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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第二章 異国の剣士
36/421

2-5

 西の空に太陽が沈み、あたりが薄暗くなった頃、雷牙とレオノアは玖浄院へ戻ってきていた。


「今日は一日ありがとうございました」


 女子寮の玄関口で微笑みながら頭を下げるレオノアだが、実はつい先程までしょんぼりとしていた。


 まぁ理由はおみくじの結果なのだが。


 大吉を引き当てると息巻いていた分、凶を引いた時のショックはそれなりだったようだ。


 とはいえそこまで引き摺るようなことでも無かったのか、今ではすっかり立ち直っているわけだが。


「まぁ、たまにはこういう息抜きもな。てか、俺は殆どお前にくっ付いてただけだぜ?」


「私は雷牙さんと二人でお出かけしたかったんです。だから、誘ってくれた時、すごく嬉しかったんですよ。好きな人と一緒に出かけられるのってそれだけで楽しいじゃないですか」


 彼女は笑顔を絶やすことなく言うものの、雷牙は頬が熱くなったのを感じた。


 許婚としての関係を解消してから、それなりに経過したものの、彼女は積極的にアプローチをかけてくる。


 他に誰もいないとはいえ、面と向かって言われると恥ずかしいものだ。


「よくまぁそういうことを恥ずかしげもなく言えるもんだよ、お前は」


「だって、好きな人には好きって伝えておかないとダメじゃないですか。胸の中にその感情をしまっていたって、その人には気付いてもらえませんし」


「そりゃ、そうだけどさ」


 頬を掻きながらあいまいな返事をする。


 彼女の言うことは至極当然というか、最もなのだが、恐らく普通の人間ならそんな判断はすぐに下せないだろう。


 雷牙とてそうだ。


 気になる人、というか好意を寄せている女子はいる。けれど、いざ彼女にその気持ちを面と向かって告げるとなれば、恐らく萎縮するはずだ。


 だが、目の前の少女はド直球に自分へ好意を向けてくる。


 それが彼女の魅力なのだろう。現に雷牙も何度か彼女に気持ちが傾きかけることがある。


「だから、私は()()()()()()だってしちゃいます」


「え……?」


 不意に聞こえた声に反応する間もなく、グッと体を引き寄せられる


 次の瞬間には、柔らかくて少しだけ湿った感触が左頬に奔った。


 その感触がすぐに離れていったものの、それが彼女の唇であったことはすぐに理解できた。


 頬へのキス。


 外国では挨拶程度でかわされるものらしいが、先程までの彼女の言動から挨拶などではないことはすぐに理解できた。


「これで二度目ですね」


 レオノアを見やると、少しだけ悪戯っ子っぽい表情で笑っていた。


 その表情に雷牙は熱くなりかけていた頬が、さらに熱くなるのを感じた。


 いつものお嬢様然とした彼女とは違った、年相応の少女の姿を垣間見た気がしたのだ。


 子供っぽさもありながらどこか蠱惑的。そんな彼女の新たな一面を見てしまった。


「ば、馬鹿なことやってないでさっさと部屋戻れ。明日だってあるんだからな」


「はーい」


 あくまで平静を装ってはみたものの、恐らく彼女に今の心理状態はバレバレだろう。


 内心で溜息を漏らしていると踵を返したレオノアが「そうだ」と再び振り返ってきた。


「お守り、楽しみにしててくださいね。明日渡しますから」


「お、おう。じゃあな……」


「はい」


 レオノアは最後にスカートを軽くつまんで会釈をすると、今度こそ本当に寮の中へ消えていった。


 彼女の姿が完全に消えたところで、雷牙はキスされた左頬をなでてみる。


 まだ感触はしっかり残っている。同時に、頬はまだ熱い。


 思い出すのは、唇を離した時の彼女の表情。


 先程は自分に起こったことを理解するのに頭がいっぱいになってしまい気付くことができなかったが、冷静になった今なら思い出せる。


 キスをしたレオノアの方も頬が紅潮していた。


 平然とああいうことをするのかと思っていたが、どうやら彼女もそうではないようだ。


 だから、彼女にとっても頬へのキスは挨拶程度では決してなかったということになる。


 頭の中で悶々と色々考えてしまい、雷牙は思わず顔から火が出そうになった。


「……少し頭冷やすか」


 男子寮へ戻るのは簡単だが、このままの顔で戻ったら何を言われるかわかったものではない。


 夕風に辺り、赤くなった頬と沸騰しそうな頭を冷やさなくては。


 大きく息をついた雷牙は少しだけ遠回りをして男子寮へ戻っていく。






「あ、レアちゃん。これから晩御飯なんだけど一緒にいかない?」


「すみません! 外で済ませてしまったのでまた今度お願いします!!」


 女子寮に戻ったレオノアは、通りすがりに夕食にさそってくれた友人にそれだけ告げると、足早に自室へ消える。


 ガチャンと内側から鍵をしてからふらふらとした足取りでベッドに倒れこむと、自身の唇を撫でてみる。


 殆ど勢いでやってしまった。


 初対面の時の感極まったものではなく、完全に狙ってやってしまったのだ。


 思い出すと恥かしさがこみ上げ、レオノアはバタバタと足をベッドに打ち付ける。


 確かにレオノアの出身国にも挨拶で頬キスくらいはある。だが、母の影響で日本文化がそれなりに強かったゆえか、自分から頬にキスをすることは殆ど無かった。


 裏を返せば、明確な理由があればするということだ。


 明確な理由。それはもう雷牙への好意しかないだろう。


「雷牙さん……」


 ほうっと出る息はどこか熱っぽかった。


 頬はまだ熱い。好きな人に対しては大胆になれるつもりだったが、まさかあそこまで出来てしまうとは、自分でも驚きであった。


 時間にして十分くらい寝転がっていただろうか。


 ベッドの上で心を落ち着けたレオノアは、ポーチに入れたままになっていたお守りを取り出すと、僅かに口角を上げる。


「これがあれば……フフフ……」


 どこか怪しげな含み笑いを漏らしたレオノアは、さっそく例の()()()()()の準備に取り掛かった。


 全ては雷牙と自分のためである。





 

