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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第三章 選抜されし者達
60/421

1-5

 雷牙の姿は第一アリーナの選手控え室にあった。


 天井近くに投影されたモニターには、第一アリーナの様子が流れており、歓声やら実況の声やらが聞こえた。


 だが、今の雷牙には近くで聞こえるその声でさえ、どこか遠くから聞こえるようにぼやけた声となっている。


 昼食の時もなにかを話していたような気がするが、内容は殆ど覚えていない。


 控え室に遣ってくる時も、ここに来た時も、レオノアとなにかを話していたはずだ。


 ほんの数分前の出来事だというのに、うまく思い出すことすらできない。


 瞳もどこか虚ろで、心ここにあらずと言った感じだ。


 ただ、その体からは青く光る粒子が洩れ出ていた。


 光の正体は雷牙の持つ霊力だ。


 光っては消え、空気中に霧散していく霊力は、決して雷牙の意思で出ているものではなかった。


 完全に無意識の状態で駄々漏れになっている。


 体に異常があるわけではない。


 むしろあるとすればそれは精神的な方か。


 体の奥底から何か大きなものがせり上がってくるような感覚は、レオノアを助けるために戦ったあの時と似ている。


『あぁーっと! ここで辻選手の真空の刃が炸裂! ファルシオン選手の右腕から出血です!!』


 一際大きな実況の声に、雷牙はハッとした様子で我に返る。


 モニターを見上げると、辻直柾と試合をしているレオノアがアップで映っている。


 実況のいうとおり、彼女の右腕からは血が出ていたが、あまり大きな傷にも見えない。


 一部始終を見ていなかったので詳細はわからないが、あれぐらいの傷なら大丈夫だろう。


 大剣を構える彼女にもさほど大きな変化は見られない。


 直柾は確かに強敵ではあるが、レオノアもそれなりの実力者だ。


 落ち着いて対処すれば彼女でも勝てる可能性は十分ある。


「頑張れ、レオノア」


 呟いた雷牙は先程とは打って変わって試合の映像に集中するものの、彼の心は、徐々に闘争心と戦闘への渇望で埋めつくされていった。






『さぁ傷を負ったファルシオン選手! ダメージは少ないようですが、辻選手に攻撃を当てることが出来ていません! やはり痣櫛選手のようには行かないのでしょうか!!』


 実況は相変わらずテンション高く言っているものの、会場内はどこか冷めた雰囲気になっていた。


『正直この試合は辻の圧勝だろ』


『かもなー。あのレオノアって子も優秀みたいだけど、痣櫛と比べちまうとちょっと見劣りするような気がするもんな』


