2-4
「ヴィクトリア・ファルシオンの来日の日時は決まったのか?」
「確定はしていませんが、数日以内には身辺整理が完了するとのことでした。その後になるでしょう」
湊の報告に、辰磨は静かに頷く。
「ファルシオンについては、白瀬隊長、君に一任している。待遇は彼女が来日してから決めてもいいだろう」
「そのことなんですが、どうやら英国ハクロウから圧力をかけられているようで……」
「ほう。具体的には?」
「簡単に言ってしまえば、日本のハクロウ本部に所属するなというものらしく。来日後は刀狩者としての活動は難しいようです」
「なるほど。確かに英国側の判断も理解はできる。……いいだろう。彼女の来日後は、刀狩者として扱いはしない。歓迎はさせてもらうがな」
「お願いします」
白瀬は軽く頭を下げると、そのまま椅子に座る。
英国第五位、ヴィクトリア・ファルシオンは出来れば日本のハクロウ本部に欲しい戦力ではあったが、弾圧をかけられているのならば仕方あるまい。
下手に彼女を刀狩者として所属させれば、それこそ国家間の問題に発展しかねない。
現代において、刀狩者は国家の戦力となってしまった。
仮に戦争が勃発すれば、戦地に送られるのは刀狩者だ。
刀狩者の数と質が国家の戦力と言っても過言ではない。
その点において、日本の刀狩者の実力は各国を見ても群を抜いて高い。
これは恐らく妖刀が最初に現れたのが日本であり、最初に斬鬼を討伐した刀狩者が現れたのも日本であるところに起因しているのだろう。
こと妖刀において、日本は大国とも渡り合えるほどの実力を持った。かつて起きたという第二次世界大戦では、列強に敗戦した日本であるが、今ではその列強に対し優位にすら立てている。
だからこそ、英国ハクロウ、いや英国は彼女をハクロウ本部に所属させたくないのだ。
本部に所属するということは自動的に日本の戦力として数えられる。
恐らく他の国家も似たようなものだろう。
極東の小さな島国に台頭されることを恐れている。
とはいえ、日本としても戦争を仕掛けるつもりもない。だからこそ、辰磨は英国の申し出を飲むつもりだ。
「では、次。なにかある者はいないか? 戦技教導の報告ならば先日受けたから、それ以外のことでなにかあれば、この場で報告してくれ」
「報告、というより長官にお聞きしたいのですが。よろしいですか」
手を上げたのは信十朗の隣に座っている眼鏡をかけた青年だった。
「構わない。なんだ、松永」
辰磨が視線を向けると、松永と呼ばれた青年は立ち上がる。
彼の名は松永秀斗。斬鬼対策課の第三部隊隊長だ。
「零は、今何を?」
秀斗の問いに、場が一瞬張り詰め、皆の視線が辰磨に集中した。
それに対し、辰磨は溜息を漏らしてから答える。
「それは極秘だ。たとえ君であっても答えることはできん。わかるか、松永秀斗隊長」
ギロリと辰磨の眼力が強くなった。
同時に会議室全体の空気が重くなる。
彼の問いが怒りを買った、というわけではない。
だが、明らかに辰磨が発する威圧感は、『それ以上踏み入るな』という警告であった。
「は、はい。失礼しました」
「零に関しては私が全ての指揮権を持つ。君達は信頼に足る者達ではあるが、深く詮索はするな。彼らが行っているのは極秘任務。情報の洩れ口は断たねばならない。……頃合もいい。今日はこれで終終了だ。各自自身の部隊に戻りたまえ」
辰磨は有無を言わさずに告げると、そのまま会議室を出て行った。
辰磨が出て行った会議室で、各隊の隊長達は大きなため息をつくとそれぞれが秀斗をジト目で睨む。
「な、なんですか」
「いやー、ぶぇっつぅにぃー? 何事もなく終わるかと思ったのに誰かさんが余計なこと聞いたせいで空気わるくなったなーなんて思ってねぇよー?」
脱色した髪をぐしゃぐしゃとしながらわざとらしい声を上げるのは、会議でも少しだけ口を出していた青年、伊達狼一である。
「めちゃくちゃ根に持ってるじゃないですか……」
「私達も気になってはいるけど、零のことはあまり踏み入らないって決めてたじゃん」
「そうそう、湊ちゃんのいうとーり。下手にかぎ回ればどうなるかくらいわかるだろうが」
「ああ、すみませんでした! けど、みんなだって、気になりませんか!?」
「気になるけど普通は聞かない。零って特務だよ? ヤバイ任務してるくらいわかるでしょ」
湊に言われ、秀斗は言葉に詰まる。
すると、彼の隣に座っていた信十朗が立ち上がり、会議室の扉へ歩いていく。
「もう行くんスか? 武田ッサン」
「話す事もないだろう。雑談するだけならば、私は事件の調査を続ける。被害者が拡大する前にな」
「応援が必要な時は言って下さいねー」
