飛ばすような轟音が響いた。
同時に、紫電の着弾よって発生していた煙が一気に吹き飛ばされ、かわりに青白い光がバトルフィールドを照らす。
『こ、これはまさか霊力!? ということは……!! た、立っています!! 綱源選手、傷一つ追わずに立っています!!』
青白い光の中心。
俯いた状態で雷牙は立っていた。
「うまく避けたか、霊力で壁を作って防御したか……! だったら、これはどう、かな!!」
雷牙の無事を確認した士は彼を囲むように紫電を放つ。
だが、紫電は雷牙の体に届くどころか、止め処なくあふれ出す霊力の壁に阻まれ、彼から数メートル以上離れた場所で霧散していく。
溢れる霊力の奔流は、アリーナ全体を吹き荒れアリーナそのものを揺らし始める。
『すさまじい霊力の暴風、いえ嵐です!! とても個人の霊力とは思えません!!』
ビリビリとアリーナ全体を揺らし続ける雷牙の霊力だが、雷牙が鬼哭刀を抜くと、途端にその放出がピタリと止まった。
突然のことに皆声を出すことも出来ず、アリーナには静寂が蔓延る。
けれど霊力は消えてはいない。
見ると、雷牙の持つ鬼哭刀と彼の腕を巻き込むようにして霊力の渦が発生していた。
膨大な霊力が一箇所に集まり、鬼哭刀の刀身がチリチリと音を立てている。
まるで霊力によって刃が研がれているようだ。
すると、雷牙がゆっくりとした動作で刀を上に向ける。
ようやく露になった彼の瞳は酷く虚ろだったが、その口元だけは楽しげな笑みを浮かべていた。
異常な瞳に見据えられ、士はすぐさま防御と回避に入ろうと、全身に霊力をまわすものの、既に遅かった。
「……ッ!」
無言のまま雷牙が纏った霊力ごと鬼哭刀を振りぬいた。
巻き起こったのは雷鳴を飲み込むことすら可能とも思える轟音と、アリーナ及び地面全体を揺らす振動。
轟音の余波が響き、バトルフィールドには濃い砂煙が舞っている。
実況も声を出すことができないのか、周囲は酷く静かではあったが、やがて砂煙が晴れてきた。
バトルフィールドには平然とした様子で立っている雷牙がおり、彼の前には深さ数メートルはあろうかという巨大な斬撃痕がバトルフィールドを超え、観客席ギリギリまでのびていた。
深く刻まれた斬撃の痕の途中には、右肩から腰まで縦一直線に斬撃を受けた士が苦しげな表情で立っていた。
ボタボタと大量の血を流している彼に、アリーナからは悲鳴が上がるものの、彼は一歩を踏み出すことも叶わず、その場にうつぶせになるように倒れこんだ。
すぐさまレフェリーが駆け寄り、容態を確認するも、判断は予想せずともわかった。
『……た、ただ今、レフェリーから判断が下りました。沖代選手、戦闘不能です! つまり、勝者は、一年生、綱源雷牙選手!!!!』
実況が勝利宣言をするものの、アリーナは静寂に包まれたままだ。
『お、おいおい。どうなってんだよ……!!』
『なによ、アレ……!? あの亀裂がまさか、綱源の攻撃ってワケ?』
『ってか、沖代のやつ大丈夫か? まさか死んでるんじゃ……』
『あんなの人間の霊力じゃねぇだろ!』
ところどころで上がるのは、雷牙に対する驚愕や恐怖の混じった声。
が、そこでようやく雷牙の瞳に光が戻った。
「これは……いったい、何が……」
状況が飲み込めていないのか、彼は周囲を見回している。
斬撃痕の近くには血まみれの士が倒れ、今まさに保健委員によって医療用ポッドに入れられようとしている。
『それでは、今日の試合を終了とさせていただきます! 同時に、今年の五神戦刀祭の選抜メンバーの内四人が決定いたしました!!』
アリーナの巨大ホロスクリーンには、今日の試合の勝利者四人の名前と顔写真が映しだされた。
しかし、雷牙はいまだ状況が飲み込めていないのか、スクリーンに映った自分の名前を見て驚愕を露にしていた。
「何が、起きたんだ……!?」




