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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第二章 異国の剣士
47/421

4-4

 新都のとある高層ビルのエレベーターに、斬鬼対策課第一部隊部隊長、武田信十朗と彼の副官の姿があった。


 約一時間ほど前、件のバラバラ殺人事件の犯人と思われる男、牧田(まきた)靖男(やすお)の姿がこの近くの防犯カメラに写り、このビルに入っていく様子がとらえられたのだ。


 すぐさま信十朗達は隊員を引き連れてビルに向かったが、その途中で観測課から通信が入り、このビルの中で微弱ながら斬鬼の反応があったという。


 同時に、警察へナイフを持った男が人質をとって暴れているとの通報の情報も上がってきた。


 暴れているのはほぼ間違いなく牧田だろう。


「人質の人数は分かるか?」


「はい。牧田らしき男が捕らえているのは、ここの企業の社長、専務、常務、そして彼の直属の上司だとのことです。逃げてきた社員への聞き込みなので間違いありません」


「そうか……。上司に対する強い恨みゆえの犯行と見て、間違いないだろうな」


「そうですね。牧田は日頃から上司にパワハラめいたことをされていたようです。前回、前々回の事件と同じく、殺すことで憂さ晴らしをしようとしているのかと」


 副官の報告に信十朗は深く頷くと、インジケーターを見やった。


 牧田のことを調べていく上で分かったのは、彼の人間関係がよくなかったことだ。


 社内でのパワハラやいじめなどは横行していたようで、彼は心身ともに大きなダメージを受けていた。


 同時に、家族仲も良いとはいえなかったらしく、近所の住人は、死んだような眼をしている彼をたびたび目撃していたらしい。


 よく通っていたキャバクラなどでもする話は会社や家庭の愚痴が殆どらしく。かなりのストレス状態にあったはずだ。


 そんな彼だからこそ、実験体にするには都合がよかったのだろう。


「斬鬼の力を人間に宿す計画か……」


 一人ごちる信十朗は端末を操作してここ数日でたどり着いたとある研究資料を呼び出した。


 約二十年ほど前のことだ。


 海外のとある研究者が増える刃災の対策の一環として、刀狩者としての力を持たない一般市民にも戦闘能力を経口摂取できる薬物で与えるという研究を始めたのだ。


 しかし、その薬物には、斬鬼が発生させる瘴気が含まれていた。


 数十人が被験者として薬物を摂取したが、最悪の結果になった。


 殆どの被験者は摂取後即座に死亡。生き残った者は皆斬鬼へと変貌し、中規模の刃災を引き起こしてしまった。


 当然、研究は凍結され、研究者は死刑とまでは行かなかったが以後一切の研究を禁じられ、地位も奪われた。


 恐らくその研究者がクロガネに技術を提供して今回の事件の裏で糸を引いているのだろう。


 ふと、エレベーターが動きを止め、牧田が人質を取っている階にたどり着いた。


 すぐさま歩き出した信十朗に、副官が少しだけ緊張した様子で問うてきた。


「やはり、牧田は斬鬼化していると見て、間違いないでしょうか」


「可能性は高い。だが出来れば会話が成り立つ状態を保っていてくれればいいのだがな」


 薬物の出所や誰に渡されたかなどの情報を引き出すことが出来れば、クロガネの本拠地にたどり着くことが出来るかもしれない。


 いつまでも彼らの後手に回り続けるわけには行かない。


 すると、信十朗が足を止める。


 牧田が勤めていたオフィスに到着したのだ。


 副官に視線を向けると、彼も一度頷いてからそれぞれ鬼哭刀を抜く。


 表は一般隊士と第一部隊の隊員達で固めている。


 たとえ斬鬼化して見境がなくなっていたとしても、対処は容易だろう。


 信十朗はオフィスの扉を見据えると、一呼吸を入れてから扉を斬り裂き、副官と共に突入した。


 が、突入した瞬間、二人の顔が歪む。


 オフィス内には大量の血が広がっていた。


