2-6
月曜日の早朝、雷牙はベッドに残ろうとする体に鞭打ってトレーニングに行くため部屋を出た。
くぁっと大きな欠伸をしながら、シンと静まり返った寮の廊下を歩く。
早朝トレーニングは基本的に欠かしたことはない。ランニングから始まり、素振り、霊力の操作の基本練習を繰り返すトレーニングは、寝ぼけた頭を起すのにちょうど良い。
時刻は午前五時の少し前。
鍛錬をすれば朝食を食べて余裕に学校に間に合う。
「飯は何にすっかなー……」
頭の後ろで腕を組みながら朝食のメニューを考えながら男子寮から出ると、不意に声をかけられる。
「雷牙」
「んぉ……? 瑞季じゃねーか。何やってんだこんな時間に、こんなところで」
寮の玄関口にいたのはジャージ姿で、髪をポニーテールに結った瑞季だった。
いつも毛先のほうで小さく纏めている姿しか見ないし、ジャージ姿もあまり見たことがないので、何と言うか新鮮である。
「あぁいや、なんというかその……トレーニングに付き合いたくて……」
少しだけうつむく彼女はなぜか頬を赤らめる。
言葉もどこか尻すぼみであったし、なにかあったのだろうか。
「大丈夫か?」
「ふぇ!? も、ももももちろんだとも!?」
近づいて顔を覗き込むと、素っ頓狂な声を上げて後ずさった。かわいい。
瑞季は後ずさったところで、何度か深呼吸をして呼吸を落ち着かせると、人差し指をこちらに向けてくる。
「そ、それでどうなんだ!? トレーニングにつき合わせてくれるのか?」
「なんか変な日本語になってる気がするけど、一緒にトレーニングがしたいのか?」
雷牙の問いに瑞季はコクンと即座に頷いた。
どこか可愛げのある彼女の仕草に雷牙は思わず笑みを零す。
「じゃあ、一緒にトレーニングするか。俺がいつもやってることでいいか?」
「構わない。もとよりそのつもりだ」
「そか、んじゃ軽くストレッチしてから、ランニング行くか。二十キロだけど行けるか?」
「当然。君のペースに合わせる」
頷いた瑞季に対し、雷牙はさすがだと思った。
通常、雷牙の二十キロランニングを聞いた殆どの人物は、表情を固めるのだが、彼女は一切表情を変えないばかりか、薄く笑みを浮かべていた。
それは彼女の自信の表れでもあるのだろう。
並外れた戦闘能力を持つ彼女も、日々の努力を欠かしていないのだろう。
むしろ雷牙の方が彼女のトレーニングに付き合いたいくらいである。
考えつつ、ストレッチを終えると、タイマーをセットしてから瑞季と共に走り始める。
最初の五キロほどは会話がなかったが、瑞季もこちらのペースに慣れて来たようで、ちらほら会話が出てきた。
「時に雷牙、属性覚醒について、知りたいことなどはないか?」
「どうした藪から棒に」
「あ、いや。深い意味はないんだ。ただこれから先のトーナメントで覚醒に至っている先輩達と闘うこともあると思って、その対策というか……」
「あー、確かにそうだな。直近で当たるのは陽那だけど、その後は上級生との連戦になるもんな。じゃあ色々教えてくれるか?」
「あ、ああ! もちろんだ。じゃあランニングが終わったら話そう」
「よろしくな」
雷牙からすれば願ってもない申し出だ。
属性持ちの話はあまり聞くことができない貴重な話である。
先輩達に頼んでも、自分から手の内を明かすような人物はいないだろう。
ランニング後の楽しみが増えたことで、雷牙の歩幅がやや広くなり、ペースも少しだけ速くなった。
ランニングを終えた雷牙は、自販機でスポーツドリンクを買って瑞季に手渡す。
頬から汗を流し、息を整えた瑞季はそれを煽ってから大きく息をついた。
少しだけ荒かった息はすぐに落ち着きを取り戻し、瑞季は近くの花壇に腰掛けた。
雷牙も続いて彼女の隣に座る。
「属性が五つに分けられているのは、知っているな?」
「ああ。五属性ってやつだろ。大地、流水、火炎、疾風、最後が雷電だっけか」
「そのとおり。それぞれの属性には相性もあり、火炎は疾風に強く、流水は火炎に強い。とは言っても、使用する人物の力量でこれは変化する場合もある」
