3-1 闇よりの使者
英国、ファルシオン邸では、ヴィクトリアが最後の荷物をスーツケースに押し込んでいた。
「んしょっと……!」
荷物を吐き出しそうになっているスーツケースを何とか押し留め、無理やりロックをかける。
やや押し込みすぎたためか規定のそれよりも膨れている気がしないでもないが、まぁ割れ物などは既に日本に送ってあるし問題ないだろう。
改めて家の中を見回すと、ヴィクトリアは目尻に少しだけ涙を浮かべた。
自分の意思で出国する決意をしたとはいえ、ここには亡き夫や、先に日本に立っているレオノアとの思い出が詰まっている。
寂しくないといえば嘘になる。
だが、決めていたことだ。
袖で涙を拭うと、すこしだけ足早に邸宅を後にし、近くのホテルへ向かう。
出国は明日の夜だが、明日は明日でやることが残っているため、荷物は今日まとめてしまった方がいいと考えたのだ。
すっかり日も暮れた街中を歩きながら、ヴィクトリアは来日後の予定を頭の中で確認する。
来日後まず行うことは、ハクロウの長官である武蔵辰磨氏への挨拶だ。
光凛がいた時からすでに長官としてハクロウのトップに君臨していた彼と会うのは初めてだが、テレビやネットでならば見たことがある。
巌の様な顔つき加え、顔に大きな刀傷のある彼は、忘れたくとも忘れられない。
「光凛さんは怖いけどいい人って言ってたけれど、どうなのかしら……」
あの顔立ちからして怖いのはわかるが、いい人というのは会って話してみなければわからない。
とはいえ、ウーゼン支部長から通達されたとおり、日本のハクロウには所属もできず、刀狩者としての活動も禁止されたため、直接的に関わることはないと思うが。
その後は、新居に送られた荷物の整理や、夫の墓所決め、光凛の墓参りなどなど、やることはそれなりに多い。
けれど、気になるのはやはり愛娘レオノアと、雷牙のことだ。
レオノアからの連絡によれば、近くトーナメントの二回戦と三回戦が連戦で行われるらしい。
親馬鹿と言われるかもしれないが、彼女なら二回戦、三回戦程度ならば余裕で通過するだろう。
雷牙の方もレオノアが言うにさして問題はなさそうだった。
出来れば来日したら一日でも早く会いたいものだ。
「外見は光凛さんと男の子にした感じだけど、どんな子かしらね。出来ればお婿に来て欲しいけれど……」
『それでは、本日のトーナメント第三回戦を開始いたしまーす!!』
元気のよい実況がアリーナに響く。
雷牙達の姿も観客席にあったが、皆表情がどこか曇っており、樹の姿が見えない。
『えー、本日三回戦の対戦カードはこちらぁ!!』
ドラムロールのような音と共に巨大なホロディスプレイに選手の情報が表示される。
同時に、格入場ゲートに光が当てられ登場する生徒を照らし出す。
『東ゲートより入場したるは、二年F組、嵐山遊選手! 先ほど行われた、一年A組、岡田樹選手との試合も火炎の属性攻撃で危なげなく勝利を収めた彼女ですが、まだまだ余裕があるようにも見えます! 三回戦もその炎を煌めかせて勝利を勝ち取ることができるのでしょうか!?』
雷牙達の表情が曇っていた理由の一つが彼女である。
実況の紹介にもあったように先ほど樹が彼女に敗北したのだ。
一方的とは行かないまでも、有効打は叩き込めていなかった。
嵐山の紹介に会場内が沸き立つ。
短く切り揃えられた短髪に、中世的な顔立ち、すらっと高い背丈からして男子生徒にも見える嵐山は、女子人気が非常に高いらしい。
なんでも王子様系女子なんだとか。
『続いて西ゲートから入場するのは、玖浄院を代表する問題児! 遅刻、欠席、校則違反を重ねながらも、戦闘能力だけで進級できたある意味最強なこの男! 三年D組、辻直柾選手!! 第一回戦、第二回戦ともに相手選手が棄権してここまで勝ち上がってきましたが、果たして実力は本物なのかー!?』
ゲートから現れた直柾は、着崩した制服に、やや猫背気味。
適当に脱色した髪の下には凶悪な本性が隠せていない三白眼が覗いている。
しかし、嵐山に対する歓声とは裏腹に、場内からはブーイングの嵐が巻き起こった。
『ひっこめこのイカサマ野郎!!』
『嵐山くん! そんな奴たたんじゃってー!』
『玖浄院の面汚しが!』
『なんでお前が選ばれて俺が選ばれてねぇんだよ!!』
『場外で相手を脅したんだろー!!』
その他『死ね』だ『くたばれ』だと罵詈雑言の嵐がアリーナを埋め尽くしていた。
「すごい嫌われようだな……」
あまりに異様な光景に、瑞季が呟くと、雷牙もそれに頷いた。
「かなり嫌われてるみたいだな。けど不戦勝がこんなに重なるってことは何かしら理由があるんだよな」
「そりゃあね。過去の映像調べてやばそうなシーンだけスクショしたやつあるけど、見る?
