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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第二章 異国の剣士
48/421

4-5

 新都をただひたすらに駆けている人影があった。


 時に道路を、時にビルの屋上、壁面を一心不乱に駆けるのは、雷牙だ。


 向かう場所はただ一つ。


 レオノアが捕らえられている廃倉庫だ。


 マップ上に記された経路など全て無視し、直線距離の最短ルートを走る。


 表情は固く、眉間には深く皺が寄っている雷牙の心中には、レオノアの笑顔があった。


 ほんの数週間前に出会い、突然のキスで始まった彼女との関係は、あくまで友人という間柄であるが、彼女と一緒にいて楽しくなった時など一時もなかった。


 女性として好きだとか、気になっているとか、そういった類のものはないが、彼女の笑顔が見られなくなるのは嫌だ。


 勝手だとは思う。


 酷い男だと言われても文句は言えない。


 しかし、たとえ後ろ指をさされたとしても嫌なのだ。


 彼女には……レオノアには笑顔が良く似合う。


 だからその彼女を亡き者にしようとしている連中の所業を、指を咥えて待っているだけなんて我慢がならなかった。


 眼に見える一番大きなビルの屋上から大きく跳んだ雷牙は廃倉庫を捉えた。


 着地後すぐさま駆け出し、霊力を使い再び大きく跳躍すると、廃倉庫の屋根にたどり着く。


 同時に、やや前方で聞こえるヒステリック気味な女性の声。


『レオノア、見てなさい。アンタの母親が目の前で無様に殺される様をッ! そして味わいなさい、大切な人が殺される痛みを!!!!』


 即座に反応した雷牙は、声のした倉庫の屋根を向けて刃を振るう。


 女の声に続いて聞こえたのは、レオノアの悲鳴にも似た「やめて」という声。


 力任せに鬼哭刀を振るうと、屋根に剣閃が奔り、脆くなった天井はそのまま雷牙と共に落下する。


 瓦礫と共に着地した雷牙は、最初に目に入った細剣を構えた女に思い切り刀を振り下ろす。


 初撃は防御されたが、続けて二撃目を叩き込む。


 完全に油断していたのか、女は大きく弾き飛ばされ倉庫の入り口近くまで吹っ飛んだ。


 小さく息をついてから顔を上げると、吹っ飛ばした女のほかに、男が二人見えた。


「雷牙さん……!」


 背後から聞こえた縋るような声に振り向くと、大粒の涙を流し、片方の頬を赤く腫らしたレオノアと、彼女の母親と思しき女性が血塗れで膝をついていた。


 ズキリ、と胸が苦しめられるような感覚が襲ってきたが、消して表情には出さず、小さな笑みを浮かべながら告げる。


「助けに来たぜ。レオノア」


 一拍遅れ、レオノアの頬が綻んだ。


 見たところ彼女の外傷は頬の腫れだけのようだ。


 だが、血塗れで倒れている女性、ヴィクトリアの状態はあまり良いとは言えない。


 意識はあるようだが、血を流しすぎている。


 早く処置をしなければ危険だ。


 雷牙は思わず治癒術を彼女にかけようとしたが、違和感に気が付いた。


「雷牙さん、この空間は……!」


「ああ、今分かった。霊力が使えないんだろ」


 最初、ここに飛び込んだ時から妙な感覚はあった。


 全身にもったりとした泥のようなものが纏わりつくような嫌な感覚。


 それが霊力の伝達はおろか、練り上げも邪魔している。


 ヴィクトリアがここまでやられたのはこれの影響だろう。


 そして、視界の先にいる三人の様子からして、彼らはなにか特別な技術で霊力を自由に扱えているはずだ。


 でなければ、序列五位の彼女がここまで追い詰められるはずがない。


 レオノアの手と足にはそれぞれ手錠と足かせがある。霊力が使えなくても斬れないことはないが、ここで彼女を解放したとしても逆に危険かもしれない。


 雷牙は背負っていたレオノアの大剣を下ろすと、彼女のよこに置く。


「レオノア、もう少し待っててくれな。あいつ等、ぶっ倒すからよ……!!」


 ギリッと音がするほど歯を噛み締め、三人を睨みつける雷牙の瞳には怒りの炎が燃え上がっていた。


 しかし、それをあざ笑うかのように雷牙から向かって右の男が肩を竦めた。

 

