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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第二章 異国の剣士
42/421

3-5

 ヴィクトリアは焦っていた。


 三十分ほど前、彼女は英国から日本へやってきた。


 空港ではレオノアが待っていることになっていたのだが、到着ロビーに娘の姿はなかった。


 最初はまだ空港についていないのかと思い、適当な椅子に座って待っていたのだが、メールを送っても反応はなかった。


 さすがになにかあったのではと、端末に連絡を入れてみたのだがそれにも応答はなかった。


 普段のレオノアからするとありえないことだ。


 たとえ電車に乗っていたからと言っても、まるっきり連絡してこないなんてことはない。


「レオノア……」


 愛娘の名前を呟くものの、返答が戻ってくるはずもない。


 一度、湊に連絡を取るべきかと考えたが、日曜とは言っても刀狩者である彼女はこなす仕事があるはず。


 下手に心配事を増やすのもどうかと思う。


 しかし、異国に一人やってきて先に送り出したはずの娘の姿が見えないというのは、やはり胸騒ぎを覚える。


 仮にだ。


 もしもレオノアが何者かに誘拐されていたとしたら、犯人の目的はヴィクトリアへの復讐と考えるのが妥当なはず。


 ヴィクトリアはハクロウ英国支部の第五位として、多くの妖刀を破壊し、同時に斬鬼を討滅してきた。


 さらに言ってしまえば、刀狩者でありながら犯罪に手を染める連中も多く逮捕している。


 殆どは彼女のことを恨んでいることだろう。


 そういうことを考えれば、逮捕した人物の仲間、もしくは本人がレオノアを攫い復讐を果たそうとしているのかもしれない。


 復讐の内容はわからないが、娘を誘拐したのだから、もっとも有力なのは身代金。


 次点で考えられるのは謝罪と暴行、もっとも嫌なもので苦しむ姿が見たいからという内容が濃厚か。


 ヴィクトリアは口元に指をあてて考える素振りをした後、意を決したように立ち上がる。


「一旦情報を集めないとどうにもならないわね」


 バッグの中に入っていたポーチから刀狩者のライセンスを取り出すと、空港の警備ルームへ足を向ける。


 硬く閉ざされた扉の前には、制服姿の若い警備員が立っていたので、彼女はライセンスを提示すると神妙な声音で告げる。


「すみません。ハクロウ英国支部の者なのですが、責任者の方を呼んでいただいてもよろしいですか?」


「英国支部の……? 申し訳ありませんが、どのようなご用件でしょうか?」


 さすがにライセンスを見せた程度では怯まない。


 それもそうだ。ライセンスはあくまで刀狩者としての行動を許すというものだ。こういった警備や警察機関に大きな顔をできるものではない。


 第一、ヴィクトリアが持っているライセンスの効力は英国で剥奪されてしまっているため、実際はかっこだけつけているだけなのだ。


 深く詮索されれば、ボロが出る。


 だからこそ、彼女は畳み掛けるようにして警備員に語りかける。


「これは国際的な捜査となっています。私は今、国際テロ組織クロガネの構成員を追っています。そのため、監視カメラの映像を見せてもらいたいのです」


「クロガネの……!? わ、わかりました、少々お待ちください」


 青年は頬に汗を浮かばせると警備ルームの扉を開けておくに消えていった。


 無論、さっきのは真っ赤な嘘である。


 しかし、英国所属の刀狩者がテロ組織の構成員を追っているとなれば、若い彼だけで判断はできなくなるだろう。


 相手の正常な判断能力を奪ってしまえば、あとはこちらのものだ。


 しばらく待っていると、青年と共にやや小太りの中年男性が出てきた。


「お待たせしました。お手数ですが、今一度用件のほうを拝聴させていただいても?」


「構いません。こちらの空港をクロガネの構成員が利用するとの情報が入ったので、英国支部から派遣されてきたのです。以後の捜査は日本のハクロウ本部と行う手はずになっています」


「では、令状などは……」


「事態は急を要します。こうしている内にも、テロリストが新都に入り込み、多くの人々の命を狙っているかもしれません。もしそうなった時、あなた方はどうやって責任を取るおつもりで?」