舞衣から渡されたタブレット端末を見ると、雷牙含め、それを見ていた全員が眉間に皺を寄せた。
「これは……なんて惨い……!」
レオノアが少しだけ語気を強め、信じられない者を見るかのような眼差しでバトルフィールドに立った直柾を見やる。
だが彼女がそのような反応をするのも無理はない。
タブレットに表示されていた画像には、対戦相手を血祭りに上げ残虐な笑みを浮かべている直柾の姿があった。
「これって去年のやつか?」
「いいや、中学生くらいの奴もあれば、一昨年のやつもあるよ。その時からかなりヤバイ人だったみたい。っと、そろそろ始まるかな」
舞衣はホルダーに置いてあった炭酸ジュースを飲みながら端末をいじると、バトルフィールドを見やる。
『さぁ両者ともに準備が整ったようです。果たして勝利を掴むのはどちらか、それでは試合、開始ー!!』
ブザーがなり響き、試合の開始が告げられた。
嵐山遊は標準的な日本刀型の鬼哭刀を構えると、刀身に一瞬で炎を纏わせる。
『いきなり出ましたー! 嵐山選手の火炎属性!! 穏やかな表情とは裏腹に、纏う火炎の威力は絶大です!!』
一年生の中盤で訓練中、ふとしたきっかけで会得したこの属性覚醒により、遊は飛躍的にその実力を伸ばした。
属性覚醒に至ることができればたとえ上級生が相手でも闘っていける。
「この力で私は戦刀祭にでるんだ……!」
決意を胸に、切先を直柾に向ける。
相手の評判はクラスメイトから聞いて知っている。
玖浄院始まって以来の不良生徒。
犯してない犯罪は殺人以外全て。
先生を脅して精神病院送りに。
などなど、悪名しか入ってこなかったが、とにかく非常に危険な人物であることはわかった。
だが、こんなところでは負けられない。たとえ相手がどんなに恐ろしい相手であっても。
鋭い眼光で睨むと、彼の口元に笑みが浮かんだ。
「へぇ、いきなり使ってくれるわけか。いいじゃねぇの」
不適な笑みに、緊張はするものの恐怖はない。
「先輩は強いって聞いてます。だから、最初から全力で行かせてもらいます」
「威勢がいいのは好きだぜ。にしてものっけから本気か、じゃあ俺も出し惜しんじゃいけねぇよなぁ」
彼もまた鬼哭刀を構えた。
少し長いタイプの日本刀型の鬼哭刀。リーチの差はあるが、恐れる必要はない。
だが、遊は肌をなでる風に気がついた。
会場内は無風のはず。
炎が生じさせた上昇気流というわけでもない。
正真正銘それは風だった。
瞬間、遊は風の正体を理解した。
理解すると同時に、それが起こった。
ゴウッ! という音が耳に届くと、直柾の両サイドに彼の背丈を少し越えるつむじ風が出来ている。
風の形など空気に煙などで色がついていなければ分からない。
だが、確かに彼の両サイドにあるのは、つむじ風だった。
『おーっとこれはフィールド内に風が巻き起こっているー!? これは辻選手の属性覚醒、疾風の影響でしょうか!』
実況が囃し立てるように吼えるが、遊は内心で笑みを浮かべた。
なぜなら、属性の相性的に見て自分の方が有利だからだ。
疾風属性において、火炎属性は有利。
炎に風が加われば、その炎はさらに大きなものとなる。
「この勝負、私が貰います……!!」
