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入学式が行われていたはずの第一アリーナの中心には、それぞれなんともいえない表情をした綱源雷牙と痣櫛瑞季の姿があった。
「まさか君も選ばれるとはな」
「俺もこんなことになるなんて思ってなかったつの」
げんなりとした様子の雷牙は、試験当日のことを思い出してみる。正直言って学科試験はさほど高くはないと思うのだが、それで次席に選ばれるものなのだろうか。
『新入生の皆さんも知っているでしょうが、玖浄院の首席は、学科試験と実技試験をあわせた最高得点者。次席は学科を無視した実技試験、つまり戦闘能力が高かった者が選ばれます』
疑問に思っていたところに進行役の教師が補足を入れた。なるほど、随分と変則的な選び方をするものである。
『ってことはあの綱源ってやつもそれなりの実力者ってことか』
『そうなるだろうけど相手が痣櫛家じゃねぇ……』
『アイツ完全に貧乏くじだな。単純に痣櫛の実力を見せ付けるためのかませ犬みたいなもんだろ』
『実質お嬢様が圧勝して終わりなんじゃね?』
『かもねー。次席って言っても勝てるわけないでしょ』
『まぁあんまり期待せずに見とこうぜ』
二人を見つめる新入生からの声は、殆どが雷牙に対する同情と嘲りが混じったようなものだった。
「ひっでぇ言われよう」
周囲から聞こえてくる声に傷ついているわけではないが、思わず大きなため息が洩れてしまう。皆が期待していて、なおかつ見てみたいのは瑞季の剣技なのだろう。
『また、試合で使用する『鬼哭刀』は公平を期すため、玖浄院支給の朝鉄で行います』
司会の声と同時に、教員が雷牙と瑞季にそれぞれ刀を渡す。
鬼哭刀。現状、斬鬼に対抗できる唯一の武器であるこの刀の総合的な名称である。
山間部で産出される霊力を内包した特殊な鉱石である、霊儀石から作られるこの武器は、刀狩者の霊力を瞬時に刃に伝達することができるばかりか、空気中を漂う霊力も取り込んで鬼を倒す糧とする。
かつてはこれを銃弾に加工する案もあったらしいが、斬鬼への有効なダメージは高く望めないということで破棄され、近接武器に加工することが殆どである。
名のある刀工が打てば銘がつくらしいが、この刀はハクロウで大量生産された訓練用のもので名刀というわけではない。
かつては刀が主流であった鬼哭刀であるが、現在はその形を様々な近接武器へと変えている。が、共通して言えることは霊儀石を遣って加工されていれば全て鬼哭刀なのである。
渡された鬼哭刀を剣帯に納めてからそれぞれが開始位置に立つと、軽く準備運動をしつつ、雷牙の方から瑞季に声をかける。
「瑞季。手加減とか考えてくれるなよ。やるからには、全力でやろうぜ」
「……わかった。勝負をする以上、私も負けるつもりはない」
互いに鬼哭刀を抜き放つと、それぞれの刃に淡い光が灯る。
二人の瞳にあるのは、覚悟を決めたものの眼に宿る光だ。
『双方、準備が整ったようですね。では…………試合開始!』
瞬間、視線の先にあったはずの瑞季の姿が消えた。同時に襲ってくるのは、濃密なまでの殺気とプレッシャー。
次に瑞季が現れたのは、雷牙の真正面。本能的に死を感じた彼がとった行動は、剣筋を確認してそれを受け止めることだった。
キィンという金属と金属がぶつかり合う甲高い音と共に、二人の間でオレンジ色の火花が散る。
けれど受け止めたからと言って安堵はできない。すぐさま刀で押し返し、バックステップで一定の距離を取る。