 濃密な血臭が広がるオフィスには、人体の一部と思われる肉片や、腕、足、頭、胴体などがバラバラに転がっている。


「これは……」


 副官が眉間に皺を寄せている。


 信十朗も惨状に表情を険しくしたものの、転がった机の間で動く人影を発見する。


 ぐちゃ、ぐちゃ! という水気のある音を立てながら、人影は何かをしきりに振り下ろしていた。


 それは大きなサバイバルナイフだった。


「動くな、牧田靖男!!」


 直感的に信十朗はその人影が牧田であると判断した。


 返り血で真っ赤に染まってはいたが、外見的な特徴からして彼で間違いなかったからだ。


 すると、男はナイフを振り下ろす手を止め、ゆっくりと立ち上がると獣のような眼光でこちら睨む。


 白めは酷く充血し、黒目は僅かに黄色がかっているようにも見える。


 まるで斬鬼のそれだ。


「だ、誰かなぁ。ききき、君たちぃいは、ははは、は……?」


 言葉は発することができるようだが、呂律は回っておらず、しきりに体をガクガクと動かしている。


 信十朗は小さく息をつくと、会話ができるかは分からなかったが、問いをなけがけてみることにした。


「私はハクロウ斬鬼対策課、第一部隊隊長、武田だ。貴様には殺人罪により拘束命令が出ている。大人しく投降しろ」


「い、いやででです。わた、わたしはまだまだもっところ殺したいぃ……!!」


「隊長やはり……」


「ああ、残念ながら会話はなりたたんようだ。だが殺すな。阻害輪を使って拘束する」


「了解!」


 それぞれ腰に下がっている霊力結合阻害輪に手をまわすと、信十朗が先に駆け出す。


 距離は僅か数メートル。霊力を使わずとも一瞬あれば距離を詰めることができる。


 なおかつ相手は強化されているとは言っても、戦闘経験などない一般人。


 制圧することは容易だった。


 一呼吸で距離を詰めた信十朗は、牧田の両鎖骨を刀の峰で殴打する。


「いぎ……!?」


 短い悲鳴が聞こえた。


 確実に鎖骨を叩きおったので、腕はさほど上がらないだろう。


 即座に彼の背後に回った副官が、牧田の膝裏とアキレス腱を真一文字に斬り裂くことで機動力を奪う。


 念押しで牧田の手首の腱を断裂させてから、脳天を峰で思いきり殴りつける。


「か……っ!!?」


 息を詰まらせるような声を上げた牧田は、瞳をぐるんと回転させてその場にうつぶせに倒れこむ。


 やはり、身体能力や攻撃性が強化されていても、動きは素人のそれだ。


 熟達した刀狩者の相手ではない。


 すぐさま気絶した彼の腕と足に霊力阻害輪を巻き、口には猿轡を噛ませる。


 あの異常な状態から察するに、首と頭が動けば噛み付いて攻撃してきそうだ。


「拘束、完了しました」


「よし。下に待機させている隊士達を呼んで、遺体を処理する。牧田はこのまま護送車に運ぶぞ」


「はい!」


 気絶した牧田の体に鎖を巻き付けると、信十朗は彼を引き摺るようにしてオフィスを出る。


 人質の命は残念なことに救えなかったが、手がかりは得たといえるだろう。




 信十朗達が戻ってくると同時に、一般隊士と第一部隊の隊士たちがせわしなく動きはじめる。


『遺体の処理急げー!』


『調査課と研究課に連絡入れたか!?』


『周囲の一般人を退けろ! マスコミもだ!!』


 それぞれが与えられた仕事を真っ当するなか、信十朗も護送車に牧田を乗せる。


 気絶をしているとはいえ、侮ることは出来ない。


 念のために体に鎖を巻き付け、最大限身動きが取れない状況を作った。


「では、このままハクロウへ移送する。行くぞ」


 護送車に乗り込もうとする信十朗と副官であるが、不意に信十朗の端末に通信が入る。


 ホロディスプレイには十二部隊隊長の白瀬湊の写真が表示されている。ハクロウ専用の通信回線だ。


 これを使うということはなにか緊急事態が起きたということか。


「どうした、白瀬」


『武田さん! 今空いてますか!?』


 非常に焦った声だった。やはり危険な事態が起きたのだろうか。


「ああ。たった今対象を拘束したところだが、何があった?」


