4-8
全身に流れるエネルギーの奔流を雷牙は確かに掴んでいた。
兼定の刀身は蒼い光が淡く発光しているし、全身からは際限なく霊力があふれ続けている。
間違いなくこれは霊力だ。
しかし、なぜだ。
この廃倉庫の中はアレクシス達の手によって彼女等以外は霊力を扱えない空間になっていたはず。
「くそ、何がどうなってやがる!? おい、シュエン!!」
喚く隼にも困惑の色が見える。
どうやら彼らにも今の状況が理解できていないようだ。
シュエンは端末を取り出して操作を始めたが、その顔が驚愕に染まった。
「阻害装置の反応がロスト……!?」
「なんですって!? 誰がやったっていうの!!」
ヒステリックな声を上げたアレクシスがシュエンに詰め寄るものの彼はそれに首を振る。
「僕だって知りませんよ! ヴィクトリア・ファルシオンは動けないし、その娘も妙な行動は起していない。第一、彼らに阻害装置が発見できるわけがない!!」
確かに彼のいうとおりだ。
雷牙とレオノア、そしてヴィクトリアは阻害装置がどこにあるのか知らない。
知らないものを壊す術はない。
ではなぜ阻害装置が壊れたのか。
謎はあるが、これは好機だ。
霊力が使えることで、雷牙の治癒術も自動的に発動し、全身の痛みはもうない。
折れた骨も既につながった。
まだ戦うことができる。
後ろの二人を護ることができるのだ。
「レオノア、さっきはありがとな」
「え……」
「俺のこと護ろうとしてくれただろ。けど悪かったな、助けに来たつもりがみっともなくやられちまってよ」
自嘲気味な笑みを浮かべる雷牙。
実際、かっこつけて助けにきたぜなんて言ってみたが、威勢がよかったのは最初まで。
殆どは彼らに翻弄され、遊ばれていたに過ぎない。
だが、霊力が戻った今ならば、護りきることが出来る。
「謝らないでください。貴方は私達のことを護るために必死に戦ってくれました。それは、とてもうれしかったです」
「……そうか。じゃあもうちょっと待っててくれ。今度こそ本当にすぐ終わらせる」
「いえ、霊力が使えるようになった今なら私も一緒に」
雷牙が持ってきた大剣を握ったレオノアが前に出ようとしたが、彼女の肩を掴んでそれをとめる。
「お前はお袋さんの様子を見といてやれ。治癒術で応急処置しといたほうがいい」
ヴィクトリアは意識を失っているようだが、まだ呼吸はしている。
とはいえ、血を流しすぎていることは確かだ。
治癒術で応急処置をしておけば、後々の治療が円滑なものになるはずだ。
「けど、また雷牙さんが危険に……!」
「大丈夫だ。今ならやれる。つっても、アレだけボロクソにやられた後だから信用できねぇかもしれねぇけどな」
肩を竦めた雷牙は、一歩前に出る。
それに気がついたのか、アレクシス達も臨戦態勢を取った。
「まぁいいわ、霊力が使えるようになったからと言っても爆発的な戦闘能力の向上はないはず」
「ですが、あの霊力量は……」
「ハッ! なんだよびびってんのか、シュエン! あんなもんハッタリに決まってる。大方いきなり霊力が出たもんだから抑えられていねーのさ!」
隼は言い切ると、懐から例のカプセルを取り出す。
「アンタ、また飲む気? 連続で使用は斬鬼化のリスクが高くなるわよ」
「俺は平気だ。こんなもんいくら飲んだって、斬鬼にはならねぇさ!」
カプセルを口に放り込むと、再び隼の雰囲気が変化する。
だが、先程までと少し様子が違う。
「は、はは、ハハハ、ヒヒヒ……! ほ、ほららなあぁ!? オレおれ俺は、だいだ、だだ、大丈夫なんだっててへえへぇ!!」
先程まではなかった笑い方に加え、ろれつがおかしい。
斬鬼化のリスクが高いと言っていたが、それの兆候なのだろうか。
だとするのなら、なおのこと手を抜くことは出来ない。
雷牙は兼定を構えると、自身の霊力を更に放出する。
それこそ、廃倉庫全体が軋むほどの霊力だ。
あまりに膨大な霊力のためか、雷牙の周囲では霊力同士がぶつかり合い、スパークのようなものまで現れている。
その様子に、アレクシス、シュエンの二人が気圧される。
「まだ、上がるのか……!?」
「こんな馬鹿な……! こんな馬鹿みたいな霊力、見たことがない……!!」
