3-4
日曜の午前中、雷牙と瑞季は寮や校舎から少し離れた位置にある訓練場で鍛錬を行っていた。
既にウォーミングアップのランニングを終えた雷牙は、師匠から毎日行うように言われている素振りをこなす。
すぐ近くでは瑞季が彼女の家に伝わっている剣術の型を、壱から順になぞるように反復している。
素振りをしながら雷牙は瑞季の剣閃に少しだけ視線を奪われる。
いつも冷静沈着な彼女だが、闘うときや鍛錬を行う時の表情は別人とまではいかないが、気迫溢れるものだった。
噤まれた口元には一切の笑みはなく、凛とした表情が彼女の鍛錬への真剣さを現しているようだ。
凛々しくも美しい型の鍛錬に視線を奪われていると、思わず鬼哭刀に霊力を纏ってしまう。
「やべ……!」
すぐさま霊力を引っ込めようとしたがもう遅い。
ブン、と振りぬかれた一閃は雷牙の莫大な霊力の一部がしっかり乗ってしまい、快音と共に盛大な土煙を立ち上らせた。
パラパラと小石や砂が落ちる中、砂煙が晴れると、頬に汗を浮かべた雷牙がなんともいえない表情をしていた。
「……これで何度目かな。君が地面を抉り飛ばすのは」
呆れ混じりの声に、雷牙は僅かに肩を震わせてから自身の目の前を見やる。
砂煙が晴れた雷牙の足元には、衝撃の跡がくっきり残っていた。
いわれたとおり、瑞季と共に鍛錬をしていて彼女に見惚れた結果、地面を吹き飛ばした数は何度目かわからない。
「雷牙、君を見てると集中力があるのか、それとも意識が散漫なのかよくわからなくなるよ」
「い、いやぁ、それほどでも……」
「褒めてはいない。……しかし、無意識で込めたとはいえ凄まじい威力だな」
瑞季が雷牙のつけた放射状の傷跡を見やった。
地面には数十センチの深さはあると思われる剣閃の溝が出来ており、長さは優に五メートルは超えている。
溝の深さは手前から奥、つまり雷牙から遠いほうになればなるほど深さを増していき、溝の終わりは一メートル近い深さの溝になっている。
同時に、周囲への影響も半端ではなく、溝の周囲には霊力の放出による影響なのか、砂が殆ど吹き飛んでいた。
「もはや一種の技と言ってもいいかもしれないな」
「ただの霊力の放出だぞ?」
「君のはただの霊力じゃない。人並みはずれた霊力を持つ君が放つそれは、十分な殺傷能力を持ってしまっている。現に見ろ、剣閃の跡がくっきり付いてるじゃないか」
「まぁ……確かにそうか」
雷牙は改めて自分の作った溝と吹き飛んだ周囲の地面を見やる。
今まで雷牙は自身の霊力を周囲に放出することで、相手を圧倒しつつ、剣の威力を高めていた。
瑞季が言っているのは膨大な霊力を鬼哭刀に纏わせて圧縮し、一気に剣先から解放しろということだ。
「言ってしまえば、近藤先輩のスケールアップ版と考えればいい」
「あぁ、なるほど。……じゃあ待て、うまくすればこれで属性に対抗することもできちゃったりなんかしちゃったり……?」
「できなくはないだろうな。ただ――」
「――よぉーし! なら早速やってやるぜ!」
雷牙は何かを言いかけた瑞季を振り切って鬼哭刀に霊力を纏わせると、そのまま一気に振り抜いた。
瞬間、ドン! という音と共に、霊力が放たれる。
土煙が晴れると、ドヤ顔の雷牙がいたが、隣にいた瑞季は少しだけ呆れた様子だった。
「……ありゃ?」
思わず雷牙は疑問符を口にした。
彼の見立てでは、剣閃によって先ほど以上の亀裂が入っていると思ったのだが、現実はまるで違った。
剣閃の跡は殆どなく、雷牙の足元から放射状に砂がなくなっていただけだった。
単純に砂を吹き飛ばしただけだった。
「えっと、どうなってんだ?」
「はぁ……。いいか、雷牙。無意識で行ったことを意識して行うことはかなり難しいんだ。無意識、つまり君自身が君の行為に気が付いていないから、それをいざやろうとしても体がやり方を覚えていない」
「……マジか」
「マジだとも。それを会得するには、ひたすら練習あるのみ。まぁ君ならすぐにコツを掴むだろう」
つまりは、反復して行い、自らの意思で放つことができるようにするしかないということだ。
幸いなことに、この訓練場は校舎から離れているため人気もなく、大きな技の練習をするのにはもってこいだ。
練習後は訓練場がえらいことになってそうだが、それは仕方ないとして割り切ることにした。
「よーし、んじゃもういっちょ……!」
鬼哭刀を振りかぶり、再び霊力を纏わせると地面に叩きつけるようにして振り下ろす。
その後、校舎裏の訓練場から地響きのような音が連続して起きたのはいうまでもない。
