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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第二章 異国の剣士
50/421

4-7

 間合いに入るには数秒あれば十分だ。


 一切視線をはずさず、僅かな指の動き、挙動すらも見逃さない。


 霊力が使えない今、実力差は歴然。


 だからと言って逃げるという選択肢はない。


 自分の背中には守るべき命がある。


 それすら守れないようでは、母のような強い刀狩者になど決してなれない。


「ラァッ!!!!」


 一気に距離を詰め、兼定の届く間合いに入った雷牙は、今の状態で放てる渾身の一振りをアレクシスへ向けて放つ。


 霊力は使っていないものの、常人ではほとんど捉えることのできない剣速。


 刀狩者であったとしても、それなりに手を焼くはずの一振り。


「遅い」


 アレクシスの冷淡な声が聞こえたかと思うと、刀が止まった。


 いや、正しくは止められたというべきだろう。


 無情にも、雷牙の渾身は、アレクシスが出した手によっていとも簡単に受け止められた。


 しかもただ掴んだのではない。


 僅か二本の指で挟みとったのだ。


 それに驚いたのも束の間。


「ッ!!!!」


 人間ではない赤黒い瞳がぎょろりと動いたのを確認した雷牙は、すぐさまその場から飛び退く。


 瞬間、雷牙の顔面に向けて放たれたのは研ぎ澄まされた霊力の刺突刃。


 ほぼ直感で直撃は回避できたが、頬を霊力の刃が擦過していく。


 着地した雷牙は全身から汗が噴き出すような感覚を味わった。


 地面を見ると、血液が数滴垂れた。


 頬にある感覚的に、ばっくりと開いた傷口となっているだろう。


 顔を上げた雷牙は、額に大粒の汗を浮かべ、肩を激しく上下させていた。


 アレクシスはさっきの場所から動いていない。では、他の二人はと視線を向けるものの、雷牙はそこで気がついた。


 一番後ろに立っていたはずの隼の姿がない。


 気付くと同時に背後から襲ってきたのは、濃密な殺意の塊。


 ほぼ無意識に刀を背後に回すと、ガキン! という金属音と共に、火花が爆ぜる。


「ハッハァ! よく防ぐなガキィ!!!!」


「くッ!? ゥアッッッ!!」


 乱雑に受けた刃を弾き、すぐさま三人全員を視界にいれることの出来る距離を取る。


 顎に流れる汗と血の混じった液体と拭いながらも視線は一切はずさない。


 瞬きすらしてはいけない。


 霊力が使えない今、彼等の移動速度は脅威だ。


 アレクシスの刺突も、隼の切り掛りも、彼等が無意識に放っている殺気と、僅かな空気の流れで察知できただけに過ぎない。


 あんな攻撃を連続でされたら、自分ひとりの命などあっという間に散らされる。


 勝つことはおろか、生き残ることさえ困難なこの状況に陥れば、誰しもが諦めるか死を選択するだろう。


 しかし、雷牙の瞳は死んでいなかった。


 表情は暗いが、瞳の奥底で輝く光は、まだ何も投げ出していない。


 十五年前、斬鬼村正の災で母がその身を犠牲にして守ってくれたこの命は、誰かを助けるために使うと決めた。


 ここで諦めたらそれができなくなる。


 だから、戦うのだ。


 勝ち目がなく、どれだけ無謀な闘いであったとしても。


 深く息を吐いた雷牙は、腰を落として刀を構える。


 すると、アレクシスが呆れたように肩を竦めるのが見えた。


「物分りが悪いとかそういうレベルじゃないわね。諦めなさい。アンタ、自分がもう詰んでるのがわからないわけ?」


 ピクリと雷牙が彼女の言葉に反応する。


「……それが諦める理由になんのかよ」


「は?」


「力の差は歴然、霊力は使えねぇ、人質も取られてる、誰も助けに来ない。あぁ、詰んでるだろうよ。けど、俺はテメェの限界をテメェで決めるような小さい男にはなりたかないんだよ」