「覚醒間もない奴が相手に対して有利な属性を持ってたとしても、力量差で逆転もされるってわけだな」
「ああ。有利属性だからといって、調子に乗ると痛い目を見る」
彼女の言っていることは納得できる。
確かに、有利属性だからと言って鍛錬を積んだ相手に対して、ろくに鍛錬もしていない奴が勝てる道理はない。
「あ、そうだ。ずっと聞きたいと思ってたんだけど、覚醒前に兆候みたいなのってあんのか?」
「兆候か。ある人間にはあるらしいが、殆どは突発的に覚醒に至る場合が多いらしい。私の場合は鍛錬中にふと出来るようになった」
「個人によってまちまちってことか。どれ……」
雷牙は前方に手を突き出して掌の中で霊力を練ってみる。
ボウッと青白い光が集まり、ぼんやりとした球体になるものの、属性の兆候は見られない。
しばらく霊力を集めてみたものの、やはりこれと言った変化はない。
「やっぱダメか。こういうのって一撃喰らったりすると覚醒できるみたいな話聞くけどな」
入学式でのエキシビジョンで、瑞季の一撃を喰らったことを思い出す。
「まぁ無理やりできないこともないらしいが、その手はかなり危険だぞ? そういうのを無理やりの覚醒を促して、多数の負傷者と死者を出した国もある」
「マジか。じゃあそういうのには期待しない方がいいってわけだ」
強くなるために、覚醒には至りたいものの、それで死んでいては元も子もない。
しかし、時間がないのもまた事実。
属性覚醒は、十代の内に覚醒できなければそれ以降、覚醒することはできない。理由としては、十代のうちが体の中にある霊脈の成長率が高いとかなんとか。
「一応言っておくと、属性の鍛錬はただ霊力を練ればいいわけではないからな。それなりにコツがいる」
「覚醒後も手放しで喜べないってことね。じゃあ覚醒してない奴が、覚醒してる奴に勝つ方法ってあるか?」
霊力を空気中に霧散させながら問う。
実のところ、雷牙が最も聞きたかったことがこれである。
属性持ちは属性を持っていない者に対して、かなりのアドバンテージを持つ。
そのアドバンテージをどうやって乗り越えれば、勝利をつかめるのか。
これから先激化していくであろうトーナメント攻略のためには必要な情報である。
「そうだな、最も簡単なのは相手に属性を使わせる前に勝つことだが、正直それも難しい。だが、君のように大量の霊力を有している人物だからこそ出来ることがある」
「なんだそれ?」
「物理的なエネルギーに変換していると言っても、言ってしまえば全て霊力だ。だったら、同じ霊力で干渉してやればいい。君自身の霊力で圧倒すればいいんだ」
「俺の霊力でって……そんなことできるのか?」
首をかしげると、瑞季はふふんと得意げな表情を浮かべて人差し指を立てた。
「トーナメント初日の一回戦、近藤先輩が見せた抜刀を覚えているか? あの時、風祭先輩の発生させた炎が掻き消えただろう。あれは霊力で干渉したからだ」
「アレってめちゃめちゃ早い居合いじゃなかったのか!?」
「気付いていなかったのか?」
キョトンとする瑞季だが、雷牙はただ驚いていた。
あの時、一瞬だけ体にピリッとした感覚が走り、勇護が霊力を乗せた抜刀をしたのはわかっていた。
しかし、あれがまさか彼女の言う霊力による属性干渉だとは思っても見なかった。
「マジかよ。てっきり、超早い抜刀で起した風圧だとばかり……」
「君が気付いていないとは思わなかったが、思い返してみればアレはかなりの技量だった。気付かないのも無理はなかったかもしれないな」
「そういうことだったのか……俺の霊力で圧倒、か」
「ああ。君の莫大な霊力ならきっと出来るさ」
微笑を浮かべる瑞季に雷牙は自然と見惚れてしまった。
少しだけ汗ばんだ彼女は、どこか扇情的で艶やかだったからだ。
「け、けどいいのか? そういうこと教えて苦しくなるのはお前もだろ?」
「当然そうだが、強い相手と闘う方が自分の力にもなるだろう。だから……その、な……」
