2-3
選抜トーナメントの一回戦が全て終わった翌日、アリーナとは別にある野外訓練場に朝早くから雷牙とレオノアの姿があった。
剣戟を繰り広げる二人の戦いは激しく、朝靄の中になんども火花が煌めく。
今日は日曜日。
トーナメントは行われず、生徒の貴重な休日である。
昨日の一件、つまり直柾と遭遇したすぐ後、レオノアから鍛錬に付き合ってくれとの申し出があったのだ。
雷牙としても、自分の実力を高めるためにちょうど良かったので快諾した。
「フッ!」
突き出される大剣の刺突を刃で受け止め、そのまま滑らせて彼女に近づく。
彼女もそれを予想していたのか、持ち前の力で刀をめいっぱい弾いてきた。
僅かに体勢が崩れるものの、雷牙も負けてはいない。
無理に体を捩じらず、落ち着いて姿勢を立て直すと、腰を低くしながら一息で迫る。
「シッ!」
顎を下から狩る剣閃が奔る。
訓練はあくまで寸止め。決して試合のような危険なものにはしない。
だが、相手を倒すという気持ちだけはどちらも本物。
レオノアも負けじと大剣を振り下ろしくる。
確実に頭を割る軌道を描いているそれに、雷牙は決して引かない。そればかりか、鬼哭刀から片手を離し、大剣に向けて突き出した。
瞬間、レオノアもこちらの意図を理解したようだったが、もう遅い。
一度振り下ろした大剣は、重力が乗ってさらに加速する。いくら彼女の力が強靭だとしても、今の状態から戻すことは殆ど不可能に近い。
やがて、雷牙が突き出した腕と大剣がぶつかると、青い燐光が迸り、バチンッ! という空気が破裂するような音が響いた。
大剣は大きく弾かれ、レオノアも体勢を崩している。
すかさず、雷牙は刀を彼女の顎先へと突きつけた。
「これで、勝負ありだな」
「……はい。参りました」
彼女の降伏に、雷牙は刀を引いてから鞘に納める。
「まさか、霊力を固めて弾くなんて思いませんでした」
大剣を背負いながらいってくるレオノアに対し、雷牙は肩をすくめる。
「先生も前言ってたけど、選抜戦はあくまで対人戦闘だからな。鬼哭刀で勝てなんてルールはない。だから、勝つためならなんでもやるさ」
「前から思っていましたが、雷牙さんは勝利に貪欲なんですね」
「普通じゃねぇか? 誰だって負けるのよりは、勝つほうがいいだろ」
「それは、そうなんですけど……。ホラ、昨日の試合もお腹にわざと槍をさしてまで勝とうとしてましたし、普通ならそんなことできないです」
「あー……まぁアレはそうだな」
雷牙はバツの悪そうな表情を浮かべる。
頬をかきつつ、訓練場の端に置いておいたスポーツバッグから二人分のスポーツドリンクを取り出すと、一本をレオノアに放る。
「師匠にも言われたことがあるよ。お前の闘い方は時に無茶が過ぎるってさ」
スポーツドリンクを一口含むと、ベンチに腰かける。
「けど勝ちたいんだよ。どうしてもな」
ボトルを握る雷牙の手に思わず力が入る。
雷牙にとって、勝利とは戦いと同じくらい重要なことなのだ。
これから先、斬鬼や犯罪者と戦う中で、勝利を掴み取れなければ何も守れない。
それが出来なければ、雷牙の目指す刀狩者にはなれない。
母や師匠のような刀狩者になるためには、何が何でも勝つのだ。
「お母様から聞いていた、光凛さんと同じことを言うんですね」
「え?」
隣に座ったレオノアを見やると、彼女は微笑を浮かべてこちらを見やってきた。
「光凛って、母さんだよな」
「はい。言いましたよね。私の母と、貴方のお母様は仲が良かったと。その時、私の母が聞いたらしいんです。どうしてそこまで貪欲に勝利を求めるのかって」
レオノアはこちらから視線を外し、遠くに見えるハクロウ本部を見やる。