『相手が相手だし、無理しない内に降参すればいいのに……』


『ホントホント! あんな不良の相手してたら再起不能になっちゃうって』


『張り合ってるようにも見えたけど、やっぱりこれが三年と一年の差なんだよなぁ』


 歓声はあっても、龍子と勇護、瑞季と三咲の試合と比べるとやや熱気に欠ける会場。


 レオノアの通っていた英国の育成校、ラウンドナイトはレベルの高い育成校ではあるが、彼女も所詮は一年生。


 対する直柾は、素行こそ悪いが実力は学内でもトップクラス。一部では生徒会の役員に匹敵するのではとの声もある。


 いくらレオノアが優れているといっても、その差はやはり簡単に埋められるものではない。


 むしろ差を埋めてしまった瑞季の方が異常なのだ。


「どいつもこいつも勝手なことばっかり言ってくれちゃって……。レオノアだってめちゃくちゃ鍛えてたってのに」


 会場の雰囲気に苛立ったのか、舞衣が眉間に皺を寄せた。


 彼女の隣に座る瑞季もまた難しい表情でバトルフィールドを眺めている。


 レオノアが傷を負ったことで一度止まった試合だが、今は再び剣戟の音が響いている。


 残酷なことをいうようだが、この試合はレオノアに勝ち目は殆ど無い。


 剣の腕も直柾の方が上、なおかつ彼には攻撃に非常に特化した疾風の属性を持っている。


 放たれる真空の刃はロングレンジ、ミドルレンジ、クロスレンジと様々な場面で使い分けることが出来る。


 しかも最大の利点として、それらの攻撃は視認することができない。


 勿論、真空刃の攻撃の際には空気の流れが変わるので、完全に知覚できないわけではないが、剣戟の最中にそれを感じ取るのは困難だ。


「やはりこの試合、レオノアには分が悪いな」


「あー、瑞季もそういうこと言うわけ!? いくら恋敵だってそれはンガッ!?」


 目にも止まらぬ速さで舞衣の口を押さえると、瑞季はにっこりと笑みを浮かべた。


「そういったことはできれば二人きりの時にしてもらいたいのだが?」


「ふ、ふぁい……」


「わかればよろしい。……話を戻すが、今言ったのは紛れもない事実なんだ。辻の実力はかなり高い上に、属性もある。レオノアが弱いというわけじゃないが、実力に差がありすぎる。彼女が属性覚醒を果たしていたり、強大な霊力があればまた変わってくるがな」


「けどさぁ――」


「――ただ」


 舞衣の声に被せるようにして瑞季は続ける。


「それらはあくまで予測に過ぎない。レオノアが真面目に鍛錬をしてきたことも知っているし、失敗から学ぶ性格であるのもわかっている。試合までの間、彼女が新たに技を開発してきたのもな。それにレオノアも私や雷牙と同じで負けん気が強い」


