4-3
レオノアの部屋で雷牙は深く眉間に皺を寄せていた。
端末の前に座っている舞衣もどこか陰鬱とした表情を浮かべている。
二人が落ち込んだ様子を見せている理由は、つい先ほどヴィクトリアから返信されてきたメールにある。
メールには、問題は自分で解決するから、貴方達は玖浄院でレオノアを待っていてという内容が書かれていた。
問題を解決する、レオノアの帰りを待っていて。
この一文からもわかることだが、レオノアが誘拐、ないしはそれに近い事件に巻き込まれたことは間違いないだろう。
彼女を攫った相手がクロガネかどうかまでは教えられていないが、英国五位に喧嘩を売ったぐらいだ。
恐らくクロガネで間違いないだろう。
だからこそヴィクトリアは雷牙達を巻き込まないために、このような返信をしてきた。
行けば間違いなく戦闘になる。
育成校の生徒とはいえ、テロリストと戦わせるわけには行かないからだろう。
未来ある子供達を危険に晒すわけにはいかないという、彼女の優しさが見て取れる返事だったが、雷牙は悔しさが胸からこみ上げてくるのを感じていた。
「俺たちが言っても、足手まといってわけか……!」
「そうは言われてないでしょ。ただ、ヴィクトリアさんは私達を巻き込まないために……。それに、ハクロウに救援を出してるかもしれないし」
反論してくる舞衣に対し、雷牙は静かに被りを振る。
「いや、レオノアから聞いてたこの人の性格からして、ハクロウにも連絡してないはずだ。たぶん、一人で向かってると思う」
「そっか……。でも、英国の序列五位ってことを考えれば取り戻せる算段がついてるってことかな」
「仮に向こうがクロガネだったとしたら、なんの対策もしてないとは思えねぇ」
「じゃあやっぱり、こっちからハクロウに連絡入れとく?」
「それもダメだ。ハクロウの接近に気付いた連中がレオノアを殺す可能性だってある。んなことになったら本末転倒もいいとこだろうが」
苛立つ雷牙はガリガリと頭を掻き毟る。
できることなら今すぐここを飛び出して助けに行きたい。
試合以上に、大切な友人であるレオノアの命の方が大事だ。
少し手を伸ばせば届きそうなのに、届かない。
まるで飛び越えることができない崖の淵に立ち、対岸にレオノアが立っているのようだった。
「友達がピンチなのに、待つしか出来ないなんてね」
「ああ。……ってか、お前はさっきからなにごそごそやってんだよ、玲汰!」
少しだけ語気を強めた雷牙の視線の先には、なにやらベッドの下の隙間にライトをあてて手を突っ込んでいる玲汰がいた。
さっきまでは同じようにメールを見ていたはずなのだが、先ほどから何かを必死に取ろうとしている。
「なにかあるわけ?」
「ああ、もうちょっとで手が届く……! お、掴めた!」
達成感のある表情で玲汰はベッドの下から腕を引き抜いた。
そのまま立ち上がった彼が持ってきたのは、なにかのガジェット製品のパッケージ。
中身はなく、既に取りだされた後のようだ。
「これがなんだってんだよ」
なにか重要なものを見つけたのかと思えば、彼が持ってきたのは空箱。
雷牙は大きなため息をついたものの、玲汰は気にした様子もなくつづける。
「いや、さっきベッドの裏覗いたらこれが梱包されてたっぽいダンボールがあってさ。処理してないってことは中身もまだあるんじゃねーかなーって思ってよー」
「中身があったとしても、レオノアの居場所がわかるようなもんじゃ――」
「――玲汰! それ貸して!!」
言いかけたところで舞衣に腰をつかまれ乱雑にどかされた。
いきなり何事だと彼女を見やると、舞衣は玲汰が持っている空箱を手にとってなにか重大なことに気が付いたような表情を浮かべている。
すぐさま彼女は空箱をもったまま、レオノアの端末のキーボードを叩いてネットを使って何かを調べ始めた。
「どうした、舞衣」
「なんか分かったのか!?」
「ちょっと待って。これって確か……やっぱり!」
納得がいったような表情を浮かべた舞衣であるが、雷牙達にはなにがなにやらさっぱりである。
「これ、発信機だよ。それなりに高性能なやつ」
「なんでレオノアが発信機なんか……」
「なんとなく私には察しがついてるけど……まぁいいや。あとこの発信機は二つ入りみたいで、確認するにはアプリを落としてログインする必要があるみたい。というわけで雷牙、端末出す」
「俺ので確認すんのか!?」
さも当然かのように手を向けられ、雷牙は思わずたじろいだ。
「ったりまえでしょうが。助けに行くんでしょ?」