 雷牙は修業時代、師匠である宗厳に言われたことを思い出していた。


『諦める、無理、無駄、限界などという言葉を自分から吐くような男になってはならん。人間に限界などないのだからな』


 あとから聞いた話では、これは母、光凛がいつも言っていたことらしい。


 限界を決めない。


 例え辛くても、怖くても、足を止めなければ、勝機を掴むときは必ず来る。


 だから雷牙は諦めない。


 圧倒的力量差、気持ちだけでは埋められない霊力の有無という壁。


 ならばそれをどのような形であれ打ち破ってみせる。


「はぁ……ここまで馬鹿だとは思わなかったわ。最近の育成校の生徒ってのは皆こんなのばっかりなのかしら、ねぇ!!」


 ゾワリ、と放たれた殺気で全身に鳥肌が立った。


 同時に、アレクシス、隼、シュエンがそれぞれ頷いたのを確認し、身構えるものの、次の瞬間襲って来たのは、腹部を抉るような鈍痛だった。


 視線を落とすと、シュエンの右足がふかぶかと鳩尾にめり込んでいた。


「さっきのお返しです、よッ!!」


 グッと足が更にめり込むと、体が空中に投げだされ、そのまま軽く数メートル吹っ飛ぶ。


 幸いなことに内臓をやられてはいない。身構えたことで全身が緊張状態になったことで無意識に防御できたようだ。


 攻撃はこれで終わりではない。


 吹っ飛んだ雷牙は兼定を地面に突き立てて減速するものの、背後に現れた殺気を感じ取り、その場から転がるように回避運動を取る。

 

 視線を向けると、さっきまでいた場所にアレクシスの細剣が突き刺さっていた。


 背筋に悪寒を感じつつも、一呼吸を入れようと思ったが、それすらままならなかった。


「休憩する暇があると思ってんのかよ!」


 眼前に聞こえた昂ぶった隼の声に反応した瞬間、右頬目掛けて蹴りが放たれる。


 瞬時に腕を立てて防御には成功したものの、密着させた腕を通して鼓膜に骨が折れる嫌な音が響く。


「手ごたえありぃ!! 腕逝ったなこりゃ!」


 霊力で強化された蹴りは重く、雷牙は衝撃で転がりながらも、瞬時に立ち上がる。


 寝てはいけない。それだけで大きな隙が生まれてしまう。


 腕の痛みからして、やはり折れているのは間違いなさそうだ。


 顔をゆがめながらも、追撃に備えようとしたものの、それよりも早くアレクシスに襟首を掴まれた。


 そのまま持ち上げられ、足が地面から完全に離れてしまう。


「本当に馬鹿なガキ。なにが自分で限界を決めない、よ。いま主導権を握っているのは私たち。アンタはその辺に転がってるごみみたいな価値しかないのよ」


「が……ッ!?」

  

 グッと力が込められ、息が詰まる。


 視線の先ではレオノアが目に涙を溜めてこちらを見ていたが、雷牙は小さく笑ってみせる。


 すると、それが癪に障ったのか、アレクシスが細剣のナックルガードで腹部を殴りつけてきた。

 

