4-6
兼定を構えた雷牙は、三人の位置を瞬時に把握すると、構えたまま駆け出す。
三人を見たとき、思わず受身に入ろうとしてしまった雷牙であるが、それは悪手だったことを思い出す。
多対一の戦闘において、守りに徹するのは危険だ。
霊力を使えていれば防御も手なのだが、今は状況が状況である。受け身を続けていれば必ず崩される。
ならば、攻め続ける以外に手はない。
狙うのは最初に動いた誰かでいい。
一人に固執してしまえば、それこそ畳み掛けられる隙を作ってしまう。
状況に応じて狙う相手を切り替える。
姿勢を低くして駆ける雷牙に対し、一番最初に動いたのはアレクシスだった。
同じように腰を落とし、強化された足で地面を蹴り砕かんばかりの勢いで駆けてくる。
「シッ!!」
突き出されたのは、高速の刺突。
だが、まだ見える速さだ。対処は決して難しくない。
眼球に突き刺さるほんの数瞬前に、体を僅かに動かして避けきると、腰を捩じりながら斜め下から斬り上げる。
本来ならここで霊力を乗せて加速するはずだが、使えないこともあってやはりいつもより遅い。
「遅いわね!」
笑うアレクシスはそれを難なく避けると、バックステップで距離を開けた。
交代するように現れたのは、薄笑いを浮かべている隼。
視界の端ではシュエンが動き、雷牙の背後に回りこんだ。
「ハッハァ! この状況でさっきのでかい口がもっぺん叩けるかぁ!!?」
放たれる斬撃は決して避けられないものではないが、ここで回避運動を取れば背後に回ったシュエンに切り付けられる。
それではダメだ。
負けるわけにはいかない。
だからなんでもやる。
使えるものはなんでも使う。
これは学内で行われるトーナメントや、形式ばった試合ではない。
命と命の駆け引き、ただの殺し合いだ。
そこにルールなんてものはなく、卑怯なんて中傷もありはしない。
雷牙は握っていた拳を開きながらなにかを投げるようなモーションをとる。
かすかに見えたのは煙のようなもの。
「つッ!?」
瞬間、隼は眼を閉じると動き止め、斬撃は不発に終わった。
同時に雷牙はシュエンに視線をむけ、力任せに兼定を振るう。
防がれはしたが、彼の意表を突くことはできたのか、僅かに姿勢を崩している。
「このガキ、砂投げやがった……!!」
背後から聞こえる隼の声に、雷牙はニッと笑みを浮かべた。
いまさっき、雷牙が投げたものは倉庫の地面に散乱している、砂やら埃やら小石の類だ。
拳の中に握ったのは最初の包囲を突破するためにやったスライディングをした時だ。
眼球に異物が混入すれば、殆どの人間は動きを止める。
条件反射的に異物を排除したくなるからだ。
現に、隼も動きを鈍らせたばかりか、刀を振る手を僅かに止めた。
その一瞬があれば十分だ。
「舐めたことしやがって……!」
瞼を擦りながら憎憎しげな声を漏らす隼だが、雷牙は煽るように鼻で笑う。
「ガキ一人に大人三人、しかもかなりのハンデ付きで戦ってんだ。舐めてるもクソもあるかっつーの!!」
たとえ剣士として恥ずべき行為だったとしても、今はそんなことは言っていられない。
勝つためなら、使えるものを全て使う。
いまだ隼は眼をしきりに擦っており、戦闘に復帰には時間がかかりそうだ。
ならば、この僅かな時間で、倒せないまでも一撃か二撃くらいは叩き込む。
「やらせはしない」
雷牙が隼を見たことで、彼の意図を理解したのかシュエンの冷淡な声が聞こえた。
振り下ろされた青竜刀を寸でのところで回避すると、視線をめぐらせる。
隼はまだ動けない。アレクシスはこちらに向かってきているが、数秒の時間がある。
狙うべきは、視界の自由がきかない隼だ。
「余所見とは随分と余裕です、ね!」
苛立つ声と共にシュエンは剣閃を走らせる。
横薙ぎに振るわれた青竜刀は、雷牙の頭を斬り飛ばす軌跡を描いていたが、雷牙はそれを凄まじい反応速度で受ける。
僅かにシュエンが息を飲んだ。
雷牙が受け止めたのは青竜刀の先端ではなく、柄に近い、刃の根元だったのだ。
ここならば、霊力が乗っていたとしても、インパクトはそれほど強くはない。
とはいえ、完全にないわけではないので、雷牙の腕は僅かに震える。
「ちぃ!!」
すぐさま距離を取ろうとするシュエンだが、そうはさせない。
ここまで肉薄しているのだ、ダメージの一つくらいは受けてもらう。
刀はそのままに、足を思い切り振り上げると、抉るような蹴打を放つ。
ゴッ! という重々しい音が聞こえると、確かな手ごたえと同時に、一瞬、シュエンが苦しげな表情を見せた。
骨までは達していないだろうが、常日頃から鍛えている雷牙の足だ。それなりにダメージは入っただろう。
しかし、惜しかった。
これで霊力が使えていれば、粉砕骨折か内臓破裂あたりまでは持っていけたはずなのに。
――不便だな、ったく!