雷牙の霊力は、並の刀狩者と比べると倍以上という言葉では言い表せないほどに膨大だ。
しかも雷牙はまだ十代半ば。霊脈はこれから更に成長する可能性がある。
それを考えたアレクシス達の表情が歪むのも無理はない。
現に、雷牙の霊力は今の二人を合わせても到底届くはずがないのだから。
けれどただ一人はそれに気がついていなかった。
「は、ハハハハハ! ち、調子にのってるんじゃ、ねね、ねぇぞガキィ!! テメェ如き、ひひ、一ひねりりりりぃ! だッ!!」
焦点の合わない目で雷牙を捉えた隼は駆け出した。
もはや霊力による高速移動という技術を使う思考がないのか、動きは先程と比べれば遅い。
だから、雷牙には準備する時間が十分にあった。
僅かに息をついた雷牙から霊力の放出がある程度抑えられる。
同時に、兼定の刀身が強い光を帯びた。
眩しいくらいに集束した霊力によって、発光現象が起こっている。
そのまま兼定を高く掲げる。
思い浮かべるのは、数メートルにわたって大地を切り裂いたあの一撃だ。
やったのは殆ど無意識。
鍛錬でも結局最後まで完成に至ることはなかった。
しかし、今なら出来る。
否、やらねばならない。
なぜなら、今、彼の後ろには、護るべき人がいるのだから。
「ッ!? 止まりなさい、隼!!」
何かを感じ取ったアレクシスが静止を促すものの、薬によって興奮状態に陥っているのか、隼は止まらなかった。
「死いいぃぃいねぇぇええやぁああああ!!!!」
裏返る声で叫ぶ隼に向け、雷牙は酷く冷静に、そして一瞬で兼定を振り下ろした。
「ハァッ!!!!!!」
刹那、雷鳴のような轟音と共に刀身に集束していた霊力が一気に放たれる。
余波で起きた豪風により、廃倉庫の屋根は吹き飛び、霊力は全てを飲み込みながら突き進んでいく。
それはアレクシス達も例外ではなく、吹き荒れる霊力の嵐は圧倒的な力を持って全てを破壊する。
霊力の放出は時間にして十秒前後のことだったが、周囲の惨状はまるで台風が通った後かのようだった。
今いる廃倉庫の屋根は支柱ごと完全に吹き飛び、屋根ではなく空が広がっている。
壁も殆どがはがれ、別の廃倉庫にも余波が及んでいる。
しかし、それ以上に存在感を放っていたのは、地面に刻まれた深い溝だ。
雷牙の立っているところから真っ直ぐに伸びたそれは、先に行くにつれてその深さを増し、長さは雷牙が無意識で撃ったときよりも長い。
「ふぅ……!」
脱力するように息をついた雷牙は、前方に広がる光景を見やる。
霊力を一番近くで受けた隼は、体が真っ二つになっていたが、体はピクピクと動いていた。しかし、斬鬼の力を持ってしても、もはや生きてはいないはずだ。
奥にいたシュエンは右腕が肩からなくなっており、仰向けのまま意識を失っているようだった。
そして、アレクシスはというと、三人の中ではもっとも軽症のようで、四肢の欠損はない。
だが吹き飛んだ瓦礫の下敷きになっており、容易には抜け出せないようだ。
「やったか……」
とりあえず何とか状況を打開したことに安堵した雷牙は、思わずその場に座り込む。
大きく息をついてからグッと拳を握りこむと、技が形になったことに対する満足感と、レオノアとヴィクトリアを護ることができたという達成感がこみ上げてくる。
しかし、二人を護るためとはいえ、結果的には一人の命を奪ってしまった。
少しだけ複雑な表情を隼の遺体に向けていると、背中に強い衝撃が伝わってきた。
「さすがです、雷牙さん!!」
衝撃の正体はやはりと言うべきか、レオノアだった。
喜びの声を発するレオノアに後ろから抱き着かれ、雷牙はぐわんぐわんと揺さぶられる。
「お、おう。確かにやったけど、待てレオノア! 揺らしすぎ揺らしすぎ!!」
「あ。す、すみません」
揺さぶりから解放された雷牙はレオノアに向き直る。
彼女の目尻には涙が浮かんでおり、すこしだけ鼻水も垂れている。
「おいおい、ひでぇ顔してるぞお前。ってか、お袋さんは大丈夫なのかよ」
「はい、大きな傷は治癒術で治しています。でも、私は雷牙さんのように霊力が多くないので……」
少しだけ言いよどむレオノアの後ろには、落ち着いた息をたてるヴィクトリアが見える。
