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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第三章 選抜されし者達
58/421

1-3

『青い、炎……!!』


 実況を担当する笛縞の驚いた声が龍子の耳に届く。


 視線の先にいる勇護の鬼哭刀に宿っていたのは、完全燃焼による青い炎。


 なにか隠しているとは思っていたが、なるほど、これが彼の奥の手というわけか。


 炎の熱は先程までの比ではなく、身を焦がすような熱さが常に展開していた冷気の膜を超えて肌を焼く。


 斬鬼討伐の経験を積み、多くの戦場を駆け抜けてきた熟練の刀狩者であれば、この域に達することも可能だろう。


 学生で、尚且つブランクのあった身でここまで磨き上げるとは、流石の一言である。


 常に研鑽を積むその姿勢は恐らく玖浄院の中で随一と言ってもいいだろう。


「これが今俺が出来る足掻きだ……!」


 出血の影響もあるのだろう。


 目元は苦悶に歪み、歯を食い縛りながら言う勇護。


 ただし、目だけは死んでいない。


 足掻きなどと言っているが、まだ勝利を掴もうとしている。


「……」


 龍子は答えず沈黙を貫くと、小さく息をついた後、腰を低くし、氷で覆われた切先を勇護に突きつけるようにし、ちょうど柄が顔の側面に来るように構える。


 霞の構えというやつだ。


 先ほどまでの剣戟や、属性同士の応酬はなくなった。


 しかし、この場にいた誰もが理解しただろう。


 どちらも次で決着を付けるつもりであると。


 実況もそれを感じ取ったのか、一切口を挟まない。


 そしてアリーナが静寂に包まれた頃。


 勇護が動いた。


 青い炎をまるでジェット噴射のような推進力に変え、二十メートル以上はあった間合いを一気に詰めてくる。


 龍子はそれをただ冷静に迎え撃つ。


 双眸は一切の瞬きをせず、勇護の動きを一瞬たりとも見逃さない。


 彼が血の滲むような努力をしていたことは知っている。


 ブランクを超え、努力を積み、三年生の中でトップレベルの強さを身に付けた彼のことは心から賞賛している。


 だからこそ、龍子は手を抜かない。


 今まで戦ってきた選手達がそうだったように、勝利を掴もうとする彼を、ただ一刀の下に切り伏せる。


「オォッ!!!!」


 気合いの声が聞こえた瞬間、勇護の纏う雰囲気が変化し、蒼炎を纏った刀が振り下ろされる――!




「――氷獄八剣(ひょうごくはっけん)――(いち)(せん)頞婁武陀(あるぶだ)』――」




 氷が煌めき、冷気が舞う。


 完全に決めに入った勇護は気付けたとしてももはや止まることは出来ない。


 しかし、例えそうであっても、彼は蒼炎を今持てる最大の力で振り下ろす。


 放たれた蒼炎を氷剣は接触するよりも速く凍結させ、炎は氷に飲み込まれる。


 それでも氷刃は止まらない。


 迷いのない縦一閃は、勇護の体を超え、彼の背後に氷の道を作り出す。


 アリーナ全体の温度を数度以上下げるほどの氷撃に、皆があっけに取られる。


 ふぅ、と白い息をつく龍子の眼前には、全身を凍結され、氷像と化した勇護がいる。


 彼女はそれを一瞥すると、放った鞘を氷を砕いて手元に戻す。


 そのまま長刀を鞘に納め、鯉口をカチンと鳴らす。


 瞬間、勇護の体に纏わり付いていた氷と、彼の背後に奔った氷の道が砕け散り、破砕音が響く。


 氷から解放された勇護はそのまま膝から崩れ落ち、ドサリとバトルフィールドに倒れこむ。





 シンと静まり返ったアリーナ。


 誰もが声を出せず、あっけにとられている。


 あまりの静けさに時間そのものが凍り付いてしまったのではという感覚を雷牙が覚えそうになった頃、長い沈黙が破られる。


『し、試合終了ーッ!!!! 申し訳ありません、実況でありながら完全に言葉を失っていました!! 