 それも先程シュエンに蹴られたところをだ。


「なに笑ってんのよ。これだからガキは嫌い――」


 彼女が言い終える前に、雷牙はアレクシスの顔面を右頬から蹴りつけた。


 完全に無防備なところに入った蹴りを受け、アレクシスの顔面は赤くなっていた。


「ハッ! ゴミみたいな価値しかないガキに蹴られた気分はどうだよ、オバサン!」


 いまだ掴みあげられたままだが、雷牙は悪巧みをする子供のような笑顔を浮かべた。


 さらに続けてもう一撃蹴りを加えてやろうと足を振り上げるものの、肩に走った鋭い痛みに阻止される。


「ぎっ!?」


 見ると、細剣が刺さり、血が滴っている。


「このクソガキがぁぁぁぁ!! 私の顔をよくも……!!」


 それこそ鬼のような形相で睨んでくるアレクシスに、雷牙はニッと歯を見せて笑う。


「なん、だよ。化粧が落ちて実年齢でもばれるってか……!? うぎ……!!」


 なおも侮辱する言葉を捲くし立てると、今度は腹部を刺され、かき回すように抉られる。


「いつまでも甘い顔をしてると思ったら大間違いよ。こうなったら徹底的にいたぶってからあの二人と一緒に殺してやるわ……!!」


 そこから始まったのは拷問のような攻撃の嵐だった。


 掴みあげられた状態でアレクシスには死なない程度の刺突を見舞いされ、彼女が飽きると今度はシュエンと隼による殴る蹴るの暴力だった。


 どれほどの攻撃を受けても、雷牙は決して負けを認めはしなかった。


 その証拠に、彼は一度として地面に膝をついていない。


 時間にしては十分前後のことだったと思うが、随分長く殴られていたようにも感じる。


「ケッ、タフなガキだな。こんだけ袋叩きにしてもまだ意識がありやがる」


 膝をつかずに、いまだ立っている雷牙に、隼が溜息交じりの呟いた。


「まぁもう殆ど動けないでしょう。もはや瀕死と言ってもいいです。時間的にもそろそろ終わりにしませんか、アレクシスさん」


「そうね。思わぬ邪魔が入って遅れてしまったけど、終わりにしてもいいでしょう。ちょうど薬の強化も切れる頃合だし」


 すると、彼女の瞳が人間のものに戻り、嫌な気配も段々と薄れていく。


 彼女等はそのまま雷牙を担ぎ上げると、レオノアとヴィクトリアの下へ放り投げる。


「雷牙さん!!」


 レオノアの声が聞こえたが、耳に水が入った時のようなぼんやりとした声だった。雷牙は僅かな反応しか出来ずにいる。


 もはや意識は殆どなく、気力だけで持っている状態だ。


「さぁて、それじゃあぶっ殺すか。一発ヤってからとも思ったが、飽きちまった」


「そう。じゃあさっさと終わりにしましょう」


「まぁ待てって姉御。おい、クソガキ。聞こえてるかどうかしらねぇけど、テメェの刀使うぜ」


 隼の手にあったのは、雷牙の愛刀、兼定だった。


「テメェの刀でテメェが守ろうとした女を殺してやる。最高に面白いと思わねぇか?」


 ピクリと、雷牙の指が動く。


 そのまま彼はゆっくりと立ち上がると、レオノアとヴィクトリアを守るように立ちはだかる。


「やらせ、ねぇ……!」


 掠れる声を漏らした雷牙を見ると、先程までの死んだような瞳ではなく、最初に見せていた強い覚悟の光が光っている。


 しかし、膝は今にも砕けそうで、全身のいたるところから出血しており、殴られた顔は一部が赤くはれ上がっている。


 すると、そんな彼を守るようにレオノアが立ちはだかった。


「この人は、殺させません」


「なんだ? お嬢ちゃんが先に死にたいか?」


 下卑た笑みを見せる隼を、レオノアは毅然とした表情で見据えていたが、その肩は小さく震えていた。


「まぁ安心しな。うまく首を刎ねてやるから、痛みはたぶんないんじゃねぇかなぁ! ハハハハハ!!」


 汚い笑い声と共に、隼が持った兼定の切先がレオノアの首下につき、彼女の柔肌に食い込んだ。


 びくり、と彼女の体が大きく震える。


 僅かに赤い血が流れ出るものの、雷牙はそれよりもレオノアの顔で何かが光ったのを見た。


 それは涙だった。


 ドクン、と雷牙の中で一際大きな鼓動が鳴った。


 同時に、彼のなかで怒りの感情が燃え上がる。


 それはアレクシス達にだけではない。


 レオノアとヴィクトリアを守ることが出来ずにいる自分自身に対する怒りだった。


 ドクン、ドクン、と鼓動は大きさを増し、段々と速度を上げていく。


 ――俺が護るんだ。レオノアもレオノアの母親も……! あの人(母さん)みたいに……!!


「さぁて、それじゃあ行きますかぁ!!」


 隼が兼定を振りかぶり、勢いよくレオノアへ向けて振る。


 瞬間、雷牙は自身の体の奥底から何かがせり上がってくるのを感じつつ、レオノアの前に出る。


「雷牙さ……ッ!?」


「今更遅え!! 二人まとめてぶった切ってやるぁ!!!!」


 凄まじい速度で振られた刀は雷牙とレオノアの命を断つ――――。



 ――――はずであった。



「なっ!?」


 聞こえたのは、肉を斬る音でも、骨を断つ音でもない。


 隼の驚愕の声だった。


 それもそのはず。


 彼の振った刀は、雷牙の首を落とすことが出来なかったのだから。


「……っ」


 刀は雷牙ががっちりと掴んでいる。


 すぐさま隼は刀を引こうとしたものの、まるで微動だにしない。


「ど、どうなってやがる!!?」


 思わず刀を放した彼は雷牙から距離を取った。


 同時に、雷牙は三人を睨みつける。


 瞳は僅かにだが蒼い燐光を帯び、頭髪は一部が逆立っている。


「そんな、まさか……!?」


「これは……!」


 驚愕を露にしたのは、隼だけではなくアレクシスとシュエンもだった。


 ふぅっと小さく息をついた雷牙は、曲がっていた膝を伸ばす。


 見ると、彼の全身の傷がみるみるうちに治癒していく。腫れ上がっていた顔も、完全に腫れが引き、あったのは血の跡だけだ。


 そして最後の傷が完全に治癒する同時に、雷牙は雄叫びを上げた。


「おおぉおおぉぉおおおおおおおおッ!!!!」


 奮い立たせるような咆哮と同時に、全身から蒼い燐光が迸る。


 それは紛れもない。


 この空間ではあの三人しか使えなかった、刀狩者にのみ扱えるエネルギー体である霊力であった。


 ギロリ、と蒼く発光する瞳で三人を睨んだ雷牙は、兼定の柄を握り、刀身に霊力をまとわせた。 

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