傷口も先程と比べると小さくなっているものの、やはり完全回復には至っていない。
「よし、じゃあ俺が代わるからちょっと待ってろ」
雷牙はレオノアとヴィクトリアの治療を交代しようとしたが、ふとなにかピリッとした嫌な感覚が走ったのを感じ取る。
すぐさま振り向く雷牙は思わず息を詰まらせる。
アレクシスの姿がなかったのだ。
さっき感じた感覚からして逃げたとは考えにくい。
「きゃあっ!?」
短い悲鳴に弾かれるようにそちらを見ると、喉下に細剣を突きつけられた。
見ると、レオノアを人質にしたアレクシスが憤怒と憎悪に歪んだ顔でこちらを睨んでいる。
頭からは出血しており、肩には切り傷があった。
「お前、動けたのか……!」
「所詮はガキね。詰めが甘いのよ。少しばかり予定は狂ったけど、私はまだ諦めない」
怒りを見せながらも彼女は笑みを浮かべると、ヴィクトリアを一瞥してから雷牙に視線を戻す。
「アンタが殺しなさい」
「なに?」
「聞こえなかったの? アンタがヴィクトリアを殺すのよ!! このガキを殺されたくなかったらね!!」
レオノアを拘束するアレクシスの腕に力が入る。
僅かに苦しげな表情を浮かべるレオノアに、雷牙は悔しげに歯噛みする。
あそこで意識の有無を確認していれば、こんなことにはならなかったはずだ。
彼女の言ったとおり、詰めの甘さが仇となった。
「さぁ、早く!」
「……ああ、わかったよ」
小さな声で答えた雷牙は、ヴィクトリアに向き直る。
彼女は未だに目を覚ましていない。
背中に細剣が突きつけられる感覚を覚えて万事休すかと思った時だった。
ヴィクトリアの指が動いたのだ。
しかも意識を取り戻した時に反射的に動くものではない。
顔を見ると、彼女は僅かに瞼を開けていた。
意識が完全に戻っている。
――一か八かだ……!
雷牙は刀を振り上げる。
瞬間、霊力を一気に放出する。
「ぐッ!? このガキ……!!」
憎々しげなアレクシスの声が聞こえると同時に、雷牙はすぐさま振り返った。
案の定、アレクシスは行き成り放出された霊力に僅かにたじろいでいる。
レオノアの拘束も甘くなっているのを確認した雷牙は一息で間合いに入ると、やや強引にレオノアをアレクシスから解放する。
そのまま彼女を抱き込みながら後退すると、完全にキレたであろうアレクシスが怒りの咆哮を上げた。
「このガキィィイイィイイ!! 舐めたマネを――――ッ!!??」
彼女は言い切る前に声を詰まらせた。
見ると、アレクシスの腹部にレオノアの大剣の柄がふかぶかとめり込んでいる。
「お、まえ……意識、が……!?」
驚愕するアレクシスの瞳には、大剣を握った女性、ヴィクトリアが写っている。
しかし、彼女が細剣をヴィクトリアに突き立てる前に、アレクシスは大きく殴り飛ばされた。
ヴィクトリアが霊力で身体能力を強化し、柄尻をさらに押し込んだのだ。
そのまま回転しながら隣の廃倉庫の支柱に叩きつけられたアレクシスは、一度体を震わせた後、完全に動かなくなった。
どうやら今度こそ意識を失ったようだ。
「お、お母様……?」
雷牙に抱かれた状態で、レオノアが心配そうな声をもらすと、ヴィクトリアはこちらを見てから、笑顔を浮かべた。
「……もう大丈夫よ、レオノア。貴女と、彼のおかげで助かったわ」
柔和な微笑みを浮かべるヴィクトリアに、レオノアは感極まったのか、大粒の涙を零しながら彼女に抱き着いた。
「お、お母様……! 本当に、本当によかったです……! うわぁぁぁぁん!!」
「ごめんね。私のせいで怖い目にあわせてしまって。本当にごめんなさい」
泣きじゃくるレオノアの頭を撫でながらヴィクトリアは謝罪する。
親子の抱擁を眼にした雷牙は、大きく息をつくと、兼定を置いてその場に座り込むと、脱力する。
「あー……一時はどうなることかと思ったけど、なんとか、終わったな……。はぁ……」
再び大きなため息をついた雷牙は、空を仰ぐものの、ふと視界に黒い影が入った。
それを追うと、雷牙が作り出した溝のすぐ近くに誰かが着地した。
「ヴィクトリアさん、レオノア! 無事ですかッ!?」
焦った声音で問うたのは、ヴィクトリアの友人である湊であった。