「やってみな。できればだけどな」
遊は火球を周囲に展開させると、そのまま直柾に向かって駆け出した。
直柾もそれに反応し、風を防御に回したが、内心でそれにほくそ笑む。
「風で防げば炎はさらに大きく……ッ!?」
思わず息を呑み、足を止めた。
目の前で風の壁に防がれた炎は一瞬大きくなった。
けれど、それは本当に一瞬で、僅かに燃え上がった炎は風の中を揺らめくだけで、彼女が想像していたような巨大な炎にはなっていない。
「なにが……」
「火が燃えるのに必要な気体は、なんだっけな」
「……酸素……まさか!?」
遊の顔が蒼白に染まると、直柾が風を操りながら笑みを浮かべた。
「正解。この炎は周りの酸素を取り除いてやったのよ。疾風属性なんて名前で、風しか操れないなんて思われてるが、うまくやればこういうこともできる」
彼がグッと拳を握ると、炎が見る見るうちに小さくなり、やがては完全に掻き消えてしまった。
「まぁこういうこまごましたのは性にあわねぇからあんまやらねぇんだけど、なぁ!」
直柾がこちらに掌を突き出した。
すぐさま飛び退いたものの、突風が容赦なく遊を襲う。
同時に全身に走る鋭い痛み。
荒れ狂う風の中で僅かに目を開けると、制服のいたるところが斬れ、出血していた。
「疾風属性にはこういうことだって出来る。所謂、鎌鼬、真空刃ってやつさ。そら、まだまだ行くから耐えて見せろよ、後輩ちゃん!!」
豪風吹き荒れるバトルフィールドでは、見るも無残な光景が広がっていた。
最初、誰もが属性相性的に嵐山が有利だと思っていた。
しかし、今はどうだ。
空中に浮かされた彼女は、成すすべなく直柾の発生させている真空の刃で切り刻まれている。
『こ、これは……!』
実況も言葉を詰まらせていた。
直柾は開始位置から一歩も動いていない。
けれど、彼の体は嵐山を切り刻む風に飛ばされた返り血で染まり始めていた。
表情は残忍かつ、冷酷な笑みだ。
雷牙が戦闘中に見せるような笑顔ではない。人を切り刻むことを楽しむ、猟奇的な笑みだった。
すると、流石にこれ以上の続行は不可能と判断したのか、レフェリーがバトルフィールドに割ってはいる。
直柾はようやく真空刃をおさめると、風を操って彼女の体をレフェリーの下へ寝かせる。
既に意識はなかったようで、ぐったりとしている嵐山を見たレフェリーは首を横に振った。
『あ、えっと……。試合終了です!! いやぁ属性の相性的に辻選手が不利かとも思ったんですが、見事な逆転でした! 保険委員は嵐山選手の搬送をお願いしまーす!』
言葉を詰まらせていた分、実況が僅かにたどたどしかった。
直柾は悠然とフィールドから降りていくものの、その後ろ姿を雷牙達はただただ見つめていることしかできなかった。
「アレが辻直柾の力だよ。天才的な霊力操作で相手を切り刻み、戦闘不能に追い込んでいく」
舞衣がタブレットを操作しながら呟いた。
「試合後の彼はいつも相手の血で真っ赤に塗れ、口元には笑みを浮かべる。その様子からつけられた二つ名が――」
バトルフィールドには、嵐山の血が飛び散り、彼女の体にはおびただしい数の切り傷が見える。
雷牙達はゴクリと息をのむ。
「――斬刑之皇」