「ぶっ倒すとはまた大きく出たな、ガキ」


 彼は一歩前に出ながら完全に雷牙を舐めきった態度を取った。


 それに対し、雷牙は熱くなるようなことはせず、静かに鬼哭刀を構える。


「おいおい、やる気満々と来たぜこのガキ」


「隼。子供だからと言って油断するな、こいつは玖浄院だ」


「わーってるよ、シュエン。ガキとは言えあの玖浄院、油断はしねぇが。態度が気にいらねぇ……!」


 雷牙は隼と呼ばれた男から放たれた殺気を感じ取る。


 ゾワリと鳥肌が立つのとほぼ同時に、隼が目の前にまで迫っていた。


「英国序列五位をボロ雑巾にした俺らに、ガキのテメェが勝てると思ってんじゃねぇよ!!」


 苛立ち交じりの言葉を吐きながら、刀を振り下ろしてくる隼。


 霊力を使った場合と、霊力を使わなかった場合では、やはり霊力を使った方が強い。


 スピードにおいてもパワーにおいても軍配は霊力を使った方に上がる。


 ゆえに、刀狩者の素質がある者と、素質のないものは、スポーツの大会や武道の大会でそれぞれ分けられる。


 無意識のうちに霊力を使って相手選手に甚大な怪我をさせる可能性があるからだ。


 それだけ霊力が使えないというのは不利なのだ。


 だが……。


 ガキンッ! と金属音が響き、雷牙と隼の間で火花が散った。


「なに……っ!?」


 聞こえてきたのは隼の焦りと驚愕が混じったような声。


 見ると、刀は雷牙によって完全に止められていた。


「どうしたよ。霊力使ってこんなもんか……!!」


 刀を持つ手に力を込め、グッと隼の刀を押し返す。


 一瞬、隼が驚きで僅かによろめいたのを雷牙は見逃さず、僅かな呼吸で刀を弾き、首から頬を切り裂く軌道で斬撃を放つ。


「ちぃッ!!」


 苦い表情を浮かべた隼にギリギリで回避されたようにも見えたが、刀には僅かながら肉を裂いた感覚があった。


 バク転をしながら回避した彼がこちらに向き直ると、彼の頬には大きな傷が刻まれていた。


 ありえないようなものを見るかのような目でこちらを睨む隼に対し、雷牙は不敵に笑った。


「なにがおかしいってんだこのガキィ!!」


「別に。ただ、大したことないんだなって思ってよ」


 挑発するように言ってみたが、恐らくだが彼、いや彼らの実力は高いはずだ。


 今のはあくまで彼が驚いた隙を突いただけ。


 小さく呼吸を整えた雷牙は、師匠の修業にちゃんと取り組んでいてよかったと思った。


 修業の一環として、宗厳にこのとあるメニューを出されたことがある。


 それは、霊力を一切使わず、霊力を使っている宗厳の攻撃を回避し、防御し続けるというものだ。


 凄まじい剣速でくりだされる斬撃に最初は何度も死ぬ思いをしたが、それが今になって役立っている。


 確かに霊力を使った攻撃は脅威だが、見えてしまえば対処はさほど難しくない。


 スピードには慣れることが出来るし、パワーに関しては最もインパクトが大きいところで受けなければ、衝撃は最小限となる。


 ヴィクトリアが弱いというわけではない。ただ、彼女は英国の刀狩者として霊力を使った戦闘を多く行ってきたはずだ。


 斬鬼に対しても、犯罪者やテロリストに対しても、霊力を使って対処してきたはずだ。霊力を使わずに刀狩者の対処をするということがなかったのだろう。


 けれど雷牙はそれを十年以上。ほぼ毎日のように行ってきた。


 まぁ最も、最近は少し怠けていたため入学式のエキシビジョンのように油断することもあるが。


 けれど、一度スイッチが入ってしまえば、油断はない。


「手伝おうか?」


「ざけんな! このガキは俺がぶっ殺す!!」


 シュエンに対し、隼が激昂した様子で返す。


 どうやら相当癇に障ったらしい。


 切先を隼に向けつつ、視線を僅かに動かしてシュエンと呼ばれた男も見やる。


 まだ手は出してこないようだが、鬼哭刀を抜いている状態からしていつでも攻撃に参加することは可能だろう。


 今はこちらの様子を見ているようだが、来ないのならば、こちらから行くまで。


 雷牙は姿勢を低くすると、正面の隼に向かって駆け出す。


 霊力が使えないためいつものような速度は出ないが、それでも十分すぎるほどの移動速度だ。


 いきなりつっこんできた雷牙に、隼は面食らったようだったが、刀を構える。


「シャァッ!!!!」


 特徴的な気合いの声と共に、刀が迫る雷牙の肩口を目掛けて振り下ろされる。


 しかし、一度彼の剣速が見えてしまった雷牙にとっては、取るに足らない速度だ。


 柄を握る手に力を込め、ぶつかる衝撃に耐えると、そのまま刀の腹を刃に沿って滑らせる。


「こいつ……!?」


 驚愕に顔を歪める隼に、雷牙は喉を狙った一閃を放つ。


 生きたまま捕まえようとか、そういった感情はなかった。