「……ああ。ホラ」
僅かに考えた雷牙は小さく息をつきながら端末のロックを解除してから舞衣に差し出す。
彼女はそれを受けとると、発信機に対応しているアプリをダウンロードし、ログイン画面に進む。
「ログインって言っても、IDとかパスワードわかるのか?」
「大丈夫だって。それっぽいIDは引き出しのメモ帳の中に入ってたし、パスワードだって多分端末と同じだしね」
「……なんで分かるんだよ」
「女の勘ってやつ。っと、オッケー入れた。えーっと、製品の識別番号は……」
舞衣は箱の裏を見て発信機の識別番号を打ち込んでいく。
すると、端末に写ったマップ上にピンが表示される。
しかし、そのピンの位置は――。
「――ここか?」
ディスプレイを見た三人はそろって首を傾げた。
マップに刺されたピンの位置は、玖浄院のこの部屋の位置だった。
「どうなってんだこれ……」
「まさかレオノアのやつなくしてそのまんまってオチか?」
「いや、もしかしてこれ……。雷牙、このお守りちょっと開けるよ」
「はぁ!? ちょ、待て!!」
端末にぶら下がっていたお守りをあけようとする舞衣を慌ててとめようとするものの、その声は届かず、彼女はなれた手つきでお守りを開けてしまった。
開けたお守りを逆さまにして何度か手を振ると、彼女の掌に黒い小さなボタンのようなものが零れ落ちた。
なにやら機械的なそれは、中心部分に赤い光点がある。
「あー……やっぱりね」
舞衣がそれを指で摘み、机の上に置いた。
「レオノア、アンタの行動を把握したいがために、お守りにこれ入れたんだね」
「はぁ!? 俺の行動を把握って、なんで!?」
「そりゃアンタのことが好きだからでしょ。好きな人の行動が気になっちゃうタイプなんだよ。さすがにちょっと行きすぎな感じはあるけど……」
舞衣と玲汰はそれぞれ呆れたような表情を浮かべているが、雷牙はただ驚いていた。
しかし、思い返してみると、彼女がお守りの中に発信機を入れるタイミングがあったのも事実だ。
「あの時か……」
レオノアとデートに行った日の夜、彼女は買ったお守りをすぐには渡してくれず、『おまじない』とやらをしてから渡すと言っていた。
ようはそのおまじないとやらが発信機を入れることだったのだろう。
なかなかに大胆なことをする奴である。
雷牙は大きなため息をつくと、片手で顔を覆った。
「けどよぉ、これじゃあレオノアの場所がわからねーじゃんか」
玲汰の意見は最もだった。
これではレオノアが雷牙のことを監視していたくらいしか情報がない。
「発信機は二つ入りだって言ったでしょ。予備のやつがあんのよ。レオノアは多分それを自分のお守りにも仕掛けてるはず」
「なんでだよ」
「好きな人と同じ状態を共有したいんでしょ」
「……え、それって普通にヤバイ奴じゃね……?」
顔を僅かに引き攣らせる玲汰は、カクカクとした動きで雷牙を見てくる。
雷牙も気にしていない風を装ってはいるものの、内心ではどう反応すればよいのかわかっていなかった。
自分のことを好きだといってくれるのは、正直言えばうれしい。
しかし、まさか普段基本的には温厚な彼女が、まさかこんな隠れた一面を持っていようとは。
「その辺はあとで解決してもらうとして、えーっと、もう一個の識別番号っと……」
舞衣は再び空箱の裏を見ながら番号を打ち込んでいく。
そして、ディスプレイに新たなピンが表示された。
「ここって廃倉庫があるとこだね」
「廃倉庫?」
「前は大きな企業が持ってたらしいんだけど、新しいとこが出来て近々取り壊しになるってとこ。確かにここなら潜伏するのにぴったりかもね」
それを聞いた雷牙は、舞衣の手から端末を引っ手繰ると、壁に立てかけられていた大剣を背負う。
「お、おい雷牙!!」
玲汰がよぶものの、雷牙はそれを聞かずにカーテンと窓を強引に開けて一気に寮の外へ飛び出した。
ベランダの手すりを蹴って跳躍した雷牙は、重力に任せてそのまま落下。
着地と同時に霊力を練り上げて全身に循環させると、再びの跳躍。
大きな土煙を立てながら、雷牙は正門へ向けて連続跳躍を行う。
「待ってろ、レオノア……!!」
色々と言いたいことはあるが、彼女を助けるため、雷牙は玖浄院を飛び出す。
「舞衣、雷牙のやつ行っちまったぞ!?」
見る見るうちに小さくなっていく雷牙を見やった玲汰が声を荒げるものの、舞衣は特に気にした様子もなく自分の携帯端末を操作している。
「なにしてんだよ! 俺たちも早く行こうぜ!」
「分かってる。けど、私達が行っても足手まといになる可能性が高いでしょうが」