 勝利したのは、生徒会長、武蔵龍子選手!! 近藤選手もかなり善戦しましたが、五神戦刀祭優勝者の実力の前には一歩及びませんでした!!』


 試合は終わり、勇護は医療用のポッドに入れられて保健室へと搬送されていく。


 残った龍子は軽く会釈をした後に、ゲートへ向けて歩き出す。


『それにしても流石生徒会役員同士の試合だけあって凄まじい闘いでしたねー』


 実況の声に周囲の生徒達が頷く。


『マジでスゲェもん見た感じだよなぁ』


『それな。つかやっぱり会長は半端じゃねぇ。剣術は勿論だけど氷結の力がかなりえぐい』


『近藤先輩の炎もなんか研ぎ済まされてた感じあったよね。あの青い炎とか!』


『ああ。なんつーか俺らとは生きてる次元が違う感じだったな』


『会長はマジチートすぎだけど、近藤先輩も惜しかったよなー』


 口々に龍子と勇護を評価していく生徒達の中で、雷牙はゲートへの道を歩く龍子のことをジッと見据えていた。


 何事もなかったかのような足取りの彼女に、雷牙はゴクリと生唾を飲み込む。


 あの時、勇護が見せた青い炎の熱はここまで達するほどの超高温だった。


 にもかかわらず、彼女はそれをたった一刀で切り伏せた。


 炎はその形を保ったまま凍結し、砕かれた。


 あれが五神戦刀祭優勝者の実力。


 実力的には高い部類に入っている勇護ですらも、及ばない高み。


 それが彼女の立っている場所だ。


 けれどそれは彼女に限ったことではないはず。


 恐らく来る五神戦刀祭には確実に現れるはずだ。


 彼女と同等の力を持っている魔人たちが。


 ゾクリ、と体に震えが奔る。


 これは決して恐怖などではない。


 ましてや武者震いでもない。


 震えの正体は、強者を追い求める思考から来る興奮。


 自身の母が戦闘狂などと称されていたように、雷牙の中にもその血は色濃く受け継がれている。


 ぜひとも一度手合わせをしたい。


 自分の実力がどこまで通じるのか。


 たとえ通じないとしても、高みにいる彼女を間近で見ることができれば、自身の成長の糧となる。


 なんとしても喰らいつく。


 一矢報いるとかそんな生半可な考えではだめだ。


 全霊の一刀を叩き込んでやる。


「……やってやるさ……」


 雷牙の呟きはざわめく生徒の声の中に消えていった。






 選手控え室から出た見目麗しい少女、痣櫛瑞季はバトルフィールドに続く通路でほうっと息をつく。


 思い返すのは今終わったばかりの試合。


 すごい闘いだった。


 とても学生同士とは思えない戦いに、思わず拳を強く握ってしまい、手はすこしだけ湿っている。


 火炎と氷結という相反する力が激突し、属性的には不利に見られる氷結で、炎を制した龍子。


 やはり、玖浄院の生徒会長の肩書きは伊達ではないということだ。


 ふと視線を前に戻すと、薄暗い通路の先。


 アリーナの明りで白く光って見える入場ゲートから、長刀を携えた彼女がやってきた。


 僅かに強張った体を動かし、一歩足を進めると、龍子も気が付いたのか、柔和な笑みを浮かべた。


「やぁ、痣櫛さん。早いね」


「いえ。これくらは普通です。……試合、お疲れ様でした。生徒会長」


 軽く会釈すると、龍子は肩に手を置いてきた。


「副会長との試合だけど、緊張はしてる?」


「多少は。副会長も五神戦刀祭でベスト四の実力者ですから。気は抜けません」


「さすがに調べてるねぇ。攻略法とか教えてあげようか?」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべた彼女に、瑞季は少しだけ冷ややかな視線を向ける。


「からかうのも大概にしてください。それに、攻略法程度で勝てる相手でもないでしょう」


「さすがに冷静だね。知ってるとは思うけど、副会長……三咲ちゃんは強い。勝てる算段はあるかな?」


「なかったとしてもひねり出すだけです」


 即座に返した言葉に、龍子は一瞬キョトンとすると小さく吹き出すと、笑い始めた。


 一頻り笑った彼女はどこか満足げな表情を浮かべる。


「な、なんですか?」


「いや。痣櫛さんはもう少し計算高い子のイメージがあったからね。ひねり出すなんて言葉が出てくると思わなくってね。誰かの影響かな?」


「い、いえ。そういうわけでは」


「照れない照れない。っと、気になるところだけど、そろそろ時間かな。それじゃあ痣櫛流殺鬼術、楽しみにしてるよ」


 軽く方をポンポンと叩いてから彼女は去っていった。


 残された瑞季は彼女の後姿を少しだけ見やった後、呼吸を整えてからゲートに向かって歩き始める。


『さぁ、それでは本日第二試合行ってみましょう!』


 実況の声と生徒達の歓声が聞こえ、瑞季は目を閉じて大きく深呼吸をする。


 そして再び開いた彼女の瞳には、純然な闘志が宿っていた。






 雷牙の視線の先にはバトルフィールドで睨み合う瑞季と、生徒会副会長、土岡三咲の姿があった。


 戦闘開始から凡そ十分。


 どちらも決定打には至っていない。


『第二試合も波乱の展開となってまいりました!! 期待の一年生首席、痣櫛選手と生徒会副会長、『渦水姫(セイレーン)』こと土岡選手、完全なるミラーマッチとなっております!!』