「光凛さんの答えはあなたとまったく同じです。『明確な理由は無いけど、どうしても勝ちたい』と。だから、雷牙さんのその感情はきっと、お母様からの遺伝なんですね」
「……かもな。師匠や美冬さんにも、そっくりだって言われたよ。親子そろって戦闘狂……どういう家系なんだかな」
「けど、かっこいいと思いますけどね。勝利をひたすらに求めるその姿勢、私も見習おうと思います。特に、そのうち当たるであろう、あの辻直柾先輩に勝つために」
名前を聞くと、雷牙の眉間にも僅かに皺がよる。
あの時彼が発した殺気はかなりのものだった。それこそ、一瞬彼の体が血塗れに見えたほどだ。
彼の実力を舞衣が生徒会に迫ると分析していたが、間違ってはいないだろう。少なく見積もっても、トーナメント初日に見た近藤と同等の力は有しているはずだ。
「そうだな。俺も、生徒会のメンバーと戦うためにもっと力をつけねぇと。特にあの会長はマジでヤバイ」
「ええ。辻先輩とは別の方向で、あの人はすごかったです」
雷牙とレオノアの判断も無理は無かった。
トーナメントが始まって数日が経過し彼女の試合が始まった時、開始のブザーが鳴り終わると同時に勝負がついたのだ。
一瞬だけ彼女の姿が揺れたかと思った瞬間、対戦相手はその場に倒れこんだ。
なにが起きたのか、雷牙は勿論、レオノアも、そして瑞季であっても理解が及ばなかった。
唯一理解できたのは、ありえない速度での抜刀と納刀を行ったことくらいか。
「けど、あの人を倒せないようじゃ、五神戦刀祭で勝ち上がるなんて夢のまた夢だもんな」
「はい。狙うならやはり」
「おう、完全優勝だ」
拳を握りこんだ雷牙の双眸には闘志の炎が揺らめく。
生徒会の役員や上級生にはまだまだ強敵がうじゃうじゃいる。それを下し、五神戦刀祭で優勝してこそ、雷牙の目指す刀狩者に近づける。
「あれ、そういや昨日、お袋さんから連絡があったみたいだけど、どうかしたのか?」
ふと、あの後レオノアが母からの連絡だと言って席を外したことを思い出す。
「あぁ、母ももうすぐ日本に来られることを伝えてくれたんです。荷物をまとめたり、家の整理などでもう少しかかるそうですが」
「そっか。じゃあお袋さんが来たら挨拶にでも行くか」
「結婚のですか!?」
「ちげぇわ! 母さんのこと、色々聞きたいんだよ! 師匠が知ってる情報も限りがあるし、どんな人だったのか、もっと知りたいんだ」
「そうですか……」
レオノアはずぅんと音がしそうなほど首を落とす。
その様子に雷牙は大きな溜息をついた。
「ガチへこみすんなよ! ……だぁもう、わーったよ! この後時間あるんだろ!? どっか出かけてリフレッシュでもしてみるか」
「……それは、デートのお誘いでしょうか」
「でッ!? お、おう! デートだ!」
もはやヤケであった。
雷牙にとっては、レオノアに対して多少の負い目がある。それゆえ、出来るだけ彼女には明るくいてもらいたい。
殆ど雷牙の母、光凛のせいなのだが。
レオノアを見ると、彼女はすぐに立ち直り、満足げな表情を浮かべている。
「そのお誘い、ぜひともお受けします! ルートはお任せください。既に何通りかのプランを私が練っておりますので!!」
「そ、そうか。じゃあ任せる」
爛々と輝く目で言われ、雷牙は思わずたじろぎながらも頷いた。
すると、レオノアは「では」と言って踵を返した。
「十一時に正門にいらしてください!」
ギュン! と音がしそうなほどの勢いで彼女は訓練場から消えていく。
土煙をたてながらさっていく彼女に、雷牙は思わず言葉をもらす。
「現金なやつ……」
ハクロウ本部、第五会議室には、斬鬼対策課の隊長、副隊長クラスが集められていた。
室内には高級そうな長い机には向かい合うように左右に六つずつ席が並べられ、長机の一番前には顔に傷跡のある初老の男性、ハクロウ長官武蔵辰磨がいた。
