1-1 強者達
玖浄院、第一アリーナには全校生徒が集まっていた。
皆どこか浮ついており、会場内は多くのざわめきで満たされている。
そして彼らの話題に上がっているのは、今日の初戦の対戦カードだ。
『やっぱり勝つのは会長だろー』
『わからないぜ? 近藤先輩だってかなりの実力者だ。ここまで属性なしで勝ち上がってきてる』
『それを言うなら会長だってそうよ。しかも全戦瞬殺! 今回も瞬殺よ』
『どうかなー。瞬殺が決まらなかったら会長だってあぶないんじゃねー?』
ところどころで龍子と勇護のどちらが勝利するかの予想合戦が始まっている。
「今のところ予想は五分五分といったところなんでしょうか」
雷牙の隣で首をかしげたのは、美しいブロンドの髪を持つ少女、レオノア・ファルシオンだ。
「今までの試合を見た感じ、意見が割れるのは当然かもな。実際どうなんだ?」
視線を向けた先にいるのは、様々な情報を扱っている玖浄院の情報屋こと柚木舞衣である。
「今のところは、会長、七の近藤先輩、三ってのが正しい数字かな。やっぱり会長のネームバリューと実力はすごいといわざるを得ないね」
肩を竦めた舞衣に対し、雷牙は今一度生徒会長こと、武蔵龍子の情報を思い返す。
玖浄院の最高戦力にして、ハクロウ七英枝族の一つ、武蔵家の次期跡取り。
これだけでもかなり凄まじい経歴であるが、彼女の戦歴には目を見張るものがある。
一昨年、つまり彼女がまだ一年生だった頃の五神戦刀祭では準優勝。そして去年は優勝している。
それだけではない。
一般で行われる刀狩者と育成校の生徒を対象にしたトーナメントやリーグ戦においても、彼女は低くても三位以内に入っている。
日本に五校ある育成校でもその名を知らぬものはいない。
ようは、名実共に彼女は今現在日本で最強の十代女子なのだ。
予想が彼女の方に傾くのは必然だろう。
雷牙自身も間近で会ってみて彼女から溢れる絶対的な強者のオーラを改めて感じていた。
が、ふと雷牙に疑問が上がってきた。
「そういや会長ってなんで白髪なんだ?」
「それは刀狩者の素質のある人に時折現れる変異現象によるものですね」
レオノアが人差し指を立ててから軽く説明を始めた。
「変異現象は主に体の末端に現れます。一番多いのが頭髪で、通常見ない特異な髪の色に変化しています。また、この変異現象が現れると将来的に確実に属性覚醒できるとも言われています」
「へぇ……。じゃあ会長もやっぱり覚醒は果たしてるってわけか」
「なんの属性かは私も知らないけどねー。瑞季も控え室で見てると思うけど、今回の試合で会長が出してくるかどうか」
「さすがに出すだろ。多分近藤先輩も出すはずだ」
むしろ出してくれなければ困る。
龍子と勇護、どちらが勝ったとしても雷牙と最終的に当たるのは決勝戦だ。
欲を言えば対策の一つや二つ立てさせてもらいたい。
今までの戦闘は彼女らが殆ど一方的に勝利してしまうので、あまり参考にはなっていない。
それは恐らく控え室でモニタリングしている瑞季こと痣櫛瑞季もそうだろう。
彼女が第二試合で勝利すれば、明後日の試合は龍子と当たることとなる。
この試合で彼女の本気か、属性の片鱗が見えればよいのだが……。
『お集まりの皆々様、大変長らくおっまたせいたしましたッ!! ただ今より、五神戦刀祭出場選手選抜トーナメント、第四回戦を始めさせていただきます!!!!』
実況の高らかな宣言に、ざわついていたアリーナからざわめきが消え、歓声が巻き起こる。
皆の興奮も最高潮のようだ。
『いい反応、ありがとうございます! 実況はひきつづき、玖浄院新聞部部長兼放送委員長、笛縞広魅がお送りいたします!! さて、いろいろまどろっこしい説明をするようにといわれていますが、正直そんなことよりも早く試合に行きたいので、全てすっ飛ばします!! それではトーナメント第四回戦、初戦の対戦カードはぁ……こちらァッ!!!!』
流石にすっ飛ばすのはどうかとも思うが、早く試合にうつってくれるのは結構ありがたいことである。
バトルフィールドの十数メートル上には、ホロディプレイが投影され、今回対戦する二人の顔が表示された。
同時に、バトルフィールドと控え室を繋ぐ道に炎を模したホロビジョンが出現する。
『それでは東ゲートから紹介いたしましょう!! まずはこの方! 玖浄院生徒会所属、役職は生徒会書記! ここまでの試合では多くの選手達の鬼哭刀をその破壊の一撃で粉砕してきた、歩く武器破壊!! 圧倒的なパワーを用い、今日も全てを粉砕していくのでしょうか! 『刃喰い』こと三年生、近藤勇護選手の入場ですッ!!』