「瑞季……。そうね、アンタの言うとおりだわ。あの子も負けず劣らず我が強いもんね。よぉし、ならこっちも全力でレオノアを応援するまでよ!」


 舞衣は立ち上がると、大きく息を吸った。


「レオノアーーーッ!! 相手が先輩だからって手加減する必要なんてないわ! ボッコボコのケチョンケチョンにしてやんなさいッ!!!!」


 若干粗暴な物言いではあったが、舞衣らしいといえばらしい応援だ。


 瑞季はその声援に僅かに笑うと、レオノアの試合を見守る。






 舞衣の声援が耳に入り、レオノアは剣戟の最中でもふと笑みを零す。


 相手は素行不良生徒として名高い辻直柾。


 少しだけ相対したときも、そのさっきはとてつもないものだった。


 正直に言えば勝機は薄いだろうと、すこしだけ弱気になっていたこともある。


 だが、それは勝負を放棄するような理由にはならない。


 たとえ勝機が限り無く薄かったとしても、可能性があるのなら諦めるべきではない。


「嬉しそうじゃねぇの。レオノアちゃん?」


 鍔迫り合いの中で、直柾がニッと笑みを向けて言ってきた。


「友人のエールが聞こえたので……!」


「ああ、さっきのか。俺もああいうのは、嫌いじゃねぇ。だが、状況は変わってないんだぜ?」


 瞬間、レオノアは弾かれるようにして距離を取った。


 同時に、頬に鋭い痛みが奔り、目元で鮮血が舞う。


『ここで再び真空刃がファルシオン選手の肌を切り裂きました!! 傷は小さいようですが、見えない刃というのはやはり脅威です!!』


 見えない刃。


 確かにそのとおりだ。


 空気である以上、無色透明のそれは、視認することは難しい。


 だが、何度か受けていて、真空刃が飛来する予兆のようなものは感じることが出来た。


 今の真空刃もそれを感知することが出来たからこの程度の傷で済んでいる。


「へぇ、掠っちゃいるが、うまく避けるな。やっぱり期待してただけはある」


「お褒めにあずかり光栄です」


「んじゃあ、コイツはどうだッ!」


 直柾の瞳に残忍が光が灯り、鬼哭刀を振るった。


 すぐさま真空刃による攻撃が来ると判断した瑞季は感覚を鋭敏化させる。 


 鬼哭刀を振るモーションから真空刃が発生していることはわかっている。しかし、振った鬼哭刀の角度や速さは決して真空刃とは連動していない。


 大きさも速さも角度も距離も、全てでたらめな場所から飛んでくる。


 例えば――。


「後ろとか……!!」


 その場から飛び退いたレオノアのすぐ近くを形のある確かなものが通過していく。


 続けて飛来したのは、斜め上からの真空刃。


 微妙に変わった空気の流れを感じ取り、それすらも回避してみせる。


「ヒュウ、やるやる」


 今度は傷を負わずに回避して見せたレオノアに驚いたのか、直柾はどこかうれしげだったが、間髪いれずに鬼哭刀を振った。


 回数は一瞬にして五回。


 視認はできず、空気の流れを読むのも正直限界がある。


「だったら……!」


 レオノアは大剣を振りかぶると、力いっぱいフィールドに叩きつけた。


 轟音と共に砕かれたフィールドの欠片と砂煙が周囲に蔓延る。


『フィールドを砕いた!? いったい何の意味が――』


 真空刃は無色透明のため見えない。


 圧縮はされているようなので僅かにゆがみが見えるが、近接戦闘時にそれをする余裕は無い。


 ならば、もっと見やすくすればいいだけのことだ。


 見えないのなら、色をつけてやればいい。


 周囲に舞った砂煙が次々にゆらめき、コンクリート片が裁断される。


 それを見逃さず、飛来した全ての真空刃を回避する。


『なるほど! 舞った砂煙を利用して見えない真空刃に色をつけたってわけですか! 確かにこれなら、回避運動が楽になります!!』


「ふぅん、まぁ一年にしちゃ考えた方か……」


 彼が呟くように言ったのが聞こえたが、レオノアは、最後の真空刃を避けると、砂煙を飛び出し距離をつめる。


 その間も真空刃が次々に襲ってくるが、フィールドを砕いた際に出た砂をばら撒いてそれらを回避してみせる。


『ファルシオン選手グングンと距離をつめて行きます! このまま勝負を決めるつもりなのでしょうか!?』


 走りながら全身の神経と筋肉にくまなく霊力を行き渡らせると、レオノアの体が淡く発光を始める。


 技術でも、属性においても劣っているのはわかっている。


 ならば、今持てる自分の最大の一撃を叩き込むのみ。


 以前、雷牙と初めて戦った時に見せた、これはトーナメントの間も鍛え続けたことで更に磨きがかかっている。


 前のように油断をするつもりはない。


 霊力によって強化された腕で大剣を片手で振りかぶると、直柾の肩口へ向ける。


「ハァァァアアァァアァアアァ!!!!」


 飛び上がり全体重を乗せた渾身の一撃は確実に直柾の肩口を捉えていた。


 スピードもパワーも申し分ない一撃が直柾を襲う――!