改めて自分が日頃の戦闘でどれだけ霊力に頼っているのかを痛感しつつ、雷牙はシュエンから離れて隼を狙う。
眼の異物は取れ始めたのか、僅かに涙を流している彼の瞳が見える。
走れば完全復帰までに倒せるかもしれないが、それを邪魔するのはやはりアレクシスだ。
刀と細剣が衝突し、火花が散る。
「よく動くわね。さっきまでの受身の姿勢とは大違い」
「多対一なんて久々だったからな。忘れてただけさ。けど、ようやく勘が戻ってきた」
アレクシスの刺突を受け止め、回避する雷牙は余裕にも見えるが、内心ではそれなりに焦っていた。
今はまだ何とかなっているが、これがしばらく続くことを考えると、スタミナが持つか分からない。
彼らの攻撃を難なく防いだり、回避はしているものの、これには著しく集中力を消費する。
ようは、精神が擦り切れそうになるのだ。
三人の攻撃は一撃一撃が、雷牙の命を奪うためのもの。
それをほぼギリギリで回避するがゆえに精神の磨耗が激しい。
体力は問題ないにしても、先に集中が切れる可能性が高いのだ。
そうなると形勢は一気に不利になるだろう。
だが、そんなことが諦める要因になるはずがなかった。
刀を持ち替え
「ラァッ!!!!」
気合いの声と共に放った左の一撃に、アレクシスは細剣で対応してくる。
さらに彼女は雷牙がやったように刃を滑らせると、雷牙の手から得物を弾き飛ばした。
「勘が戻ったんじゃなかったの?」
嗜虐的に顔をゆがめたアレクシスに、雷牙は表情を硬くする。。
「頑張ったけどここまで……ッ!!!??」
細剣による刺突を雷牙の胸に放つため、構えた彼女であるが、笑みは驚愕に塗り替えられた。
彼女の目に写ったであろうものに、雷牙はニッと笑った。
雷牙の手には今弾かれたはずの鬼哭刀、兼定があったのだ。
「馬鹿な、刀は今……ッ!」
焦った彼女は目だけを動かすと、弾いたはずの刀を見やる。
しかし、そこにあったのは刀ではない。
ガラン! という音を立てて落下した物体は、鬼哭刀の鞘だった。
「見てのとおり、アンタが今弾いたのは兼定じゃねぇ。鞘だよ」
低い雷牙の声に、アレクシスが反応したが、もう遅い。
完全に間合いに入った。
たとえ霊力を使ったとしても、この距離から放たれる一閃は防御はおろか、回避すら間に合わないだろう。
「まずは、一人だ……ッ!!」
小さな息遣いの後、肩口から脇腹までを一気に切り裂く。
肉を断つ確かな手ごたえが伝わる。
同時に、鮮血が舞い、アレクシスに深手を負わせることに成功した。
渇いた音を響かせながら仰向けに倒れこむ彼女は、まだ生きている。
治癒術を使って立ち上がってくるかもしれないが、本来雷牙のような高速回復はありえないので、すぐに復帰することはないだろう。
しかし、一人を倒したからと言っても気は抜けない。
視線の先には隼が立っていたし、シュエンも視界の端で立ち上がっていた。
どちらを先に潰すべきか。
視線を巡らせる雷牙であるが、ふと異変に気が付く。
隼とシュエンがそれぞれ笑みを浮かべていたのだ。
仲間を倒されたというのに、なぜ笑っていられる。なにか別の策があるとでもいうのか。
まさか、レオノアと狙うのかと、慌てて彼女を見やるが、二人には特に異常は認められない。
だとすれば、一体なんだ。
「……ま、ったく。見習いの学生、風情、に。これを、使うことに、なる、なんて……ね」
額に汗が滲むのを感じながら雷牙は途切れ途切れのアレクシスの声を聞いた。
仰向けに倒れる彼女は、自身の懐から何かを取り出している。
「カプセル剤……?」
思わず口に出たが、まさしくそうだった。
彼女が指で挟んでいたのは、カプセルだ。大きさは市販の風邪薬などと殆ど同じもの。
見ると、隼、シュエンの二人も懐から同じカプセルと取り出した。