「なんつー速さしてやがる……!」
頬を伝う汗が、雷牙の味わった重圧と剣閃の重さを物語っていた。
瑞季はというと、攻めてはこないが、いつでも攻撃に移れるといった様子だ。
『いま、見えたか……?』
『ぜんぜん……』
観客から聞こえてきた驚愕の声も無理はない。目の前で見ていた雷牙ですら、最初に起した彼女の動きが殆ど見えなかった。
恐らくあの一瞬の移動は、霊力で身体能力を強化したのだろうが、それでもあまりに速すぎた。その動作すら一瞬であり、刀が来ると感じるのが遅ければ、一撃で勝負は決まっていただろう。
『やっぱり次席でも無理だってあんなん!』
『だな。怪我する前に降参した方がいい』
『おーい、綱源ー。あきらめた方がいいってー!』
周囲からかけられるのは、雷牙の身を案じての言葉。確かに彼らの言うとおり、ここで降参すれば怪我をすることなく負われるはずだ。入学早々医療用ポッドのお世話になるのはどうかと思う。
だが、本当にそれでいいのだろうか。開始前、雷牙は彼女に「本気でやろう」と言った。なのに、最初の一撃で「勝てないので降参です」というのは、彼女に失礼ではないだろうか。
いや、失礼とか以前に、こんなところで退きたくはない。ペロッと舌で唇を湿らせた雷牙の口角は僅かに上がり、笑みを見せる。
「降参なんてありえないだろ。こんな強い奴と戦えるのに……!!」
ギンッと雷牙の瞳に鋭い光が宿る。それは今朝、斬鬼と戦った時に見せたものと同じ光だった。
瞬間、再び瑞季が消えるが、追随するように雷牙の姿も消失した。
次に二人が現れたのはバトルフィールドの中央で、鍔迫り合いの状態だった。ギチギチと刀の刃を押し付けあう二人の間では小さな火花が明滅している。
どちらかともなく鍔迫り合いを終え、互いの刀を弾くと、始まったのは双方退かない剣戟。
瑞季が攻めれば雷牙が防ぐ。雷牙が攻勢に転じれば瑞季が防御。
けれど、やはりと言うべきか瑞季が優勢なようで、攻める数は彼女の方が圧倒的に多い。
雷牙を襲うのは鍛え上げられた剣閃の嵐。
刀狩者を志す者、そして刀狩者は多かれ少なかれ武道に傾倒している。
とはいえ、真の意味で武を極めるものは非常に少ない。それもそうだ。鬼哭刀があり、霊力があればそれなりの斬鬼の相手は出来るし、一人で勝てなくても複数人でかかれば狩ることができる。
であれば、霊力の運用などに重きを置いた方が得策ではないだろうか。
殆どの刀狩者はこういう考えを持つ。それは見習いである育成校の生徒達も同じこと。
しかし、まれにいるのだ。己の限界を超えて強くあろうとする者が。全体的に見ると圧倒的少数の彼らは、一人一人がそれこそ並の斬鬼数十体分とも言われる戦闘能力を持っている。
瑞季はおそらくその部類に入るのだろう。ひたすらに研鑽を積み、強さを貪欲に追い求めている。
『なんか一瞬、綱源が押してるかなーって思ったけど……』
『結局痣櫛さんが押すようになったね』
一瞬見せた雷牙の攻勢も虚しく、観客からは落胆とも取れる声が洩れ始めた。
圧倒的優勢に立つ瑞季は、雷牙に対して一切容赦のない剣閃を繰り出す。
観客席にいる新入生の誰もが瑞季の勝利を信じて疑っていない。だが、瑞季の心中は穏やかなものではなかった。
――――何故だ、雷牙。何故君はこの状況で……!
再び鋭い一撃を雷牙に放つものの、僅かに見えた彼の表情は彼女に違和感を覚えさせる。
――――そんな風に笑っていられる!!