『ファルシオン選手の強力な一撃が炸裂!! これは辻選手にもいい一撃が入ったかー!?』


 恐らくこの場にいた誰もが、攻撃が入ったと思った。


 しかし、アレだけの攻撃だったのにも関わらず、血がまったく出ていない。


「ッ!?」 


 見ると彼の肩口を確かに捉えていたはずの肩に大剣の刃が届いていない。


 僅か数センチを見えない壁に塞がれている。


 頬から血が滴り、直柾に落下するも、血は見えないなにかによって弾かれた。


「これは……!!」


 レオノアは瞬時に理解した。


 彼がまとっているのは風だ。


 言うなれば、風の鎧か。


 できるのかもしれないとは思っていた。しかし、風を発生させているのなら、服が乱れたり、髪に影響が出ると思っていた。


 だが、彼はその影響が出ないレベルで風を纏っていた。


 完全にこちらの読み間違いである。


「惜しかったなぁ。気合いの乗ったいい一撃だった。けど、勝負を急ぎすぎたな」


「くっ!?」


 ふわりとした感覚が体にかかり、浮遊感が襲ってくる。


 身動きはできるが、地面に足をつけることができない。


 彼の操る風に完全に捕まった。


『あーっとこれは危険です!! 辻選手の風に完全に捕まりました!! この展開は斬刑之皇の本領発揮となるアレがおきてしまうのでしょうか!?』


 実況が言っているのは、真空刃による全身の切り刻みだろう。


 レオノアもそれを予感するものの、地上にいる直柾は首を横に振る。


「いつもアレばっかりじゃ芸がねぇ。だから、今回は手法を変えてやる」


 ニッと笑った直柾の鬼哭刀に暴風にも似た真空の刃が集まっていく。


 空間が歪んで見えるほどの風の塊に、レオノアはゾクリとした恐怖感を覚えた。


「それなりに楽しませてくれたからなぁ。選ばせてやる。切り刻まれて負けるか、参ったするか。好きな方を選びな」


 その申し出に、理性は降伏するべきだと警鐘を鳴らしている。


 しかし、レオノアは首を横に振る。


「お断りします」


 自身の力が足りなくて負けたのならまだ納得する。


 しかし、負けを認めて戦わずして敗北を受け入れるなど絶対にしたくない。


 たとえ痛みが待っていたとしても、それだけは譲れない。


「……そうか。じゃあ、せいぜい死なねぇように気張れやぁッ!!!!」


 どこか満足げな笑みを見せた直柾が暴風を纏った鬼哭刀をなぎ払う。


 風によって完全に動きを制御され、回避することはできない。


 ならば、足掻くだけ足掻いてやる。


 自分が持っている霊力全てを防御に回す。


 イメージは体を覆う霊力の壁だ。


 そして吹き荒れる暴風の刃と、レオノアが張った霊力の壁が衝突する。


 衝突の瞬間、アリーナ全体に凄まじい暴風が吹き荒れる。


 時折バチバチとはじけるような音をさせながら、暴風と霊力の壁は激突を繰り返す。


 暴風が壁を抉れば、すぐさまそれを補填し続ける。


「く……アアアッァッァァアアアアアアァァァッ!!!!」


 レオノアの雄叫びにも似た咆哮があがった。


 暴風の一閃にひたすら耐え続ける。





 やがて暴風は治まり、霊力の壁も削られることは無くなった。


 勝負の行方は――。


「ハァ……ハァ……!!」


 レオノアは立っていた。


 肩を激しく上下させ、滝のような汗を流しているが、その体には最初につけられた傷以外、大きな傷は見受けられない。


『ふ、ファルシオン選手がた、立っています!! アレだけの一撃を受けたのにも関わらず、殆ど無傷です!!』


 実況の声が響き、続いて観客席が湧く。


 誰もがアレを耐え切れると思っていなかったのだ。


 しかし、レオノアは耐え切って見せた。


「やるねぇ……! いいじゃねぇか、そうこなくっちゃ面白くねぇ!!」


 興奮した様子の直柾が鬼哭刀を構え、レオノアもそれに答えるように構えようとしたものの、視界が大きく揺らいだ。


 同時に、全身から一気に力が抜け、彼女はその場に倒れふす。


「あ?」


 拍子抜けしたような声を漏らす直柾だが、彼を制するようにレフェリーが動いた。


 ピクリとも動かなくなったレオノアの容態を確認すると、レフェリーは首を横に振った。


『あ、えっと……。し、試合終了ですッ!! 辻選手の攻撃を耐え切ったファルシオン選手ですが、やはりダメージがあったようです。これ以上の戦闘は不能! この試合の勝者は三年生、辻選手です!!』


 実況が響くと、アリーナは静寂に包まれたが、どこからか拍手が響いた。


 やがてそれはアリーナ全体へ及び、大きな拍手が巻き起こった。


 それは、圧倒的な実力の中でも決して諦めず、最後まで足掻いて見せたレオノアに対する、皆からの賛辞であった。


 直柾も鬼哭刀を鞘に納めると、保健委員に運ばれていく彼女を見送りながら小さな笑みを見せた。

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