 時間は少しだけ巻き戻り、雷牙とレオノアが女子寮の前にいたころ。


 瑞季は鍛錬を終え、寮への道を歩いていた。


 本当は太陽が出ているうちにやめようかと思っていたのだが、熱中してしまってつい長引いてしまった。


 校内なので不審者がいるわけではないが、暗い道を歩くのはあまり好きではない。


 足を速めていると、女子寮の前に私服姿の雷牙とレオノアを発見した。


 確か午前中に新都めぐりをしてくると言って出かけていったので、ちょうど戻ってきたのだろう。


「おーい、二人とも……ッ!!」


 声をかけようと思い駆け寄ろうとしたが、彼女はすぐに動きを止めた。


 レオノアと雷牙の姿が重なったのだ。明確に言うと、レオノアの唇が雷牙の頬に当たる感じで。


 弾かれるように瑞季は近場の茂みに身を隠す。


 二人はすぐに離れたが、様子からいって満更でもなさそうである。


 チクリ、と瑞季の胸が痛む。


 身体的に痛みがあるわけではないが、そんな気がするのだ。


 けれど、その痛みは一拍おいて別のものに変わる。


 気に入らない。


 湧いてきたのはそんな感情だった。


 これはレオノアに対してではない。雷牙に対しての感情だ。


 レオノアのことは仕方ない。元々彼女は雷牙の許婚であり、出会う前から彼に好意を寄せていた。


 問題なのは雷牙だ。


 許婚の関係を決闘で解消したのにも関わらず、レオノアからのアプローチを明確に断るわけでもなく、時にデレデレとしているのを見るのは、少しだけ気に入らない。


 第一、保健室で事故とは言えこちらのことを押し倒して、胸をがっつりと揉んでおいたのにも関わらず他の女性に目が移るというのはどういうことだ。


 こちらからもそれなりのアプローチはしたはずなのだが。


 はぁ、と大きなため息が出る。


「何をしてるんだ私は……」


 思考を一度停止させ、血が上った頭を少しだけ落ち着かせる。


 雷牙が問題とも思ったが、実際は自分にも問題があるのではないだろうか。


 アプローチをかけたといっても、保健室での帰り道に『君に特別な感情を持っている』程度にしか伝えていない。


 そう考えると、ことあるごとに雷牙に対して明確な好意を伝えるアプローチをしているレオノアに比べ、かなり弱いのではないだろうか。


 やはりそうなってくると、瑞季にも問題があるのだろう。


「いや、だとしても女子からそういうアプローチをかけられているのに、恥ずかしがるだけで明確に答えない雷牙も雷牙で……」


 考えれば考えるほど纏まらず、終いには頭から湯気のようなものまで出てくる始末。


 今一度大きなため息をついた瑞季は茂みから顔を出して、女子寮の玄関口を見やる。


 既に二人の姿はなかった。


 なぜか安心した瑞季は茂みから出ると「よし」と呟き、静かな決意を口にする。


「レオノアがアプローチをかけるのなら、私もそれなりのことをするまで……! ふふ、フフフフフフフ……!」


 女子寮に戻りながら笑う瑞季はどこか不気味であった。




 そんな瑞季、レオノア、雷牙の三人を玖浄院の校舎の最上階にある生徒会室から覗く瞳が二つ。