女子寮の自室にてレオノアは私服に着替え、姿見で軽く身だしなみを整えるとバッグの中を確認し、忘れ物がないかチェックをする。
「よし」
確認を終えたレオノアは、端末を手に自室から出て行く。
時刻は午前十時。母、ヴィクトリアが来るまでにはまだ余裕がある。
母が来日できる日を聞いたレオノアは、彼女と待ち合わせの予定を入れた。
メールや通話では話せないことも多くあったため、休日ということもあり、夕方くらいまで母と親子水入らずの時間を過ごしたかったのだ。
前に雷牙と瑞季にホームシック気味と言われたが、それはそれで当たっていたかもしれない。
「っと、お母様に会いに行く前に雷牙さんに挨拶をしに行かないと……」
寮を出たレオノアは足を止める。
確か雷牙は瑞季と一緒に鍛錬をしているらしいが、どこで行っているかまでは知らない。
少し学内を探すことになるだろうかと歩こうとした時だった。
ドンッ! という地響き染みた音が校舎の裏手から響いてきた。
森からは鳥達が逃げるように去って行く。
すると、二度、三度と連続して音が響く。
「あそこかな?」
恐らくアレは霊力の放出によるものだろう。
そして、レオノアの知り合いでアレだけ大きな音がする霊力を連続して放てる人物は一人しかいない。
彼女は校舎裏に向けて足を進める。
近づくにつれて音は段々と大きくなっていく。
やがて、校舎裏の森に入ると、音だけではなく本物の地響きすら感じるようになった。
既に十回以上は連続して聞こえる音と地響きに、少しだけ緊張しながら近づくと、視界の奥の方から声が聞こえてきた。
『だぁー! どうなってんだちくしょー!!』
『がむしゃらにやるのはいいが、出来ないからと言って適当にするな! 一度集中して、呼吸を落ち着けてやるんだ!』
聞こえてくるのは雷牙の荒い声と、瑞季の嗜めるような声。
木々の間を抜けながら声と音のする方に向かうと、視界がやがて開け、二人の姿が見えてきた。
レオノアが二人を発見すると、雷牙が刀を振るって巨大な土煙と音を発生させ、瑞季がそれを見ながらなにやらアドバイスを行っていた。
「雷牙さーん、瑞季さーん!」
やや大きめな声で二人に呼びかけると、こちらに気が付いたのか軽く手を振ってきた。
レオノアは二人の下に駆けるよる。
「おう、レオノア。もう行くのか?」
その場に座り込んだ雷牙が声をかけて来た。
「はい。空港までは少しかかるので……」
「そうか母君が見えるのだったな」
「ええ。夜には戻ってこようと思ってますけど」
「別に外泊しても大丈夫なんじゃねぇか? お前の試合は明日の昼からだろ?」
雷牙が首をかしげる。
確かに彼の言うとおり、レオノアの試合は明日の昼から行われる。午前中に戻ってくれば、特に問題はない。
けれど、レオノアは雷牙の提案に首を横に振った。
「いえ、母も色々とやることがあるようですし、夜には帰ってきます」
「まぁ元英国五位という立場からして、ハクロウ上層部への挨拶などもあるだろうからな」
「はい。なので外泊するのはまた今度にします。ところで、お二人は今なにを?」
レオノアは雷牙と瑞季を見やった後、訓練場を少しだけ見回す。
訓練場は一部の砂が剥げていたり、浅い溝ができていたり、深い溝が出来ている。
恐らく先ほどの音と土煙が元凶なのだろう。
「あー、まぁなんつーか。新技の開発?」
「急ごしらえかもしれないが、これから先のトーナメントを勝ち上がるためにな」
「新技……。いいですね、かっこいいです!」
「レオノアはどうなんだ。なにか新しい技でも開発しているのか?」
瑞季が首をかしげながら問うて来たが、レオノアは首を横に振った。
「いえ、私は以前雷牙さんに注意されたところを直しています」
雷牙との決闘で彼に忠告されたことを直すため、レオノアは雷牙達の見ていないときに修練を積んでいた。
「あぁ、そういやこの前の試合でも力抜いてなかったもんな」
「わかりましたか?」
「多少はな。まぁ次の相手はあの辻直柾だ。最初っから油断しないようにな」
「はい」
笑いかけてくる雷牙に、レオノアも笑顔で答えるものの、ふと腕時計に視線を落とす。
「あ、もうこんな時間……!」
どうやらここに到着するまで、思った以上に時間をかけてしまったようだ。
まぁ当然といえば当然か。
玖浄院の敷地はかなり広く、最初のうちは地図がなければ迷うこともあるという。
「すみません。それじゃあ私はこれで失礼します!」
「おーう、お袋さんによろしくなー」
「レオノア、そっちから行くよりもこっちから回った方が服が汚れないぞ」
「ありがとうございます。それじゃ、いってきます!」