壁際には各隊の副隊長が控えている。
「全員そろったか」
辰磨の低い声に、席についている隊長達が少しだけ背筋を伸ばす。
「まずは諸君、各国支部への戦技教導及び、視察。ご苦労だった」
隊長達は軽く腰を折る。
「では、報告会を開始しようか」
「よろしいでしょうか。武蔵長官」
立ち上がったのは、辰真に一番近い席に座っていた中年の背が高い男性。
昨日起きた新都での殺人事件現場にいた男性だ。
「昨日の殺人事件か?」
「はい。調べが完了しましたので、ここで報告し、皆で情報を共有すべきかと。モニタをお借りします」
武田――ハクロウ斬鬼対策課第一部隊隊長、武田信十朗は自身の副官に視線を送ると、部屋の明りをおとさせる。
長机の中央にホロディスプレイが投影され、青白いディスプレイに解析された情報や事件現場の写真がピックアップされていく。
「被害者は現場のすぐ近くにあるキャバクラで働いていた女性。全身をバラバラにされ、胴体含め、顔面には無数の刺し傷がありました」
「おー、えげつねぇ。可愛い顔が台無しだ」
軽い口を叩いたのは、彼の斜め向かいに座っているガラの悪い青年だ。
しかし、誰も彼を咎めることなく報告は続く。
「怨恨の線で捜査し、被害者に恨みを持つ人物がいないかを目下捜索中です。同時に、被害者の傷口、及び現場からはこれらの成分が検出されました」
ディスプレイに写しだされた情報に、隊長達の表情が少しだけ神妙なものとなる。
「これは瘴気か?」
「はい。厳密に言えば、妖刀が放出するものに近いものでした。ただ、余りに少なく、ここで妖刀が顕現したとは考えられにくいと思われます。鐘魔鏡にもその時間に反応はなかったと、観測課から情報が上がっています」
「先月あたりに起きた人工妖刀というやつじゃないんですか?」
向かいの席に座る眼鏡をかけた青年が聞いてくるものの、信十朗は首を横に振る。
「その線も考えて分析したが、今では鐘魔鏡に観測することが出来るようだ」
「零の連中の捜査が甘かったのではないか?」
「あ、言えてる。あいつ等分析が遅くてかなり被害出したっぽいもんな」
同じ列に座っているまだ若い女性隊長に同調するように、先程のガラの悪い青年が肩を竦めた、しかし、辰磨がそれを否定する。
「彼らの調査と解析は万全だった。被害を出したのは私の指示だ。武田、続けてくれ」
「はい。現場にあった瘴気の反応からして、妖刀もしくは斬鬼が関わっていることは明白です。しかし、自然発生的に起きたとはとても考えにくい。そのため、この事件には、人工妖刀と同じく、クロガネが関わっていると、判断します」
「クロガネか……」
辰磨の眉間に濃く皺がよる。
クロガネ。世間一般的には国際的な犯罪組織として認知されているが、その実体は、刀狩者とそうでない者達で構成されたテロ組織だ。
彼らの明確な目的は不明。ハクロウに手を出したかと思えば、国一つを集中的に狙うこともある。
近年では、技術力も上がってきているようで、先月に起きた人工妖刀事件も彼らが招いたとされている。
その根拠として挙げられるのは、京極剣星が殺した新宮・カイル・トラヴィスの拠点から彼らが扱っている連絡手段があったからだ。
敵とはいえ、新宮の技術力はかなりのものだ。恐らく、人工妖刀に準ずる別の兵器も生み出していることだろう。
「いいだろう。武田、クロガネが関わっていることを前提にして調査を進めてくれ
「了解しました」
「次、なにかあるか?」
「あ、はい! 今度日本に来る英国の第五位、ヴィクトリア・ファルシオンについて、よろしいですか」
手を上げたのは、一番奥の席に座っている若い女性隊長。
彼女は少し前、英国から訪れたレオノア・ファルシオンを空港で迎えた女性、白瀬湊であった。




