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「また反応のない妖刀か」
ハクロウ所属の刀狩者、京極剣星は、朝のラッシュ時に突然起きた斬鬼の発生現場に向かっていた。
通常、妖刀が発生した時点で、ハクロウ開発の観測装置、鍾魔鏡に反応がある。
反応を元に、ハクロウの観測課から発生地点の周囲一キロ圏内に向け、避難勧告が発令される手はずになっている。
はずなのだが、今回はそれがなかった。いいや、今回だけではない、ここ数ヶ月の間で何度か同じようなことが新都以外でもおきているらしい。
無論ハクロウもそれにただ手をこまねいているわけではないのだが、いまだ原因らしい原因が掴めていない。
上層部は、余計な混乱を避けるために、メディアへの規制はしているようだが、このようなことが続けば、そのうち問題は明るみに出てしまうだろう。
とはいえ、自分が上層部に意見したとしても、頭の固い老人達に「若造は引っ込んでいろ」と言われるのが関の山だろう。
「正直、もう少し下からの意見も聞いてほしいものなんだけど……」
大きなため息をついた剣星は、走っていたビルの屋上から跳躍すると、視線の先に目的地を見つけた。続けて降立ったビルの屋上から再び大きく跳躍し、現場の数十メートル手前に着地する。
降立つ瞬間に霊力をクッション代わりにしたので、身体への衝撃も殆どなく、アスファルトにはヒビ一つない。
剣星は、そのまま歩みを進め、現場検証を行っている顔馴染みに声をかける。
「お疲れ様、大垣さん」
「京極さん! お疲れ様です」
声をかけられた女性は、張りのある明るい声音で答える。けれど、どこか安心したような表情に、剣星はなにか引っかかるものを感じた。
「状況は……って言っても、もう終わってるよね」
「はい。私たちが到着する頃には既に」
「報告だと玖浄院の生徒が斬鬼を討伐したんだよね。妖刀の方は?」
「現在、封印処理を進めています。それで、あの……」
大垣は、なにか言いづらそうに言葉を詰まらせる。その様子を見やった剣星は、彼女が向けている視線を辿ってみる。
そこにいたのは若干ふてくされた顔をした十五、六歳くらいの少年だった。彼の前ではエラの張ったゴツイ顔の中年男性がなにやらガミガミと喚いている。
少年は叱られているのだろうが、目の前でわめき散らす男性に辟易した様子だった。
「なるほど、高見さんか」
「はい。さっきからずっとあの調子です。本人は注意してるつもりなんでしょうけど、注意というよりもストレスのはけ口みたいな感じで……。あの子は女の子を守ろうとした過程で仕方なく斬鬼を戦ったんですよ」
「なるほど。注意は大切だけど、アレは正直見てられないな。よし。僕が話をつけてくるよ」
「いいんですか?」
「うん。上からは収拾をつけて来いって言われてるし。あの様子じゃ収拾もなにもないだろう」
肩を竦めた剣星は高見と少年の下へ足を向ける。
「聞いているのか貴様ッ!!」
「あ、はい。まぁ」
もう何度目かになるか分からない「聞いているのか貴様」にあいまいな返事を返した雷牙は、目の前で喚く小太りな中年男性、部下と思しき大垣という人から、高見と呼ばれていた中年を死んだ魚のような目で見やる。
現場検証も終わり、爆発に巻き込まれた死傷者の搬送も終えたというのに、この男は未だに雷牙の目で注意と言うていのストレス発散をしている。
最初こそ刀狩者がなんたるかを言っていたのだが、段々と話が反れ、今では雷牙がやったこととは全く関係のない話になってしまっている。
ルールを破ったのは雷牙であるため、叱られたり、怒声を浴びせられるのは仕方ないとは思う。しかし、この時間は正直無駄ではなかろうか。
雷牙は高見に聞こえない程度の小さな溜息をつく。
すると、喚いていた高見の声を「少しいいですか」という、優しげな声が遮った。
声は高見の背後からだった。高見は振り返り、雷牙は視線だけを声のした方へ向ける。
高見の背後にいたのは、戦闘服ではなくハクロウの刀狩者が着る制服に袖を通した二十代前半くらいの男性だった。目鼻立ちははっきりとしていて、所謂イケメンの部類に入る優男だ。
けれど、雷牙は男性の制服になにか違和感を覚えた。ハクロウの制服は、鈍い赤色を基調とし、白の装飾がはいっているのだが、彼の来ているものは黒を基調としたもので白は鈍い赤色の装飾になっているものだった。
デザイン自体は同じものなので、「単なる色違いか」と、とりあえず納得してみる。
「なんだ貴様、私は今この小僧にせっきょ、いいや、注意をだな……っ!!?」
優男に対して訝しげな表情を向けた高見であるが、突然言葉を詰まらせる。そればかりか見る見るうちに顔面が蒼白になっていくではないか。
やがて高見は、機敏な動きで雷牙の前から退くと、男性の真正面に立ってふかぶかと頭を下げた。
「し、失礼をいたしました! 京極隊長!!」
先ほどまでのふてぶてしい態度はどこへ行ってしまったのやら。頭を上げた高見の顔には、大量の汗が浮き出ており、まるで怯えているかのようだった。
その反応に雷牙は驚きながらも、冷静に京極と呼ばれた男へ視線を戻す。「隊長」と呼ばれたことからそれなりの地位にいると思しき男は高見の行動に若干慌てた様子だ。
が、その際彼の腕に見慣れぬ腕章が見えたが、まじまじと確認するよりも速く、京極は高見を下がらせて、雷牙に向き直った。