言い切ると同時に、勇護が通路から姿を現した。
拍手と喝采が巻き起こる中、彼は軽く礼をしてからバトルフィールドへと足を進める。
「相変わらず厳ついな。本当に高校生かよ」
「その台詞、前も言ってたよ。らいちゃん」
不意にかけられた声に振り返ると、頬につめたいペットボトルを当てられた。
犯人は「にひひ」といたずらっ子のような笑みを浮かべている幼女、もとい、少女、大神陽那だ。
彼女の後ろには、両手に飲み物を抱えている二人の男子生徒、狭河玲汰と、岡田樹の姿もあった。
「あんた達、何やってたのよ。ギリギリじゃない」
「すまない。思いのほか自販機に人がいてな」
「おまけにこの人の多さだからなー。おう、雷牙ちょっと前通るぜ」
玲汰が前を通るためのスペースを空けると、彼は舞衣の隣に座る。
陽那と樹はそれぞれ雷牙後ろだ。
「レアちゃん、らいちゃんはやくとってー」
「おう、わりぃ。さんきゅーな」
「ありがとうございます、陽那さん」
それぞれ陽那からドリンクを受け取ると、再び実況の声が響く。
『続きまして西ゲート! 皆さんお待ちかね!! 玖浄院の最高戦力にして昨年の五神戦刀祭優勝者!! 言わずとしれた十代最強の女子!! さらには実家はハクロウ七英枝族! ここまでの試合は全て秒で決着を付け、まさしく異次元の強さを持った玖浄院生徒会長!!!! 『氷魔の女帝』こと、三年生、武蔵龍子選手ッ!!!!』
同じようにホロビジョンの炎が灯る道へ、薄暗い通路を抜けて姿を現した龍子。
しかし、その姿を見た瞬間、雷牙達の視線は彼女が持っている鬼哭刀に集まった。
彼女が持っていたのは長刀だ。
刃の長さはここから見ても二メートル前後はあるだろう。けれど、彼女は今まで標準的な日本刀型の鬼哭刀しか使ってこなかった。
ここにきての武器変更だろうか。
一応、トーナメント中は一度に限り鬼哭刀の変更は認められている。
が、雷牙達が疑問に思っていると、実況が驚愕の声を上げた。
『ま、ま、ままま、まさかアレはーーーー!!?? 生徒会長が本気になった時にしか見られないというあの刀!! 国綱の系譜を受け継ぐ稀代の刀工、竜胆十士郎作の『氷霜』!!?? 生徒会長、間違いなく本気です! 確実に勝利を掴みにきています!!』
会場中がざわめいた。
雷牙自身、彼女のことは知らなかったが、あの刀を造った刀工のことは知っている。
何百年も昔、まだ霊力などが認識されていなかった時代に存在した名刀と呼ばれる五振の刀を天下五剣と言う。
その中の一つ、鬼丸を造ったのが国綱であり、その系譜を受け継いでいるのが、今説明もあったとおり、竜胆十士郎だ。
さらに言ってしまえば竜胆十士郎は天下五剣になぞらえて新たに生まれた、天下五匠の一人でもある。
修業時代、何度か五匠たちの刀をインターネットやらで見たことがあるが、どれも非常に美しい刀だった。
その美しさは鬼哭刀を所持していない者達すらも魅了すると言われている。
価格はそれこそウン千万円の域だろう。
しかし、竜胆は変わった人物でもあるらしく、自身が認めた剣士には無償で鬼哭刀を造るという。
龍子が金を払ってアレを手に入れたのか、竜胆に認めてもらったのかは定かではないが、あのようなものを持ち出すということは実況の言ったとおり本気なのだろうか。
「雷牙、これ」
ふと舞衣がタブレットを寄越してきたのでそれを受け取ると、レオノア、陽那、樹もズイッと覗き込んできた。
表示されていたのは去年の五神戦刀祭の優勝台に上がっている龍子だ。
確かにここでも長刀を持っている。
さらにフリックすると、なにかしらの大会やリーグ戦、トーナメントで優勝した画像も出てきた。そしてどの画像にも常に長刀が握られている。
長刀はやはり龍子が本気を出す意思表示のようなものなのかもしれない。
「ちょっと待てよ!? 本気ってことは会長さん今まで本気じゃなかったってことか!?」
玲汰が素っ頓狂な声を上げた。
だがぞれも無理はない。
全ての試合を秒で片付けてきた彼女のことを、雷牙を含め殆どの生徒が一瞬だけ本気を出しているのだと踏んでいた。
だが、それは誤りだったようだ。
彼女は最初から本気など出していなかったのだ。
ゴクリと生唾を飲み込んだ雷牙は驚きもあったがその中には、決して隠せていない興奮と歓喜の感情があった。
――早く、戦ってみてぇ……!!