 少しだけ脅しも交えた。


 責任など取る必要はないのだが、今は一刻も早く監視カメラの映像を見たい。


 中年男性は少し焦った様子を見せると、懐から出したハンカチで額を拭ってからヴィクトリアを警備ルームへ招く。


「……どうぞ」


「ありがとうございます」


 ヴィクトリアはそのまま中に入ると、男性の後ろをついていく。


 会話はなかったが、男性が酷く緊張しているのはすぐにわかった。


 まぁ、当然といえば当然だ。


 ハクロウの捜査を下手に邪魔すれば、それこそ警察機関ですら大打撃を受ける。


 空港警備の仕事などその気になれば、簡単に奪い去ることも可能なのだ。


 それに、ハクロウは一般市民に対する秘匿事項がかなり多い。彼らからすれば係わり合いになりたくないのが本音のはず。


「こちらです」


 通された部屋にはいくつものモニターが並んでおり、空港全体の監視カメラの映像が表示されていた。


「どこの映像をどの時間帯で再生すればよろしいでしょうか?」


「到着ロビーの映像を一時間前から早送りで再生してください。私が止めてといったら止めてください」


「わかりました。君、頼むよ」


 男性に言われ、女性の警備員が緊張しながら頷くと彼女の前のモニターが到着ロビーを映し出す。


 そのまま過去の再生画面に切り替わると、一時間前から早送りで再生が始まった。


 多くの人々で混雑するロビーの映像を、ヴィクトリアは見逃すことがないように凝視する。


「ッ! 止めて!」


 モニターを見つめていたヴィクトリアが鋭い声を上げると、女性は再生を止めて一時停止させる。


 今一度モニターをしっかりと見つめたヴィクトリアは、表示されている映像の中に見知ったブロンドの髪の少女が移っているのを確認した。


 レオノアだ。


 実の娘だ。間違えるはずがない。


 とりあえず、これで彼女が一度ここに来たことは確認できた。


「すみません、次は通常の速度で再生を」


「あ、はい」


 再生が始まったモニターを見やるヴィクトリアは、娘から一切視線をはずさない。


 すると、彼女に近づく人影が見えた。


 髪は金髪で、日本人ではない。美人の部類に入る女性で、かなりスタイルがよく、スーツに身を包んでいる。


 女性とレオノアはなにやら話をした後、二人はどこか別の場所へ向けて歩き出した。


「あの先にはなにが?」


「あちらには、VIP専用の個室ラウンジがございます。映像を切り替えますか?」


「お願いします」


 ヴィクトリアが頼むと、映像が切り替わり、同じ時刻の個室ラウンジの映像が表示された。


 しばらく待っていると、ラウンジへ続く通路にレオノアと女性の姿が写る。


 すると、個室の一つにレオノアと女性が入っていく。


 パッと見は特にこれと言った問題はなかった。しかし、見事な手際だ。


 映像ではレオノアが自分の意思で女性と共にラウンジへ入って行くように見えた。


 実際、ここにいる警備員にはそう見えただろう。


 しかし、ヴィクトリアには見えていた。


 レオノアの首筋に女性の手刀が入ったのを。


 一般人では決して見抜けない、恐ろしく早い手刀。


 育成校の生徒として日々訓練をしているレオノアを一瞬で昏倒させたであろう威力から察するに、女性の方も刀狩者であることに違いはなさそうだ。


「ここに案内してもらえますか?」


「あ、はい! 」


 少しだけ冷淡なヴィクトリアの声に、男性はビクンと震える。


 男性は緊張しながらも先ほどと同様に「こちらです」と短く言った後、ヴィクトリアを個室のラウンジへ誘導した。




 レオノアと女性が入った個室に到着したヴィクトリアは、男性には外で待機してもらい、個室の中をくまなく調べる。


 恐らく、いやレオノアは確実にあの女性に誘拐された。


 本音を言えば今すぐにでも湊に連絡して助けを呼びたいのだが、犯人の狙いがわからないため迂闊な行動は取れない。


 部屋の中に何か痕跡がいないか、それこそ血眼になって探す。


 レオノアは強い子だ。


 たとえ自身が誘拐されそうになったら、何かしらの痕跡や証拠を残してくれるはず。


 すると、ヴィクトリアがソファの裏をライトで照らした時。彼女が何かに気がついたのか、目を見開く。

 