彼は薄く笑みを浮かべた後、「とりあえず座って話そうか」と、近くに転がっていたどこかのカフェの椅子を向かい合わせるように立てる。雷牙も促されるまま椅子に腰掛ける。
「わるいね。時間を取らせてしまって」
「いや、別に。ところで、アンタは?」
「あぁっと、自己紹介がまだだったね。僕は、京極剣星。よろしく、えっと……」
剣星は雷牙の顔を見て固まった。どうやら名前を聞くのを忘れたようでどこがバツが悪そうな表情をしている。
先ほど高見に頭を下げられていたから、どれほど厳しい人物なのかと緊張していた雷牙だがその様子に僅かな笑みを浮かべると、
「綱源雷牙だ。じゃなかった、です。こちらこそよろしくお願いします」
高見と違い、この剣星という人物は頭ごなしにこちらをしかりつけてくることはしないだろうと、本能的に理解した雷牙は頭を下げる。
「うん。よろしく、雷牙くん。さて、それじゃあ本題に入るけど、発生した斬鬼を討伐したのは、君で間違いないんだね?」
「はい。さっきの高見って人にも言いましたけど、玖浄院の入学式に行く途中で斬鬼と遭遇して、自分以外、斬鬼を食い止める状況になかったので応戦して倒しました」
余り使い慣れない敬語をなんとか使って答えると、剣星は「なるほど」と短く答えた後、雷牙を真っ直ぐ見据える。
先ほどまでの優しげな視線とは打って変り、鋭く心の中を見透かすような眼光に、雷牙は一瞬身体を強張らせるものの、それはすぐに終わった。
「正直に話してくれてありがとう。けど、新入生の段階で本物の斬鬼を倒すなんてすごいね。将来有望だ」
「どうも」
「とは言ってもルール違反はルール違反。それに関してはしっかりと反省をするようにね」
剣星は短く忠告をすると、それ以上はなにも追及はしてこなかったが、ふと思い出したように「あっ」と声を上げた。
「そういえば玖浄院の入学式ってそろそろ始まってるころじゃないかな?」
「あー……。まぁそうなんですけど、今からだとどう足掻いても間に合いませんし、この際開き直りますよ」
時計を見ると、午前八時五十五分を指そうとしているところだった。今からでは走ったところで間に合わない。
厳罰のことを思いながら大きなため息をつくと、剣星は口元に手を当ててから「ちょっと待ってて」と一度席を立つと、離れた所で携帯端末を取り出してどこかと連絡を取り始める。
しばらくその様子を座ったまま見ていると、通話を終えた剣星がこちらに戻ってきた。
「玖浄院に電話して確認してみたんだけど、どうやら斬鬼が出たことで、君以外の新入生にも遅れが出てるみたいでね。入学式は三十分繰り下げて行うそうだよ」
「マジですか!!?」
「うん、マジだよ。だから今から行けば余裕で間に合う」
「でも、規約違反をしたってことで色々書かないとダメなんじゃないんですか?」
「あー、それね。うーん、今回はいいよ。そのあたりは君もしっかりわかっているみたいだし、何よりも人を助けるというしっかりとした理由もあった。だから今回は大目に見るってことで」
ニッと笑う剣星に、雷牙は「ありがとうございます!!」と勢いよく頭を下げる。午前九時半からの開始ならば、まだかなりの余裕がある。厳罰も免れることができるはずだ。
刀袋に刀を納め、すぐさま走り出そうとするが、「あ、ごめん。最後に一ついい?」と、刀袋を引っ掴まれグインと身体が仰け反る。
「な、なんですか?」
「個人的な質問なんだけど、女の子を助けようとした時、何を思った?」
「何をって……」
改めて問われると正直なんと答えればいいのか良くわからない質問である。
女の子を助けようとした時、自分は何を思ったのだろうか。記憶を辿って思い返してみても、どうしてもその辺りが曖昧だ。
見捨てることは出来ないとは思ったが、助けに入ったのは殆ど衝動的なものだった。自分の心の奥底にあるなにかに火が灯るような感覚といえば正しいのだろうか。
「うーん、正直何を思ってたかは覚えてないです。けど、なんとなくですけど、何か考えるよりも先に、身体が勝手に動いてました」
苦笑気味に答えると、剣星はキョトンとした表情を浮かべた。が、それも一瞬のことで、穏やかな表情で「そうか」と満足げな声を漏らす。
「考えるよりも先に身体が動いていた、か。うん、実に君らしい答えだ」
なにかに納得したような剣星だが、雷牙は彼が何に納得しているのかよくわからなかった。
君らしいというのはどういうことだろうか。彼とはまだ会って数分しか経っていない、それなのに自分を昔から知っているような口振りが気になった。
疑問を返してみようと「あの」と声をかけようとしてみたが、視界の端に入った時計を見ると、午前九時を指し示している。
「やば、すみません! じゃあ俺はこれで!!」
「ああ、わるいね、引き止めてしまって。それじゃあ気をつけて」
出かけた言葉を飲み込み、別れを告げる剣星に背を向けた雷牙は玖浄院へ向けて駆け出す。走ればそれなりに余裕をもって到着できるはずだ。
「ぬおおおおお!! 山育ちを舐めんなよおおおおお!!!!」
自分に鼓舞を入れるように叫びながら玖浄院を目指す。いくら入学式が繰り下げになったからとはいっても、ギリギリでの到着は心臓に悪い。
小さくなっていく雷牙の後姿を見ながら剣星は、一度瞳を閉じると、澄み渡った春空を見上げて呟いた。
「考えるよりも先に身体が動く。やっぱり、貴女の子ですね。光凛さん」
未だにメインヒロインと会ってすらいない……