「そうだな、その時は頼む」
小さく笑った信十朗は副官を連れて会議室を去る。
彼に続くように他の隊長達も自分達の副官と共に会議室を後にする。
最後まで残ったのは、先程空気を重くしてしまった秀斗と、湊に狼一だった。
ふと彼の額を湊が軽く小突く。
「ホラ、用もないんだしさっさと引き上げる。アンタの副隊長困ってるよ」
「わ、わかってます」
秀斗は小さく息をついてから他の隊長たちと同じように会議室から出て行く。
その姿に湊がやれやれと首を振る。
「湊ちゃんやさしいじゃーん」
「放っとくのもあれでしょ。というか、部隊長の中じゃ一番若いから仕方ないとは思うけど」
「早く手柄を上げたいのかねぇ。オレなんて別に手柄なんていらねぇけど」
「アンタと一緒にしない。じゃ、私もこれで」
「えぇー。せっかく久々に会ったんだしさぁ、一緒に飯でも行こうぜ?」
「却下。片付けないといけない仕事もあるし。じゃあね」
湊もまた、副官を連れて会議室を去っていき、残ったのは狼一と副官だけになってしまった。
「あーぁ、湊ちゃんもつれないねぇ。仕方ねぇ、観測課の女の子と一緒にメシ行くかな」
後頭部で腕を組んだ狼一も副官と共に会議室を後にする。
雷牙とレオノアは、新都にある若者に人気のカフェにいた。
あの後、準備を終えた雷牙は、既に正門で待っていたレオノアと共に、彼女が行きたかったというブランドショップや、アクセサリーショップなどを見て回った。
雷牙は新都出身ではないため、彼女にされるがままだったが、彼女の考えたプランは中々に秀逸で、付き合っていて苦痛はなかった。
今は彼女が食べたかったというパフェを食べるために、このカフェにやってきたというわけだ。
とは言っても普通のパフェではなく、彼女が食べているのは、かなりの大きさがある所謂ジャンボなパフェである。
生クリームを大量に使用したそれは、コーンフレークなどで量増しなどしていない。
目の前でパクパクと食べ進め、見る見るうちに減っていくパフェはもはや気持ちいいくらいの勢いでその量を減らしていく。
やがて、レオノアは最後の一口を食べ終え、口元を拭った。
「ふぅ……ご馳走様でした」
「お疲れさん。にしてもこんだけ甘いやつよく食えるな」
「雷牙さんもたくさんご飯を食べるじゃないですか。それと同じですよ」
「そういうもんかねぇ」
雷牙も大食漢だが、正直甘いものはそこまで得意ではない。
まぁ味覚の差というやつだろう。
「それよりも、なにか見られているような気がするんですが……」
ふとレオノアが小声で言ってきたが、雷牙は肩を竦める。
「気付いてなかったのかよ。お前がここ入ってからずーっと見られてる。プラス俺も」
「ま、まさか皆雷牙さんのかっこよさに惹かれて!?」
「ちげぇわ! お前だお前! 皆お前を見てんだよ!」
カフェにいる殆どの人物は、凝視ではないにしろ、たびたび彼女に視線を送っていた。
当の本人は食べるのに夢中で気付いていなかったようだが。
「私を見ても面白くないと思うのですが……」
レオノアはコテンを首を傾げるものの、雷牙は大きな溜息をついた。
どうやらこの少女は自分の持っている美貌に非常に無頓着らしい。
「面白い面白くないじゃねぇよ。お前が可愛いから見てんだよ。しかもそんな子がこんだけでかいパフェ食ってりゃ嫌でも注目されるわ」
「え、なんですか雷牙さん。よく聞こえなかったので、もう一度言ってください。出来れば可愛いあたりから」
「がっつり聞いてるじゃねぇか!」
「チ……ッ」
油断も隙もあったものじゃない。
ちょっとした褒め言葉であってもリピートさせにくるとは。
「ハァ、そろそろ出るか。あと一箇所行きたいところあるんだろ?」
「はい。では、支払いは私が……」
レオノアが伝票を取ろうとしたので、雷牙は彼女よりも先にそれを引っ手繰る。
「元々俺が誘ったんだ。支払いくらい、俺がやっとくさ」
「い、いえ! それは悪いですよ! 私が払います」
「人の好意は素直に受け取っとけ。支払い済ませてくるから、先に外行ってろよ」
レオノアはまだ食い下がろうとしていたが、雷牙はそれを無視して淡々と支払いを済ませる。
支払いを終えて外に出ると、レオノアが軽く頭を下げてきた。
「ありがとうございました。雷牙さん」
「礼を言われるようなことはしてねぇよ。そんで次はどこに行きたいんだ?」
「次は、ここです」
彼女が端末のホロディスプレイを出したので、それを覗き込むと、雷牙が予想していなかった場所が投影されていた。
「神社ぁ?」
カフェを出てから電車を乗り継いで二十分ほど歩いたところに、その神社はあった。