嫌な予感を覚えた雷牙は、すぐさま奪い取ろうとしたものの、ほんの一瞬遅かった。
奪おうとした瞬間に、アレクシスがカプセルを飲み込んだのだ。
途端、三人の気配が一気に別のものへと変貌し、彼らから赤黒い霧状のものがあふれ出した。
雷牙はこれを知っている。
肌がひりつき、全身の毛穴が開き、身の毛がよだつようなこの感覚は一度味わってしまえば忘れるはずがなかった。
この感覚は斬鬼が現れた時と同じものだ。
ごくりと喉を鳴らす雷牙は、視線の先で立ち上がるアレクシスを見て思わず目を見開く。
傷が再生を始めていたのだ。それも、治癒術ではない。
あの再生の仕方は、以前大城和磨が斬鬼の細胞を取り込んだ時に見せたものと同じものだった。
「まさか、コイツらも……!!」
ありえなくはない。
大城を裏で操っていたのは、クロガネに所属していた科学者だったことは、後から剣星に聞いた。
だとするのなら、彼らが飲み込んだあのカプセルには、斬鬼の細胞が含まれていると考えるのが妥当なはずだ。
仮にそうなら非常に危険だ。
即座に判断した雷牙は、レオノアとヴィクトリアの近くに移動する。
「雷牙さん、これは……」
「ああ。斬鬼と同じだ。動くなよ、レオノア」
雷牙は彼女の手錠と足かせを一息で切断する。
自由になったことでレオノアは立ち上がるものの、危険が去ったわけではない。
出口は一つしかない。
三人はまだこちらに向かってくる様子はないが、嫌な感じはどんどん強くなっている。
今のうちに二人を逃がすべきかとも思ったが、怪我をしているヴィクトリアを運んで逃げるのは危険すぎる。
やはりここは一人でどうにかするしかないかと、兼定を構えると、黙っていたアレクシスの声が聞こえた。
「いやぁまったく、クロガネの技術には驚かされるわ。こんなに簡単に力を底上げできるなんて」
赤黒い霧のようなものは少なくなり、アレクシスたちの顔を認識できた。
白目は血のように赤く、黒目は赤黒さの中に黄色が混じっているように見える。
外見的な変化はそれだけだったが、正直嫌な感覚は大城の時以上だった。
「やっぱりさっきのカプセルは、斬鬼の力を得るためのものか」
「察しがいいわね。私達の当初の任務はこれを新都にばら撒いて一般人を実験体にすることだったわ。そこへ、ヴィクトリア・ファルシオン殺害の依頼が来たから、それを含めて行動を起したってわけ」
非常に流暢なしゃべり方だった。
妙な感覚だ。
体は目の前の彼らを鬼だと判定しているのに、しゃべり方や振る舞いは完全に人間だ。
大城よりもなにかが完成されているようにも見える。
「人工妖刀と同じってわけか……!」
「人工妖刀? アレと一緒にしたらだめよ。この薬は体もさほど変化しないにも関わらず、力が跳ね上がるわ。それにあれは握れば確実に斬鬼化するけれど、これは摂取量を考えれば斬鬼化の危険性は少ないし」
「どうかしてる……自ら斬鬼の力を得ようとするなんて」
レオノアが口元を押さえて驚愕を露にする。
雷牙も同じ考えだ。
なぜ鍛えて人間として強くなろうとしない。
彼らにはその素質が十分にあったはずなのに。
しかし、今はそれを気にしている場合ではない。
霊力を使えない今、斬鬼の力を得た彼らを相手取るのは難しいといわざるをえない。
レオノアに阻害装置とやらを破壊してもらうのが一番いいのだろうが、三人がその隙を見せるとも思えない。
小さく息をついた雷牙は、兼定の切先をアレクシスに向ける。
「これだけの力量差を見せ付けられてなお、向かってこようとする精神は褒めてあげるわ。けれど、思い上がるのも大概にしなさい」
「どうかな……やってみなけりゃわからねぇだろ……ッ!」
笑みを浮かべた雷牙は、腰を落として駆け出した。