雷牙は口元に笑みを浮かべていた。自棄になった笑みではない、その笑みは、この状況を楽しんでいる者の笑みだった。
幼少の頃から研鑽を積んだ瑞季の実力は、既に、プロの刀狩者であっても打ち倒すことができるほどだ。
勉強のためだと父に連れられて行った修練場で、何度か刀狩者と手合わせをしたこともある。
彼女と戦った誰もが、苦しい顔はしても笑顔を浮かべることなどなかった。
押しているのは瑞季。これは絶対的な事実だ。けれど、言い知れぬ違和感、いや一種の恐怖にも似た感情が瑞季の心を侵し始めていた。
「フッ!!」
額に浮かぶ汗を感じながらも、抉るような一撃を放つ。
だが、それを雷牙は予測していたかのように受け止める。
同時に自身のなかで燻っていた違和感の正体を彼女は掴んだ。
刀を引いた瑞季は雷牙が僅かに距離をとって彼を見据える。
「なんだよ。やめちまうのか?」
こちらを見る彼には相変わらず笑みがある。肌の露出している部分からは僅かに血が出ている。
「ようやく慣れてきたところなんだけどな。お前との闘いに」
慣れ。その単語を聞いた瞬間、瑞季はやはりと感じた。
後退する直前に放った攻撃を雷牙はこちらの攻撃を予測していたかのように防いでみせた。つまり、彼は――。
「君はこの戦闘中に私の動きを学習し、順応したのか」
そう。先ほどの攻撃、戦闘開始当初の彼なら防ぐことは不可能だったはずだ。だが彼は今それを何の苦労もなく防いだ。
闘いの中で得られる経験は何よりも己の糧になるものだが、彼はそれを戦闘の中で一瞬にして自身の力として還元している。
それが彼の言うところの「慣れ」というやつなのだろう。正直、慣れなどという言葉で片付けていい類のものではないと思うが。
だが、明らかに異常な彼の能力に気付いたことで、僅かに揺らいだ精神が寧ろクリアになった。
「雷牙! 君に謝っておきたい。本気で戦うと言ったが……すまなかった。私はまだ隠していることがある」
「別に気にしねぇよ。で、もしかして今からその見せてなかった本気の本気を見せてくれるのか?」
「ああ。だが見せなかったのは、決して君の事軽んじていたからじゃない。これはまだ私も調整が効かず、君に重傷を負わせかねないと判断したからだ!」
言い切った瑞季は大きく深呼吸してから、自身の身体の中に宿っている霊力に精神を集中させる。やがてそれは彼女の身体からあふれ出し、霊力の奔流となる。
やがて彼女の身体全体を霊力が包んだかと思うと、彼女の周囲に大小さまざまな水球が現れた。
『お、おいおいまさかアレって!!?』
『属性、覚醒……!!』
『嘘だろ!? まだ一年生だぞ!!』
どよめきは新入生はもちろん、出席していた一部の上級生からも聞こえた。
属性覚醒。霊力を物理的なエネルギーへ変換できるこの力は、誰もが習得することが出来る力であるが、完全に覚醒できるのは限られる。
二十歳になるまでに覚醒にいたれなければ、それ以降、この力を持つことはできない。
主に覚醒できるのは育成校に通っている期間であることが殆どだが、稀に幼少の頃に覚醒に至る者も存在する。
瑞季はその限られた能力を覚醒させていたのだ。
「属性持ちかよ……!」
笑みを浮かべていた雷牙も、顔に緊張が走る。けれど、力を解放した瑞季の表情もあまり芳しくはない。
先に言っていたが、彼女自身まだこの力を十分に発揮することは出来ない。そればかりか、気を抜けば制御すら難しい。
それでも瑞季は雷牙を見据えると、刃に発生させた水を纏わせ、水流を作り出し、乱れかけた呼吸を戻す。
「行くぞ……!」
小さいながらも力強い声音で言った彼女は、足に霊力を集中させて一瞬で距離を詰める。
「ハァァァァッ!!」
気合いと共に上段から振り下ろされた斬撃は、雷牙の肩口から脇腹にかけてを切り裂く一撃だ。正確に受け止めることができれば、弾いてから攻勢に転じることも出来る。
けれど、雷牙は刀が振り下ろされる瞬間、顔を強張らせるとその場から大きく真横に飛び退いた。
振り下ろされた刃は虚しく空を斬った。
が、一拍遅れて発生したのは、耳を貫く超高音の音だった。皆がその音に耐えられず耳を塞ぐ。
回避した雷牙も肩耳を塞ぎながら自身が先ほどまでいた場所を見ると、彼の表情が驚愕に染まる。
そこには大きな切れ目があった。まるで鋭利な刃物で切り裂かれたようなそれは、深さはないにしろゆうに二十メートル以上続いている。
「……なん、だ。今の」
何が起きたのかわかっていない様子の雷牙に、瑞季は態勢を戻しながら短く告げる。
「私の水を超高圧で打ち出した。名はないが、つけるとすれば……『水龍の息吹(仮)』かな」
鬼哭刀の刀身に再び水に濡れる。そう何度も連発できる技ではないが、まだ打てる。
――――さぁ、この状況に置いても君はまだ笑っていられるか!?
正直に言ってしまえば、これを見せた時点で彼には降参して欲しい。
本当に短い間しか一緒に過ごしていないが、彼とはよき友人になれそうだし、極力傷つけたくはない。
けれどもそんな期待は目の前で立ち上がった彼には通じなかったようで――。
「おもしれぇ……! やっぱりこうでなくっちゃなぁ!!」
ニッと満足そうな笑みを浮かべる少年は、再び刀を構え直す。