ふと饒舌だった瑞季が少しだけうつむき、指を交差させてくるくる回し始めた。
緊張というか、言いよどんでいる彼女を待っていると、瑞季は意を決したように顔を上げる。
頬は僅かに赤くなっていた。
「毎日、というわけじゃないんだが……こうやって一緒にトレーニングが出来る日は、その、君の属性対策の修業をしないか……?」
「……いいのか?」
予想していなかった彼女の提案に、少しだけ掠れた声が出てしまった。
目の前で恥ずかしげにしている瑞季は、チラチラと視線を向けてくるものの、雷牙は思わず彼女の手を握った。
「ありがとう、瑞季! よろしく頼む! お前が出来るときでいいから、俺に稽古つけてくれ!!」
彼女の手を握り、頭を下げる。
すると、瑞季の小さな笑い声が耳に届いた。
「こちらこそよろしく頼むよ。雷牙。君と鍛錬ができれば、私ももっと強くなれるだろうからな」
「ああ。損はさせねぇ。じゃあ、今からやるか!?」
「そうしたいのは山々だが、今はやめておこう。やるなら放課後がいい。ここでは周囲への影響も多いだろう」
いわれてみれば、ここは寮の近くにある道だ。
こんなところで霊力を使った鍛錬をすれば、生徒が起きてしまうばかりか、寮に傷をつくってしまいかねない。
「それもそうだな。悪い、興奮しちまって……」
「構わない。じゃあ、今日の放課後から練習して行こう」
「おう! よろしくな」
こちらから拳を突き出すと、彼女もそれを理解したのか、同じように拳を出し、グータッチを交わした。
その後、素振りと軽い霊力操作のトレーニングを終えた雷牙と瑞季は寮へ戻っていく。
雷牙をトレーニングに誘うことに成功した瑞季は満足気分だったが、不意に聞こえた声に一瞬だけ彼女の表情が引き攣る。
「雷牙さん!」
寮の近くにやって来た雷牙に声をかけてきたのはレオノアだった。
既に制服に着替えている彼女は、満面の笑みを浮かべている。
「トレーニングお疲れ様でした。あら、瑞季さんも一緒だったんですか?」
「おう、一緒にトレーニングしてたんだ」
「ああ。一緒に! トレーニングをしていたんだ。実に有意義だった」
こちらに気がついたレオノアに、『一緒に』の部分をあえて強調するように言ってみた。
「けどお前、こんなところでなにやってんだ?」
「フフ、昨日言ったじゃないですか。これを渡しに来たんです」
薄く笑みを浮かべたレオノアは、ポケットから何かを取り出した。
瞬間、瑞季の表情が一気に強張る。
それは二つのお守りだった。必勝祈願と書かれたそれは確か、新都にある有名な神社のもの。
「あぁこれか。見かけは変わってねぇな」
「でも、しっかりおまじないをかけておきました。肌身離さず、持っていてくださいね。私もこっちを持ってますから」
レオノアは赤い方のお守りを持って笑った。
白い歯が非常に眩しい。
目の前で見せ付けられた瑞季は、うちのめられそうになったものの何とか堪える。
「ありがたくもらっとくぜ。そうだ、瑞季、シャワー浴びて着替えたら一緒に朝飯行こうぜ。レオノアも来るか?」
「もちろん! ぜひご一緒させてください!」
「……ああ、私も着替えたらすぐに行こう」
返答はしたものの、瑞季の胸中は決して穏やかではなかった。
二人でいる時間を長く設けることで、対等になれると思ったが、そうではなかった。
目の前にいるレオノアには完全に先を越されてしまっている。
くやしさが滲み出るものの、同時に彼女の中で闘志に火が灯った。
――いいだろう。そっちがその気ならば、とことんまでやってやろうじゃないか。
決意を新たに、瑞季は拳を握りこんだ。
その日の午後からトーナメント二回戦、三回戦が開始された。
一日で複数回行われることになるが、それは全ての生徒が同じこと。
連戦に関しては文句を言う生徒はいなかった。
初日は例の如く、生徒会役員である勇護がブロックを勝ち進んだ。
翌日から、彼に続くように余裕のある勝利を収めたのは、生徒会長、武蔵龍子。続き、副会長である土岡三咲が勝利を重ねていった。