『よかった。えっと、この前話したヴィクトリアさんなんですけど、彼女の娘さんが、クロガネの構成員に誘拐されたようなんです!!』


「なんだと……!? それで場所は!」


『座標は今から送ります! 私も今向かってますけど、そっちにも人を回してもらっていいですか!?』


「わかった、すぐに向かおう」


『お願いします!』


 通信がきられると、端末にメールが届く。


 すぐさまそれを開くと、ピンの刺されたマップが表示される。ここは確か取り壊しが決まっている廃倉庫だったか。


「聞こえていたな」


「はい。護送は私に任せてください」


「頼む。……第一部隊隊士! 集まれ!」


 信十朗は牧田の護送を副官に任せ、手の空いている隊士達を集め、状況を説明してから廃倉庫へ向かった。






 レオノアは目の前で起きている状況を未だに信じられずにいた。


 ヴィクトリアとクロガネ構成員の戦いが始まってから十分と少しが経とうとしていた。


 母はいまだ立っているものの、体は血だらけでいたるころから出血している。


 霊力を使えないと言っても、彼女の実力であれば勝てると思っていた。


 しかし、状況はやはり圧倒的不利。


 三人の呼吸のあった連携と、霊力というアドバンテージがある彼らに対し、ヴィクトリアは劣勢を強いられていた。


 最初こそ攻撃を避けることが出来ていたヴィクトリアであるが、動き回ることに加えて大量の出血。


 体力がもつはずもなかったのだ。


 まるでレオノアを護るように背を向けて立つ母の姿に、レオノアの瞳には涙が浮かんでいる。


「さすがにしぶといわね。英国の序列五位ってだけはある」


「あんまり傷つけすぎっとヤってる最中に死んじまうからやりすぎないでくれよ。姉御ー」


「そういう君だって容赦なく切り付けていたじゃないか」


「ギャハハ、そりゃそうか。けど、死ぬ時もあそこが絞まって良い感じになるから、それはそれでいいんだけどよ」


 隼という日本人が汚い笑い声を漏らした後、ベロリと舌なめずりをした。


 あまりに下卑た表情に、レオノアは彼を睨みつける。


「……まだ私は死んでいない。かかって来なさい」


 肩で息をするヴィクトリアが挑発めいた台詞を吐いた。


 すると、三人はそれぞれ顔を見合わせると、大きくわらった。


「呆れた! そんな満身創痍の状態でかかってきなさい? 驕りが過ぎるんじゃないかしら、ヴィクトリア!」


「まったくだなぁ! さっさとぶっ倒れりゃ死ぬ前にいい気分にさせてやるってのによぉ!!」


「既に貴方は負けている。大人しく死んだ方が、楽じゃないですか?」


 小馬鹿にするような物言いに、レオノアの中で沸々と怒りがこみ上げてくるが、怒りをぶつけることすらできない。


 それが悔しくて、辛くて、溜まった涙が零れ落ちる。


「……とは言っても、私たち三人にここまでもったんだから、死ぬ前に土産話の一つくらいはあった方がいいわよねぇ」


 嗜虐的な笑みを浮かべたアレクシスは、おもむろにタブレット端末を操作すると、ホロディスプレイを投影させた。


「深い絶望を抱き、そして死になさい……」


 彼女の言葉と同時に、ホロディスプレイにある人物が写しだされた。


 その人物にレオノアは思わず息をのむ。


『やぁ、ヴィクトリア。元気かね?』


「ウーゼル支部長……!」


 ヴィクトリアから聞こえてきたのは驚愕の声だった。レオノアも言葉には出せなかったが同じように驚愕をあらわにする。


 目の前のディスプレイに投影されたのは、紛れもなく英国のハクロウ支部長、ウーゼル・ヴォルテグナスだったのだ。


 けれど、ヴィクトリアはすぐに全てを悟ったのか、冷静な声音に戻る。


「……なるほど。どうして私の来日に合わせてこんなことが出来たのか、正直疑問でしたが、全て貴方が仕組んだことでしたか」


『さすがに飲み込みが早い。君が日本に行くなどと言わなければ、私とてこんなことはしなくて済んだのだがな。君ほどの実力者を失えば、英国はそれなりのダメージを受ける。ゆえに、君を生かしておくわけには行かなくなったのだよ』