 外にいる警備員に音が聞こえないようにソファを持ち上げると、そこには赤い文字で数字とアルファベットが書かれている。


 文字をなぞると僅かに手に残る。


 この感触は血だ。


 ソファの裏にはMと数字の二、Wに数字の一が記されていた。


 これはレオノアからのメッセージだ。


 以前、ヴィクトリアは彼女に教えたことがあった。


 仮に誘拐事件に巻き込まれた際は近場の死角に、犯人の数と性別を最低限記せと。


 Mは男性を意味し、Wは女性を意味する。


 つまりこの場合、男が二人、女性が一人ということになる。


 監視カメラで女性がいたことは分かっていたが、その後に二人組みの男が合流したようだ。


 しかし、その下に記されたアルファベットの並びが分からない。


「KRG……?」


 彼女に教えた暗号にこのような並びはなかった。


 レオノアが咄嗟に考えて記したのだろう。


 頭の中でKRGの並びで考えるものの、パッと思い浮かぶものがない。


 しかし、ふと頭の中で先ほど自分が監視カメラの映像を見せてもらうために言った嘘の中の言葉とそれが結びついた。


「まさか、クロガネ……?」


 KRG。つまりは、クロガネのローマ字に直した読み方。


 殆ど直感ではあるが、彼らだったとすれば、レオノアを昏倒させた実力にも説明がつく。


 掠れた血文字を撫でたヴィクトリアは、小さく息をつくと一度瞳を閉じた。


 けれど、再び彼女が目を開けたとき、その双眸には酷く冷たい炎が宿っていた。


「……やってくれたわね」


 冷徹な言葉を漏らしたヴィクトリアはソファを戻した後、個室を後にする。


 個室から出ると、男性警備員が心配そうな面持ちで待っていた。


「あの、なにかわかりましたでしょうか?」


「ええ。ありがとうございました。私はこれにて失礼しますが、この捜査のことは外部には決してもらさないように。仮に漏らした場合、どうなるか、わかっていますよね?」


 少しだけ語気を強め、威圧するような視線を男性に向けると、彼は背筋を伸ばして頷いた。


 それを確認したヴィクトリアは軽く頭を下げると、ラウンジから出ていき、そのまま空港から出て行った。


 警備員には少しだけ悪いことをしてしまった。


 心の中で謝ってから、彼女は今後のことを考える。


 恐らくだが、近いうちに犯人から何かしらのコンタクトを取ってくるだろう。それまでは目立つ行動をすべきではない。


 小さく息をついたヴィクトリアだが、ふと彼女の端末が震える。


「はい」


『あ、ヴィクトリアさん。到着しましたか?』


 連絡してきたのは湊だった。


 彼女にも来日の日時を送っておいたので、連絡を入れてきたのだろう。


「ええ。少し前にね。どうしたの、湊?」


『あぁいえ、来日したばかりで色々大変だと思うので、仕事が終わったら引越し作業を手伝おうかと思って。何時ごろに行けばいいですかね?』


「それはありがとう。だったら、夜に来てもらっていい? あぁでも、そうすると明日大変かしら」


『それは大丈夫ですよー。有給とってあるんで遅くまで付き合えます!』


「……じゃあ連絡したら来てくれる?」


『わかりましたー。じゃあ、連絡待ってますね』


 通話はすぐに切られたが、ヴィクトリアは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべると、ひとまず新都に買った新居へ向かう。


 けれど、その瞳には怒りの炎が確かに揺らめいていた。






「おーい、お嬢ちゃーん。起きろよー」


 頬を叩く感触と、軽薄な声にレオノアは目をあけると、ゆっくりと頭を上げる。


「お、起きたなお嬢ちゃん」


 目の前にいたのは声と同じで軽薄そうな顔をした青年だった。口から覗く八重歯と、顔の半分を覆う幾何学的なタトゥーが特徴的だ。


「ここは……」


 周囲は薄暗く埃っぽい。


 どこかの工場か倉庫のようだ。


 天井近くにある窓から入る日の光はオレンジ色だった。


 もう夕刻なのだろうか。


 空港で個室に入ろうとしたとき金髪の女性に手刀を当てられて意識を失った後、レオノアは一度目を覚ました。


 その時、個室にいたのはあの女性と、二人の男。


 声の感じからして目の前にいるのがその時の男の一人だろう。


 個室のソファの裏には、霊力で指を抉って血文字でメッセージを残しておいたが、誰かが気付いてくれただろうか。


「おーい、こっち見ろ」


 再び頬を叩かれたので前を見ると、青年が薄い笑みを浮かべている。


 それに対して、レオノアは毅然とした表情で青年をにらみつけた。


「おー、いい眼をしやがる。いいねぇ、ヤリがいがあるってもんだぜ」


 青年が唇をベロリと舐めると、生理的な悪寒を感じた。


 しかし、彼を制するように空港で聞いた女性の声が響く。


「やめなさい」


 ものが高く詰まれた影から、空港で見た女性が現れる。


 だが、その表情に空港で見た優しさはなく、酷く冷淡な雰囲気を纏っていた。


「冗談だって、姉御。せっかくの人質をどうこうするつもりはねぇよ。……今はな」


「ならいいけど」


 男は肩をすくめると、女性の横を通りすぎて消えていった。


「貴女達は、一体なにが狙いなんですか……?」


「それは貴女を誘拐した時点で、わかってるんじゃなくて? 英国五位、ヴィクトリア・ファルシオンの娘、レオノア・ファルシオンさん」


「……狙いは、母ですか……!?」


「そうね。まぁそのうちお母さんも来るから、しばらく大人しくしていなさい。最後は親子仲良く、惨たらしく殺してあげるから」


 最後に小さく笑った女性に、レオノアは心の底から恐怖を覚えた。


 額には汗が滲み、緊張がはっきりと顔に出ていた。


 だが、取り乱してはいけない。


 パニックになることが、こういった状況で最も危険なのだという。


 深呼吸をして動悸を落ち着かせると、女性を睨みつける。


「なるほど、肝は座ってるってわけね……。その瞳が苦痛に歪むのを見るのが、楽しみだわ」


 彼女はそのまま踵を返すと、薄暗い闇の中へ消えていった。


 のこされたレオノアは天井近くにある窓を見やった。

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