実際自分がどこまで通用するかはわからない。
もしかしたら一瞬で勝負が付いてしまうかもしれないが、雷牙の中にあったのは龍子との試合を望む貪欲な戦闘への渇望であった。
「……熱い視線をヒシヒシと感じるねぇ」
呟いた彼女は視線だけを僅かに観客席に向ける。
視線を辿っていくと、その先にはやはりと言うべきか、雷牙の姿があった。
驚いているようだが、嬉しそうでもある。
やはり思ったとおりだ。
彼は戦いを求めている。しかも強者との戦いをだ。
だったらこの試合で見せてあげよう。
武蔵龍子の本気の力を。
フッと笑った龍子がバトルフィールドに上がると、厳つい顔をした生徒会書記が立っていた。
「氷霜を持ってきたということは、お前も使うのか?」
「もちろん。こっからは全力だからね、勇護くん」
「当然だ。本気を出したお前に勝たなければ意味がない。今回は勝たせてもらう」
ギンッと彼の瞳に強い光が灯り、鋭い殺気が飛んでくる。
対し、龍子は何事もないかのような笑みを浮かべているが、その剣気は本物で、両者の間には目には見えない気迫同士が衝突している。
二人がそれぞれレフェリーに視線を向けると、レフェリーも二人の意図を理解したのか、インカムで実況に連絡を入れる。
『ただ今レフェリー役の先生から連絡がありました。両者共に準備が整ったようです!! 生徒会役員同士の闘い、果たしてどちらが勝利を掴み取るのか! それではトーナメント第四回戦第一試合――、開始です!!』
宣言の後、開始を告げるブザーが鳴り響く。
同時に二人はそれぞれその場から飛び退いて距離を取る。
そのまま二人は睨みあうと、それぞれの間合いを確認する。
それが数十秒続き、アリーナ全体に耳が痛いほどの静寂が蔓延ったとき、勇護が吼えた。
「――猛れ、炎熱ッ!!!!」
業ッ! と勇護の周囲と鬼哭刀に真っ赤な炎が現れた。
トーナメント一回戦の初戦で彼と当たった風祭の比ではないほどに洗練された炎は、やがて彼の背後で形を成していく。
現れたのは炎で形成された不動明王。
燃え盛る炎で形成されたそれは、まさしく彼の厳格な性格を反映したものに見える。
『す、すさまじい炎です! これが近藤選手の属性覚醒!! 火炎属性は何度もみましたが、このような形を成す姿は初めてです!! まさしく洗練された霊力制御があってこその技といえるでしょう!!』
燃え盛る炎の熱は、かなり離れている龍子の肌すら焼かんとしている。
「さぁ、武蔵! お前も見せてみろ! 俺に本気を!!」
炎の不動明王が勇護の感情を体言するかのように更に苛烈さを増す。
龍子はそれに小さく笑みを浮かべると、長刀を瞬時に抜き、鞘をバトルフィールドの外へ放る。
確かに戦闘において彼女のもつ長い鞘は邪魔だろう。
背負っていたとしてもそれを掴まれる可能性もある。
その場にいた誰もがただ鞘を投げただけ。そう思った。
しかし、次の瞬間、アリーナにいた全ての人物の表情が驚愕に染まる。
バキバキバキッ! という何かが軋むような、壊れるような音と共に、バトルフィールド外になにか巨大な蒼い結晶が現れたのだ。
その結晶の先端には、今龍子が放った鞘が一体化するように鎮座している。
結晶は白い靄のようなものを放っている。
それは、冷気だった。
同時に、皆が理解する。
武蔵龍子の二つ名とされる『氷魔の女帝』の本当の意味を。
「さて、はじめるよ」
ニッと笑った彼女の鬼哭刀は氷を纏っていた。
絶対零度。
全てを凍てつかせる氷結の力。
それが龍子の本気の正体。
五属性の枠に入らない、番外の属性。
属性覚醒、『氷結』である。