「そりゃそうだけど……」
舞衣の言うことは正しい。
残念なことに、雷牙と玲汰、舞衣では実力にかなりの差がある。
救援に向かったとして、こちらが新たな人質になったのでは元も子もない。
なので、こちらもそれなりの助っ人を準備する必要がある。
それも、一般の刀狩者ではなく、それなりに高い実力を持った刀狩者を。
舞衣は電話帳を開いて、目当ての人物に電話をかける。
新都にある新たなファルシオン邸の前には、白瀬湊の姿があった。
「うーん。昨日はとりあえず帰ったけど、やっぱりヴィクトリアさんの様子少し変だったよねぇ……」
一人ごちる湊は昨晩のヴィクトリアの様子を思い出す。
十二時間近いフライトに加え、時差ぼけもあるかもしれないが、それを含めなくても彼女の様子は少しだけおかしかった。
突然ぼんやりしたかと思えば、大きなため息をついたり。
皿を何枚も割ってしまったりと、湊が知っている彼女にはあまり見られないミスが多かった。
あまり気にしないようにはしていたが、思い返してみるとやはり妙だ。
それに、レオノアと会っていないというのもやはり気になった。
レオノアであれは、次の日に試合があろうとなかろうとヴィクトリアに会いに来るはず。
なのに会いに来ないというのは、考えてみればおかしな話だった。
何か隠している。
最初に思ったのはそれだった。
何を隠しているのかは分からない。しかし、こちらに安易にいえないことだということはなんとなく想像がついた。
それを聞くべく、湊はこうやってやってきたのだ。
インターホンを押して返答を待つ。
「……?」
しばらく待ってみても返答はなく、湊は首をかしげる。
時間的に眠っているということはないはず。
出かけたということもないだろう。
昨日到着した彼女が出かけるところなどまだないはずだ。
仕方なく、大きな門に手をかけると、以外にもすんなりと開いた。
不審に思いつつも、中に入り、庭を抜けて玄関の扉に手をかける。
「うっそ、ここも開いてる……」
玄関の扉には鍵がかかっていなかった。
この地区はそれなりに治安がいいとは言っても、鍵をかけずにいることなどないはずだ。
嫌な予感を抱きつつも、中に入る。
邸宅内は静まり返っていて、人の気配すらしなかった。
「ヴィクトリアさーん? 湊ですけどー」
声は邸宅の中に虚しく響くだけで、ヴィクトリアからの返答はなかった。
「いったいなにが……」
思わず腰の鬼哭刀に手をかける。
今日は非番ではあるが、刀狩者として緊急時に対処ができるように鬼哭刀は持ち歩いている。
まさか彼女が強盗犯などの犯罪者に後れを取るとは思わないが、念のためだ。
いつでも抜ける状態にロックを解除してから一歩踏み出す。
その瞬間、端末の通信連絡を知らせるアラームが鳴り響いた。
「うぉぉぉい!!? びっくりしたなぁもう……」
少しだけ緊張したためか、いきなりのアラームに思わず飛び上がりそうになる。
端末を取り出すと、湊はすこしだけ驚いたものに変わる。
「もしもし?」
『やぁ、こんばんは。白瀬さん』
「こんばんはって……。こっちじゃもう朝だよ、京極くん」
通信の相手は任務とやらで海外に飛んでいる友人、京極剣星だ。
「何の用? 零は任務で忙しいんじゃないの?」
『それなりには、ね。けど少し頼まれて欲しいことがあってさ』
彼の声のトーンからして、なにか重大な用件だというのはすぐにわかった。
海外にいる彼が頼みごととはよほど切羽詰まっているのだろうか。
「いいけど、すぐに対応できるかわからないよ? こっちも気になることがあるし……」
『わかった。じゃあ、手短に話すよ。実は――』
「――そういうことだから、うん。そっちはよろしく」
剣星は通信をきると、小さく息をつく。
「湊、受けおってくれるって?」
声をかけてきたのは剣星が隊長を務める隊の副隊長、天音だった。
「うん。というか、白瀬さんも気になってたみたい。すぐに対処してくれるはずだよ」
「ならよかったねー。んで、こっちもそろそろ動くんでしょ?」
ニッと笑う彼女に対し、剣星は静かに頷く。
「東間さんと西城くんと合流して、ターゲットが動いたらこっちも動く。いいね?」
「りょうかーい」
だらしない敬礼をした彼女は、気だるげに部屋から出て行った。
剣星は小さく息をつくと、ターゲットがいる高層ビルを見やる。
日本で起きているという事件にも、恐らくターゲットが関わっていると見て間違いない。
「……早々に片付けないとな……」