瑞季に教えてもらった道の方へ駆けたレオノアは、最後にもう一度だけ二人に頭を下げてから訓練場を後にした。
そのまま敷地内を小走りで駆けながら正門にやってくると、認証装置に生徒手帳を当ててから学校外へ飛び出す。
「空港までは一時間半くらい……。うん、なんとか間に合うかな」
母の到着時間と照らしあわせ、レオノアは最寄り駅へ向かって駆けていく。
久々に再会する母へ少しだけ胸躍らせる彼女の足取りは非常に軽やかであった。
空港は日曜日ということもあってか多くの人で賑わっていた。
ヴィクトリアの到着時刻よりも三十分ほど早く到着したレオノアは、到着ロビーにて便がやってくるのを待っていた。
「少し早くついたなぁ」
暇を潰そうとしたレオノアは、バッグの中から端末を取り出す。
彼女は端末についているお守りを見て微笑を浮かべた。
これは、先日雷牙とのデートの終わりに彼と寄った神社で購入したもので、雷牙のものと自分のもの、それぞれ特殊なおまじないをかけている。
フフッと笑みを浮かべるレオノアの表情は緩みきっていたものの、不意にかけられた声に顔を上げる。
「あの……」
「え、はい? なんですか?」
目の前にいたのは金髪の女性だった。
自分と同じで日本人ではないようで、珍しいレッドの瞳が特徴的だった。
「レオノア・ファルシオンさん、ですよね?」
「そうですけど、貴女は……?」
「申し送れました。私英国ハクロウ支部の者です」
彼女は英国所属の刀狩者だということを証明するライセンスを見せてきた。
確かに、ライセンスは本物のようだ。
「えっと、英国支部の方がどうして?」
「ええ。実はヴィクトリアさんがこちらの生活に慣れるまでの世話役として派遣されたんです。色々と困りごともあるでしょうからね。今日はお母様よりも一本早い便でこちらに着いたんです」
「そうなんですか。ありがとうございます」
「それでですね、到着ロビーでは混雑が予想されますので、こちら側が用意した個室のラウンジでお通しします。もちろん、お母様が到着し次第、すぐにお通しします」
にこやかにいう彼女にレオノアも頬を緩める。
確かに、到着ロビーは段々と人が増え始めた。これからもっと人が増えて出迎えるのも大変になるだろう。
「じゃあ、お願いします」
「はい。ではこちらへ、ご案内いたします」
女性は笑顔を崩さずにレオノアの前を歩き、彼女もそれに続く。
エスカレーターやエレベーターを乗り継いで到着したのは、VIPが使用できる個室のラウンジだった。
「どうぞ」
とても優しげな微笑で招かれ、レオノアも少しだけ張っていた警戒の糸を緩めて個室に入ろうとした。
しかし、入る直前、女性の笑顔が異質なものに変わったのを直感的に悟る。
なにかとてつもなく嫌な感じがしたのだ。
この部屋に入ってはならない。頭の中でそんな警鐘が鳴り響いている気がした。
「どうかされました?」
問うてくる女性の顔には先ほどと変わらない優しげな微笑。
だが、なぜだろう。
いまだけはその微笑がとても、怖く感じた。
「あ、あの。私やっぱり……!」
そこまでいいかけた時だった。
一瞬だけ女性の顔から笑顔が消え、とても冷淡なものへと変わったかと思うと、首筋に鋭い痛みが奔り、視界が一気にぼやけ始める。
かすれていく視界と、薄れていく意識の中で、レオノアは女性の口元が三日月のように歪んだのを目撃したが、それを最後に彼女の視界は完全に闇に飲み込まれてしまった。
――お母様……。雷牙、さん……助け、て。
遠くなっていく意識の中で、彼女は大好きな母親と、想い人に助けを求めたが、その声を聞き届けるものはだれもいなかった。
倒れそうになるレオノアを不審がられないように個室に連れ込むと、女性は室内にあったソファに座ってから悪態をつく。
「まったく、勘のいいお嬢さんだこと」
倒れているレオノアを見やった女性の顔には、先ほどの優しげな表情など微塵も残っていなかった。
彼女は端末を取り出すと、部下である二人に連絡を取る。
「娘は確保したわ。運び出すの手伝って」
『りょうかーい。って、母親の方はいいのかよ、姉御』
『母親には後で連絡すると言ってあっただろう。少しは聞いていてくれよ』
『あぁ、んなこといってたっけか。まぁいいや、じゃあ今からそっち行くぜー』
「頼むわね」
通信を切ると、彼女は再びレオノアを見やる。
少しだけ苦しそうな表情を浮かべているが、問題はないだろう。彼女はレオノアの耳もとに口を近づけると、冷酷な声音で告げる。
「たっぷり可愛がったあと、親子仲良く殺してあげるから、安心なさい……」