 ミラーマッチ。


 ようは鏡に映った自分と戦うようなもの。


 今行われているのはまさにそれだ。


 剣術の流派は違えど、彼女等には共通している点が一つある。


 それは、二人の持つ属性だ。


 瑞季の流水に対し、三咲の属性もまた流水。


 まったくの同一属性同士の対決となっている。


「この場合、どういう感じで決着がつくんだ?」


「剣術の腕は瑞季さんが優位に見えますが、属性の観点から見ると、土岡先輩が優位ですね」


「瑞季も属性に目覚めたのは最近だって言ってたしね。鍛錬を積んだ相手と比べれば、若干見劣りするのは仕方ないかも」


 二人の意見は的確だった。


 剣術において、瑞季は三咲よりも圧倒的有利に立っている。


 現に、剣閃は何度も三咲を追い詰めていた。


 しかし、追い詰めたとしても、三咲の操った水が剣閃を弾き、決定打にならない。


 三咲もそうだ。


 流水を最大限に使って瑞季を追い詰めても、瑞季の圧倒的な剣がそれ以上の進行を許さない。


「こうなってくると、どっちの霊力が切れるかで勝負が決まってくるかもね」


「確かにそうだな。ん……?」


 視線を戻すと、三咲が距離を取った。


 数十メートル以上の距離を開けた彼女に実況も反応する。


『土岡選手、ここで一気に距離を置きました! ここまでの試合から察するにこの状況は――!』


 実況が言い終えるよりも速く、瑞季が一気に距離を詰めるために動いた。


 彼女の行動は間違っていない。


 三咲との闘いで距離を置かれるのはかなり危険だ。


 見ると、彼女の背後で渦を巻く水柱が発生し、ドリルのようになった先端を瑞季に向けている。


 これこそが渦水姫と彼女が呼ばれる由縁。


『出ました! 土岡選手の『螺旋の水槍(カラドボルグ)』!! 第三試合では、数メートルはあった岩壁をまさにドリルように抉り、勝利をおさめています! さぁこれに対して痣櫛選手は間合いを詰めることはできるでしょうか!?』


「ヤバイな……」


「はい。アレが現れたとなると、瑞季さんはかなりキツイ状況です」


 レオノアも気が付いているのか、険しい表情を浮かべている。


 あの渦巻く水柱は非常に危険だ。


 リーチは長く、遠距離から立て続けに攻撃を放つことができる。


 三咲の剣術の腕は確かに高いほうではあるが、瑞季や龍子などと比べるとかなり劣り、クロスレンジは苦手な様子だ。


 しかし、その反面彼女はロングレンジで真価を発揮する。


 十分な間合いと取ってからの水流の攻撃はかなり脅威である。


 だからこそ瑞季も距離を詰めたのだが、少しだけ反応が遅れたのが仇となった。


 二柱あるうちの一柱が放たれたのだ。


 凄まじい速度で放たれた水槍は瑞季目掛けて伸びていく。


 すぐさま回避運動を取る瑞季であるが、彼女を追うように水槍(すいそう)は鋭角的に軌道を変えていく。


 フィールドを削りとりながら突き進んでいく水槍は直撃すればまず戦闘続行は不可能。


 掠めただけでも大ダメージは免れない。


 状況はかなり追い詰められているが、雷牙は信じている。


 彼女がこんなところで負けるはずがないと。






 襲い来る水槍を避け続ける瑞季は至って冷静だった。


 本来ならこれをだされる前に倒したかったが、やはり生徒会副会長。その実力は想定していたよりも高い。


「逃げているだけでは勝てませんよ! 痣櫛さん!!」


 まるでタクトを振るう指揮者のように水槍を操る三咲。


 既に二柱目の水槍も放たれ、左右、前後、上下から次々に槍が襲ってくる。


 並の生徒であれば降参してもおかしくはないこの状況だが、瑞季は一切心を乱すことなく、その場で出来る最善の回避運動を行っていく。


『す、すごいです! 痣櫛選手、二つの水槍をものともしていません!! 全ての攻撃を危なげなく回避していきます!!』


 仕切りに視線を動かし、槍の軌道を確認する。


 しかし、その中でも決して三咲からは視線をはずさない。


 この状況で一番危険なのは、彼女を見失うことだ。


 水槍自体も危険ではあるが、それにばかり気を取られていると、彼女自身の攻撃をくらう可能性がある。


 これだけの技量だ。槍を動かしながら接近するなど造作もないだろう。


 だから決して彼女から視線ははずさない。


 常に強い眼光を向け続ける。


 それ自体が三咲に対する牽制にもなっているのか、彼女は思うように動けてはいない。


 フッと笑みを見せる瑞季は、迫ってきた水槍を回避すると、そのまま鬼哭刀を鞘に納め、抜刀術の態勢と取って睨みを利かせる。


「……ではそろそろこちらから、攻めさせてもらう!!!!」

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