 こいつはレオノアを泣かせた。


 ならば、死をもって償わせるべきだ。


 しかし、刀は隼の喉を掻っ切る前に、彼の背後から現れた細剣によって止められる。


 火花が散った瞬間、雷牙はその場から飛び退いた。


 一撃でも与えられなかった場合は即時離脱。


 追撃の隙を与えてはならない。


 態勢を整えながら距離を開けると、隼の背後から乱入した際に吹き飛ばした女が姿を見せた。


 負傷はないようだったが、地面に転がったのか所々埃がついている。


「た、助かったぜ。あねぼがッ!?」


 隼が感謝を述べていたが、女は彼の顔面をナックルガードで殴りつけた。


 彼はそのまま何歩か後ずさると、鼻の辺りを押さえてうめく。抑えた手の隙間からは血が出ていたので鼻血でも出たか。


「な、なにしやがる!」


「この馬鹿。私達が今やっているのは、試合みたいな形式ばったものじゃないのよ。これは殺し。やるなら、シュエンと協力してやりなさい。シュエンも、勝手にコイツ一人に戦わせないで」


「これは失礼、どうしても彼が一人で戦いたそうにしていたものでつい。申し訳ありません、アレクシスさん」


 シュエンが謝ると、アレクシスと呼ばれた女は溜息の後に雷牙を見やってきた。


 瞬間、雷牙は感じ取った。


 この女は他の二人とは別格であると。


 霊力を使えれば問題なく倒せると思うが、今のこの状況では正直難しいかもしれない。


「良い太刀筋をしているわね。ぼうや」


「ハッ! 悪党に褒められたところで嬉しくはねぇな」


「あらそう。しかし困ったわねぇ。これ以上邪魔しないで欲しいんだけど。今すぐここから立ち去って誰にも言わないなら、命までは取らないわよ?」


「嫌だね。仲間残して逃げるくらいなら、死んだほうがマシだ」


 彼女の申し出てきた提案に拒絶で返すと、アレクシスは「はぁ……」と溜息をついてからシュエン、隼へ視線を送った。


 雷牙は身構える。


「それなりに良い提案だと思ったんだけど、仕方ない。それじゃあアンタから先に――」


 アレクシスの姿勢が低くなった。


 来る。


「――殺してあげるッ!!」


 歪んだ笑顔を向けながらすさまじい速さで迫るアレクシス後に、シュエン、隼が続いた。


「フッ!」


 眼球へ目掛けて放たれた刺突をギリギリで回避するものの、左からはシュエンが、右からは隼が逃げ道を塞ぐようにそれぞれ斬撃を放ってきた。


 背後に飛び退いたとしても、細剣が更なる追い討ちをかけてくるはず。


 では空中か。


 否だ。


 空中に跳躍したところで、霊力を使えない今態勢を変えることは出来ない。


 それこそ彼らの良い的である。


 この状況を回避する手は、危険だがただ一つ。


 高速で放たれる刺突の合間、一秒にも満たないそのインターバルを雷牙は見逃さなかった。


 スライディングをするように、仰向けのままアレクシスと隼の間に出来ている僅かな隙間に潜り込む。


 髪の毛を刀が擦過し、頬の一部を細剣が削り取っていったが、顔面串刺しよりは大分マシだろう。


 すぐさま立ち上がり、がら空きのアレクシスの背中を狙う。


「ラァッ!!」


 気合いの声を上げ、刀を走らせる。


 しかし、兼定の刃は彼女の背中に届かなかった。


 シュエンの青龍刀が割って入ってきたのだ。


 再び、雷牙は距離を取った。


 切り抜けられたが、やはり三対一はかなり不利だ。


「あの時にあの隼ってやつだけでもやっとくべきだったな」


 挑発している暇があったらさっさと無力化しておくべきだったと、自分の行いを反省する。


 状況はやはり確実に不利。


 今は何とか切り抜けたが、アレが何度も出来るわけではない。


 それに仮に今のアレクシスの刺突が本気じゃなかったとしたら、アレ以上早く動くことはできない。


「雷牙さん! その人たちの話では、霊力の伝達を阻害しているフィールド発生装置がどこかにあるはずです! 相手をするよりもまずはそれの破壊を……!!」


 レオノアの声に、雷牙は頷きつつ、三人の動向を見やる。


 それぞれが僅かにずれた状態で横に並んびながらこちらに向かってくる。


 あの三人を完全に無視ししてフィールド発生装置とやらを壊すべきなのかもしれないが、少しでも視界から消えれば、レオノアとヴィクトリアが危険だ。


 視線をめぐらせて見ても、見える位置にそのような機材は見えない。


 やはりどこか見つかりにくい場所においているのだろうか。


「無駄よ。阻害装置は見つけられない。……後悔なさい。今ので死ねなかった自分の運命をね」


 アレクシスが嗜虐的な笑みを浮かべた。


 それを睨むように見据えた雷牙は、兼定を構え攻撃に備える。

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