都内にしては長い階段を上った先にあった神社は周囲を緑に囲まれ、神秘的な雰囲気が立ち込めていた。
「ここは、なんの神社なんだ?」
「必勝祈願ですよ」
先を歩くレオノアはうれしそうに答えた。
周囲を見回してみると、雷牙と同じか少し年齢が上くらいの少年少女達の姿がちらほらと見える。
絵馬掛所があったので少しだけそちらに足を運ぶと、確かにレオノアの言ったとおり、勝負事にご利益があるようだ。
「この神社には、現役の刀狩者も多く訪れているそうです。確か奉っている神様は……タカミカズチでしたっけ?」
「あぁ、タケミカヅチな。日本神話の軍神だか武神だかそういうのだ。だから勝負事にご利益があるってわけか」
雷牙も神話に詳しいわけではないが、なんとなく名前だけは知っている神様だ。
まぁ雷だか、剣だかの神様という知識しかないが。
「トーナメントでの必勝祈願か?」
「そうですね。神頼みってわけじゃないですけど、こういうのもしてみたかったですし」
「ふぅん。なら俺も一応やっとくかな」
「しましょう、しましょう! 二人でお願いすればご利益二倍です!」
「いや、そんなポイント二倍デーみたいなのはねぇよ……」
雷牙は呆れながらも彼女と共に拝殿へ向かう。途中、手水舎で手を洗ったので粗相はしてないだろう。
賽銭箱にお金を投入し、二礼二拍手一礼を済ませ、トーナメントでの勝利を願う。
雷牙は願った後すぐに目を開けたものの、レオノアは未だに目を瞑って願っている。
随分長く祈願しているものだと、彼女を見てみると、なにやら口元が動いていた。
よくよく耳を澄ましてみると、小さな声が聞こえてくる。
「……雷牙さんが私の彼氏になって、ゆくゆくは結婚できますように……出来れば瑞季さんに取られませんように……なんとしても私になびきますように……あと惚れ薬とかあったらください……!」
とんでもなく色々なことを願っていた。
というか最後のは願いというより、催促である。
思わず雷牙は彼女の頭を軽く叩いていた。
「あたっ」
「なにを願ってんだお前は。必勝祈願をしろ必勝祈願を!」
「いや、お願いしたら止まらなくなってしまって……」
「それにしたって限度があるわ! 神様だって数十円でそこまで叶えてくれねぇよ!」
「願いを持つのは、自由です……」
妙にキリッとした顔で言われた。
雷牙は溜息を着くと、彼女の肩を掴んで強制的に拝殿から連行する。
「あー、まだ全部お祈りが終わってないんですー」
「まだ願うのかお前!? さすがにがめついわ!」
「まぁそれは冗談です。ちゃんと必勝祈願もしましたよ!」
ピースを見せるレオノアだが、寧ろそれをしていなかったらここまで来た意味がないのではないだろうか。
自由な彼女に呆れつつも、雷牙は笑みを零す。
すると、彼女が思い出したように「あ」と声を上げた。
「どした?」
「神社に来たなら、お守りを買わないとですよ! お守り!」
興奮した様子で言うレオノアに腕をつかまれ、お守り売り場まで一気に連れて行かれる。
日本に来たことがないということもあって、興奮しているのだろうか。今日のレオノアは随分とテンションが高い。
「雷牙さん! どれがいいですか!?」
ズイッと目の前に出されたのは、青、白、赤の必勝祈願お守りだった。
「あ、青かな」
「青ですね。わかりました」
返答を聞いたレオノアはすぐさま巫女さんに二つのお守りを突き出して瞬く間に購入してしまった。
こちらが手を出す余裕など皆無である。
レオノアは満足げに袋に入れられたお守りを持ってきたものの、彼女はそれをこちらには渡さずにポーチの中にしまってしまった。
色を聞いてきたので、てっきり渡してくれるものだと思ったのだが、違うのだろうか。
すると、それに気がついたのかレオノアが微笑を浮かべる。
「大丈夫ですよ。ちゃんと雷牙さんにもあげますから。けど、明日ですね。英国式のおまじないをかけてより効力を高めてから渡します!」
「そんなおまじないがあるのか?」
「はい! すごーく効くんですよー。楽しみにしててくださいね」
「へぇ、じゃあ楽しみにしてるよ」
別に雷牙も神頼みが必要というわけではないが、効果があるのならそれはそれで面白そうだ。
明日まで待ってから貰うのもいいだろう。
「じゃあ、次はおみくじを引きましょう! 絶対に大吉を出します!」
「ハハハ、狙って出すものじゃねぇけどな」
なにやらおみくじに対して闘志を燃やすレオノアに、雷牙は思わず笑みを零す。
いつも落ち着いて丁寧にしゃべる彼女が、すこしだけ小さな子供に見えたからだろう。
ちなみに、おみくじの結果は雷牙が末吉、レオノアは凶だった。