「青春だねぇ……」


 しみじみと呟いたのは、生徒会長、武蔵龍子。


 校舎から寮まではそれなりの距離があるはずなのだが、彼女にはそれらが全て見えているようだった。


 しかし、そんな彼女の肩を後ろから叩く影が一つ。


「会長。いつまでもサボってないで仕事してください」


 ジト目で言ったのは、黒縁眼鏡の生徒会副会長、土岡三咲だった。


「ブラックだなぁ、副会長。本当なら今日は休日なのにさぁ」


「普段からサボりすぎだからこんなことになってるんですが」


「そうだっけ? まぁまぁ細かいことは気にしない気にしない。私は未来を担う少年少女達の淡い恋物語を見守っていたいのだよ」


 しみじみと言ってみるものの、ベランダからすぐに室内に連行されてしまった。


 カーテンをシャッと引かれ、外を見ることはできない。


「あーん、もういけずー」


「はいはい。ではこのデータにチェックをお願いします。真面目にやれば一時間もかかりませんから」


 机に内蔵されている端末から、ホロディスプレイが投影され、龍子の前にデータの書類が表示される。


「チェックって言っても流し見でいいんでしょー?」


「ある程度は、ですが、確認印は忘れないようにお願いします」


「はいよー」


 彼女に言われるまま、龍子は書類に目を通し、確認印をデータ上で押していくものの、しばらくたってから小さな笑い声をもらす。


「どうしたんですか?」


「んー? いや、明日からトーナメントの二回戦、三回戦が始まるわけだから、それ想像したら楽しみでね」


「今年は一年生も粒ぞろいですからね。特に一年A組のあの三人は、トップクラスでしょう」


「そうだねぇ。けど、それぞれのブロックにはしっかり強豪がいる。どんな風に突破するか楽しみだよ」


 ニヤッと笑う龍子は手を止めて頬杖をつくが、すぐに肩に手を置かれる。


「……楽しみなのはいいですが、早く仕事すませてください」


「あーい」


「……はぁ、新学期が始まった時はもう少しやる気があったみたいなのに、どうしてこうなってしまったのか……」


 三咲が小さくぼやいていたものの、龍子はデータをチェックしながらもこれから更に激しさを増していくトーナメントが楽しみでならなかった。


 今年の選抜戦は生徒会役員同士の試合もあるだろう。


 五神戦刀祭に出場できる枠は五名。


 トーナメントの上から五番目までの上位成績者が出場を許される。


 生徒会のメンバーは玖浄院でもトップクラスの戦闘力を有しているが、トップクラスはなにも彼らだけではない。


 生徒会に選ばれるのは、戦闘力と学力の上位者のみ。


 学力を抜きにすれば、三年生には強豪が多い。もちろん、性格に難がある連中もいるが。


 果たしてその強豪たちを打ち破り、期待の一年生達は勝ち上がって来られるだろうか。


 出来ることなら決勝戦で戦いたいものだ。特に、あの少年――。


「――綱源雷牙くんとはね……」

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