「だから、クロガネに依頼をして私を亡き者にしようと?」


『彼らはよき友人だよ。金次第でどんなこともやってくれる。時には彼らの犯罪行為を私がもみ消してやったこともあったりした。良い関係なんだよ。我々は』


「黙れ、この下衆め。刀狩者の風上にも置けないクズが……!! 市民を護る刀狩者がクロガネと手を組むなんて……!!」


 ヴィクトリアの声には確かな怒りが込められていた。


 その気迫は、背後にいるレオノアにすら伝わるほどだ。


 しかし、殺気を向けられているウーゼルは辟易した表情を浮かべると、大きなため息をついた。


『話にならん。戦い一辺倒でやってきた女はこれだから困る。少しでも媚を売る態度をとれば助けてやっても良かったが、もういい。娘共々殺せ』


 彼はそのまま通信をきり、ディスプレイにはノイズが走るだけとなった。


 あまりに信じられないことだった。


 ハクロウの刀狩者が悪の道へ走る事例は何度か耳にしたことがあるが、まさか支部長クラスがクロガネと関係を持っているとは。


 レオノアは今まで信じてきたものが、ガラガラと音を立てて崩れていくのを感じていた。


「さぁ、これでお話はお終い。いい加減、死になさい!!」


 アレクシスの怒りのこもった声が聞こえ、レオノアが頭を上げると、アレクシスがこちらに向けて突っ込んできた。


 回避は、間に合わない。


 思わず眼を瞑るが、痛みよりも先に生暖かいものが顔にかかった。


 恐る恐る眼をあけると、目の前にヴィクトリアが立ちふさがり、体を使って細剣を止めていた。


「かは……っ!」


 母が喀血する。


 いつもの母であれば自分を持って回避できたはずだ。


 しかし、戦闘によるダメージが災いしたのだろう。


 途端、レオノアは噛まされていた布を噛み千切ると悲痛な叫びを上げる。


「お母様ぁ!!!!」


 涙を流しながら叫ぶと、ヴィクトリアは僅かに顔を動かしてこちらに笑顔を向けた。


「よかった……。無事、ね……レオノア……」


「もう、もういいです! 逃げてください、お母様!! お母様の苦しそうな姿をこれ以上見たくありません!!」


「ダメ、よ。子供を護るのが、親である私の責任……。あの人が、そうしたように。私も……貴女を護る……!」


 血を吐きながら、彼女は強い声で言った。


 すると、それをあざ笑うかの用にアレクシスが告げる。


「ハッ! 死にかけのボロ雑巾がなにかっこつけてるんだか! 目障りなのよ!!」


 細剣が引き抜かれ、傷口から大量の血が流れ出した。


 そしてついにヴィクトリアが力なく膝をついた。


 アレクシスは細剣を掲げると、憤怒の表情を浮かべた。


「おいおい姉御ぉ! 殺す前に一発ヤらせてくれるって約束は……」


「そんなの娘で我慢しなさい。私はもうこの女が目の前で生きていること自体が憎たらしいのよ!」


 隼の言葉に怒号と飛ばすアレクシスは、レオノアに視線を向けると怒りの表情から一転、嗜虐的な笑みを浮かべる。


「レオノア、見てなさい。アンタの母親が目の前で無様に殺される様をッ! そして味わいなさい、大切な人が殺される痛みを!!!!」


 アレクシスがヴィクトリアの心臓目掛けて細剣を放つ。


 レオノアは喉が裂けんばかりに叫ぶ。




「やめてええええぇぇぇええぇぇッ!!!!!!」




 瞬間、倉庫の天井に剣閃が奔った。


 その場にいた全員が思わず上を見上げると、天井の瓦礫と一緒に人影が飛来し、アレクシスに目掛けて刀を振り下ろした。


 突然の乱入者にアレクシスは僅かに対処が遅れ、大きく弾きとばされる。


 倉庫の入り口近くまで飛ばされたアレクシスに、レオノアは一瞬気を取られたが、母を護るようにして立った人影にすぐに視線を戻す。


 僅かに見えた顔は見間違うはずもない。


 夜よりも暗い漆黒の頭髪に、キッと吊りあがった闘志を宿す強い瞳。


 レオノアが愛し、好きでたまらない少年の姿がそこにはあった。


「雷牙さん……!」


 震える声で名前を呼ぶと、彼は少しだけ振り返って笑みを浮かべると、強く言い放った。


「助けに来たぜ。レオノア」

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